艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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窮奇迎撃戦3

ーーーーAM 12:30

 

 響く砲声、交わる砲火。

 黒煙のヴェールの奥から姿を見せた時、貴女の装いは変わっていた。

 

 あの時と同じ蒼い瞳に、あの時とは違う白い装束。

 だけど、私が見間違える事はない。

 貴女はアサシオ。

 私を何度も追い詰めたアサシオ。

 私が愛したアサシオ。

 私の……アサシオ。

 

 『朝潮型駆逐艦 一番艦(・・・) 朝潮!抜錨します!』

 

 そう言って、再び私との距離を詰め始めた貴女はさっきまでと違っていた。

 ステップは前以上に完璧、艤装と私とで左右から撃っても当たらない、掠りもしない。

 それどころか、私の元に来るのに邪魔になりそうな砲弾を撃ち落とし、一直線に向かってくる。

 

 「美しい……。」

 

 その言葉しか思い浮かばない。

 今の貴女は輝いてるわ。

 貴女は女神、艶やかな黒髪を靡かせて戦場を駆ける貴女は戦の女神。

 

 ああ……早く貴女を抱きしめたい。

 早く貴女と添い遂げたい。

 早く貴女と愛し合いたい……。

 

ーーーーAM13:09

 

 『提督より全艦隊に通達!『芝居は終わりだ!幕を降ろせ!』です!』

 

 通信でオペレーターが司令官のお言葉を伝えてきた。

 きっと神風さんが突撃したんだ。

 神風さんの成功を信じて、司令官が総攻撃の指示を出したんだわ。

 

 「なら、私も終わらせなければ」

 

 窮奇は相変わらず艤装と連携して左右から砲撃してくる。

 さっきまでは厄介だと思っていたのに、今はそうでもない、着弾点が撃たれる前に予想できる。

 先代の『広辞苑(知識と経験)』が、私にどう動くべきかを教えてくれている。

 

 「19ページ、多対一での戦闘に置ける対処法。その1……」

 

 天候やら波の高さやら敵の配置などいろいろ記してあるけど、要約するとこうだ。

 逃げられるなら逃げなさい、逃げられないなら頭を潰しなさい。

 もし、相手と自分に実力差があり、自分の方が強いのならば……。

 

 「弱い順に各個撃破!」

 

 私は稲妻、波乗り、トビウオを駆使して砲弾を躱しながら、2000ほどの距離を取っている窮奇とその艤装との間に移動。

 自分から挟み撃ちされに行った感じでしょうか。

 窮奇も艤装もこれ幸いと撃ってきますが……。

 

 「私には当たらない!」

 

 私は、前後から殺到してくる砲弾を水切りでステップを踏みながら、私の前方に着弾する砲弾を無視して残りを撃墜。

 そう、撃墜です!

 撃ち落とせる技量と、弾速と弾道を見極められる目を持つ私にとって、降ってくる砲弾なんて速度が速いだけの艦載機と同じです!

 

 バシャァァァァン!

 

 私と窮奇の間に水柱が何本も立ち上がり、二人の間に壁を作り上げる。

 水柱が消えるまで5秒あるかないかでしょうか。

 けど、それだけあれば十分です。

 

 バシュン!

 

 私は魚雷発射管だけを後ろへ向け、艤装に向かって魚雷を全弾発射。

 魚雷が海中に消えた頃には水柱も消えかけていた、窮奇からは魚雷を発射したところは見えていないはず。

 艤装からは見えただろうけど……回避する様子は今のところないわね。

 

 「次発装填!」

 

 魚雷発射管の中で、弾薬を材料に魚雷が精製され始める。

 窮奇までの距離は約800。

 あっちは余裕があるのか、それとも私が来るのを待っているのか移動しようとしない。

 

 艤装の方は……。

 よし、相変わらず、砲撃しながら私を追って来てる。

 足元に魚雷が迫っているのに、バカ正直に真っすぐ。

 いくら雷跡が見えにくい酸素魚雷と言っても、撃つ瞬間を見れば進路を変えるくらいはするはずなのに。

 常に操作されてる訳じゃなく、簡単な命令に従ってるだけみたいね。

 

 ズドォォォォン!

