日常の一風景。特別珍しくも無い「貴方」と「彼女」の恋のお話。

1 / 1
Twitterでやっていた選択肢ありのssを加筆修正し、こちらに投稿しました。



その時、貴方は……?

 茜のカーテンが窓をすり抜け、電気の消えた教室の机に黒い影を落としている。

 遠くから吹奏楽部の管楽器の声が潮騒の様にぼんやりと響く。ランニングの掛け声が時折混ざり合い、空気を溶かしていった。

 

「……ねぇ?」

 

 机に腰掛け、スカートに皺をつくる彼女は貴方へと問い掛ける。

 

 目の前の女子生徒と他愛のない話をしていた貴方。端から見ても仲が良い事がわかるだろう。

 髪は校則に違反しない程度に長く、身なりは整っていた。

 顔つきは美人と可愛いの境目。開花の途中を覗いた時のような状態である。はっ、と息を飲むほどの美しさや可愛さは無い。クラスで上位に来る程度だ。

 

 目の前の彼女は同じクラスの女子生徒。出席番号が近かったのか、あるいは席替えか、どちらにせよ彼女と貴方の席は隣だ。朝学校に来れば挨拶を交わし、どちらかが教科書を忘れれば見せ合う。その程度には仲が良い。

 成績は適度に良く、貴方よりも少し良い。姉とも妹も違う正真正銘の友達。

 

 時折、隣の席の彼女の長い髪から石鹸の様な良い香り。それがフワッと鼻を擽るのが貴方はとても印象的に残っている。

 彼女が時折見せる女らしさは貴方の胸を高鳴らせる。長い髪を耳にかける仕草、楽しそうに笑う顔。貴方はきっと彼女を憎からず思っている事だろう。

 

「ねぇ、そろそろ行こうよ?」

 

 貴方は課題か、あるいは何か用事かとにかく教室に居残っていた。それももう終わり。

 

 彼女から声が掛かる。

 

「あのさ、図書館に行きたいんだけど?」

 

 しかし、貴方はこの光景を心地よく思っている事だろう。

 暗がりに差し込む夕日、青春の欠片が耳へと伝わってくる。そして目の前には気になる友人。

 貴方は、まだここにいたいと伝える。

 

「えー? うーん?」

 

 彼女は悩ましげに、首を傾げる。

 残っても行っても構わない、そんな雰囲気である。恐らく次の一声で次の行動が決まる事だろう。きっと仲の良い彼女からどちらでも承諾してくれる。そんなのんびりとした態度。

 

 まだ、夕日は落ちそうにない。

 

 そして貴方は少し悩んだ末に、彼女の要求通り図書館へ行こう、と伝える。

 それを聞き、彼女はパッと顔を綻ばせた。

 

「お、私の要求を飲む気になったかー」

 

 そんな事を言いつつも机から降り、スカートを手早く直す彼女の姿を横目に、貴方は立ち上がった。

 廊下に貴方達の声を響かせ、図書館へ。

 

 

 他愛もない話をしつつも、貴方達は図書館へと辿り着く。

 夕暮れの道を歩き、車通りを避けつつも本の海へ。

  

 中に入ると、冷房の風が出迎えてくれる。まだ春だというのに暑苦しさを感じる最近の気温。貴方は図書館が心地よく感じる事だろう。

 

「あー涼しい」

 

 それは彼女も一緒のようだ。手で顔を扇ぎつつ、彼女は言う。

 

「じゃあ私、お目当てのものを探しにいくけど……」

 

 ちらりと、彼女は視線をこちらに寄越す。此方がどうするのか気になるようだ。

 彼女の視線を受けた貴方は一緒に探す事を告げるだろう。

 

「本当!? ありがと」

 

 ぱっと花が開いた様な笑顔が彼女に咲く。そして彼女は貴方の手をぱっと取る。

 

「たぶんこっち、行こう?」

 

 貴方は不意打ちに近い手のひらの柔らかい感触。髪が泳ぎ、彼女がふわっと香る。恐らくあなたは赤面するかもしれない。それ位には印象的な一瞬。

 秒針が時を刻む間。貴方と彼女しかいなかった。静かな一秒は永遠にそして瞬間で走り去り、あなたは彼女に付いていく。

 

「んー何処だろ?」

 

 新刊コーナーに辿りついた彼女は背表紙をなぞり始める。何かを探しているようだ。彼女が欲しいものは何か、と疑問に思った貴方は、彼女の背中に質問を投げ掛けた。彼女はびくりと背中を震わせる。

 

「え、えーっと?」

 

 彼女は少し悩み、手近にあった本をパッと取る。

 

「こ、これ!」

 

 手に取ったのは恋愛小説。映画でもやっていた有名小説。シンプルなボーイミーツガールな内容だ。貴方はそれに見覚えがある。前に読んだと言っていたような、そうで無いような。ともかく確かな既視感があった。

 貴方は思わず指摘してしまう。読んだ事が無かったか? と。

 

「あっ!?」

 

 彼女は手に持った本をわたわたと振り回した。どうやら何か手違いがあったのかもしれない。

 貴方はわたわた、と慌てる彼女に落ち着け、と優しく声を掛けた。その声が届いたのか一旦停止する彼女。

 

「そ、そうだね。落ちつこう、落ちつこう」

 

 すーはー、すーはーと深呼吸し、彼女は手に持っていた本を戻し、別の本を取り出した。

 

「こっちだったね、うんうん」

 

 彼女は表紙を見て頷いている。

 

 

