艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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 最終回その1 朝潮視点です。


貴方と共に

 私は、あの日を忘れる事ができません。

 

 私の生まれ育った町が焼かれたあの日、貴方はテレビのヒーローのように私の前に現れた。

 カーキ色の軍服、肩に掛けた抜き身の日本刀、深海棲艦を前にして一歩も怯まない貴方を目にした私は、正義の味方は本当に居たんだって、幼心に思ってしまいました。

 貴方は覚えていませんでしたけど、私の目と心には、貴方の後ろ姿がハッキリと刻み込まれました。

 強くて逞しい、鋼の精神を持った無敵のヒーロー。

 それが貴方に抱いた第一印象でした。

 

 けど、実際の貴方は少し違っていましたね。

 強くて逞しいのは思った通りでしたけど、貴方は心の弱い人でした。

 大切な人を失い過ぎて、自分の本心がわからなくなってしまった悲しい人。

 

 私は、貴方のそばに居たいと思いました。

 貴方の事を支えたいと思いました。

 貴方の事を……守りたいと思いました。

 

 一年前の3月3日、桜の木の下で再会した時。

 私はそう思ってしまったんです。

 

ーーーーー 

 

 と、執務室で書類仕事をこなしながら、司令官の代わりに提督用の席に座る満潮さんに話して聞かせたんですけど……。

 

 「はいはい、ご馳走様」

 

 これですよ、左手をヒラヒラさせながら『もういいわ』みたいなジェスチャーをしてきます。

 なんですかその呆れたような態度は、満潮さんが司令官との出会いを教えてくれって言うから話したのに。

 

 「満潮さんが聞かせてくれって言ったのに……」

 

 「馴れ初めを聞かせろとは言ったけど、ポエムを聞かせろとは言ってないわ。舌まで甘ったるくなってきたからコーヒー淹れてくれない?」

 

 ポエムと言う程ではないと思うんですけど……。

 まあ、休憩には少し早いですけどいいですよ、コーヒーを淹れてあげますよ。

 すっごく苦くしてあげますから。

 

 「あ、私砂糖もミルクもいらないから」

 

 「んな!?」

 

 バカな!超甘党の満潮さんが砂糖もミルクもいらないですって!?

 どうした事でしょう、まさか病気?

  

 「そんなに驚かなくてもいいじゃない。何か問題でもあるの?」

 

 「それは……」

 

 大ありですよ、これでは仕返しが出来ないじゃないですか。

 迂闊だったわ、まさか満潮さんが苦い物を克服していたなんて思いもしなかった。

 まさか辛い物も平気になってるんじゃ……。

 

 「なによ、マヌケな顔しちゃって」

 

 「いえ……別に……」

 

 もしかして、私が知らない内に大人の階段を登ったのかしら、味覚的な意味で。

 司令官とよく飲んでるみたいですし、大人の味を覚えていても不思議じゃないわよね。

 司令官と夜のデートかぁ……羨ましいなぁ……。

 

 「あ、これ先生じゃないと無理だわ。そっち置いといて」

 

 「はい……」

 

 そしてこれですよ、先月くらいから満潮さんが司令官の事を先生と呼び始めました。

 まったく……羨まけしからんですよ!

 神風さんがお父さんって呼びだしてから、いつかは私が先生と呼んで差し上げようと思っていたのに先を越されました!

 

 司令官の元で提督業の勉強をしてるのはお聞きしましたけど、別に今まで通り司令官と呼べばいいじゃないですか、なんで先生なんです?

 師匠でもいいと思いますよ?満潮さんが好きなロボットアニメみたいに『流派!提督業は!』とかやってればいいじゃないですか。

 

 「よし、先生じゃないと無理な書類以外は終わったわ。休憩にしましょ」

 

 そう言って、満潮さんはソファーに移動した。

 司令官宛の書類、けっこうあるなぁ、今日は残業ですね。

 お夜食を用意して差し上げないと。

 

 「ねえ、先生は何時に帰ってくる予定なの?」

 

 「え~とたしか。ヒトナナマルマルまでには戻ると聞いてますけど」

 

 あと3時間は帰ってこないです。

 ちなみに、司令官は朝早くから神風さんと一緒に大本営にお出かけ中、なんでも神風さんの事で元帥さんに呼び出されたとか。

 

 「神風さんの件だっけ?あ、もう神風さんって呼べないんだった」

 

 「本人も本名で呼ばれるのに慣れてませんけどね、本名で呼んでも気づかないことの方が多いですし。はい、どうぞ」

 

 苦さを克服したと言っても限界はあるでしょう?

