「こりゃあ酷いな」
「まあ、予想はしていたがな」
ヴァンフリート第4惑星近辺……1500隻を率いる旗艦”フレイヤ”のブリッジで、見事に状況を要約した愛すべき後輩の言葉に大して感慨もなく頷いた。
平たく言えば、貴族艦隊は壊滅の危機に瀕していた。
とりあえず、超簡易の模式図を書いて見ると……
☆(攻撃中)
↓ ←■
★(攻撃中)→○ ←□
☆:ビュコック艦隊(1000隻) ★:リンチ艦隊(2000隻)
○:貴族艦隊(300隻以下まで減少)
□:マールバッハ艦隊(1500隻) ■:ランズベルク艦隊(1500隻)
『我が友オスカー、どういう手でいくかい?』
同じく1500隻を率いる戦艦”リルケ”から、いつものように戦争をやってるとは思えない朗らかな顔……だからどこか
「アルフレット、お前は横合いから殴りつけてる少数の方を、同じく横から攻めて引っぺがしてくれ」
『この位置からなら後ろに回り込めるけど?』
「いや、さっきヴァンフリート4=2にいた別動隊がいたろ? あの数じゃあ正面から切りかかってくることはないだろうが、こっちが背中を見せたら遠慮なく撃ってくるぞ?」
『ふーん……こっちの索敵範囲にはいないみたいだけど? そのまま逃げたって事は?』
ロイエンタールは考える。
エル・ファシルでその片鱗を見せ、まんまと民間人を脱出させたヤン・ウェンリーという男……既に、1500隻の味方艦隊が500隻に蹴散らかされている現実。
如何に貴族が不手際をやらかしても、こうまで一方的な展開になるだろうか?
(油断すべきじゃないだろうな……)
だとしたら、あの小艦隊を率いてたのは、やはりヤン・ウェンリーで間違いないだろう。
「いや、ただで逃げるとは思えないな。ああいう輩は、自分の出来ることと出来ないこと、やってはならない事とやらなくてはならない事の区別がついている。隙を見せない方がいいだろうな」
ロイエンタールは半ば確信的に、
「容赦なく、その隙を突いてくるぞ?」
『だからこその安全策かい? たった400隻相手に?』
「400隻でも1500隻の尻を
だからロイエンタールは考える。
自分ならそれが可能……そして、自分が可能なら当然、相手も可能だと。
(おそらく、俺達の出現は既に
貴族艦隊からのデータリンクで敵は3000隻規模だということは分かっている。
そして、相手もこちらが同等の規模であることは分かっている筈だ。
(なら、同盟は俺達との直接対決を望んでない……?)
もし、自分達との対決を望んでいるならば、もう迎撃用に陣形を変えてないとおかしな話になる。
3000隻の艦隊同士が激突するには、それなりの準備がいる。
無論、敵がこちらの接近に気付かないほどの愚者ならば問題ないが、ロイエンタールにはどうしてもそうは思えなかった。
(こちらの接近も規模もわかった上での行動だと判断すべきだろうな……)
血ヘドを吐く絶叫のような戦闘ログのデータリンクから、敵の手際はロイエンタールから見ても中々のものだ。
なら、そう簡単にヘマをするとは考えにくい。
「やはり周囲を警戒しながら側面攻撃だけでいい。俺の艦隊もリンチの艦隊へ側面から回り込むようにして攻め込む」
『そのこころは?』
「連中に”
(おそらく、向こうも消耗を嫌ってるだろうからな……)
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「これは見透かされてるなぁ」
ヤンは困ったように頭を掻いた。
現状、状況はこう推移していた……
☆ ←
↓ ↑■
★→○ ↓□
←
☆:ビュコック艦隊(1000隻) ★:リンチ艦隊(2000隻)
○:貴族艦隊(250隻以下まで減少)
□:マールバッハ艦隊(1500隻) ■:ランズベルク艦隊(1500隻)
『残念だのう。援軍を率いているのは思ったよりも切れ者じゃったという事か』
『まあ、十分な戦果と言えば、その通りだしな。潮時か?』
通信で繋がるビュコックとリンチにヤンは頷き、
「潮時でしょうね。ビュコック提督は敵に正面を向けるように後退しながら旋回、リンチ提督は回り込まれる前に後退をお願いします」
ロイエンタールの読み通り、ヤンはただヴァンフリート4=2から逃げ出した訳ではない。
ロイエンタール達が追跡しにくいように、或いは追跡されたとしたら対処しやすいように、ロイエンタールとランズベルクの艦隊の情報をリンチとビュコックに通報しながら、主戦場を避け逃げたと見せかけてロイエンタール達の索敵圏内の外側にて待機していたのだ。
そして、数が少なく攻撃しやすいビュコック艦隊の背後を取ろうとすれば殴り掛かり、攻撃を阻止しながらビュコック艦隊を後退させ、襲撃してきた艦隊を現在進行形で討ってる貴族艦隊に押し付ける気だったのだが……
(どうやら、そう易々とは乗ってくれないみたいだね)
そう、敵艦隊が接近してるのに未だ貴族艦隊を撃ち続けてるのは、それ自体が誘いだったのだ。
「まあ、今ならほぼワンサイドゲームで終わらせられますからね。欲をかいて、消耗しても無意味ですから。相手の練度から考えて、損害と戦果が見合いませんよ。きっと」
リンチもビュコックも、ヤンの言葉に同意した。
(攻め時を間違えぬのが勇将で、引き際を間違えぬが良将というが……)
ビュコックはそう内心で感心していた。そして同時に、ヤンの資質を表す言葉を上手く見いだせないでもいた。
まあ、”規格外”であることは間違いないであろうが。
要請という形をとっているが、これは軍という階級が絶対の縦割り組織の権化から考えれば、かなり異常な状況だった。
中将と少将が、中佐(本来の階級は大尉)に何の反論も挟まずに従っているのだ。
無論、リンチの艦隊もビュコックの艦隊もヤン率いるYS11特務護衛船団の麾下ではないし、本来の階級を覆す命令系統も存在しない。
リンチは色々と型破りで、ビュコックは老獪……二人そろって確かに階級大事の軍人にしては頭が柔軟だが、それにしても奇妙な構図だ。
ヤンは、階級でもなく命令権でもなく『ただ、一番適任だから』という理由だけで、自覚ないままにこの場にいる同盟軍の全面指揮を執っていたのだから。
「だけど、この状態は我々にとっては悪い事態じゃありませんよ? 我々が引ける大義名分になる……敵の動きを見る限り、こっちが引くと読んでるでしょうね」
ヤンは、自分の口元が引きあがるのを止められなかった……
「では、計画を完遂すべく最後のミッションを行いましょう。今更ですが、本当に小官でよろしいので?」
リンチもビュコックも無言で頷く。
その表情は、『
それを確認すると、ヤンは徐に広域無指向性通信機……『帝国艦にも繋がる通信チャンネル』をオンにするのだった。
読んでいただきありがとうございました。
やっぱりライバルキャラは強力じゃないとね(挨拶
次世代の双方戦力の主力を担う二人の初邂逅と相成りました。
ロイエンタールって、原作読む限り「ラインハルトと別のベクトルの強さと強み」を持ってると思ってるんですよね。
そして、この世界線では覇王のトリガーである姉は円満な生活をおくれそうなので天才性のみが際立ちそうですが、ロイエンタールは家庭環境が壊滅的ではない(問題がないとは言ってない)けど、彼のキーワードである”渇望”は、この世界線でも形や質が違っても存在してると思うんですよ(^^
さて、そこに強力なライバルが出現したとしたら……?