日本に戻って三日、ハワイ島の攻略を終えて帰投した私は、報告書を携えて元帥殿の所を訪れていた。
お供を一人引き連れて。
「圧倒的じゃないか、我が軍は」
と、どこかの総帥のようなセリフを口にしたのは私の持ってきた報告書を読む元帥殿だ。
そのセリフを言って程なく、その総帥は殺されたはずだが……まさかフラグじゃあるまいな?
まあ、ソレは兎も角。
元帥殿がそう言いたくなる気持ちもわからなくもない。
私も報告書だけを見たのなら同じセリフを言っていただろう、そう言いたくなるほど日本側は大勝利したのだ、完全勝利と言っても良いほどに。
中枢棲姫を討たれた敵艦隊は、想定していた以上に取り乱し、旗艦であるはずの両飛行場姫を置いて戦線を離脱し始め、戦闘開始から数時間だと言うのに掃討戦の様相を呈した。
もっとも、これはあくまで日本側が受け持った西側の話だが。
「米国側の損耗率は20%を越えています。米提殿には苦労をかけました」
「気にする事はないよ。米国側が多少文句を言ってきたけど、指揮官だった米提君は君にお礼を言っていたよ?」
「飛行場姫討伐後に、島の南北から援軍を送っただけですよ。作戦の内なのですからお礼を言われる筋合いはありません。それに……」
本来なら、米国側が南北からこちらを援護する手筈だったのだが。
敵の数が想定より多いばかりか、鬼級、姫級と言った上位種が大量に配備されていたのが原因で米艦隊は苦戦を強いられていた。
作戦立案段階では西側70、東側200、中枢棲姫の直衛及び予備戦力60程と想定していたのだが。
敵戦力は最終的に、西側102、東側263、島内は攻撃時に孵化した個体を合わせて41、総数406隻となった。
立案段階でも多目に想定していたんだがなぁ……。
「こちらの援軍が間に合ったのは、米提殿の機転のおかげですよ。彼は敵の規模を見て、無理に攻めず遅滞戦闘に切り替えた。それがなければ援軍は間に合わなかったし、損耗率も20%どころでは済まなかったでしょう」
その機転のおかげで、ミッドウェー、ジョンスン両島の攻略に成功した日本艦隊は損傷の少ない艦娘で艦隊を再編し、ハワイ島の南北から敵主力艦隊の挟撃に成功、米艦隊と日本艦隊とで三方から袋叩きにする事が出来た。
袋叩きには出来たが……。
敵主力艦隊の旗艦であった、南方棲戦姫を取り逃がした事が唯一の心残りだ。
これが後々、厄介な火種にならなければいいのだが……。
いや、やめておこう、下手な事を言うとフラグになりかねん。
「大和が囮以上に役に立ったとも聞いたよ?僕は放送で見ただけだけど、本当に大和の砲撃が深海棲艦の装甲を貫いたのかい?」
「ええ、あれは嬉しい誤算でした。もっと早く知りたかったくらいですよ」
そう、大和の砲撃は深海棲艦の装甲を貫いた。
通常兵器をほぼ無効化するはずの敵の装甲を、いとも簡単に吹き飛ばしたのだ。
おかげで西側に攻略はスムーズに行え、東側に援軍を送る余力も出来た。
まあ……骨董品に無理をさせ過ぎたせいで、主砲は使い物にならない程損傷したが……。
「元帥殿が知る歴史では、大和はどうなっているんです?もしやとは思いますが……」
「うん、沈んでいるよ。敵艦載機から袋叩きにされてね」
やはり、本来なら存在しないはずの艦だったか、それがどうして深海棲艦に効果があったのかはサッパリわからないが……。
「もしかしてと言う期待はあったんだ。あの艦はたぶん……歴史の特異点そのものだからね。だから歴史の修正力かもしれない深海棲艦にも対抗できるのでは?と思っていたんだ」
「予め教えておいて欲しかったですが」
「確証がなかったんだ、そもそも試す事も出来なかったし。それに……これを思いついたのは、君が深海棲艦を刀で斬ったと言う話を聞いたからなんだよ?」
「私が刀で斬ったのがどう関係するんです?」
刀と大和では物が違いすぎるではないか。
それとも、本来の歴史では私は生まれていない?