 

 後方で爆発音、魚雷が艤装に直撃した。

 直撃はしたけど……。

 

 「やはり、8発じゃ無理ですか……」

 

 強化前の艤装ですら、魚雷12発の直撃に耐えたんだから当たり前ですけど……。

 下半身を吹き飛ばされても、大きな腕で海面を蹴りながら私に迫って来る。

 まるでテケテケですね、ただでさえグロテスクな外見なのに、動きの気持ち悪さも加わって見ているだけで寒気がしてきます。

 できれば、今ので仕留めたかったなぁ。

 

 ズドン!ズドン!

 

 窮奇の艤装は腕で歩行してるせいで、肩の砲では狙いがまともにつけれないのに構わず撃ってくる。

 私は、主砲で窮奇を牽制しながら速度を落として、艤装との距離が縮まるのを待つ。

 魚雷の装填は終わってないけど、艤装を倒す手段はあるわ。

 

 ドン!ドン!

 

 私は顔と左手の主砲だけ艤装に向け、二門ある砲身ごとに別々の狙いをつけ発砲。

 いくら艤装が半壊してると言っても、たった二発で倒せるはずはありません。

 しかも、一基の連装砲を分け撃ちしているのですから尚更です。

 

 「ですが、これで十分です」

 

 ドドォォォン!

 

 私が撃った砲弾が艤装の両肩の砲身に吸い込まれ誘爆を起こし、腕ごと両肩を吹き飛ばした。

 思ったより上手くいきましたね、砲撃を止められれば十分と思っていたのですが。

 肩から腕が欠落した艤装が海の底に消えていく、後は本体を倒すだけ。

 副砲しか武装がない窮奇自身を。 

 

 『凄いわ!あの時と同じね!』

 

 あの時?

 ああ、先代と戦った時ですか。

 たしかその後、魚雷を発射しようとしたところで重巡の砲撃を受けて先代は片腕を失ったんでしたね。

 

 でも、今回はそうなりませんよ。

 随伴艦は皆が足止めしてくれてる、もしかしたらもう倒してるかもしれない。

 貴女のお望み通り、正真正銘二人きりです。

 

 ピー。

 

 魚雷の装填が完了した、距離は残り300程。

 

 『うふふふ……それじゃあ終幕(フィナーレ)と行きましょうかアサシオ……。もうこれ以上我慢できないわ……』

 

 ええ、終わりにしましょう。

 貴女が何を我慢できないのか知りませんが、私も我慢の限界なんです。

 早く司令官に会いたくて仕方ないんですから。

 

 窮奇が私との距離を詰め始めた、私も落としていた速度を上げて真正面から窮奇に突撃する。

 窮奇の恍惚に歪んだ顔が段々と近づいてくる。

 貴女の歪んだ愛情をヒシヒシと感じます。

 

 艤装なしで、魚雷の直撃に耐えられますか?

 戦艦の長大な旋回半径で、私のステップについて来れますか?

 

 ここからはずっと私のターンです。

 貴女には何もさせません。

 今度は貴女が踊る番、リードするのは私です。

 

 「歓迎しますよ窮奇、ようこそ私の『戦舞台』へ」

 

 私は、いつか神風さんに言い返してやろうと思っていたセリフを窮奇に放った。

 神風さんが、駆逐艦の身で戦艦を屠るために考え出した、戦艦殺しの戦舞台。

 それを今からお見舞いしてあげます。

 

 「一発必中!肉薄するわ!」

 

 

ーーーー

 

 

 アサシオが近づいてくる、私に抱かれるために。

 私と愛し合うために。

 私も早く貴女と抱き合いたいわ。

 貴女の華奢な体を、早くこの胸に抱きたい。

 

 ドン!ドン!

 

 アサシオが撃ってきた砲弾が、私の装甲に当たって爆ぜた。

 艤装を失ったせいで装甲の強度が落ちてるわね、もう少し近づかれたら貫かれてしまうわ。

 けど……どうして撃ってくるのかしら、演技はもういいのよ?

 少し前から『母』の気配を感じない、きっと人間共が討ってくれたんだわ。

 だから、後は貴女と私で人間共を討つだけなのよ?

 

 「アサシオ、ちょっと待って……」

 

 ドン!

 

 私の言葉をアサシオの砲声がかき消した。

 どうして?訳が分からないわ、終幕(フィナーレ)って言ったじゃない。

 私と貴女で抱き合って、大団円(フィナーレ)なのよ?

 それでラストダンスは終わり、そこから新たな序曲(プレリュード)が流れ始めるの。

 人間共を相手取った、新たな序曲(プレリュード)が。

 

 「なのに……どうして撃ってくるの!?」

 

 煙が晴れた時、目の前にアサシオの姿はなかった。

 どこに行った?

