艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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幕間 少佐と由良 1

 『物事によいも悪いもない、考え方によって良くも悪くもなる。』と言ったのはシェイクスピアだったか。

 

 確かに理解は出来る、物事とはそういうものなのだろう、だが実際に窮地に陥った場合、人はそんな風に思えるだろうか。

 

 少なくとも自分には無理だ、今の状況に比べたら上陸してきた深海凄艦の群れに丸腰で立ち向かう方がマシに思えてくる。

 

 「ちょっと少佐さん聞いてる!?」

 

 自分が現在いるのは死とは無縁の執務室、ただし自分の対面にいるのは今にも提督殿を砲撃しに行きそうなくらい憤慨している由良だ。

 

 自分は朝潮が着任してからこっち、毎日由良の憂さ晴らしの愚痴に付き合っている、世の男性諸氏はうらやましく思うかもしれない、普段の由良は容姿端麗、言葉遣いや振る舞いも優しく礼儀正しい、だが一旦火が付くと止めようがない、自分は由良のそういう所がどうも苦手だ、と言うか怖い、どのような考え方をすればこの状況が良くなるのか教えてくれシェイクスピア。

 

 「朝潮ちゃんの事が心配なのはわかりますよ?でも、仕事のほとんどを由良に押しつけるのは間違ってると思うんだけど!」

 

 いや仰る通りだと自分も思います、思いますとも、ただ、その鬱憤を自分で晴らすのはやめて頂けないものだろうか。

 

 「っていうか普通に犯罪ですよね?アレ完全にストーカーですよ!そりゃ男の人からしたら若い子の方がいいんだろうけど、朝潮ちゃんってまだ13歳ですよ!?」

 

 いや、提督殿の場合は事情があってだな、だが……うん、傍から見ればただのロリコンの変態だ。

 

 「やっぱり憲兵さんに言った方がいいのかしら……。」

 

 それはやめてあげて!大丈夫だから!手を出すことはないから!たぶん!

 

 「もしかして少佐さんも幼い子が好きなの?」

 

 「そんな事は断じてない!」

 

 なんだその何かを心配するような目つきは、自分はノーマルだ、そりゃ若い子がいいと言う気持ちはわかるが駆逐艦はさすがに対象外だよ。

 

 「じゃあ艦種で言うとどのくらい?」

 

 艦種で言うと?ふむ、しいて言うなら重巡か戦艦くらいだが、ここは由良の機嫌を取るためにも。

 

 「軽巡だな、アレくらいが自分の好みだ。」

 

 「ふ、ふぅん……、そうなんだ……。」

 

 お?これはいけたか?自分もなかなかやるじゃないか。

 

 「だが自分の好みを聞いてどうするんだ?君は提督殿に好意を寄せていると思ってたんだが。」

 

 「……。」

 

 あれ?由良が真顔になったぞ?何か変なことを言ったか?

 

 「ええ、提督さんは素敵な方だと思いますよ?幼女趣味なところを除けばですけど。」

 

 合ってるじゃないか、じゃあなんでまた機嫌が悪くなったんだ?訳が分からん。

 

 「由良に仕事のほとんどを押し付けてるとは言え提督さんが処理しなきゃいけない仕事は終わらせてるし?ええ、そこは何の問題もありません、あとは由良が苦労すればいいだけですから。」

 

 このままではまた火がついてしまいそうだ……、なんとかせねば。

 

 「まあまあ、提督殿も由良を信頼して仕事を任せてるのだと思うし、このあたりで矛を収めてくれないか?」

 

 どうだ?君が好意を寄せる提督殿に信頼されているのだ、君からすれば嬉しい限りではないか?

 

 「へぇ、じゃあ少佐さんは信頼してる相手には何をしても良いと仰るんですね?」

 

 ん?ちょっと待ってくれ、これはいかんぞ、地雷を踏むどころか踏み抜いてしまった気分だ。

 

 「そもそも、提督さんを諫めるのは少佐さんの仕事でしょ?何年あの人の副官やってるの!」

 

 なぜ自分を責める!?そもそもの原因は提督殿ではないか!

 

 「演習場の砂浜に変な穴は掘るし、この間なんかヘリまで持ち出して!最近の提督さんの行動は目に余ります!」

 

 まったくだ、自分もそう思うぞ?ただ提督殿の気持ちを知っていると自分も強く言えんのだ、由良だってそうだろ?