いや、それなら他にも当てはまる人間は居るはずだ。
と、すると……。
「刀……日本刀その物が、大和と同じで失われていなければならない物と言う事ですか?」
「うん、日本刀その物が無くなったわけじゃないけど。僕の知る歴史では戦時中も軍刀にされて多くの日本刀が失われているし。大戦後、米国に接収されている。君の愛刀は先祖伝来の物じゃないのかい?」
「ええ、無銘ですが、かなり古い物です」
なるほど、私の刀も失われていたかも知れないのか。
だから私の刀は深海棲艦の装甲斬ることができた、気合いで斬っていたと思っていたんだが……。
「陸軍に進言しますか?日本刀を主武装にしろと」
「深海棲艦に斬り掛かる奴は君と、君の娘くらいだよ。誰もやりたがらない。そもそも、刀があっても扱う技量がなければ意味がないだろう?」
ごもっとも、戦場から離れて久しい陸軍軍人にそれやるほどの気概の技量もないでしょうね。
「そうだ、君の娘さんに勲章の一つも贈らないといけないね。なにせ大将首を挙げたんだ、武勲は一番と言って良い」
「できるだけ、金になりそうな装飾にしてやってください。速攻で売ると思いますので」
「君の娘さんらしいね、呆れて物が言えないよ」
「お褒めに預かり光栄です」
「いや、一言も褒めてないんだけど?」
まあ、しばらく自慢くらいはすると思いますよ?
飽きたら埃を被るか、質草のどちらかなのは間違いありませんが。
私と同じで実用性のない物に興味がない子なのでね。
「娘さんの調子は良いのかい?まだ入院しているんだろう?」
「週末には退院できる予定です。今は朝潮が面倒を見てくれてます」
「ああ、それで今日は連れていないのか。その代わりのお嬢さんも大変可愛らしいけど……大丈夫かい?」
「だ、大丈夫!よ……です!」
そう言って元帥殿が見ているのは、柄にもなく緊張でガチガチに固まっている満潮だ。
大本営に行くとしか言ってなかったからな、まさか元帥殿を前にして満潮がここまで緊張するとは思っていなかった。
「実は、この子の進退について相談がありまして」
報告書を持ってきたのはついで、本命は満潮の今後についての相談だ。
「妾にするのかい?」
「ぶっ殺されたいのかクソジジイ」
人が真面目な話をしようとしたらこれだ。
この愛らしい天邪鬼を前にして妾だと?
するなら本命だろう!
もし、私が朝潮より先に満潮と会っていたら、間違いなく満潮を選んでいたと断言できるほどの子なんだ。
言動の裏に隠した他者への労り、気づかい、思いやり。
先代の朝潮が戦死して、入渠する事に恐怖を感じるようになった満潮を見て心が痛んだ。
普段は厳しく接しているのに、朝潮に甘えられると気持ち悪いくらいニヤける満潮を見て心が和んだ。
初めて『ありがと……』と言われた時などキュン死しかけたほどだ。
まあ、許されざる恋にハマりそうと勝手に思ってはいるが、私自身がその相手になろうと思ったことはない。
そう、断じてない!
「し、司令官……さすがにまずいんじゃ……」
ん?何がだ満潮、ぶっ殺すと言った事か?
ふむ、私と元帥殿を交互に見て狼狽えているな、非常にレアな光景だ。
カメラを持ってくるべきだった……。
「心配するな、私は笑顔だろう?元帥殿も冗談だとわかってくれているさ」
「君は笑いながら人が殺せる人種だろう?それに、普通は冗談でも海軍のトップにぶっ殺すとは言わないよ?」
「まあまあ、私と元帥殿仲じゃないですか」
「どういう仲もなにも、部下と上司ってだけだけど?」
あんまり満潮を不安にさせないでもらいたいんだがなぁ。
ほら、真っ青になって冷や汗まで流してるじゃないですか。
どこかにカメラはないだろうか。
「で、本題ですが。満潮を私の補佐として横須賀に配属して頂きたいのです」
「サラッと流したね君……。配属もなにも、彼女は横須賀所属だろう?」
「『提督補佐』としてです。艦娘としてではありません」
士官になったら私の権限では配属先を決められない、だから貴方にお願いしてるんですよ。
海軍のトップである貴方に。
「もうすぐ任期が切れるのかい?」
「ええ、今年の4月には。士官になる事も満潮自身の望みです」
元帥殿が、『ふむ』と言って白い顎髭をイジりながら
何やら考え込んでいる。
貴方なら配属先に口を挟むくらい簡単なはずでしょう?何をそこまで考え込む必要があるんだ?
