ーーーーAM 13:00
空に花が咲いている。
炎の花びらと煙の葉、地獄の空はこんな感じなのかしら。
ハワイの空に、耳を塞いで縮こまりたくなるような轟音と共に、生き物の存在を許す気のない地獄の花畑が現れた。
気分がいいわね、9年前に私の故郷を焼いた炎と同じ色の業火が、今は憎き相手の本拠地の空を焼いている。
敵を直接、この炎で焼き尽くしてあげれないのが残念だわ。
そうすれば、今よりもっと気分が良くなるのに。
ズドォォォォン!
砲撃開始から約5分後、今度は南西の方から爆音が鳴り響いた、空を覆う砲撃の豪雨に比べたら、聞き逃してしまいそうなほど微かな音だけど私の耳は聞き逃さない。
だってこれは
ガンナー1から私への、一世一代の愛の告白。
告られる方は真摯に受け止めてあげなきゃ、それが最低限の礼儀だものね。
受け取ったわよガンナー1、アンタはそこから見てなさい。
私が中枢棲姫を討ち取る様を。
そして別れを告げなさい、一本残らず無くなる毛根と。
「お嬢!」
次席指揮官のソード2が催促してくる。
わかってる、心配しなくても突撃するわ。
中枢棲姫は今も変わらず上の空、砲台小鬼はどうしていいのかわからず右往左往。
ギミックの破壊は無理して行う必要なかったかもね、アイツは今も北のお空に夢中だもの。
そう、そのまま……そのまま北の空を見上げてろ、気づかない内に刈り取ってあげるわ。
白くて憎らしいその首を!
「第一分隊!突撃開始!トラトラトラァァァァ!!」
ドン!ドン!ドン!
私の合図と共に、機械式内火艇ユニットを背負った隊員が特殊弾頭を砲台小鬼に発射。
3発同時に発射された特殊弾頭が、私達から見て3,6,9時の位置に居る小鬼に直撃、撃破した。
大したものねこの弾頭、これが量産できれば艦娘の戦いも楽になるかもしれないわ。
ドン!ドン!ドン!
再び3発発射された特殊弾頭が残りの小鬼を攻撃、二隻ほど仕留めそこなったわね。
隊員たちがアサルトライフルを撃ちながら、私が居る場所から遠ざけるように誘導してるわ。
私も、負けてられないわね。
「行くわ!援護よろしく!」
「おう!任せとけ!」
私は左手に持った日本刀を腰の位置まで引き上げ、右手を柄に当てて突撃開始。
艤装は降ろしてるからトビウオは使えない、稲妻や水切りももちろん使えない。
正真正銘、生身での突撃。
けど大丈夫、私にはお父さん仕込みの技がある。
私がお父さんに一番最初に教えられたのは歩法だった。
前に出ている足の膝の力を抜き、体が前に倒れる力を使って前足を滑らせるように前進させ、後ろ足は前足に沿う形でひきつける『滑り足』、これを左右交互に行う移動法。
一瞬で凄い距離を移動する事は出来ないけど、膝の倒れる向きを変えれば横にも移動できるし、大きな筋肉運動が発生しないので動き出しが分かりにくく、構えた状態で行えば頭も上下しない。
お父さんが初めてこれを見せてくれた時は心底驚いたわ、姿勢はそのままに、まるで地面を滑るかのように移動するんだもの。
しかも凄い速度で。
驚いたと言うより……正直気持ち悪かったわね、絶対言えないけど。
そして次に教えられたのは抜刀術、居合術とも呼ばれるわね。
刀を鞘に収めた状態で帯刀し、鞘から抜き放つ動作で一撃を加えるか相手の攻撃を受け流し、二の太刀で相手にとどめを刺す技術を中心に構成された武術。
まあ簡単に言うと、敵が至近距離にいる時に、自分が刀を抜いてなかったらどうする?って感じで考えられた武術らしいわ。
抜刀術は、速いと思われがちだけど実際はそんな事はない、異論は認めるけどね。
普通は『刀を抜く、構える、振りかぶる、斬る』という動作をするんだけど、抜刀術は『刀を抜きながら斬る』
つまり、「構える」と「振りかぶる」という動作を端折ってるから、斬るまでのステップだけ見ると速く見えるの。
実際、斬りかかる速度は普通に斬るより速いんだけど、肝心の剣速は振りかぶってからの方が速い上に威力も段違い。
抜刀術のメリットは太刀筋が読みづらいという事だけ。
それだけなら普通に斬った方がいいじゃない?ってお父さんに言った事があるんだけど……。
お父さんはなんて言ったと思う?『そっちの方がカッコええじゃろ?』ですって!
ハッキリ言って呆れたわ、実利より見た目を取るんだもん。
まあ、気持ちはわかるわよ?
