書こうかどうか悩んだけど、思いついちゃったんで投稿しました。
次のお話から2章に突入します。
他の鎮守府はどうか知らないけど、ここ横須賀鎮守府庁舎の南側一階中央にある食堂では、週に何度か鳳翔さんが居酒屋を開くことがある。
通称『居酒屋 鳳翔』上位艦種の人たちの憩いの場ともなっているこの店は鳳翔さんが自腹をはたいてやっている、もっとも、お客で来た人たちは毎回お代を置いて帰るが利益は出ていないらしい、どうせやるなら利益くらい求めりゃいいのに。
開店時間がフタヒトマルマルからなので消灯時間がその時間の駆逐艦が来ることはほぼない、起きてたとしても上位艦種に遠慮して入ってこない。
そんな『居酒屋 鳳翔』を貸し切りにして、通常なら食堂の受け取りカウンターに設けられた一席に私は座っている、週に一度の司令官の晩酌に付き合う日だ。
別に司令官と一緒に飲みたいとかそういうんじゃないのよ?姉さんが戦死して以来、なんとなく司令官の愚痴を聞いたり、逆に聞いてもらったりしているうちに、こういう事になっただけ、他意はない。
「すまんすまん、遅くなった。」
時刻はフタヒトフタマル、20分遅刻して着流し姿の司令官が食堂の入り口から入ってきた、この人はプライベートではいつもこの格好だ。
「遅れるなら一言あってもよかったんじゃない?」
「今日中に終わらせちょきたい仕事があっての、久々に気合入れて書類と向き合ったわ。」
ちなみにこの人は、普段は標準語を心掛けているが、プライベートでは方言が丸出しになる、初めて方言を聞いたとき、『広島弁?』って聞いたら『俺は生まれも育ちも周防の国、山口県じゃ、一緒にするな!』と訳の分からないキレ方をされた、いや、違いなんかわかんないから。
「ふうん、まあいいけど。」
「まあそう怒るな、好きな物頼んでええけぇ、な?」
毎回好きな物頼んでますがなにか?
「鳳翔さん、酒はいつもので、それと今日は玉子焼きが食いたいのぉ。」
「はいはい、満潮ちゃんは何がいい?」
鳳翔さんがお母さんみたいな笑顔で注文を取りに来る、さて何を頼もうか、ご飯は食べたからそんなにお腹は空いてないし……。
「私はオレンジジュースでいいかな、あとは司令官のを適当につまむわ。」
お酒を頼みたい気はするが一応未成年だ、それに鳳翔さんはともかく司令官が飲ませてくれるとは思えない。
「相変わらず女の子みたいなもん頼むんじゃの。」
ぶっ飛ばされたいのか!私は女だ!それにオレンジジュースくらい男だって飲むでしょ!と、半分手が出かけた時に司令官が急に真面目な顔になった、これは厄介ごとを頼んでくる時のパターンだ。
「さて、酒が出てくるまで少し真面目な話をしておこうか。」
「急に仕事モードになるのやめてくれない?」
この人はツマミがないと酒を飲まない、飲めないわけではないけど、そういう『自分ルール』を定めているらしい、理由を尋ねたことはあるけど教えてもらえなかった。
厄介ごとを言ってくるのはいつもこのタイミング、まるでスイッチが切り替わるかのように顔つきから姿勢まですべてが一瞬で切り替わる。
「まあ、そう言うな、大事な話だ。」
厄介ごとを背負いたくはないけど、大事な話と言われれば聞かないわけにはいかない、プライベートはともかく、仕事モードの司令官は真面目そのもの、まあ、書類仕事は気分によって処理速度が変わるらしいけど。
「で、なに?」
「明日、朝潮が着任することは耳に入っているだろう?」
ああ、その事か、そういえば大潮が張り切って歓迎会の準備してたわね。
「ええ、大潮から聞いたわ。」
姉さんの艤装を使う全く別の子が明日来る、別にどうこうするつもりはないけど、うまく付き合っていく自信はないわね。
「その子の嚮導をお前に頼もうと思っている。」
厄介どころの騒ぎじゃない、私が新しい朝潮の嚮導!?ちょっと正気!?私が他の子達からなんて言われてるか知ってるの!?『横須賀で近づきたくない艦娘No,1』、『激辛フレンチクルーラー』よ!?