 だから、かなり濃いめに淹れてやりました。

 フフフ、砂糖とミルクは出してあげませんよ?

 自分の分には、予め砂糖とミルクを入れてきましたから。

 

 「ありがと。そんなに酷いの?」

 

 「ええ、無視されてるって思ってしまうくらいに反応しません」

 

 面と向かって呼んでも、頭にハテナマークが飛ぶくらいですから相当ですよあれは。

 退院してすぐなんて『ねぇ、私の本名ってなんだっけ?』って、素で司令官に聞いてましたから。

 その癖、神風って呼ぶと怒って訂正させるんですから(たち)が悪いです。

 

 「あの人らしいっちゃらしいけどね。あ、丁度良いわこれ」

 

 なん……だと!?

 司令官に淹れて差し上げる時の2倍(朝潮比)の苦さのはずなのに!

 ええい!満潮さんの舌はバケモノですか!

 私なんて、ちょっと味見しただけでギブアップだったのに!

 

 「フ……、まだまだね」

 

 鼻で笑われたぁぁぁ!

 たぶん見透かされてます、私がコーヒーを濃くして仕返ししようとした事が見透かされてます!

 

 「ところであの人って、まだ先生と同じ部屋で生活してるんだって?作戦が終わったら出て行くみたいな事を前に言ってたけど」

 

 「出て行くつもりだったみたいなんですけど……。司令官が許さないんです……」

 

 「はあ?なんでよ」

 

 「えっと、実はですね……」

 

 あれは、神風さんが退院する前日だったでしょうか。

 司令官と一緒に神風さんのお見舞いに行ったら、頭をボウズどころかスキンヘッドにしたモヒカンさんと神風さんがキスしようとしている所に遭遇したんです。

 

 ええ、その後大変でした。

 狼狽える元モヒカンさんと神風さんを見て、激怒した司令官が元モヒカンさんを殴り飛ばしたり、『お父さんは許しませんよ!』と涙を流しながら神風さんをお説教したり……。

 

 元モヒカン……ハゲが立ち上がると今度は『表に出ろ……俺より弱い奴に娘はやらん!』とか言いだして決闘を始めちゃいました。

 もちろん司令官の圧勝です。

 それからというもの、毎日のようにハゲが『娘さんを自分にください!』と、部屋を訪ねて来てるんですけど……その度に殴り飛ばされてます。

 それはもう、見事な飛ばされっぷりですよ?

 私でさえ、ハゲに味方してあげたくなる程に。

 

 「あの2人ってそういう関係だったんだ……意外だわ……。でも、そんなに毎日殴られてたら顔の形変わっちゃうわよ?」

 

 「もう手遅れです……」

 

 すでに原型を留めていません、頬とか晴れ上がり過ぎて、何言ってるかわからないくらいです。

 

 「うわぁ……、神風さんは何も言わないの?」

 

 「言いますよ?ハゲが殴り飛ばされた後は司令官と2人でケンカしてます」

 

 ケンカしてても、神風さんはどことなく嬉しそうですけどね、出て行こうと思えば出て行けるのに、まったく出て行く気配がありませんし。

 

 「ハゲってアンタ……、もうちょっとマシな呼び方してあげなさいよ」

 

 「だって、あの人の名前を私は知りません」

 

 頭がツルツルな人を、他になんて呼べばいいんですか?

 ああ、そう言えば『アレキサンダー先輩でいいっすよ!』って言ってたような……。

 あの人って外人さんなのでしょうか。

 でも神風さんが、『どっちかって言うと海坊主でしょうが、サングラスかけてちょび髭生やしてろ!』って言ってましたね。

 よし、今度から海坊主さんと呼んであげましょう。

 

 「私も知らないや……付き合いは結構長いはずなのに……。そう言えば、アンタの本名も聞いたことないわよね?なんて言う名前なの?」

 

 「教えてあげません……」

 

 ふんだ……私と司令官の馴れ初めをポエム呼ばわりした事を私は許していませんよ。

 土下座してどうしてもって言うなら教えてあげてもいいですけど。

 

 「あっそ、ならいいわ」

 

 「え……」

 

 そんなアッサリ引き下がるんですか?