カッコ悪いよりカッコイイ方がいいもんね。
私も今は気に入ってるから、お父さんの事あんまり言えないけど……。
ヒュー―……ゴトン……。
私の背後から中枢棲姫に向かって撃たれた特殊弾頭が、私を追いこして中枢棲姫に当たって地面に落ちた。
爆発せずに。
不発?
違うわね、きっと弾頭に使われた核が中枢棲姫を傷つける事を拒んだんだわ。
「ならば、ぶった斬るだけ!」
私は速度を上げて中枢棲姫へ迫る。
突撃の合図から5~6分と言ったところかしら。
首は目の前、特殊弾頭が当たった事でようやく後ろを向いたわね。
艤装ごと私に向き直ったわ。
(ココニ…タドリ…ツイタノカ……)
中枢棲姫が虚ろな目で私を捉えた次の瞬間、私の頭に聞き覚えない声が聞こえて来た。
これは……中枢棲姫の声?
構うものか!
命乞いなんて聞いてやる気はない!
私は地面を踏み切り、中枢棲姫の首の高さまで跳躍、首を狙って真横に刀を抜き放った。
うん、間違いなく抜き放った。
だって刀身は中枢棲姫の首を捉えているもの。
なのに刀が届かない。
いや、時間が止まってる?
私は宙に浮いたまま身動き一つとれない、眼球すら動かせない、きっと息もしていない。
認識できるのは目の前の中枢棲姫だけ、かろうじて目の端に映る周りの景色が真っ黒に塗り潰されているようにも見える。
それだけじゃない、艤装を降ろす前まで感じてた不安がぶり返した、恐怖が蘇った!
ああぁ……ごめんなさいお母さん、これは違うの……お母さんを傷つけようとしたんじゃないの……。
違う!こいつはお母さんなんかじゃない!
どうして?艤装は降ろしたのになんで影響を受けるの!?
(アナタハ…ドウシテ……アラガウノ?)
どうして抗う?当り前じゃない!
アンタ達なんかに言いようにされたくないからよ!
違う……逆らう気なんてないの……ただ私は……。
うるさい!
私の頭を乗っ取るな!
(ドウシテ…死ヲウケイレナイノ?)
死にたくない……死にたくなんてない……。
殺したのはアンタ達じゃない……。
何も悪い事なんてしてないのに、アンタ達がいきなり殺しに来たんじゃない!
私の深海棲艦への憎しみと、艤装から流れて来る中枢棲姫への恐怖と平伏したいと言う思いがごちゃ混ぜになって頭が混乱する。
このままじゃダメだ……艤装を降ろしても、艦娘として艤装と同調してる状態じゃコイツの影響を受けてしまう。
解体されて来るべきだった……。
そしたら、きっと今頃コイツの首を刎ねる事ができていた。
強制的に同調を切る?
出来ない事はない、私から艤装との同調を切るだけならたぶん出来る。
だけど、それをやって大丈夫?
ただでさえ私は艦娘歴が長いんだ、軽巡以上なら影響は少ないだろうけど、正規の手順以外で解体を行ったらどんな影響が出るかわからない。
9年分の成長が一気に来たらどうなるんだろう、干からびちゃうのかな、それとも体が破裂するのかしら。
どちらにしても、体に良くないのは確かだわ。
でも……。
それでも……。
コイツを殺せるんなら、私の体がどうなろうと知った事か!
私はイメージする。
背中から、200メートル後方に置いて来た艤装と繋がる不可視のラインを。
9年間共にあった駆逐艦神風の艤装。
私を神風足らしめた神風の艤装。
同調を切ったら、きっともう神風に戻れない。
そう思うと、少し寂しくなるわね。
だけど、コイツを倒すためには神風のままじゃ倒せない……。
神風を辞めないと倒せない。
ならば……答えは決まっている。
プツン……。
背中の方で、張り詰めた糸を切る様な音が聞こえた気がした。
さようなら神風、今までありがとう……。
貴女と一緒に過ごした時間は忘れないわ。
いえ、忘れられない、だって貴女は私だったんだもの。
深海棲艦の核を使った、機械仕掛けのもう一人の私。
同調を切った途端時間が再び動き出した、音が戻り、硝煙の匂いが鼻孔を擽り、真っ黒に染まっていた景色が元に戻った。
「その首!貰ったぁぁぁぁぁぁ!!」
ザシュ……!
肉と骨を切り裂く嫌な感触を刀を通じて感じる。
中枢棲姫の右横を通り抜ける私の左目が、斬られても虚ろな目のままの中枢棲姫の首を目の端に捉えた。
「ぐっ……うぅぅ……」
跳躍した勢いのまま右肩から地面に倒れ込む、着地がまともに出来なかった。
いや、体が言う事を聞いてくれなかった。
「か、体……が……」
体の節々が異常に痛む、呼吸がしづらい。
手足が引っ張られてるような気がする、きっと成長が再開したんだ。
9年間止まっていた成長が、艤装との同調を切った途端に再開したんだ。
「ふ…ぅ……ふ…ぅ…」
なんとか息を整えようとするけど上手くいかない、苦しい……。
体に、何か生暖かいものが降り注いでる気がする。
これは中枢棲姫の血?