「お嬢さん、いくつか質問してもいいかな?」
「は、はい!」
満潮に質問?
満潮の答え次第では士官にすらしないつもりか?
「歳はいくつ?」
「こ、今年の3月で16になる…ります」
「趣味は?」
「趣味?えっと……洋服を集めて着るのが好き…かな……。あ、です!」
お見合いか?
いやそれより、無理に敬語を使わなくていいんだぞ満潮、語尾がおかしな事になってるじゃないか。
「一般の生活に興味はないのかな?下世話な話になってしまうけど、退職金はかなりの額が出るし恩給も別に出る。無駄遣いしなければ食うに困らないよ?」
確かに、満潮は艦娘歴が長いし、私の直属として難易度の高い任務に多く就いているから退職金も恩給もかなりの額が出る。
そこらのエリート気どりが土下座して平伏すほどの額が。
元帥殿は、金で釣って士官にさせないつもりか?
「わた、私は……」
「僕としては、君が士官になるのは反対だ。艦娘として死地に放り込んでおいて何をと思うかもしれないけど、一般人に戻れるチャンスをみすみす棒に振るのは賛成できない」
満潮の決意をここに来る前に私は聞いている。
そんな事で満潮は折れない。
元帥殿、彼女は戦いから離れたいわけじゃないんですよ。
彼女は別の戦い方を見つけたんです。
「その…一般の生活は艦娘や軍人さん達の屍の上に築かれてる生活でしょ?」
「そう言えなくもないけど……。だからと言って、いや、だからこそ君にはその生活を享受する権利があるんじゃないのかい?」
元帥殿、それは薮蛇です。
その言い方だと満潮に火を点けてしまう。
彼女は、そんな権利は望んでいないのですから。
「権利がある?ふざけないで!他人を足蹴にして平和な生活を享受するなんて私はご免だわ!私はね、艦娘だから知ってるの。今の日本がどれだけ艦娘の恩恵を受けているのかも、どれ程の艦娘の犠牲の上に成り立っているのかも!」
「だけど、君は艦娘を辞めるんだろう?」
「ええ辞めるわ!私が艦娘を辞めたって代わりはいくらでも居るもの!」
「そうだね、君は別に特別じゃない。普通の量産型駆逐艦だ。次の適合者もすぐに見つかると思う。でもね、今度はその子が死地に赴くんだよ?君の代わりに。君はその事に耐えれるのかい?」
「耐えれるわけないでしょ!そもそも、耐えようって考えが間違ってるのよ!」
「ほっ!?」
元帥殿がヒョットコみたいな顔で驚いている。
無理もない、私も聞いたときは心底驚きましたから。
「私はね、深海棲艦を根絶したいの、そのためには艦娘じゃダメ、もっと高い位置で戦わなきゃ無理なの。提督として、戦略レベルで戦わなきゃそれは叶わないわ」
「い、いや……それじゃあ新しい満潮が死地に赴くのは変わらないよね?」
「そうよ?だからなに?私の命令で誰かが死んだら私は耐えられないわ。耐えられないから泣くの、泣いて泣いて泣いて泣いて、死んだ子の事を心に刻み込んで戦い続けるの!次の子が戦わなくてもいい世界を作るために!私が戦争を終わらせてやるわ!」
元帥殿が私を横目で見てくる。
ええ、ただの屁理屈です、悲しみに耐えることに変わりありません。
戦争を終わらせる?青臭い理想です、ですが私や貴方が諦めてしまった理想です。
戦わなくてもいい世界、戦闘で死ぬ事がない世界、それが出来るならそれが一番良いに決まっている。
だけど、私は自分の復讐を優先した、貴方は諦めて後を託せる者を求めた。
まあ、貴方の場合は年齢の問題もありますがね。
しかし、彼女は違う。
私達が無理だと諦めてしまった理想を自分で成そうとしている。
10代の少女がですよ?