 私の視界が煙に遮られた数秒で貴女はどこに消えてしまったの!?

 

 ズドン!

 

 後ろから砲撃!?

 装甲を貫いて来た爆炎に背中を軽く焦がされた。

 

 「ぐぅ……!」

 

 旋回が間に合わない、90度ほど旋回したところで首だけ辛うじて向ける事は出来たけど……。

 

 ズドン!ズドン!

 

 アサシオの姿を捉える前に右舷に被雷、背中に砲撃を受けた。

 私の死角に回り込んでる?

 私の死角から攻撃してる!?

 どうしてそんな酷いことをするの?

 私たちはもう戦わなくていいのに!

 

 「アサシオ……どこ……アサシオぉぉ!」

 

 姿が見えない、アサシオの姿を捉える事が出来ない。

 私はこんなに貴女を求めているのに、どうして貴女は姿を隠すの?

 どうして私を痛めつけるの?

 こんな痛みは気持ち良くない、こんな事をされても嬉しくない。

 これじゃあ私が何も出来ないじゃない!

 

 「居た!見つけた!」

 

 私を包み込んでいる煙の隙間から、右後方に回り込もうとしてるアサシオが見えた。

 やっと捉えたわアサシオ、意地悪してくれたお返しをしなくっちゃ。

 腕がない左側に回られてたら何もできなかったけど、右側なら腕も砲もある!

 

 「捉えたわよ!アサシオ!」

 

 ズドォォン!!

 

 何が起こった?

 私が目の端に捉えたアサシオに砲を向けた途端に砲が吹き飛んだ。

 砲だけじゃない……私の右腕も一緒に吹き飛ばされた。

 これは艤装を沈めた時と同じ……砲身に撃ち込んで弾薬を誘爆させたんだわ。

 じゃあ姿を晒したのはワザと?

 私に砲身を向けさせるためにワザと姿を晒したのね!

 

 「あ……腕……私の腕が……これじゃあ……」

 

 痛い、痛い……これじゃアサシオを抱けない。

 これじゃ貴女を抱きしめる事が出来ないじゃない!

 

 「アアアァァァァ!!痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃ!!」

 

 貴女は私を愛してないの?

 私と戦ってたのは演技じゃないの?

 貴女は私を本気で沈めようとしていたの!?

 アサシオは砲撃と雷撃をやめようとしない、四方八方から私を痛めつけて来る。

 どうして痛みで身を屈める私を執拗に痛めつけるの!?

 

 「痛いですか?」

 

 「あ…アサ…シオ……」

 

 どれくらいの時間攻撃されたのだろう……。

 意識が朦朧とする、体から血が抜けていく。

 痛みで立つことができない私の20メートル程前で、アサシオが砲を構えて立っていた。

 私を見据えて立っていた。

 

 その青い瞳に浮かぶのは、哀れみでも侮蔑でもない。

 恨みも愛情も感じない、優越感や好奇心も感じない。

 感情を一切感じない。

 ただ冷静に私を見据えているだけ。

 

 「どう…して……」

 

 どうしてそんな目をするの?

 初めて会った時は怒りに満ちていたじゃない。

 二度目に会った時は怒りに戸惑いのスパイスが加えられていたじゃない。

 三度目に会った時は怒りから憎しみに変わったじゃない。

 

 それなのに、今の貴女は凄く機械的だわ。

 無機質と言ってもいい、今の貴女は貴女らしくないわ!

 

 「私は貴女が嫌いです」

 

 「え……」

 

 今……なんて言ったの……?

 私の事が嫌い?どうして?

 ああ、まだ演技を続けているのね、人間に従うふりを。

 でも、もういいのよ?

 貴女と私はもう戦わなくてもいいの。

 

 「貴女はあの人を傷つけました。その償いをしてもらいます」

 

 「は?」

 

 あの人?

 初めて会った時も言ってたわね。 

 貴女を惑わす憎き相手、貴女を縛る諸悪の根源。

 そいつを私が傷つけた?

 濡れ衣を着せるのはやめて頂戴、私は何もしてないわ。

 私は貴女を愛しただけ、貴女を手に入れたいと思っただけ、貴女に愛してもらいたいと願っただけじゃない!

 

 「ゆる……さない……」

 

 貴女を惑わす『あの人』も、私の気持ちを裏切った貴女も許さない……。

 沈めてやる沈めてやる沈めてやる沈めてやる!