なんとか眼球を動かして中枢棲姫を見上げると、首の切り口から鮮血が噴き出していた。
「あ、蒼い……血だ……。」
私たちの血の色とは違う色。
深海棲艦の血を見るのは初めてじゃないけど、ここまで鮮やかな蒼は初めて見る。
こうして見ると現実味がなさ過ぎて綺麗に見えるわね。
蒼い飛沫がキラキラ輝いて、中枢棲姫の人間離れした容姿も相まって美しいオブジェのように見えるわ。
「お嬢、大丈夫か?」
「だい……じょばない……」
周囲を警戒しながら私に近づいて来たソード2が、私の前に膝をついて聞いてきた。
見たらわかるでしょ?
痛すぎて気絶も出来ないわ……。
「任務完了だな、首は持って帰るんだろ?」
「ええ……」
あんまりいい趣味とは言えないけど、大将首だからね。
学者にも高く売れそうだし。
「仕留め損ねた砲台……は?」
「中枢棲姫に使わなかった分をぶち込んで倒した。撤収でいいな?」
「ええ、後の指揮は任せるわ……」
喋るのもしんどい……。
私はソード2に指揮と私の運搬を任せて空を見上げる。
結界の頂点から徐々に消えていってる。
外の戦闘音も激しくなってるわね。
きっと、お父さんが総攻撃を命じたんだ。
私を信じてくれたのね、私が中枢棲姫を討ち取ると信じて、私の合図で総攻撃を命じたんだわ。
「あとちょっとだお嬢、揚陸艇が結界の端まで来てる!」
ここは……ボルケーノビレッジ?
もうそんなに戻って来たんだ……、意識が朦朧としてたから気づかなかったわ。
上陸して来た黒砂海岸の沖に揚陸艇が見えてる、もうすぐ帰れる……お父さんの待つワダツミに。
いっぱい褒めてもらおう、頭も撫でてもらおう。
だって敵の大将を討ち取ったんだもん、それくらいして貰たって罰は当たらないわよね……。
「敵襲ぅぅ!」
ズドン!!
後方を警戒していた隊員の警告と同時に発砲音。
砲弾は、私と私をおんぶしたソード2の後方100メートル付近に着弾した。
「い……たぁ……」
爆風で吹き飛ばされ、地面に打ち付けられた私の目に映ったのは中枢棲姫の艤装だった。
なんで?
中枢棲姫は倒したわよ?
「う…嘘……。」
艤装が、中枢棲姫の艤装が動いてる……。
中枢棲姫が寄り添っていたバケモノの様な艤装が、鎌首を私に向けて口から伸びた砲を向けている。
まさか、艤装の方が本体だったの?
いや、そんなはずはない。
だって結界が消えていってる、頭上から傘のように島を覆っていた結界は半分近くまで減ってるもの!
もちろん艤装が装甲を纏っているようにも見えない。
じゃあこれは最後の抵抗?
それとも主人の敵討ち?
どちらにしても、あの砲が火を噴いたら私は簡単に消し飛ばされちゃう!
「く、クソ……動いてよ!」
体は相変わらず言う事を聞かない。
第一分隊の隊員が応戦してるけど足止めになってない。
私を背負っていたソード2は打ち所が悪かったのか、私の少し前で気絶してる。
嫌だ……死にたくない……。
だって倒したのよ?
ちゃんと倒したのよ!?
アンタも大人しく死になさいよ!
艤装が勝手に動くなんてインチキよ!
「たす……たすけ……」
助けて?
私は誰に助けを求めてるの?
他の隊員は艤装を攻撃してくれてるけど止められそうもない。
下手に私を助けようと近づいたら巻き込んじゃう。
艤装が銃弾を浴びながら近づいてくる、至近距離から確実に殺す気?
嫌だ……死にたくない……。
あとは帰るだけなのに、帰ればお父さんに褒めてもらえるのに!
そうだ……アイツは?
私を出迎えるはずのアイツはどこ?
まさか、ギミックと心中したんじゃないでしょうね?
アンタは私が好きなんでしょ?
だったら私を助けに来なきゃダメじゃない。
私以外の女と心中なんて許した覚えはないわよ!
「何してんのよ……早く助けに来てよ!」
『了解したっす!』
「え……?」
ズドン!
今のって……ガンナー1の声?
その声が聞こえたと思ったら、50メートル先まで迫っていた艤装の頭部の右半分が吹き飛んだ。
特殊弾頭?