「いやいや、嚮導とか普通は軽巡の仕事でしょ?それに、私が他の子からどう思われてるか知ってる?」
「もちろん知っている、それでも、朝潮の嚮導はお前に頼みたい。」
勘弁してよ……私は自分の事だけで精いっぱいなの、新米にものを教えてる余裕なんてないわ、それに、姉さんの艤装を背負った子とどう接すればいいかなんて私にはわからない。
「どうしても……私じゃなきゃダメなの?」
「ダメだ。」
こういう時の司令官は絶対に折れてくれない、一言『命令だ。』と言えばいいのに言わない、あくまで『頼み事』として言ってくる。
なんでよ……大潮でもいいじゃない、荒潮は……ダメだ、あの子じゃ事故を起こしかねない。
「これはお前のためにもなると私は思っている。」
姉さんの事を忘れろとでも言うの?司令官だって忘れられてないクセに……。
「ありきたりだが、お前は十分苦しんだ、そろそろ前に進むべきじゃないか?」
「わかってるわよ……でも……。」
頭ではわかっている、いつまでもあの時の後悔を引きづってちゃいけないって事は、でもどうしても忘れられないの、夢に出てくるの、夢の中で姉さんが言うのよ『お前がいれば私は死なずにすんだ』って、姉さんはそんな事絶対言わない、私の妄想だって事はわかってるけど気持ちの整理がつかないのよ……。
「やはり、新しい『朝潮』は受け入れられないか?」
「そうじゃない、そんなんじゃない!」
私だって満潮としては2代目だ、それでも姉さんは私を受け入れてくれた、妹として扱ってくれた、仲間だって……言ってくれた。
「その子……どんな子なの?」
やっぱり姉さんに似てる?
「写真でしか見てないが……瞳の色以外はそっくりだった。」
「そう……なんだ……。」
姉さんそっくりな子を別人として扱えなんて……また無理難題を押し付けてくれるわね、この司令官は。
「司令官は平気なの?その……姉さんそっくりな子と過ごすの。」
司令官だって辛いでしょ?だったら私の気持ちもわかってよ。
「どうかな、正直上手く話せるかどうかも疑わしい、情けないことにな。」
それみたことか、それで私には嚮導をやれってちょっとズルくない?
「これは話そうかどうか迷ったんだが。」
「なに?」
なんだろう、たいていの事はこの3年で聞いたと思うけど。
「お前が着任する前日にな、朝潮が泣きながら私に言ったんだ『明日来る満潮とどう接したらいいかわかりません。』とな。」
姉さんが?私が着任した時、笑顔で迎えてくれた姉さんがそんな相談をしていたの?
「お前の先代が戦死した時、旗艦をしていたのは朝潮だった、それで彼女は責任を感じてしまってな『私がもっとうまくやれてれば満潮を死なせずに済んだのに。』と言って、ふさぎ込んでいた時期が朝潮にもあったんだ。」
姉さんにもそんな事があったんだ……でも私と会った時、姉さんはそんな相談をしたことなど微塵も感じさせなかった。
「姉さんは……どうやって立ち直ったの?」
「立ち直ってはいなかったさ、朝潮を立ち直らせたのは満潮、お前だよ。」
「私が?」
何もした覚えないわよ?