 

 「それはほら、朝潮と満潮が上手くやってるか心配なんじゃないか?満潮はあんな性格だし。」

 

 だからと言ってヘリまで持ち出すのはどうかと思うが。

 

 「性格に問題がある子は他にもいます!それに、朝潮ちゃんばかりに構ってたら他の艦娘に示しがつかないでしょ!」

 

 ん?これは由良も構ってほしいと言うことだろうか?そうか嫉妬だ!提督殿が朝潮ばかりに構うからこんなに怒っているのだな、提督殿も罪なお人だ。

 

 「つまり君も提督殿に構ってほしいのだな?」

 

 「誰がそんなこと言いました!?少佐さんってバカですか!?むしろバカですよね!?」

 

 ち、違うのか?どうも女性の心理はよくわからん、そもそも自分は女性が苦手だ、鎮守府で艦娘の相手をしだしてから大分慣れたとは言っても、あくまで仕事上での話だし、怒っている女性の機嫌の取り方などさっぱりわからん。

 

 「そんなだから少佐さんはいい歳して独身なんですよ!」

 

 関係ないだろ!自分が独身なのと君の機嫌が悪いのになんの関係があるんだ!まあ、たしかに自分は女性にモテない、学生時代は言わずもがな、軍に入ってからは男所帯、いっそ同性愛者だったらと何度思ったことか。

 

 「今までお付き合いした女性は何人ですか?あ、すみませんやっぱりいいです。」

 

 0だよ!ああそうさ自分は女性と交際したことがない!初体験も風呂屋だ!文句あるか!と、声を大にして言いたいが沽券にかかわるから言わない、というか自分は一応君より立場は上だぞ?いや、暴言を吐かれたからと言って咎めようと言うのではない、咎めないからそろそろ解放してくれないだろうか……。

 

 「な、なあ由良?」

 

 「なぁに?由良は仕事で忙しいんですけど。あ、そうそう、少佐さんいい加減携帯電話持ち歩いてくれません?用事があるたびに探し回るのすごく面倒なんですよ?」

 

 ああ、ダメだ、名前を呼んだだけでコレだ、何言っても火に油だな……。

 

 「い、いや、前にも言っただろ?自分はハイテクというものが……。」

 

 「スマホがある今じゃ携帯なんてローテクだって言ったでしょ!?少佐さんはあれですか?ダイヤル式の黒電話じゃないと電話できない人ですか!?」

 

 「そ、そこまでではないが、まことに申し訳ない……。」

 

 仕方ないじゃないか、ボタンが多くてどれを押せばいいのかわからないんだ……。

 

 「だいたいですね、少佐さんは!」

 

 ああ、完全に矛先が自分に固定されてしまった、恨みますよ提督殿……、ん?そういえば提督殿に『本気で困った時だけこれを由良に差し出せ。』と渡されたものがあったな。

 

 「ちょっと!なにをゴソゴソしてるんです!?由良の話はまだ終わっていませんよ!」

 

 ええと確か鞄のこの辺に……、お、あったあった、中身は何なんだ?

 

 「ん?ケーキバイキングのチケット?」

 

 しかも2枚、どういうことだ?

 

 「しょ、少佐さん、それは……。」

 

 どうしたんだ由良、というかなんだその顔は!恍惚と言うのか!?なんだか色気を感じるくらい艶めかしいぞ!?

 

 「いやこれはだな。」

 

 「最近できた高級ラウンジのケーキバイキングじゃないですか!行きたかったかったんですよ~♪」

 

 ああ、女性は甘いものが好きらしいからな、自分は苦手だが、ケーキ一切れで胸焼けががしてくるほどだ、バイキングなどとんでもない。

 

 「行きたかったのか?じゃあよかったら……。」

 

 「行きます!もう~少佐さんもなかなかやるじゃないですか、散々気のなさそうなふりしてにデートに誘うだなんて♪」

 

 ちょっと待て!デートだと!?なぜそうなる!2枚あるからか!?いやいや二枚ともやるから誰か他の子を連れて行ってくれ!

 

 「ちょ、ちょっと待……。」

 

 「休みの日にちを合わせないといけませんね、あ、服どうしよう、さすがに制服じゃまずいよね。」

 

 ダメだ!もう自分と行く気満々じゃないか!これで断ろうものならまた由良の機嫌が悪くなる!どうする、自分は由良に恐怖以外の感情を感じない、ああ断言するとも、深海棲艦と由良、どちらと交際するかと問われれば迷わず深海棲艦を選ぶだろう!さらにケーキバイキングだと!?地獄じゃないか!

 

 「あ、そういえば少佐さんて普段着持ってるんですか?ないならついでに買に行きましょう!由良も新しい服欲しいですし♪」

 

 なぜか服を買いに行く流れに発展したぞ?どうしてこうなった?いやいや、普段着ぐらいは自分ももっているぞ?スーツを普段着と言っていいならだが。

 

 「でも遅くなるのはダメですよ?そういうのはまだ早いです!」

 

 早いも何も自分と君はそういう仲ではないだろ、なぜケーキバイキングのチケットだけでここまで変わるんだ?これが女性というものなのか?

 

 「少佐さん聞いてます?それで日にちですけど。」

 

 なんだろう、動悸が激しい、ああこれはあれだ、自分に降りかかるであろう惨事に恐怖しているのだ、苦手な由良と一緒に苦手な甘味の溢れるケーキバイキングに行くことに恐怖しているに違いない。

 

 そういえばシェイクスピアはこんな事も言っていたな。

 

 曰く、『今晩一晩は我慢しなさい。そうすれば、この次はこらえるのが楽になる。そして、その次はもっと楽になる。』

   

 自分はあと何回、涙で枕を濡らせばいいのだろうか。


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