そして、今回は多くのSF作品で必須技術でありながら、鬼門になりかねないワープについての、この作品での取扱などを……
その日、1500隻の銀河帝国艦隊を500隻ずつ率いていたグスタフ・フォン・クーゲル大佐、ハインツ・フォン・ボルツマン大佐、ハインリッヒ・フォン・メーア大佐は、揃って苛立っていた。
正直に言えば、三人の
戦闘ログのデータリンクから、ヤンが真っ先に500隻の味方艦隊を倒し、次に半ば自滅とはいえ倍の1000隻を屠ってみせた。
確かに武功も栄達も欲しいが、それも命あっての物種だ。
だからこそ、別に仲が良い訳でもない三人は手を組み、3倍の兵力で迎え撃とうとしたのだ。
そもそも、ケッテンとエンテが無様を晒しただけであり、最初から2倍の兵力で殴り掛かれば勝てたのでは?と三人が考えるのも無理はない。
だから、三倍の数を揃えたらヤンが尻尾を巻いて逃げ出すのも計算の内と言えば、計算の内だ。
無論、賢明なる読者諸兄はお気づきだろう。
確かに現状、自由惑星同盟と銀河帝国の軍艦の間に、倍の戦力差を引っ繰り返せる程の性能差はない。
だが、艦隊としての技量差、指揮官クラスの技量差、そして何よりも『邪道と紅茶とブランデーを煮詰めてホムンクルスの技術的応用で人の姿をとらせたような』黒魔術師が司令官の席に座っている以上、とても倍程度じゃ正面決戦でも勝負にならず、現状の3倍揃えてようやくトントン。
実は、ヤンになりふり構わず逃げるような選択肢を取らせるには、抜け駆けもせずに最初からヴァンフリート星系第4惑星近辺でイゼルローン要塞から出てきた貴族艦隊3000隻が、雁首揃えて待ち構えていた場合のみだ。
もっとも、そうならないように情報操作はしたし、万が一にも謀略に乗らなかったとしても、討伐の主力は”
☆☆☆
「おのれ、ヤン・ウェンリー……小賢しい真似を」
そう苛立ちを隠そうともしないのは、クーゲルだった。
前述のように無理に戦う気がないため、素直にヤン・ウェンリーが逃げ去ってくれれば、それでよかったのだ。
だが、どういうつもりか敵は
何かの計略かとも思ったが、真っ直ぐ引いてるだけにも見えなくもない。
いや、厳密にはただ真っ直ぐ引いてる訳ではなく、常に貼り付けてる索敵隊からの報告によれば、どこから見てるのかクーゲル達が追尾をやめようとすれば、途端に迂回しようとする動きを見せるので油断することもできない。
ならば、短距離ワープでもして予想退路に立ちふさがればいいと考えるかもしれないが……実は、そう簡単にいかない理由があるのだ。
まず、ワープというのは確かにとてつもなく便利な……それこそ同盟/帝国を問わず宇宙文明の根幹を支える超光速航法ではあるのだが、如何せん”秘匿性”というものが、全くない航法でもあるのだ。
例えば、同盟軍の軍艦についてるテールフィンは”亜空間スタビライザー”と呼称されるが、これは銀英伝と呼称される世界での超光速航法が、『亜空間を利用した次元跳躍航法』であることがその理由だ。
そして、通常空間から亜空間に突入する時と、そして亜空間から通常空間に時に必ず”時空震”と呼ばれる、特定周波数重力波を発生させるのだ。
この特定周波数重力波というのは超新星爆発などで自然発生的な重力波と違い、ワープ機関と空間の干渉によって発生するもので、規則性があり計測すれば容易に人工の波動だと判別がつく。
おまけにワープインとワープアウトでは同じ規則性重力波でも波形が違うので、亜空間に入ったのか出たのかまでわかる。
そして、軍艦が装備してるような高精度重力センサーや高性能コンピューターなら、方向や距離だけでなく規模からどの程度の船がワープイン/ワープアウトしてきたかまで、かなり精密な逆探知が可能だ。
そして重力波は光速で真空中を伝播し、例え速度自慢の軍艦であれど通常空間での航行では光速には遠く及ばない。
つまり、何が起こるかと言えば、敵艦隊のすぐそばにワープアウトすれば、こちらが射程に入れる前にバッチリばれてしまい、奇襲効果もへったくれもなくなるのだ。
なら、即座に敵を射程に入れられる距離にワープアウトすれば?
