金髪さんのいる同盟軍   作:ドロップ&キック

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ヤン、じわっじわっと仕事し始めます。





第077話:”魔女の巨釜 ただし、薪をくべるは魔女に非ず”

 

 

 

ヴァンフリート星系第5惑星付近、現状超簡略図

 

  A→←B ←☆

 

☆:YS11特務護衛船団 A:ケッテン艦隊 B:エンテ艦隊

各艦隊は戦闘開始時、それぞれ500隻前後だった。

 

 

 

★★★

 

 

 

さて、それはYS11特務護衛船団の500隻弱が、正面から絡み合うケッテン艦隊とエンテ艦隊の”混沌とした混合物(カオティック・マター)”に殴りかかる直前のこと……

 

『船団長を務めているヤン・ウェンリー中佐だ。全艦に告げたいことがある。どうやら先行していた敵集団は反転、ちょうど我々が背後に食いつき、追いかけまわしている集団の”ど真ん中をすり抜けて”、我々と戦いたいらしい』

 

ヤンは、まるで原作のアスターテ会戦におけるパエッタ中将負傷後の最終ステージのように艦隊放送のスイッチを入れていた。

ただし、あの時と違い艦隊内指向性短距離量子通信、いわゆる”フリート・イントラ”での放送なので、敵艦隊に傍受されることもないだろう。

原作のアレは、あえて強敵と書いてラインハルトと読む金髪さんにわざと聞かせる気だったようなので、国際救難チャンネルじみた無指向性広域通信を使ったんだろうが。

 

『だが、それは酷く無謀な賭けだと言える。艦隊の正面交差は、相対する密集した船と船の隙間を抜けるということだ。確かに意表を突く攻撃だろうし、最短距離で距離を詰められる。……ただし、それが”実現できれば”だ』

 

『既に気付いている者もいると思うが……敵の技量は我々よりも低い。そして、私は断言しよう。艦隊同士の密集陣形からの正面交差など、今の我々にも技量的に無理だ。つまり、敵集団には明らかに無謀。いや、あえて言おう……』

 

『不可能であると!!』

 

その一言だけ、やけに力が入っていた。

立体映像に映る肘を曲げ小さく拳を突き出す姿は、なぜだか20世紀末期から21世紀前半に大流行した某戦略ゲームのオープニングを連想させる。

あの作風(厳密には別作品かもしれないが……)を考えると、自由惑星同盟の軍人が()()()()()のパロディーを行うのは(いささ)か問題あると思うが……まあ、ヤンのことだからさして気にもしてないだろう。

 

『となれば敵は十中八九、”追い込み漁で定置網にかかった雑魚(ザコ)の群れ”のような物だ。押し合いへし合い、混乱の極致になるだろう』

 

『ならば話は簡単だ。そのぶつかり身動き取れなくなった群れに、こちらの持てる最大火力を投げ込んでやればいい』

 

『敬愛すべき同盟軍紳士諸兄なら造作もないことだろう? 気負う必要はないよ。気楽にやればいい』

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「こりゃあまた……随分と煽りますなあ」

 

”バーミンガム”のブリッジにて、方や満足そうな笑みを、方や複雑な表情を浮かべながら、どこか牽制し合うような視線を互いにちらりと向けてるワイドボーンとラップ。

この二人に代わるように声をかけたのは、情報参謀役を仰せつかったリョウ・マ・バグダッシュ大尉だった。

 

「せめて鼓舞と言って欲しいね」

 

ヤンはいかにも不本意と言いたげな表情で、

 

「らしくないって自覚はあるよ。だが、仕方ないじゃないか」

 

髪を掻いて、

 

「身動きとれない悲惨な状態の敵艦隊……痛みでのたうち回るような状態の敵に全火力投射するんだ。経験の浅い者ならPTSD(トラウマ)になっても何の不思議もない。部下の精神的負担(ストレス)を少しでも緩和できるなら、道化でもなんでもやってやるさ。それも俸給のうちだ」

 

「それが中佐殿の役目だと?」

 

「私だけじゃない。それが”司令官の役目”ってもんだろうからね」

 

 

 

(なるほど……こうやって”名将”ってのは生まれるのか……)

 

バグダッシュは不意にストンと腑に落ちたような奇妙なほどの納得と、歴史のターニングポイントに立ち会えたような充足感が混ざったような……そんな、形容しがたい高揚を感じていた。

 

「中佐殿は、そう遠くない将来に”閣下”と呼ばれるかもしれませんなぁ」

 

「勘弁してくれ。大尉のはずなのに中佐の役回り振られて、私はいっぱいいっぱいさ。悪いけど、今はこれ以上の重荷を背負わされる未来なんて考えたくないよ」

 

(でも、その”器”であることは否定しないのですな? 結構結構)

 

「これだけの仕事をしといて、期待するなっていう方が無理じゃないかな?」

 

そう話に入ってくるワイドボーンに、

 

「だからこれも俸給のうちなんだって」

 

軽く苦笑で返すヤン。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「さて……頃合いかな?」

 

YS11特務護衛船団に追われたエンテ艦隊と、そのエンテ艦隊を正面からすり抜けヤンと対峙しようとするケッテン艦隊……状況は、既にヤンの望む混交状態へとなっていた。

 

交錯する敵艦隊は、端的に言って地獄絵図だった。

正面から艦隊が艦隊をすり抜けさせる戦術……密集した船と船の間に船を通すなんてリスキーな事は、将来的にヤン・ウェンリーという男が手にするベストメンバーが揃っていても選択肢にない。例えやれたとしても、避けるだろう。

そして、技量が要求に到底及んでない敵艦隊が行えばどうなるか?

答えは火を見るよりも明らかだった。

 

「予想通りとはいえ、」

 

(敵とはいえ、見ていて気持ちのいいものじゃないな)

 

防御スクリーンを展開したまま正面衝突をし自沈する船……

衝突を回避しようとして、並走していた僚艦に接触、防護フィールドが干渉しあって潰れる船……

短距離砲雷撃戦に移行するため、急速に接近するヤン艦隊に恐慌し、闇雲に発砲して射線上にいた味方を撃沈してしまう船……

この状態を表現するなら、

 

「差し詰め魔女の巨釜(カルドロン)ってところかな?」

 

ただし煮立っているのは、魔女の秘薬などではなく千隻近い軍用宇宙船とそれを操る人間の命だが……まあ、禍々(まがまが)しさは似たようなものかもしれないが。

 

(だが、こちらも仕事は仕事。恨むなとは言わないけどね)

 

戦意に不足はないが、その内心は実に淡々としたものだ。

ハートは熱く、頭はクールに……というのとは少し違うかもしれないが、少なくともヤンは今この瞬間も平常運転だった。

 

「全艦、全力短距離砲戦開始!! 艦載戦闘艇(スパルタニアン)、全機発艦!! 多弾頭多段階水爆ミサイル、投射っ!!」

 

(では、俸給分の仕事をするとしよう)

 

「敵艦隊を殲滅せよっ!!」

 

 

 

 

 

こうしてヤンは中性子や荷電粒子、核反応物質を薪にして、魔女の巨釜を更に煮立たせるべく火力を投じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございました。

魔女の巨釜に、薪をくべる黒魔術師の巻でした(^^

ヤン、結構自覚的です。指揮能力はその水準に達してるかは不明ですが、司令官適性は原作アスターテ並?


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