なんせ、登場人物はたった二人、
まあ、でも割と重要な分岐かも?
「……この車、
ドワイト・グリーンヒルの運転する銀のアストンマーチンDB5……というか、それをベースにしたボンドカー(デザイン的に第3作目の”ゴールドフィンガー”登場の物か?)のレプリカの助手席で、『どうして私はここにいるんだろう?』と根源的な疑問を感じながら、ヤン・ウェンリーはどうにか話題を探し出した。
「詳しいな? ああっ、そういえば君はリンチ中将の弟子だったな。ピストン運動をそのまま物理伝達で駆動力に転換するレシプロ・ドライブは色々面倒でね」
どうやらリンチは、同盟軍の中でも
「この車のメイン・ドライブはオリジナルの水冷直列6気筒を模した6シリンダー・ジェネレータだよ」
どうやらグリーンヒルも結構な”
閑話休題
ちなみにシリンダー・ジェネレータとは読んで字のごとく”筒状の発電機”であり、
この時代の地上車の多くは、”
馬力という意味においては、ジェネレータ発電量だけでなく、実際にタイヤを回す高温超伝導リニアモーターの出力にも依存するのであるが。
この時代の自由惑星同盟の地上車は、安定性や道交法の定義のしやすさ、更に車体を浮かせるエネルギーが不要で動力伝達率の高さなど様々な理由から、自動車というものが生まれた頃と変わらず、タイヤを接地して走る”ホイールド・カー”が主流だ。
確かに銀河連邦時代のほんの一時期には、SF映画に出てくるような車体を浮遊させて走る”エアカー”や”フローティング・カー”が主流だった時代もあったようだが……少なくとも同盟では、特殊用途を除き衰退した技術だ。
まず、先ほど挙げた安定性や信頼性、コストや効率の問題でフローティング・カーはホイールド・カーに太刀打ちできなかった。
ちょっと考えてみてほしいのだが、重力に逆らい車体を浮かせて走行するのと、重力に逆らわず接地して走行するのと、どっちがエネルギーを食わないのかと。
また、現在のホバークラフトなどもそうだが……『地面に踏ん張れない』浮遊車両はえてして風にめっぽう弱い。
空調が完璧で、突風などがありえない巨大バイオスフィアのような密閉型ドーム都市なら良いが、気まぐれに風が吹く自然環境じゃ横転事故が多発すること請け合いだ。というより、事実そういう事故が多発した。
自由惑星同盟は、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムと民主主義の死を嫌い、新天地を求めて旅立った人々とその末裔で主に構成されている。
建国当時から、そして現在進行形で
ドーム都市やあるいはスペース・コロニーは地上にまともに居住できない開発初期段階ならともかく、それは永続的な居住ではなく一時的な処置と考えられている。
そんな、『宇宙服を着ずに自然の大地を歩き、全身に風を感じてリラックスする』ことが当たり前の同盟市民のライフスタイルにとり、エアカーやフローティング・カーは魅力的な移動手段ではなかったのだ。
「別に私はリンチ中将の弟子って訳ではないんですがね?」
と少しだけ気づかれないように顔をしかめるヤン。
まあ、グリーンヒルにはモロバレのようだが……正直、ヤンにとっては自分がどこかの派閥に属してると思われるのは甚だ迷惑なのだ。
できれば、そういう生臭いところから距離をおきたいのが本音だろう。
「それと誤解のないように先に言っておきますが、私はシトレ校長に恩師としての義理や親しみは持っていますが、それ以上の思い入れはありませんので」
『だから勝手にシトレ派認定しないで欲しい』と心の中でつなげた。
「そうかね。ところで君は車を買わないのか? 士官学校で各種地上車の免許習得は必須だろう?」
「今までの生活で、必要と感じたことは特になかったので」
「購入を考えておきたまえ。君も少佐に昇進して俸給が上がるんだ。老後を考えて貯めるだけが能じゃないだろ?」
「それで同盟経済に貢献しろと? 確かに流動性と循環性が無ければ、資本主義経済は成立しませんけど」
「車はいいぞ? デートに買い物に家族サービスにと大活躍だ。私もこの車をはじめ他にもセダンとRVの合計3台所有している」
