艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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朝潮着任 5

鎮守府とは、正化22年に深海棲艦に対抗するための兵器『艦娘』を運用するために旧日本海軍の鎮守府跡地に建設された施設である。

 

 同規模の施設が呉、舞鶴、佐世保、大湊の計5カ所あり(ただし大湊は鎮守府ではなく警備府と呼ばれる)、各鎮守府は、所轄海軍区の防備、所属艦娘の統率・補給・出動準備、艦娘の徴募・訓練、施政の運営・監督にあたっている。

 

 旧日本海軍の鎮守府司令長官は作戦計画に関しては海軍軍令部長の指示を受けたが、深海棲艦が神出鬼没であり人類の戦略、戦術と大きくかけ離れた行動をとるという理由のため、現在の司令長官は大規模作戦以外の作戦に関してはある程度の独自裁量権が与えられている。

 

 ここ横須賀鎮守府は全国に5カ所ある鎮守府のなかで最大規模を誇り、保有する艦娘も全艦娘の20%に達し、本州の太平洋側と東北、北海道の日本海側の第1海軍区の防衛を主に担当する。

 

 現在の横須賀鎮守府庁舎は、深海棲艦の艦載機の爆撃を受け全損した旧庁舎を、無事だった旧海軍呉鎮守府庁舎をモデルにして赤煉瓦と御影石を組み合わせた外観に建設しなおしている、なんでも、大本営のお偉いさんが『鎮守府と言えば呉だろ』と、お前呉鎮守府しか知らないんじゃないかと言いたくなるようなことを言ってこうなったという俗説もあるとか。

 

 「結局、お上の意向には逆らえないということか。」

 

 「提督さん、何か言った?」

 

 「いや、なんでもないよ、独り言だ。」

 

 いかんいかん、思わず口に出してしまっていたようだ、気を取り直して目の前の書類に目を向ける。

 

 向けるが……毎度毎度、嫌がらせのようなに送られてくる書類の山、書類に目を通し、サイン、押印、この作業の繰り返し、私が決済しないと事が進まないのはわかるがどうにかならないものだろうか、隣で同じような作業を続ける由良は鼻歌混じりでこなしているというのに。

 

 「そういえば今日でしたね、新しい朝潮ちゃんの着任。」

 

 「ああ。」

 

 予定ではヒトヒトマルマル、あと2時間くらいか、あの二人、何もしてないだろうな?

 

 「迎えに行かせた二人、大丈夫なんですか?正直申し上げて、その……」

 

 由良が上目遣いで私に問うてくる、気持ちはわかるぞ、私もそうだ。

 

 「奴らは見た目と頭はバカそのものだが腕は立つ、それに私の古くからの部下だ、大丈夫だよ。」

 

 そう信じたい。

 

 「今日来る朝潮ちゃんはどんな子なんですか?」

 

 納得しきれないと言う顔で今度は私の手元、いや机か、を見て由良が聞いてくる。

 

 「気になるか?」

 

 「ええまあ。」

 

 私は机の引き出しにしまっていた朝潮の経歴書を取り出し、由良に渡す。

 

 「養成所に3年?ずいぶん長く養成所に居たんですね、歳は……13か。」

 

 「なかなか艤装と適合しなかったらしい、最後にと挑んだ『朝潮』の艤装と適合して艦娘になったと聞いた。」

 

 へぇと、呟きながら由良が経歴書に目を通していき一番下の備考欄あたりで止まった。

 

 「あ、あの……備考のところに『座学は優秀だが洋上訓練の経験なし』って書いてあるんですけど……」

 

 「内火艇ユニットを使うことができなかったらしい、よく3年も養成所に居られたものだ。」

 

 由良が『ホントに!?』とでも言いたそうな顔をしている、まあそうなるな。

 

 それから由良は添付してあった写真に目を落とし、懐かしそうな顔をする。

 

 「でも、先代の朝潮ちゃんによく似てますね、やっぱり似たような子が適合しやすいのかしら。」

 

 ああ、私も思ったよ、よく似ている、先代の朝潮の経歴書と間違っているんじゃないかと思ったほどだ、瞳の色は蒼ではなく茶色だが。

 

 「君も先代の『由良』と似ているのか?」

 

 艤装に適合すると髪や瞳の色が変わるというのは知識として知っているが、顔立ちまで似るものなのだろうか。

 

 「五十鈴姉さんには雰囲気は似てるけど顔が全然違うと、着任した時言われましたね、ただ着任時はそうでもなかったんですが、日が経つにつれて性格も似てきたと。」

 

 性格にも影響が出るという話は初めて聞いたな、初同調時に前の適合者の記憶が流れ込んでくることがあるらしいが、その辺から影響をうけるのだろうか。

 

 「そういえば着任当時の由良はヤンチャだったな。」

 

 当時の由良はいわゆるスケバンみたいな感じだった、ヨーヨーを持たせたら似合っていたかもしれない。

 