 聞いてくださいよ、もう一押しで私の本名が聞けるんですよ?

 知りたくないんですか?

 あ、コーヒーカップ片手にニヤニヤしてる、私が自分から折れて言うのを待ってるんだわ。

 

 「あ、あの……」

 

 「なに?言いたくなったの?」

 

 まずい、完全に満潮さんのペースだわ。

 このままでは負けてしまう、満潮さんの『さあ、言っていいわよ?聞いてあげるから』的な態度に屈してしまう。

 何かいい手はないかしら、本名を教えるのはいいですけどせめて一太刀、痛み分けにできるような手は……。

 

 「そ、そうだ!満潮さんの本名を教えてくれたら教えてあげます!」

 

 これだわ!

 お互いに本名を教え合うなら引き分けと言い張れる、負けた気がするけど引き分けって言い張るわ!

 

 「え?やだ」

 

 おぉぉのぉぉれぇぇぇ!

 『やだ』って何ですか『やだ』って!

 私だけに本名を名乗らせて自分は名乗らない気ですか?

 私だけに名乗らせようなんて卑怯よ!

 

 「冗談よ、来月には教えてあげるからそれまで我慢しなさい」

 

 「来月?」

 

 別に今教えてもいいじゃないですか。

 なんで来月まで待たなきゃいけないんです?

 

 「私、来月で艦娘辞めるの。だからその時に教えてあげる」

 

 「艦娘辞めちゃうんですか!?」

 

 そんな……神風さんだけでなく満潮さんまで辞めちゃうだなんて……。

 まあ、神風さんの場合は仕方なかった面もありますけど、満潮さんはどうして?

 提督業を学ぶため?

 それなら艦娘をやりながらでも学べるじゃないですか。

 

 「そうよ、私提督になるから。艦娘と二足のワラジなんて無理だもん。それに、艦娘は辞めても鎮守府には残るんだからお別れするわけじゃないわよ?」

 

 「それはそうですけど……」

 

 満潮さんが居なくなっちゃう……。

 鎮守府に残ると言っても、今の満潮さんは居なくなっちゃうじゃないですか……。

 新しい満潮さんが来ちゃうじゃないですか……。

 

 「新しい満潮が来たら仲良くしてあげてね」

 

 「上手く…打ち解けられるでしょうか……」

 

 満潮さんも、私が着任する前はこんな気分だったのかしら。

 自分が知らない新しい姉妹艦、名前は同じでも中身は別人、打ち解けられる自信がありません。

 どう接して良いのかまるっきりわからないわ。

 

 「私ね、アンタが着任する前日にアンタの嚮導役を頼まれたんだけど、最初は断ろうとしたの」

 

 「どうして……ですか?」

 

 「今のアンタと同じよ、仲良くできる自信がなかったの」

 

 「じゃあ、どうして……」

 

 私の嚮導役を引き受けたんですか?

 あの頃の私は浮くこともできない落ちこぼれでした、満潮さんにいっぱい迷惑かけたし、いっぱい怒られました。

 今では良い思い出ですけど、厄介な役回りなのは受ける前からわかっていたでしょうに……。

 

 「アンタに救って貰おうと思ったの。あの頃の私は今より荒んでたから……」

 

 「私は何もしてません、いつも救われてたのは私の方です」

 

 満潮さんが厳しくしてくれたから今の私があるんです、満潮さんが背中を押してくれたから窮奇を倒せたんです。

 

 満潮さん居なければ、私はきっとダメな私のままでした。

 そんな私が満潮さんの事を救えただなんて思えません。

 

 「そんな事ないわ。私はアンタに救われた、大潮と荒潮もそう。アンタに自覚はないでしょうけど、アンタと過ごしてる内に私たちは救われていったの。だって放っておけない位バカなんだもん、アンタを見てたら自分の悩みなんて忘れちゃったわ」

 

 「バ、バカは酷くないですか?」

 

 「そう?将来が心配になるレベルで酷いけど?」

 

 「そ、そんなにですか!?」

 

 また将来を心配されてしまった……これで何度目かしら。

 自分が本当にバカなんじゃないかと思えてきたわ……。

 