 本の虫という程ではないが、時折本を読んでいたりする彼女。

 読んでいる最中、癖のように長い髪を耳に掛ける。その姿を貴方はふと思い出す。

 

 

 そんな彼女は、先程の失敗が恥ずかしかったのか、右手で髪を弄り、えへへとはにかんでいる。

 

「不意打ちは卑怯なりー」

 

 と、彼女はおどけた。

 

 そんな態度に貴方は冗談混じりの態度で返す事だろう。図書館で小さく談笑が起こる。

 

 図書館でのやり取りに満足し、貴方同様に満足気な彼女にそろそろ帰ろう、と促した。彼女もそれに応じ、図書館から出ることとなった。

 

 

 冷房が効いた図書館から出ると、暖かい風が出迎える。空では先程の夕焼けに夜空が混じりあい、あたかも一つの芸術の様に美しいコントラストを演出していた。

 

 貴方は彼女と共に家路を辿る。本の事や、空の事、そういった他愛ない話をしながら。

 

 そしてポツリ、ポツリと交わす言葉は少なくなっていく。夕焼け空に声が飲み込まれていき、お互いが沈黙した。

 何か失敗したとかではない。お互いに次は何を話そうか、と逡巡する少しの間。

 それを破ったのは彼女だった。

 

「本当はね……これを借りる為に図書館に誘ったんじゃないの」

 

 その言葉には何か「決心」の様なものを感じ取った貴方。そして貴方は真剣な彼女の態度に向き合う様に、歩みを止めた。

 彼女は薄く微笑みつつ、言葉を続けた。

 

「本当はね、貴方と喋るきっかけを探していたの」

 

 えへへ、と彼女は頬をかく。

 

「夕焼けの教室であなたを見ていると、何を話していいか分からなくなっちゃって……」

 

 彼女は言った。困った様にされど少しうれしい様なそんな表情をたたえながら。

 夕焼けに染まる彼女。特別でない日常の一部、それだけの筈なのに、貴方は彼女から目が離せない。

 彼女は言葉を続ける。

 

「だからね、本を借りに行こうかなー? って」

 

 共通の趣味だしね、と彼女は言う。

 

 茜に染まる空。彼女もまた橙色に染まっていた。

 

 貴方の耳にばくばくと心音が聞こえてくる事だろう。それくらいには貴方は彼女に吸い込まれていた。ここは人も車も通る往来。貴方は少し逡巡し、場所を変える事を決心する。

 少し遠回りしようか、と彼女に伝える。

 

「……うん」

 

 彼女は静かに頷き、貴方の後についてくる。

 夕焼け空に負けぬ程に、あなた達は茜色に燃え上がる。貴方は側を通る車の音すらも耳に入って来ない。

 道すがら交わる言葉も少なく、お互いがお互いを意識しつつも手ごろな場所を探す。

 

 幸い、近くには誰も遊んでいない小さな公園が横たわっていた。

 

 誰もいない公園へと辿り着いた貴方達。人通りも少なく、何か二人で話すのならこれ以上無いという程の場所であった。

 

 ドクン、ドクン、と心臓が跳ねる。この空気にお互い酔いながらも、雰囲気の間隙を探る。話し出す言葉をお互いが待っている。そんな状態であった。

 緊張の最中、貴方は彼女に声を掛ける。雰囲気を壊さず、なおかつ的確なタイミング。彼女の視線と貴方の視線が交差する。

 先程の話の続き。貴方はそれを聞こうとする。

 

「あのね、今もそうなんだ」

 

 茜が差す中、彼女は貴方へと言葉を紡ぐ。

 夕焼けなど目に入らない。美しい彼女の姿だけが目に焼き付く。

 

「ときどき、あなたと過ごしていると何を言えば分からなくなっちゃって」

 

 彼女は必死に言葉を紡ぐ。

 

「話したい事は一杯あるのに、ずっとずっと話していたいのに、どうしようもなく胸が苦しいの」

 

 真っ直ぐな思いが伝わってくる。彼女の言葉は貴方へと紡がれる。

 

「さっきの教室もそうだった。だから図書館に誘ったんだよ?」

 

 彼女の視線は貴方へと。

 貴方はきっと受け止めるだろう。

 

 言葉に出来ない、大きな大きな思い。

 

「私、あなたの事が好き。どうしようもない位に好き……なんだ」

 

 飾らない思いが、貴方へと投げ掛けられた。

 

 

 

 貴方は、貴方の言葉で彼女に返答する。そう、例えるなら「月が綺麗ですね」と。

 

 彼女は一瞬固まり、そして夕焼けに花か咲く。

 夜空と夕焼け空が交わる黄昏時。二人が確かに繋がった瞬間だった。

 

「大好きっ!」

 

 夕焼け空に、いや、貴方へと彼女の好意が投げ掛けられる。

 貴方はしっかりと受け止めたのだろうか?

 

 空には一番星が輝き始めていた。

 

 

 かくして貴方は彼女と交際する事となった。飾らない思いも、まっすぐな気持ちも全てを内包した貴方達。

 

 まだまだ道は続いていく、きっと幸せな道であるはずだ。

 

 

 

 

 

 うららかな日差しの元、エプロン姿の「彼女」は声を掛ける。

 

「ねぇ、あなた? 覚えてる? あの時の事」

 

 

 夕焼けにも、夜空にも、そして太陽にも負けぬ、あなただけの「月」はいつまでもそこにいた。

 




投票にご参加くださった方、拙作に目を通して下さった方、本当にありがとうございました。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。