 「やめてください!私の黒歴史です……思い出すと今でも顔から火が出そうになるんですから!」

 

 だろうな、マスクに木刀まで担いでお前はここに何をしに来たんだと言いたくなるほど酷かった。

 

 「朝潮と会うなり『なんで軽巡の私が駆逐艦ごときの指示に従わなきゃならないのよ!私の方が立場もスペックも上でしょ?』ってつっかっていたな。」

 

 もっとも、その後の訓練で足腰立たなくされていたが。

 

 「いやホント勘弁してください、それから一か月、肉体的にも精神的にも徹底的に叩きのめされたんですから……」

 

 それからしばらくは朝潮のパシリみたいなことまでしていたな。

 

 「ああそうか、由良が嚮導を買って出ようとしたのはその時の意趣返しをしようとしたんだな?」

 

 「ち、違います!あれは本当に朝潮ちゃんを心配して……まあ、まったくないわけじゃ……いえ、違いますからね!」

 

 わかっているよ、君はそこまで歪んだ性格はしていない、「ちょっと提督さん!?ホントにわかってる!?」と横でわめく由良を適当になだめて時計を見る、マルキュウサンマルを少し回ったところか。

 

 「そろそろ休憩にでもしないか?」

 

 今日中に決済すべき書類は片づけた、あとは朝潮の着任を待つだけだ。

 

 「今日は速いですね、いつもなら夕方までかかるのに。」

 

 由良が驚いている、私だってやるときはやるのだ。

 

 「終わらせたのは今日中にやらなきゃいけない物だけだ、他は残っているよ。」

 

 手をヒラヒラと振りながら私は席から立ち、軽く体を伸ばすと背中や肩がポキポキと音を立て、思わず「うっ」っと言ってしまう、書類仕事は肩が凝っていけない、私も歳なんだろうな。

 

 「提督さん……おじさんみたいですよ?」

 

 「もう何年かすれば私も40だ、今でも十分おっさんだよ。」

 

 もっとも、こんなご時世でなきゃ、30そこそこの若造が提督などあり得ないのだがな。

 

 私は、一度執務机の向こう側の窓の外を見た後、肩を軽く回しながら執務室のドアへむけて歩き出した。

 

 「どちらへ?お茶でも入れましょうか?」

 

 「天気がいいから軽く散歩でもしてくるよ、部屋に篭っているのはどうも性に合わん。」

 

 朝潮の到着まであと1時間ちょっとあるしな。

 

 「いってらっしゃい、お土産期待して待ってますね。」

 

 由良がこれでもかというほどの笑顔で見送ってくれる、なぜ散歩でお土産を買うと思うのだろうか、まあいつも助けてもらっているから何か茶請け程度なら買ってきてやるのもいいか。

 

 「わかったわかった、期待して待ってろ。」

 

 執務室から出た私は庁舎中央付近に位置する執務室から正面玄関前の階段へ続く、比較的新しい建物であるにもかかわらず西洋の因襲が根深く心に根を張るような廊下を歩きだした。

 

 「無駄に金をかけおって、もっと他に金をかけるところがあるだろうに。」

 

 と、ここにきて何度目になるかわからない愚痴をこぼす、まあ、あちこちのお偉いさんが来ることがあるから見た目に気を使わなければならないのは理解できるが、当時の海軍はどこから金を引っ張ってきたのやら。

 

 横須賀鎮守府は空から見下ろすと『エ』の字のような形をしている、山側に人事や経理などの各事務処理を行う部署、憲兵や海兵隊、私の私兵などの陸上要員の指令所などがあり、海側には艦娘用の寮や会議室、トレーニングルームなどがある、艦娘は基本的に海側の施設を中心に行動する。

 

 そして中央に執務室や応接室、作戦会議室、司令部施設等の鎮守府の意思決定に係る部署が集中する、工廠などの施設は庁舎の海側に別に建設されている。

 

 「ここに来て7年か、これほど長くいることになるとは思っていなかったな。」

 

 初めの頃は文字通り手探り状態だった、海軍は艦娘を建造したはいいが、運用に関しては現場に丸投げ状態、それでも各鎮守府と意見交換や演習、実戦を繰り返し、犠牲も多かったがなんとか排他的経済水域くらいには制海権を取り戻し、ここ数年は、数は多いとは言えないものの他国からの輸入、輸出も再開されてきている。

 

 「ん?この匂いは。」

 

 階段に差し掛かろうとしたところで、はっきりとした香りではないものの、風に乗って懐かしい香りがしてきた、一階、正面玄関の方から?

 

 一階に降りると玄関からヒラヒラと桜の花びらが吹き込んで来ていた、そういえばあの日の夜もこうだったな……。

 

 「これは……見事だな……。」

 

 玄関から出ると色彩の暴力に圧倒された、開花にはまだ早いと言うのにロータリーに植えられたソメイヨシノはこれでもかと花を咲かせ風に吹かれてその花を散らしていた。

 

 「おいおい、相変わらず気が早いなお前は……。」

 

 昨日まではまだ蕾がちらほらとあるだけだったではないか、お前も朝潮が帰ってくるのを喜んでいるのか?