 「アンタは頭お花畑だから悩みなんてないだろうけど、新しい満潮はそうじゃないかも知れないわ。新しい環境に適応しようといっぱいいっぱいかもしないし、不安を感じてるかも知れない。そんな時に助けてあげて、今度は姉として、朝潮型の長女としてね。無理に仲良くしようなんて思わなくてもいいの、自然と仲良くなれるわ。アンタと私みたいに」

 

 「わかりました……」

 

 引き受けたものの自信はない。

 だけど、仲良くしたいとは思ってる。

 そうだ、満潮さんに貰ったモノをその子に返してあげよう、私が満潮さんからしてもらって嬉しかったことをその子にしてあげよう。

 取り敢えず、お姉ちゃんと呼んでもらうところからスタートですね。 

 

 「まさか、大潮さんと荒潮さんまで辞めちゃうって事はないです……よね?」

 

 「あの2人はもうしばらく続けると思うわよ?まあそれでも、アンタの任期が終わるまで続けるかはわかんないけど」

 

 そう……ですよね、満潮さんと同じくらい、大潮さんと荒潮さんも艦娘歴が長いんだから私が艦娘を辞めるまで居てくれるとは限らないですよね……。

 でもよかった、急に1人にされたらどうしようかと思いましたよ。

 いきなり3人の妹に囲まれたら、私は絶対パニックになってしまいますから。

 

 「でもさ、いっそ全員いなくなったらアンタも司令官の部屋に転がり込みやすいんじゃない?神風さんがまだいるって言っても、そのうち出て行くでしょ?」

 

 「そんな寂しい事言わないでくださいよ!そ、それに……まだ告白もしてないのに同棲だなんて……」

 

 「はぁ!?まだ告白してなかったの!?あんだけイチャイチャしてるのに!?」

 

 いや、別にイチャイチャはしていませんよ?

 それに、告白はしていませんけど、私と司令官は相思相愛ですから焦らなくてもその内……。

 

 「告白しなさい」

 

 「へ?」

 

 いやいや、急すぎますよ!

 心の準備が必要ですよ、主に私に!

 

 「へ?じゃない!アンタどうせ、『私と司令官は相思相愛だから~』とか甘い事考えてるんでしょ!」

 

 「で、でも実際……」

 

 「言い訳無用!いい?『心でわかりあってるから~』とか呑気な事言ってたら持ってかれるわよ?あの人ってアレで割とモテるんだから」

 

 それは嫌です!

 他の誰かに司令官を盗られちゃうなんて我慢できません!

 けど、だからと言っていきなりと言うのは……。

 

 「それとも……貰っていいの?」

 

 「え……?」

 

 「アンタが告白しないなら私が貰うわよ、アンタの司令官を」

 

 い、いきなり何を言ってるんですか?

 満潮さんが司令官を貰う?

 満潮さんも司令官の事が好きだったんですか?

 

 「み、満潮さん……も」

 

 「ええ、私はあの人が好きよ。しかもアンタと違って私は結婚可能な年齢、あの人が受け入れてくれたら即入籍可能よ。だから貰っていい?」

 

 「ダ、ダメ!ダメです……!」

 

 そうだ……よく考えたら私と司令官は上司と部下の関係でしかない。

 告白したわけでもない。

 恋人同士でもない。

 私が勝手に好きって思ってるだけだ……。

 

 これなら、ストレートに感情をぶつけて来た窮奇のが遥かにマシじゃない……。

 私は窮奇みたいに好きって言ったことがない、愛してるって言ったことがない。

 あの人に思いを伝えてないじゃない。

 

 「だったらケジメをつけなさい、アンタの気持ちを言葉にしてあの人に伝えなさい。そして……私を諦めさせてちょうだい……」

 

 「満潮さん……」

 

 「アンタとあの人は両想いよ、断言してもいいわ。でもね、言葉にされたら嬉しいでしょ?アンタはあの人に好きって言われたくない?愛してるって言われたくない?」

 

 言ってほしい……あの人に好きって言って欲しい、愛してるって言って欲しい……。

 

 「今日告白しろとは言わない。だけど、時間はかかってもいいから必ず伝えなさい、アンタの気持ちを言葉にして」

 

 「わかり……ました……」

 

 厳しいですね……満潮さんは相変わらず厳しいです……。

 満潮さんにとって私は恋敵のはずなのに、それでも厳しくしてくれるんですね……。

 背中を押して……くれるんですね……。

 