この話を聞いた時は『これが若さか……』と、ついオッサンじみた事を言ってしまいましたよ。
彼女は私達と違って
この小さな体で。
「君が歩むのは茨の道だよ?それでもいいのかい?」
「茨の道?生温いわ。私は針山でスキップしてやるつもりなんだから」
針山でスキップか、考えただけで足の裏がムズムズしてくるな。
満潮の歩む道が針山程度で済めばいいんだが……。
「そうか、わかった。横須賀に配属されるように手配しよう。はぁ……君の所の駆逐艦は全員こうなのかい?前に連れて来た朝潮君といい、平気な顔で世界にケンカを売ってるじゃないか」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてない、心配してるんだよ僕は」
「老婆心など、彼女達からすれば邪魔なだけですよ。私達はただ見守ればいいんです。彼女達の行く末を」
「何言ってるの?動ける内は役に立って貰わなきゃ困るんだけど?」
おおっと、立ってる者は親でも使えか?
別に、言葉通り見てるだけと言うわけじゃないんだぞ?
私も隠居にはまだ早い、と言うか早すぎる歳だからな。
「僕は隠居したいんだけどなぁ……。最近物忘れが激しくて……」
「元帥殿は仕事を辞めるとコロッと逝くタイプですから隠居はお勧めしませんね。死ぬまで働いてください」
少なくとも、満潮にある程度提督業を叩き込むまでは元帥でいてもらわないと。
「いやいや、僕はこっちに来る前は引き篭も……。じゃなくて、僕もう100歳近いんだけど!?」
「あと10年はいけますね、頑張ってください」
確か……世界最高齢は110歳を超えていたはずだ。
それに、歳の割に元気じゃないですか。
あと10年くらい平気ですよ。
「鬼か君は!早いとこ満潮君に後を任せて代わってくれ!」
「満潮、何年くらい下積みをしたい?」
「ん~、10年くらい?」
満潮がすっとぼけた顔で私に合わせてくる。
さっきまでガチガチに緊張していたのが嘘のようだ。
「はぁ……死にかけの年寄りにあと10年も働けなんて……。僕が知ってる歴史以上にブラックな世の中だよ……」
貴方が知っている歴史がどうだったのかは知りませんが、変えたのは貴方だ。
死ぬまで働けとは言いませんから、せめて満潮に席を譲るまでは待っていてください。
彼女なら数年で仕事を覚えるでしょう。
「提督君は嬉しそうだね、後身が見つかって嬉しいのかい?」
「そうですね、嬉しいと言うよりは……」
私は戸惑う満潮を見て考えた。
元帥殿の言う通り、嬉しいと言う気持ちはある。
だが、それだけじゃない。
満潮の事が誇らしくて仕方ない。
朝潮と神風ももちろん私にとって誇らしいが、満潮はあの二人とは違う。
朝潮と神風は、良くも悪くも私の事を一番に考えるからな、私が気にしなければ世界など気にしない。
私と縁も所縁もない者がどうなろうと知った事ではない。
だが満潮は違う、彼女は元を断とうとしている。
あの戦いの後、帰路に着いたワダツミの船内で満潮は士官になると私に言った。
ハワイ島での戦闘で、彼女にどういう心境の変化があったのかはわからない。
どんな考えに至ったのかわからない。
どんな辛い思いをしたのかもわからない。
士官になると言った時の満潮の瞳を、私は忘れる事が出来ないだろう。
私と約束を交わした時の朝潮と同じ瞳、中枢棲姫の討伐を命じた時の神風と同じ瞳。
いや、その時の二人以上の決意が篭った瞳だった。
満潮なら、本当に戦争を終結に導くんじゃないかと思ってしまった。
あの瞳を見て、満潮に私の全てを授けようと思った。
戦争を終結に導く、次代の提督に。
「私の誇りです。なにせ彼女は、後の歴史に名を残す英雄ですから」
「は、はぁ!?意味わかんない!」
おやおや、未来の英雄殿は照れてそっぽを向いてしまった。
でもな満潮、今のは私の本心からの言葉だ。
光栄に思うよ、未来の英雄殿に手解きをする栄誉を与えられた事を。
私は、君の将来が今から楽しみでしょうがないよ。
赤面して不貞腐れる、未来の横須賀提督殿。