 抗ったって沈めてやる。

 謝ったって沈めてやる。

 何度蘇っても沈めてやる。

 何度でもお前を沈めてやる!

 

 お前は私を裏切ったんだから!

 

ーーーー

 

 

 「アァァサァシィオォォォォォ!!」 

 

 俯いていた窮奇が私に向かって突撃してくる。

 タフな人ですね、砲撃も魚雷をこれでもかと言うほど受けて尚、それほどの力を残していたんですか。

 でも、貴女に打つ手はない、体当たりするのが精々でしょう。

 

 ドン!

 

 私は窮奇の胸を狙って一撃、多少怯んだけど止まる様子はない。

 

 ドン!ドン!

 

 今度は『脚』と頭部に一発づつ。

 一度倒れ込みましたが、足だけで器用に立ち上がりましたね。

 でも、速度は極端に落ちました、歩くのと大差ない速度です。

 

 「アサ…シオ……ア…サ……シオ……」

 

 窮奇は、全身を裂傷と火傷に覆われ、蒼い血を流しながら私を求めて来る。

 貴女はどうして私を求めるの?

 いえ、聞くだけ野暮ですね。

 貴女が私を求めるのは私を愛しているから。

 私があの人を求めるように、貴女も私を求めてる。

 

 嫌いだなんて言ってごめんなさい、貴女の気持ちは痛いほどわかります。

 だけど、私は貴女の気持ちには応えられません。

 応えてあげる事が出来ません。

 

 だって、貴女は私の気持ちを無視してるもの。

 貴女の愛は一方通行だわ。

 

 私が好きなのは司令官。

 私を救ってくれた司令官。

 私が愛しているのはあの人だけです。

 貴女が入り込む隙間はありません!

 

 「あ…いし…て……。愛し……」

 

 「貴女の気持ちは受け取りました。だからお答えします」

 

 私の目の前まで来た窮奇の顔に生気がない。

 顔は血まみれで目は虚ろ、ブツブツと愛してると繰り返すだけ。

 

 「私は、貴女の事が嫌いです。貴女のモノには絶対なりません」

 

 二度目の拒絶、一度目よりハッキリと。

 

 「……」

 

 窮奇の目から涙が流れ、頭を垂れて膝から崩れ落ちた。

 いい気分ではありませんね。

 私を愛してくれた人を一方的に痛めつけ。

 私に初めて愛を囁いてくれた人を手酷くフった。

 だけど後悔はしていません。

 貴女は、私が倒すべき敵だったのですから。

 私が討つべき仇だったのですから。

 でも……最後くらいは……。

 

 「私の胸で…逝かせてあげる……」

 

 私は窮奇の頭を抱きしめ、そして撫でてあげた。

 あの人を傷つけた憎い人。

 私を何度も殺そうとした怖い人。

 そして、気が狂うほど私を愛し、求めてくれた人。

 

 (嫌わないで……)

 

 窮奇の気持ちが流れ込んでくる、死に瀕してまで私を求める窮奇の心が声となって。

 

 (貴女と…一緒に居たい……)

  

 貴女が艦娘ならそれも出来たかもしれない。

 だけど、私と貴女は敵として出会った。

 敵として出会ってしまった。

 それが、私と貴女の不幸の始まり。

 私と貴女の因縁の始まり。

 

 (一緒に…居させて……)

 

 その声を最後に、窮奇の体は砂のように崩れ去った。

 私の胸元に残ったのはサッカーボールくらいの大きさの紅い核。

 どんな紅より美しい、透き通るような紅い核。

 

 「綺麗……」

 

 貴女の思いそのもののような紅い色。

 まるで、貴女の愛を具現化したような色だわ。

 

 『朝潮ちゃん生きてる~?今どこに居るの~?』

 

 窮奇の核を撫でていると、通信で大潮さんが呼び掛けて来た。

 随伴艦を倒したのかしら?

