ラインハルト・ミューゼル同盟軍
中尉だ。大事な事だから二度言ったぞ?
「リンチ中将、俺……いや小官はつい先日、エコニア派遣で中尉になったばかりなんですが?」
ひょいっと気軽に投げられた大尉の階級章をキャッチしながら俺が言えば、
「当然、知ってるさ」
と元凶……もとい中将はしたり顔で返してくる。
「……まさか”
「アホ抜かせ。だったら大尉じゃなくて少佐の階級章を進呈してやってるさ。ついでに巡航艦艦長の座もオマケにつけてやる」
ガハハと豪快に笑うが、俺は笑い事じゃないんだが?
「いりませんよ。そんなもの」
俺は真顔になり、
「早すぎる昇進は、周囲に無用な反感と軋轢を招くと思いますが?」
”もう一つの人生”での教訓だ。
確かに俺の言動や態度、また寵姫の弟という立ち位置も理由だろうが、早すぎる出世も同じくらい強く反感を買う理由になったと今の俺は理解できる。
少なくとも、阿呆貴族はともかくまともな軍人にまで距離を置かれたのは、むしろそっちが理由だろう。
(要するに俺は人間の嫉妬という感情を甘く見ていたんだな……)
かの文豪シェイクスピアは、”緑色の眼をした怪物”と表現し、古の一神教では”七つの大罪”の一つでありレヴィアタンという悪魔あるいは怪物に例えられる……実際に、もう一つの人生で俺の身に起きたことを考えれば、確かにそのおどろおどろしさは禍々しい怪物に例えられるのも納得だ。
だが、どうも俺にはその手の感情に薄いというか、疎いらしい。
正直、二つの人生が交じり合った今でもよくわからん。
強いて言うなら、”もう一つの人生”で「ヤン・ウェンリーに勝ちたい」と意地を張った、その根幹にある感情が嫉妬かもしれんが……どうもピンと来ないな。
それに今生……という言い方も変だが、とにかく
あの手際は、我が姉ながら見事すぎる。そういう意味では、ヤン・ウェンリーを倒せなかった俺は姉に嫉妬しても理屈としてはおかしくないが……だが、明らかに何かおかしいだろ?
どちらかと言えば、立ち位置的にヤン先輩に嫉妬するほうが心情的に納得できる。
もっとも、そんな感情が起きんのも事実。どうやら俺は随分と姉離れができてるらしい。
いや、”もう一人の俺”が姉離れできなさすぎたのか?
「ほう? お前がそんなことに気を回すとは意外だな?」
おっと、今はリンチ中将と会話中だったな。
「これでも結構、空気を読める男だと自負してるんで」
勿論、嘘だ。だからアオバ大尉、そうジト目で見るな。
嘘は嘘だが、いくら俺でもわからんなりに学習くらいはする。
「だが、今回に関しては全く問題ない。お前も知ってのとおり、現在は”
なるほど。
確かに戦艦の過剰供給から端を発した、艦長不足を補う野戦任官ラッシュに紛れれば悪目立ちすることもないだろう。
「ミューゼル、元々お前さんは任官候補にはなってたんだ。だが、お前自身が言ったとおり中尉になったのはこの間ってのがネックになってたんだが……」
とリンチ中将は苦笑し、
「ラベルトには悪いが、今回は”渡りに船”ってことだな。ネタが駆逐艦だけに」
確かに駆逐艦も船だが、ネタふりに無理があるぞ?
「俺より先任の中尉はいるはずですが?」
一応、ガラにもないことを聞いてみるが、
「今居る中尉の中で、一番艦長適性が高そうなのがお前なんだよ。めぼしいのは全員、もう大尉にしちまった」
ふむ。まあ、無理もないか。
世界が違うが、一応は経験者だ。
それなりのノウハウもある。
「だから現状、ミューゼルを大尉にしちまって”イナヅマ”を預けるのが一番、手っ取り早い。”
ということは、
「ラベルト大尉の
中将は小さく頷き、
「ついでに言えばアポリオンもだ。二人仲良く全治1ヶ月以上だ」
そりゃまた運がないことだな。
「この際だから二人には、復帰後は予備の駆逐艦をあてがって後からくる追加人員を鍛えてもらおうと思ってんよ。なんせ我が艦隊は、”予備艦”は潤沢だしな」
リンチ中将、笑いが乾いてるぞ?