 「じゃあお説教はこれでお終い、仕事を再開しましょ。って言っても、後は書類を運ぶだけだけどね」

 

 「ありがとう……お姉ちゃん……」

 

 「うん、わかればよろしい。散歩がてら事務課に書類を届けて来なさい、私は留守番してるから」

 

 そう言って、私に書類を押し付けて満潮さんは窓の外を見つめ始めた。

 ガラスに映った満潮さんは微笑んでいました。

 スッキリしたような顔をして。

 

 ありがとう、そしてごめんなさい。

 貴女は自分が傷つくのも構わずに私の背中を押してくれた。

 私は貴女の気持ちに応えます。

 貴女を失望させないように、どれだけ時間がかかっても司令官に気持ちを伝えます。

 貴女の想いを無駄にしないために……。

 

 

 1階への階段へ続く廊下を歩いていると、何処かに行っていたのか、副官室に戻るところの少佐さんと由良さんとすれ違いましたました。

 

 少佐さんの笑顔が引きつってるのが少し気になりましたが、腕を少佐さんに絡みつかせる由良さんはとても幸せそう、左手の指輪が眩しいです。

 悪い事しちゃったかな、私に気づいたら離れちゃいました。

 

 私も、司令官と腕を組んで歩いてみたいな。

 当分無理なのが残念です、私と司令官の身長差じゃ腕にぶら下がる形になっちゃいますから。

 早く大きくなりたいなぁ……。

 今の私と司令官じゃ親子くらいにしか見えないでしょうし……。

 

 

 書類を届け終わって、執務室に戻ろうと階段に足をかけようとした時、私の顔の横を何かがヒラヒラ横切った。

 なんだろう?

 桜の花びら?まだ三月になったばかりなのに……玄関の方から?

 

 「わぁ……」

 

 正面玄関の扉を開いて外に出ると、ロータリーに植えられた桜がこれでもかと花を咲かせていた。

 目が離せない、吸い寄せられるようにロータリーの縁まで行った私は、誰に言われるでもなく桜の木を見上げた。

 目が眩みそうな程の色彩の暴力、このままずっと見ていたいと思ってしまいます。

 

 「たしか去年も……」

 

 私が着任した日も、この桜は咲いていた、まるで私を歓迎してくれてるかのように。

 そしてこの木に導かれるように私はあの人と再会した。

 私が大好きなあの人と。

 

 「今年も狂い咲きか、相変わらずだなコイツは」

 

 「し、司令官!?」

 

 桜の木の反対側から司令官が出て来た、お帰りはもう少し先のはずなのにどうしてここに!?

 

 「予定より早くジジ……元帥殿から解放されてね。急いで帰ってきたんだ」

 

 どうしよう、今度は司令官から目が離せなくなっちゃった。

 だって舞い散る花びらと、白い士官服を着た司令官が凄く絵になってるんですもの。

 

 「どうかしたか?」

 

 「い、いえその……」

 

 満潮さんにちゃんと告白しろって言われたせいで妙に意識してしまう。

 そりゃあ私も面と向かって『好きです!』とか『愛してる!』とか言いたいですけど……。

 いざ言おうと思うと恥ずかしくて……。

 

 「ちょうど1年前に、この木の下で君と会ったな、今でもハッキリと思い出せるよ」

 

 「はい……私もです……」

 

 懐かしむように桜を見上げる司令官、私もつられて再び見上げました。

 忘れた事なんてありません、この木が私と貴方を会わせてくれた。

 貴方と再会できたのはこの木のおかげです。

 

 「君を怒らせてしまったのも、今では良い思い出だな」

 

 「ふふ、そんな事もありましたね」

 

 あの時は、大げさに怒ってしまって申し訳ありません。

 でも、年頃の女の子に幼いなんて言った司令官がいけないんですよ?

 

 それはそうと……桜から私に視線を戻した司令官が妙にソワソワしています。

 上着の右ポケットに手を入れて、ポケットに何か入っているのでしょうか。

 

 「あ、朝潮、君に渡したい物があるんだが……。」

 

 「渡したい……もの?」

 

 なんでしょうか、書類の類は持っていないようですが……あ、ポケットから何か箱の様な物を……。

 司令官がゆっくりと箱を開くと、そこには青い宝石が填められた指輪が収まっていた。

 こ、これはどう言う事でしょうか、指輪を差し出す司令官の顔は真剣そのもの、これではまるでプ、プロ……。

 

 「受け取ってほしい、私には君が必要だ」

 

 やっぱりプロポーズだ!