 

 「こちら朝潮、窮奇の討伐に成功しました」

 

 『さすが朝潮ちゃんだわぁ♪こっちも随伴艦の撃破に成功ぅ~全員無事よぉ♪』

 

 『いや……私は大破してるんだけど……』

 

 西の方を見ると、遠目に大潮さんが手を振っているのが見えた。

 三人とも流石ですね、駆逐隊で姫級以上を複数含む艦隊を撃破、大戦果です。

 司令官もきっと喜んでくれるでしょう。

 さあ、ワダツミに帰りましょう、褒めてもらうのが今から楽しみです。

 

 「旗艦、朝潮よりワダツミへ。応答願います。」

 

 帰路につく前に、ワダツミへ通信を送る。

 一刻も早く司令官に会いたいけど、まずは安心させてあげたい。

 今から帰ると伝えたい。

 皆が無事な事を伝えたい。

 私が生きてる事を伝えたい。

 

 『こちらワダツミ、どうぞ。』

 

 「窮奇艦隊の撃滅に成功、欠員無し。これより帰投します」

 

 私は、オペレーターに手短に伝えて帰投を開始した。

 途中、大潮さん、満潮さん、荒潮さんに笑顔で迎えられて一緒にワダツミへ。

 みんな無事で本当によかった。

 満潮さんが無事とは言い難いですが、命の危険はなさそうです。

 

 窮奇の核を胸に抱き、逸る気持ちを押さえつけ、頭の中で司令官に伝える言葉を練習しながらワダツミに向け針路を取った。

 

 ただいま……ただいま……ただいま。

 

 私があの人に会って言いたいのは、その一言だけ。

 それだけで、きっとあの人はわかってくれる。

 それだけ言えばわかってくれる。

 私の気持ちも、先代の想いも、全部その一言でわかってくれる。

 早く伝えたい、あの人に『ただいま』と伝えたい。

 

 ワダツミの後部出撃ドックが見えて来た、ハッチは解放されてるわね。

 ワダツミの前方ではまだ戦闘は続いているみたい、流石に……出迎えは期待できませんね。

 少し残念だけど、司令官は真面目な方だから指揮を放り出してまで出迎えはしないはずだわ。

 

 「朝潮ちゃん、その核を渡して。持っててあげるから」

 

 「え?」

 

 大潮さんが私の左横に来て核を半ば強引に奪い取った。

 ワダツミまであと少しだから、このまま持っていても構わなかったんですけど……。

 

 「殿方をあんまり待たせちゃダメよぉ?」

 

 右横に来た荒潮さんが顎でワダツミの方を指しながらそう言った。

 殿方?待たせる?荒潮さんは何を……。

 

 「え……嘘……」

 

 出撃ドックに士官服を着た男性が、後ろで手を組んで立っている。

 あれは……司令官?

 なんでそこに居るんですか?

 外ではまだ戦闘をしてるんですよ?

 指揮を執らないとダメじゃないですか!

 

 「とっとと行きなさい。ちょっとだけなら、二人きりにしてあげるわ」

 

 「で…でも……」

 

 いいのかしら……今はまだ作戦中ですよ?

 それなのにこんな……。

 

 「小難しい事なんて考えなくていいの。司令官の胸に飛び込んで来なさい」

 

 満潮さんが背中を思い切り押して来た。

 ダメですよ……押されたらもう止まれないじゃないですか。

 司令官の胸に飛び込みたい衝動が抑えられない。

 もう気持ちが抑えられない!

 

 「司令官!」

 

 司令官に吸い寄せられるように体が動く、窮奇との戦闘で消耗してるはずなのに疲れを感じない。

 司令官の姿を見たら疲れなんて吹き飛んでしまった。

 

 「司令官!司令官!司令官!」

 

 気づけば、主砲を放り出して両手を突き出していた。

 司令官も両手を前に出して迎えようとしてくれてる。

 

 「司令官!」

 

 受け身を取る事も考えずに、勢い任せで司令官の胸にむかってダイブした私を、司令官が包み込むように受け止めてくれた。

 

 司令官の体温を感じる。

 司令官の匂いを感じる。

 

 ああ、司令官、朝潮は帰ってきました。

 貴方に与えられた任務を完遂し、ちゃんと生きて帰ってきました。

 朝潮()は貴方のために帰ってきました。

 

 「おかえり……朝潮」

 

 司令官が優しい声で私にそう囁いた。

 万感の思いが篭った優しい囁き。

 司令官がずっと言いたかった出迎えの言葉。

 言いたくても言えなかった、朝潮()への想いの塊。

 

 私も伝えます、貴方への想いを。

 先代が言えなかった想いに、私の想いをプラスして。

 

 私は、司令官の顔を見上げて、一言だけ言った。

 ずっと言えなかった言葉を、ずっと言いたかった言葉を声に乗せて。

 朝潮()の想いをたった一言の言葉に込めて。

 

 「愛しています(ただいま)……司令官」

 


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