ああ、少し補足しておけば、少佐を野戦任官で格上げして余剰戦艦の艦長に、同じく大尉を少佐にしたてて巡航艦の艦長にとやっている現状だが、言うまでもなくこの『大幅な玉突き臨時人事』は大きな問題を孕んでいた。
戦艦の稼働率を上げたいが故の判断だが……さて、ここでクイズだ。戦艦と巡航艦、どちらが運用に必要な搭乗人員が多いと思う?
答えは勿論戦艦だ。運用人員の数は、よほど例外的なあるいは極端な省力化でもなされて無い限り、ほぼ船の大きさに比例する。
加えてだが……同盟各地からかき集められた船は、各地の地方艦隊や警備艦隊の余剰とされていただけあり、元々定員割れを起こしていた物が大半だ。
それをどうにかやりくりして現在の形にしていたのだが……そのしわ寄せは如実に現れていて、エル・ファシル特別防衛任務群の登録艦艇数約7000隻のうち、実に1000隻近くが通常運行や戦闘の難しい、船を維持する最低限の人数しか載せてない”予備艦”扱いになってしまっていた。
ここ、笑っていいぞ?
☆☆☆
まあ、程度が悪いものを下から数えて1000隻だが、名目上は”比較的程度の良いものを選んで集めた”というだけあり、「戦場よりスクラップ置き場の方が似合う船」というのは流石になかったが……
逆にそれが問題をややこしくしていた。
”エル・ファシル特別防衛任務群”とは銘打ってあるが、実際には純粋にエル・ファシル星域を防備するするのは”最強の老兵”ことビュコック少将率いる防衛艦隊であり、リンチ中将の役目は実はイゼルローン回廊同盟側全体の哨戒こそが主任務だ。
母港をエル・ファシルに設定してるのは「
実際、ビュコック艦隊と違い俺たちの艦隊が駐留してるのは惑星エル・ファシル周辺ではなく、エル・ファシル星系のより外側にあるガス・ジャイアント近辺だ。
そこにガス採取装置搭載の
エル・ファシルに艦隊将兵が上陸するのは、休養の時ぐらいだろうか?
そんな”最前線の精鋭艦隊”が、1000隻もの戦闘艦を遊ばせてるのは外聞が悪い……なので、それらの船を用いて召集された予備役の定期訓練や新兵の訓練に用いようというプランが立ち上がったのだ。
要するに前線に運び、「戦場から遠ざかっていた者や戦場を知らぬ者達から娑婆っ気を抜く」ための
旧エル・ファシル防衛艦隊と同等規模の訓練艦隊など同盟始まって以来だろうが、急場しのぎにしては悪いアイデアではないだろう。
「という訳でミューゼル、イナヅマは頼むぜ?」
「こうなれば腹はくくりますが……俺、いや小官が艦長になるのはいいとして、副長はどうします?」
いや、別に居ないなら居ないで構わんのだが。
するとリンチ中将はニヤリと笑い、
「ちょうど暇そうなのが、お前の隣に突っ立てるじゃねえか?」
「フワッ!?!?」
……アオバ大尉、とりあえず俺の横で奇声を上げるのやめろ。
最後のアオバ大尉の「フワッ!?!?」が一番書きたかったでござる(挨拶
ちょっとエル・ファシル特別防衛任務群の陣容を掘り下げてみましたが……実は完全実働状態にもっていけるのは6000隻程度でした(^^
そしてラインハルトは駆逐艦とはいえ艦長の座に着き、アオバ大尉をパートナー(?)に更に飛躍……はどうだろう?
追記
親族が帰省するので、ちょっと次話以降の更新は停滞するかもしれません。