「『今日は満潮が笑ってくれました!すごく可愛かったです!』『司令官、満潮が初めて姉さんって呼んでくれたんです!感激です!』って感じでな、お前と過ごしていくうちに彼女は立ち直っていったんだ。」
「そ……そんな事で……?」
信じられない……。
「そんな事でいいのさ、だからお前も、明日来る朝潮に立ち直らせてもらえばいい、変に肩肘張らなくたっていいんだ、一緒に過ごしていくうちに自然と打ち解けられる、言っただろう?お前のためにもなると、いやお前のためと言った方がいいか。」
「よ、余計なお世話よ……。」
私と姉さんは違うのよ?姉さんがそれで立ち直れたからって私も同じになるとは限らないじゃない……。
けど……そうね、姉さんが私にしてくれたことをその子に返すと考えれば、少しはまともに接することができるかもしれないわね……。
「どうしても嫌か?」
嫌なわけじゃない、私だってこのままでいいとは思ってないもの、新しい朝潮と過ごしていくうちに私も立ち直れるかもしれない、だけど、このまま司令官に言いくるめられるのはちょっと気に食わないわ。
「間宮羊羹5本、それで手を打つわ。」
間宮羊羹、給糧艦間宮が作る羊羹で味は有名菓子店をも凌駕し、いつも品薄で金があってもなかなか手に入らない、駆逐艦の間では通貨代わりにされることもあるそれを、私は報酬として要求した。
「また随分と高い買い物になってしまったな。」
「ふん、それくらいもらわなきゃ割に合わないじゃない。」
ざまぁみろ、こっちはトラウマと向き合わなきゃいけないんだ、良心的なくらいよ。
「その条件じゃなきゃ嚮導はしてあげない。」
「わかったわかった、用意しておく。」
司令官がヤレヤレと言う感じで肩をすくめる、よし、これで当分甘味には困らないわ、間宮羊羹一切れで3倍以上の甘味が手に入る、太らないように気をつけなきゃ。
「お待たせしました、提督には熱燗と玉子焼き、満潮ちゃんにはオレンジジュースね。」
話が終わったと察したのか、鳳翔さんが注文の品を持ってきた、さすがお艦と呼ばれるだけあるわタイミングの読み方がうまい。
「お、来た来た、ほれ満潮、酌してくれ酌。」
「手酌で飲みなさいよ、なんで私が……まったく。」
と、言いつつ酌をしてやるのが私と司令官のお約束だ、別にしたいわけじゃないけど、ホントよ?
「いやぁ、美人女将の出す酒を、これまた美人の満潮に注がれて飲めるとは、男冥利に尽きるのぉ。」
「お世辞言っても何も出ないわよ。」
すっかりプライベートモードに戻った司令官に酒を注いでやりながら私も玉子焼きに箸をつける、うん、美味しい、甘めの味付けが私好みだ、でも司令官にはすこし甘すぎるんじゃ?
「鳳翔さんシシャモある?あと、漬物も欲しいな。」
やっぱり甘すぎるんじゃない、そんな塩っ辛いものばっかり頼んで、糖尿になってもしらないわよ?
「お前も飲むか?」
あら珍しい、司令官から飲むか?なんて、明日は一応非番と言うことになってるから少々酔ってもいいけど……。
「私を酔わせてどうする気?憲兵さん呼ぼっか?」
何にもしないのはわかってるけどね、いまだに姉さん一筋だし、この人は。
「何もしゃあせんわ!お前に手ぇ出そうもんなら大潮と荒潮に海に沈められかねん!」
その前に鳳翔さんに弓で射殺されるかもね、すごく怖い笑顔でこっち見てる。
「じゃあ少しだけもらうわ、ちょっと酔いたい気分だし。」
それからしばらく、二人で他愛もない話をしながらお酒を飲んだ、私と司令官の週に一度の楽しみ、姉さんが戦死して以来、私が唯一素直になれる時間、私が唯一弱音を吐ける時間。
司令官と二人でいる姉さんを見るのが私は好きだった。
そんな二人と一緒に居る時が好きだった。
司令官が私を娘くらいにしか思ってないのは知ってる、まだ姉さんのことが好きだってことも。
今の状況を姉さんが見たら怒るかな、それとも『相変わらず仲がいいわね。』って笑うかな。
姉さん、見てる?
私、頑張るから、姉さんみたいに立ち直って見せるから。
だからそれまで、もうちょっとだけ、姉さんの司令官を貸してね。