ヤンは苦笑しながら、
「確かに
(ブリテッシュ・デザインの車は好きだけどね。特に1950~70年代前半のデザインは味があっていい)
どうやら、少なくとも車の趣味はこの二人は合いそうだった。
「……確かにな。嫁と娘にはこの子は評判が悪くてな。金食い虫な上に荷物を積めないとね」
グリーンヒルは小さく同じ苦笑で返しつつ、ふと真面目な顔になり、
「エル・ファシルでは妻と娘が世話になったな。父として夫として個人的に礼が言いたかった」
「……エル・ファシルにいらしたんですか?」
「ああ。君は覚えていないかもしれないが、娘はフレデリカという名だ。妻はあまり体が丈夫ではなくてね……助かったよ」
一応、補足しておけばグリーンヒルの奥方は確かにさほど丈夫ではないが病弱という訳ではなく、同盟自慢の『帝国に比べて総合的に1世紀は先んじてる』と言われる先進医療のおかげで、最低でも原作よりは長生きできそうだった。
社会福祉制度も整ってるしね。
「……小官だけでなく、ラインハルト、いえミューゼル大尉やリンチ中将の尽力があればこそですよ。私だけの力では、おそらく何も成し遂げられなかったでしょう」
別に謙遜ではない。ヤン自身、心からそう思っていた。
「謙虚だな」
「事実を言ったまでです」
このままいけば平行線かと思いきや、
「だが、この場に居るのは君だけだ。なら、代表して礼を受けてほしい」
さすがは情報部高級将校、見事な切り替えしといえる。弁舌においてはまだまだヤンは遠く及ばないらしい。
「そういうことでしたら……お気になさらず。これもお役目、俸給の内です」
「そうか。君の
そうグリーンヒルは苦みを抜いた笑みを浮かべた。
☆☆☆
こうしてDB5レプリカは、ミューゼル邸の門前に着いたのだが……
「車が欲しくなったら相談したまえ。良いディーラーを知っている」
「ええ。その時は是非に」
ここまでは、様式美じみた社交辞令だったが……
「おっと。忘れるところだった」
仕草から考えるに、グリーンヒルの本題はこれからのようだった。
「ヤン少佐、これを君に渡しておく」
(メモ……?)
その紙片を開くと、そこには住所と電話番号が書かれていた。
「これは?」
「ロボス閣下の別荘の住所だ」
「えっ?」
「今度の土曜の午後に時間を空けておく……そう言付けを預かった」
「……閣下は小官に何をお望みで?」
「さあな。
DB5レプリカのテールランプを見送りながら、ヤンはメモを折り畳んでポケットにしまい、
「やれやれ……幸い、階級と一緒に給料もあがるみたいだし、」
(普段は飲まないようなブランデーでも買っていくとするか)
ヤン・ウェンリーは気付かない。
この時期の彼は、あまりに権力という物に無頓着だった。
いや、より正確に言うなら無頓着で”いたかった”のだから。
だが、軍も所詮は人が作った組織、お決まりの権力闘争や派閥争いの宿命から逃れられるはずもない。
もっとも、彼がこれから是非もなく”飛び込まされる”それを、一般的な権力闘争や派閥争いにカテゴライズできるかと言えば……少なからず疑問符はつく。
『要するに、ヤン・ウェンリーという人物は、この時代の自由惑星同盟において”最大の特異点”であり続けたのさ』
後年、とある歴史家はそう評した。
『あるいは、”
シドニー・シトレにラザール・ロボス、そしてドワイト・グリーンヒル……後年の帝国人が言う『
それがどのような未来を紡ぎ出すのか……今はまだ、誰にもわからない。
読んでいただきありがとうございました。
野郎二人しか出てこない、つまらない話かもしれませんが……作者的にはめっちゃ楽しく書けた話でした(^^
原作でもそうですが、このシリーズでも「ヤンに近しい人物」って、それなりに『熱量のある関係』じゃないですか?
でも、グリーンヒルとヤンは『熱量が少ない関係』、冷えてる関係ではないけど、淡々としたそれってイメージなんです。
「好意はあっても好感度に直結しない」みたいな感じかな?
戦いって
なんだか、娘抜きで付き合いが長くなりそうな二人です(^^
そして、割と大きな分岐点が……