それくらいしか考えられない、ギミックの破壊に全部使わなかったの?
「ど、どこから……」
私から見て10時の方向、ビークル1とガンナー1が山の斜面をカブで駆け下りて来てるのが見えた。
遅いわよ……バカ……。
「姐さ~ん、生きてるっすか?」
「い、生きてるけど……」
ガンナー1がカブから降りて私に駆け寄って来た。
肩には特殊弾頭を装填したRPGを掛けてる、ギミックを一発で仕留めたのね、流石だわ。
まあ、それはともかくとして……。
「遅いじゃない!片膝突いて出迎えろって言ったでしょ!」
「いやぁ~小鬼の処理に思ったより時間かかっちゃって……でも結果オーライじゃないっすか」
それで遅れたの?
まあ、そのおかげで艤装の死角から攻撃できたんだろうけど……。
私に、あんな情けない叫びを上げさせた罪は重いんだから!
「相棒!まだ生きてるぞ!」
「あぁん?」
ビークル1の警告で私とガンナー1は艤装が動いてるのに気づく。
しぶといわね、頭を半分吹き飛ばされても生きてるなんて。
「姐さん、ちょっと待っててください。すぐ片づけるんで」
ガンナー1がRPGを構えて私と艤装の間に立ち塞がる。
敵を前に悠然と立つその姿は、まるであの時のお父さん見たい……。
モヒカン頭も今は気にならないわ。
悔しいけど……ちょっとカッコいいじゃない……。
「せっかくの再会に水差しやがって。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて三途の川っすよ!」
ズドン!
ガンナー1が撃った特殊弾頭が艤装の頭部を完全に吹き飛ばし、艤装は断末魔の悲鳴を上げることなく倒れた。
再び動き出す様子はない、完全に仕留めた。
「さあ、帰るっすよ。姐さん」
爆炎を背にして右手を差し出すガンナー1と、あの日のお父さんが重なって見える。
なによ……モヒカンの癖にカッコつけちゃって……。
アンタがお父さんのマネするなんて100年早いわ……。
「動けないから抱っこして……」
「抱っこ?こうっすか?」
ガンナー1が慣れた手つきで私をお姫様抱っこした。
お姫様抱っこはこれで二度目……。
一度目はお父さん、二度目は……モヒカン頭の王子様。
「背……少し伸びたっすか?」
「これからもっと伸びるわ……艦娘辞めちゃったから……」
変な気分ね、コイツの体温が心地いい、硝煙混じりの匂いを嗅いでると気分が落ち着く。
こんな奴に惚れるなんてありえないのに……コイツから離れたくないって思っちゃってる。
きっと急激に成長が再開して意識が朦朧としてるせいね。
そうよ、じゃないとこんな奴に私がトキメクなんてありえないもの。
「それじゃあ帰りましょうか、帰ってお義父さんに挨拶しないと」
は?気が早すぎるわよ、なんですでに彼氏面なの?
「私はOKした覚えないんだけど?己惚れるのは頭の毛を剃り終わってからにしなさい」
『あ……』って顔してるわね、アンタ賭けの内容忘れてたでしょ。
私ってその辺はキッチリしてるから、確実に取り立てるわよ?
「責任取ってくださいよ?」
「セリフが逆!でもまあ……前向きに考えてあげるわ……」
周りに集まって来た隊員たちがニヤニヤしながらガンナー1を小突いてる、そんな事よりソード2を助けてあげなさいよ、今だに気絶したまんまよ?
浜に乗り上げた揚陸艇に乗り込みながら西の戦域を見るとジョンスン島に砲撃と爆撃が降り注いでるのが微かに見えた。
島の東西では今も戦闘は継続中ね、だけど大将首は獲ったんだ、後は消化試合をこなすだけ。
お父さんなら問題ないわ、お父さんは最後まで気を抜かないもの。
私に把握できないのはワダツミの後方、窮奇とか言う奴を迎撃してるはずの朝潮の方だけ。
そもそも、どれくらいの規模で襲って来たのか、本当に襲って来てるのかもわからないけど、あの子ならきっと大丈夫。
あの子は私の弟子であり、お父さんの犬。
お父さんのためなら、味方にも噛みつきかねない狂犬だもの。
その朝潮が、お父さんの背後をむざむざと襲わせたりするはずがない、必ず窮奇を討ち果たす。
とっとと片づけて、そして生きて帰りなさい。
私の継母になる前に死んだら許さないんだから。
正化29年12月30日。
午後3時過ぎ。
奇兵隊第一小隊は中枢棲姫討伐に成功、後にワダツミに帰還。
私の、駆逐艦神風としての最後の戦いは、こうして幕を下ろした。
決戦編、予定では残り2話です。
九月中には完結まで持って行けそうです。