 

 私は、桜の下まで歩き、桜を見上げ軽く幹に手を添えた、この木の下で私は彼女と出会った、桜吹雪を背に立つ彼女は、まるで桜の精のように綺麗で、可憐で……私は一瞬で心を奪われた、いい歳した男が見た目は小学生くらいにしか見えない少女に一目惚れしたのだ、幼女趣味と笑われても仕方がないな。

 

 「あ、あの……。」

 

 桜を見上げていた私に背後から誰かが声をかけてきた、もう一度聞きたかった声、あの日私が死なせてしまった彼女によく似た声、待ってくれ、君が来るのはもう少し後のはずだろう?まだ心の準備ができていないんだ。

 

 ゆっくりと振り返ると、そこにはあの時と同じように、桜吹雪を背景にして黒髪の少女が立っていた。

 

 やはりよく似ている、違うと言えば瞳が蒼ではなく茶色な事くらいか、なんと声をかければいい?あの時と同じでいいのだろうか、大の男が情けない、年端も行かない少女の前で言葉も出せずに見つめることしかできないとは。

 

 「失礼かと存じますが、アナタがこの鎮守府の提督……司令官……でしょうか。」

 

 君も緊張しているのか?声は少し震え、気持ち上目使いで彼女は私が誰か尋ねる、私は感情を顔に出さないようにするのが精いっぱいで声を出すことができない、その顔で、その声で再び司令官と呼ばれたことが嬉しくて、愛おしくて、でもどこか悲しくて、別人だということは頭ではわかっているのに感情が抑えられない。

 

 「あ、あの……どうしよう、間違えたの……でしょうか……。」

 

 彼女が動揺し始めた、それもそうか私のような中年男にずっと見つめられているのだ。 

 

 「いや、間違ってはいない、私が当鎮守府の提督だ。」

 

 なんとか声に出せた、おかしなところはなかっただろうか、うん、大丈夫なはずだ、顔は若干こわばっている気はするが。

 

 「ほ、本日付けで着任いたしました、駆逐艦朝潮です!よろしくお願いします!」 

 

 ああ、知っているよ、君を待っていた、3年間待ちわびた、君にとっては迷惑な話かもしれないが、『君』ともう一度話したかった、『君』と過ごしたかった、そして……『君』に謝りたかった……。

 

 「君のような幼い子が戦場に出るのか?」

 

 物思いに浸っていた私の口を突いて出たのは、あのときと同じセリフだった、なんでこんなセリフを言ってしまったのだろうか。

 

 「み、見た目は子供ですが、歳は13です!幼いと言われるほどではありません!」

 

 いかんな、怒らせてしまった、そんなつもりではなかったんだが。

 

 「すまない、怒らせるつもりはなかったんだ、ただ……口が勝手にな。」

 

 朝潮が呆れたような驚いたような顔をしている、変な奴と思われてしまっただろうか。

 

 「ふふ、司令官は相変わらずなのですね。」

 

 笑われてしまった……ん?相変わらず?

 

 「覚えてはおられないんですね……。」

 

 「どこかで会ったことがあったか?」

 

 少し寂しそうな笑顔の朝潮に問うてみる、君とは初対面のはずだ、君のように彼女とそっくりな子なら記憶に残らないわけがない。

 

 「いえ、こちらのことです、申し訳ありません、変な事を言ってしまって。」

 

 「そうか?ならいいのだが。」

 

 朝潮がうつむいてしまった、私は逆に空を見上げる、なんとも気恥ずかしい。

 

 「「……」」

 

 流れる沈黙、風に揺れる桜の枝の音だけが響く、いつまでもこうしてはいられないな……私は意を決して軽く咳払いし改めて、朝潮と向き合い右手を差し出す。

 

 「ようこそ駆逐艦朝潮、私は君を心から歓迎する。」

 

 「はい!司令官のお力になれるよう、誠心誠意努力いたします!」

 

 私の差し出した右手をその小さな手で君は握り返す、朝潮の体温が右手を通して伝わってくる、おかえり朝潮、もう一度ここから始めよう、昔『君』と出会ったこの場所から、今度は間違えない。

 

 もう二度と『君』を死なせたりはしない。




鎮守府の大まかな見取り図

            『防波堤』    

        
            『運動場』         


        『   艦娘関連施設   』    『ゲーム内の外の風景』
            |    |

            『執務室等』  ←こちら側に執務室の窓       

            |    |

        『  各種事務関連施設  』


            『ロータリー 』

             『 正門 』

って感じの脳内設定になっています。

スマホでは縦で見ると文字がずれてわかりにくくなってました。
横にすれば正常に見えます、私のスマホではですが。

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