 指輪を出してこんなセリフを言われたらプロポーズと思っていいですよね!?

 と言うか、そうとしか思えません!

 

 「わた、私なんかでよろしいんです……か?」

 

 嬉しすぎて泣いちゃいそう、こんな綺麗な指輪を私なんかにくださるなんて。

 左手を差し出せばいいのかしら、手の平は上向き?下向き?

 

 「君でなければダメだ、私がそばにいて欲しいのは君だけだ」

 

 悩む必要なんてない……私が愛してやまない人が私を求めてくれてるんだから。

 私は無言で左手を差し出した。

 だって嬉しすぎて言葉が出ない、泣きそうになるのを堪えるので精いっぱいなんだもの。

 

 「ありがとう……朝潮」

 

 司令官はそう言って、私の左手の薬指に指輪をはめてくれた。

 お礼を言わなければならないのは私の方です。

 私の瞳のように蒼く透き通った宝石と、花の彫刻が彫られた素敵な指輪。

 貴方の、私への想いが詰まった素敵な指輪……。

 また宝物が増えてしまいました。

 貰ってばかりで、申し訳ないです……。

 

 「朝潮、私は……」

 

 「司令官……」

 

 司令官が私を見つめてる、私も司令官から目が離せない。

 いや、離しちゃいけない、だって今なら言えるもの、指輪を頂いて心が昂ぶっている今なら言える。

 今の私では司令官に何もお返しは出来ない。

 だからせめて、言葉だけでも伝えるの。

 

 伝えなさい朝潮、ハッキリと言葉にして伝えるのよ。

 貴方の事が大好きだって。

 貴方の事を愛してるって。

 私を、貴女のモノにしてくださいって。

  

 「わ、私……私は!」

 

(さらば慢~心の心こ~ころ 我ら~提~督~♪

 

 言葉を紡ごうとした瞬間、いつかどこか聞いたことがある曲が司令官の胸ポケットから流れてきた。

 何もこんなタイミングで電話がかかってこなくてもいいと思うんですが……。

 口をパクパクさせる事しかできない私が凄く惨めです。

 

 「「……」」

 

 完全に水を差されたわ、司令官もガッカリしたようにスマホの画面を見つめてます。

 告白のチャンスを潰してくれたのは何処の誰なのでしょうか。

 

 「私だ……どうかしたのか?満潮」

 

 満潮さん……告白しろと煽っておいて邪魔をするとは何事ですか……。

 司令官も軽くため息を吐いてます。

 

 「わかった、すぐに戻る。ああ、玄関までは戻っているんだ。なに?朝潮?ああ一緒だ」

 

 「何かあったんですか?」

 

 「横浜を出たフェリーが浦賀水道から10海里程進んだ辺りで敵艦隊に襲われているらしい」

 

 「大丈夫なのですか?」

 

 「護衛していた第九駆逐隊が応戦しているが救援要請が入った。……行けるな?」

 

 行けるな?

 当たり前です、私は何時いかなる時でも貴方のために出撃できます。

 

 「はい、いつでも出撃可能です」

 

 なぜなら私は朝潮だから。

 貴方の剣である朝潮だから。

 遠慮など無用です、必要とあらば躊躇なく私を解き放ってください。

 

 けど、ちょっとだけ勇気をください。

 私を送り出してください。

 貴方が私を送り出しやすいように、私は貴方にこう言います。

 

 貴方への想いを込めたこのセリフを。

 

 「司令官、ご命令を!」

 

 結局、告白は出来なかったな……。

 せっかく言えそうだったのに、少し残念です。

 

 でも、私と貴方には時間があります。

 だって私は帰ってくるから、何があっても貴方の元に帰ってくるから。

 そして貴方は待っていてくれるから、何があっても私の帰りを待っていてくれるから。

 

 待っていてください司令官、どんなに時間がかかっても必ず伝えます。

 私の気持ちを、言葉に乗せて伝えます。

 

 貴方と出会ったこの場所で。

 

 私と貴方が始まったこの場所で。

 

 いつかまた、この場所で。





 最終回その2に続きます。

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