「船団長のヤン・ウェンリー中佐だ。YS11特務護衛船団各員に告げる。負傷者の救護と治療を最優先に。士官用医務室に空きがあるなら、それも解放。警戒態勢を維持しつつもローテーションを組み、食事/休養を取るように。タンクベッドの積極的使用を推奨する。折角ある装備だ。使わないのは勿体無い」
ヤンは、船団旗艦”バーミンガム”ブリッジで艦隊内通信を繋ぎ真面目な口調で切り出した後に、ふにゃっと効果音付きそうな感じで頬を緩め……アンネローゼにいわせると、『その顔を見てるだけでついつい押し倒して、本能の赴くまま子作りしたくなっちゃう♪』と評判の”ヤンのほんわか萌え顔”で、
「緩みきって油断するのは駄目だけど、緊張しすぎるのもよくないね」
きっと原作という世界のヤン・ウェンリーを、「2秒スピーチのヤン」を知る諸兄にとって、今のヤンの姿……温厚という単語をそのまま音にしたような柔らかい声で言葉を紡ぐ姿は、もしかしたら奇異に映るかもしれない。
「食べれる時に食べ、休める時にはしっかり休むように。戦いはまだ始まったばかりだ。古今東西、ありとあらゆる英雄豪傑の最大の死因は疲労だと私は考えてる。英雄豪傑ですらない我々なら尚更だろうね。いざ戦闘って時にベストパフォーマンスを出せないで死ぬんじゃ、死にきれないだろ? 良い仕事は良い休養からさ」
そしてそれは、先程レーザー水爆弾頭ミサイルの艦隊一斉射で、500隻の敵艦の大半を沈めた男と同一人物とは思えない、穏やかな姿だった。
(我々は英雄豪傑じゃない、ね……)
同盟軍大尉マルコム・ワイドボーンは、熱量を感じる視線でヤンを見ていた。
(
「ヤン、そう言うならまず君が率先して、休息をとるべきじゃないかな?」
「ワイドボーン? いや、流石に船団長が真っ先に職場を離れるというのは……」
しかし、ワイドボーンは目を細めたまま笑顔を崩さずに、
「食事と休息を推奨するなら、まず上に立つ者が規範を示すべきじゃないかな?」
「わかったわかった。じゃあ、1時間ほど席を外す。ワイドボーン、ラップ、後は頼むよ」
ヤンは苦笑しながら席を立った。
無論、最新の哨戒/索敵情報の確認は忘れない。
現状こちらの哨戒圏に『敵艦見ユ』の報告が無い以上、どんなに早くともあと3時間は接敵しないだろう。
「ああ。細かい事後処理は任せてくれ」
「よろしく」
☆☆☆
そしてヤンがブリッジを去った後のこと……
「ラップ、さっきのセリフはどういうつもりだい?」
ふと船団首席参謀のワイドボーンは船団副司令のジャン・ロベール・ラップに静かに、されど微かな怒気を滲ませながら切り出した。
「? ワイドボーン?」
「今回の作戦の主目的は、敵イゼルローン要塞駐留艦隊の誘引と撃滅。ヤンの命令のどこに意見具申する必要があったんだ?」
「……降伏勧告の具申が間違っていたとでも?」
「レーザー水爆の使用を止めようとしたこともさ」
「だが、上官が問題行動を起こそうとした時、
ワイドボーンをスッと目を細め、
「ラップ、君がモラルが高い良き軍人であることは認めるよ。だが、モラリズムを発露すべき場面を少々考えてくれってことさ。今は戦闘中であり、作戦目的達成の為には、規範や模範を棚上げすべき場面があるんじゃないか?」
「……ワイドボーン、その言い回しだと、まるでヤンを全肯定しろと言ってるように聞こえるんだが? イエスマンでいいなら、俺たちがヤンの下に就く意味なんてないだろう」
「必要な意見なら言うべきだろうさ。それが副司令官であり、首席参謀の役目だからね。だけどあの時、あの場面での君の発言は必要だったかい?」
「……あの場面で躊躇せずにレーザー水爆を使用するのは正しいとは思えなかったな。少なくとも俺が知ってるヤンなら、結果は同じでも一考ぐらいはしただろうさ」
ラップのセリフに、今度こそワイドボーンは明確に視線を鋭くし、
「ラップ、変わることは罪なのかい?」
「なに?」
「ヤンは”より良き将”への道を歩み始めている。良き将とは、古来からより多くの敵を殺し、より多くの味方を生き残らせる将軍のことだ」
「今は古代の戦争をしてるわけじゃない! 我々は文明人であり、同盟軍は
思わず声を荒げるラップだったが、ワイドボーンもひるんだ様子はなく、
「驕るなよジャン・ロベール・ラップ……人の本質はそう簡単に変わらない。故に使う武器と戦場が変わっただけで、人が殺し合うことを是とする戦争の本質は、古代も今も何も変わっちゃいない。シビリアンコントロールがどうこう言うのなら、迫りくる敵を……降りかかる火の粉を宇宙から抹消することを望むのも、また同盟市民の総意だろ?」
ワイドボーンは鼻で笑いながら、
「それともこう言った方がわかりやすいか? ヤンの”人間
「っ! お前はっ!」
ガッとワイドボーンの襟首を掴むラップ。
二人の様子を唖然と見ていたアッテンボローが慌てて止めに入ろうとするが、ワイドボーンはそれを手で制した。
「何を怒ってるんだ?」
「友人を人殺しの天才呼ばわりされて黙ってられるかっ!」
「善人だな……いや、それは偽善だ。ラップ、俺たち軍人の本質はどんな大義名分や美辞麗句を掲げようが『国家に許諾された破壊と殺人』さ。そこに、特に戦場に立った時は人の善性を重要視するべきじゃない」
「……お前は、ヤンをルドルフ・ゴールデンバウムにでもするつもりか?」
「違うね」
ある意味、同盟人に対する侮辱的な言葉をワイドボーンはヘラっと笑い、
「確かにルドルフもその一形態だろうけど、決して主流とは言えない」
ワイドボーンは襟首を掴んでいたラップの手を払い除け、
「ボクがヤンに望むのは、ルドルフじゃなくて”英雄”さ。国家が悲劇に見舞われた時、人々に切望され、自然発生的にあるいは人工的に人類史上何度も生成されてきた”英雄”だよ。ボクはそれが見たいんだ……!」
結局、ワイドボーンとラップの口論は、殴り合いに発展することはなかった。
だが、ヤンが戻ってくるまでの間、二人が作戦に最低限必要な事務的な会話以上の言葉を交わすことも無かった。
ただただ、アッテンボローの困惑したような、同時に居心地の悪そうな顔だけが印象的な一幕だったと言える。
では、今回最大の被害者と言える彼から、心の内で一言……
(ミューゼル! フォーク! なんでお前らがいないんだよっ!? ズリぃぞっ!!)
ラインハルトは駆逐艦イナヅマの艦長室でアヤとコーヒーブレイクしてて、フォークはタンクベッドで圧縮睡眠中だったそうな……合掌。
そして、無言を貫いていた艦長のフィッシャー少佐は、『若いねぇ~』と若者たちの熱いやり取りを生暖かい目で見ていた。
読んでいただきありがとうございました。
今回は、ヤンの成長と
”ラップもワイドボーンも、別にどっちも間違っちゃいないんだけどね?”
的な空気感が描ければなと(^^
ただし、一番の被害者はアッテンボローだったりして。