はっきり言って、こっちの方が問題だ。
重力場干渉があるため、そもそも高質量体のそばにワープアウトできないというのもあるが……艦砲の射程というのは旗艦級ですらたかだか数百光秒であり、ワープの移動距離から考えたら、超至近距離でしかない。
まず、そんな至近距離で精密にワープアウト・ポイントを絞れる技術が帝国にも同盟にもないし、何よりワープアウト・ポイントに、それも回避できない距離に敵艦隊がいたとしたら……大惨事待ったなしだ。
相対速度にもよりけりだが、エンテ艦隊とケッテン艦隊に起こった
無論、よしんば艦隊同士の衝突を免れたとしてもワープアウト・ポイントが敵の後方ではなく前方で、実は射線上でした……なんてことだってありえる。
加えて、ワープというのはとんでもなくワープ機関に負荷をかける上に、亜空間航行中は船体保護のため防護フィールド(ディストーション・フィールド)を全開ににせねばならず、船全体にもハードウェア的な負荷が大きい。
ぶっちゃけ、メンテはともかくしばらく機関やら何やらの冷却時間をおかないと、まともに動けないくらいだ。
無論、ワープ直後の戦闘なんて本来は以ての外、最悪は一方的に撃たれておしまいになる。
加えてだが……地味に馬鹿にできないのは、全員ではなく個人差も相当あるが、亜空間の出入りで起こる生理現象、いわゆる”ワープ酔い”だ。
笑えないのは、この症状がひどくて軍民問わずに船乗りを諦めた者も数多いのだ。
当然、軍艦に乗る以上は選別されているが、軍人には投与が義務付けられている
なのでクーゲル、ボルツマン、メーアの三人は手間だとわかりつつも、通常空間で追いかけっこを続けるしかなかったのだ。
無論、半包囲陣形のまま追跡するなんて事は不可能で、何とか艦隊行軍できてるという風体だった。
だが、それでも相手が『後進のまま逃げているなら』追いつけないこともない。
「ヤン・ウェンリーの尻尾を踏みつけるまで、あと6時間か……」
彼らには苛立ちがあった。そして無自覚の焦りがあった。
だからこそ、気付けなかった。
(このままなら、数の差で押し切れるはずだ……)
「いつまでもちょろちょろと逃げ回れると思うな!」
自分達が、未だヤンの掌の上だということに。
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「敵を罠にはめるコツは、
”バーミンガム”のブリッジで、
蛇足ながら、ティー・ロワイヤルはカップ一杯の紅茶に香りづけを主な理由としたティースプーン一杯分のブランデー、ヤンの
(ちょうど、今の彼我の戦力差だねえ)
仮にティーカップが200ccだったら、中身の50㏄がブランデー。これが、作戦内通常航行時ならブランデー:紅茶比は1:2、休憩中なら1:1に主にブランデーの比率が跳ね上がる。
ただし、ヤンをほろ酔い気分にでもさせようと思ったら、アルコール度数40のブランデーのフルボトル(700ml)丸々一本を、1時間以内にストレートで摂取させなければならない。
つまり、現状全く酔ってないし、酔う気配すらない。
この男、かなりの
「ヤン、ブランデーと紅茶の混合液を楽しんでるところ悪いけど、そろそろ交戦距離に入るんだけど?」
「そうだねぇ」
ヤンはニヤリと笑い、
「こういう時はピッタリのセリフがあったっけ」
ヤンは通信ディスプレイを開き、
「先生方、よろしくお願いします」
読んでいただきありがとうございました。
先生方って誰のことだろうなー(棒
ヤン、どうやらジャパニーズ時代劇にも詳しい?
というか、13日戦争以前、いわゆる”地球単独時代のサブカル黄金期”の文化とかには全般的に詳しそうです(^^
さて、いよいよ戦いも佳境、役者が揃ってきそうです♪