朝の明るさが加速度を増して広がる中、休みが明けて八駆の三人が訓練に参加するようになった訓練は見学することから始まった、訓練に参加したかったけど、今日一日は3人が総当たりで演習する様子を見学するようにとの司令官からのお達しらしい。
『ちょっと満潮ちゃんずるいわよぉ~逃げてばっかりでぇ。』
『アンタが下手くそなだけでしょ?悔しかったら当ててみなさい!』
艤装の通信装置から満潮さんと荒潮さんの声が聞こえてくる、今は二人が演習中、私はと言うと、砂浜で司令官が持っていたと言う双眼鏡で二人の演習を見学している、というかこの双眼鏡すごく大きいんだけど、レンズで私の顔が隠れそう。
「満潮の避け方をよく見ておくんですよ、回避だけなら八駆で一番ですから。」
隣にいる大潮さんが見るべき点を教えてくれる、私と全然違う、右に避けるとあたりを付ければ後ろに回避、時には飛んでくる模擬弾に飛び込むように前方へ抜ける、それだけではない、回避後は即反撃、もしくは砲撃で自分への狙いをずらしたりとパターンが多彩だ。
「あ、二人が接近しますよ、よく見ててね、荒潮は砲撃はけっして下手じゃない、むしろ満潮ちゃんより上手いんだけど、たぶん一発も当たらないから。」
大潮さんが言う通り二人が砲撃と回避と織り交ぜながら接近していく、距離は……数メートル!?下手をすれば『脚』同士が接触しかねないような距離で二人が砲火を交えだした。
『この!この!ちょっとは当たりなさいよぉ!』
『当たってたまるか!アンタしつこいくらい急所ばっかり狙ってくるじゃない!模擬弾でも当たったら痛いのよ!?』
ほとんど0距離と言っていい距離で罵倒までしながら二人は撃ち、躱すを繰り返す、荒潮さんは所々被弾してオレンジ色に染まっているが、満潮さんは掠ってすらいない。
「どうやったらあんなに躱せるんだろう……。」
「相手をよく見ることです、視線はもちろん、体の微妙な動きや表情など、色んな所に相手の行動を予測できる要素が隠れています、満潮はソレを見ることに長けているんですよ。」
私のつぶやきに大潮さんが答えてくれる、なるほど、それが満潮さんの回避の秘密か。
「もちろん相手は動きを予測されまいとモーションは最低限に、顔にも出さないようにします、もっとも、荒潮はそういうことを考えてやってません、あの子は頭より先に体が動くタイプですから。」
「では荒潮さんは回避が苦手と言うことですか?」
「そんな事はないですよ?大雑把に言うと、満潮は相手の動きを見て行動を予測し、撃たれる前に回避するタイプ、荒潮は撃たれた後に勘と反射神経で避けるタイプですね。」
それはそれですごい事なのでは?
「朝潮ちゃんは頭で考えてそれを実践しようとするタイプですよね?それだと荒潮の避け方は参考になりません、アレは荒潮だからできる方法ですから。」
なるほど、たしかに私は先にどうするか考えてしまう、荒潮さんのような避け方はできそうにない。
「ちなみに大潮は二人を足して割った感じですね、予測回避と勘での回避、両方使います。」
へぇ、同型艦でも人によってまったく戦い方が違うのね、あ、アレはさすがに当たるんじゃ!?荒潮さんの右手の連装砲が満潮さんの文字通り眼前に構えられた。
「満潮はアレも避けますよ。」
ホントだ!ホントに避けた!構えると撃つのがほぼ同時だったのに、それすら避けて見せた満潮さんはがら空きになった荒潮さんの右わき腹に向けて連装砲を発射、荒潮さんを吹き飛ばし、右わきをオレンジ色に染め上げた。
『もう……ひどい格好ね。』
『これで大破ね!今回も私の勝ちよ、荒潮。』
『ぶうぅ、私と満潮ちゃんって相性悪すぎぃ、少しくらい当たってくれないと私が面白くないわぁ。』
勝ち誇る満潮さんと不貞腐れた荒潮さんが砂浜に戻ってくる、二人とも1時間以上演習を続けてたはずなのに疲れは微塵も感じさせない。
「お、お疲れ様です!」
二人にタオルと飲み物を差し出しながらねぎらいの言葉をかける、二人とも本当にすごかったです!
「これくらい当然よ、アンタは間違っても荒潮を参考にしないようにしなさい。」
「それはちょっと酷いんじゃない?朝潮ちゃん、満潮ちゃんのマネばかりしてると逃げ癖ついちゃうからほどほどにしとくのよぉ?」
「ちょっとそれどういう意味よ!」
「あらぁ?そのままの意味だけどぉ?」
演習の勝敗を引きづった二人が一触即発の雰囲気に!え、どうすればいいのこれ、大潮さんは……『またか』という感じで額を抑えてる、私が止めなきゃいけないの!?絶対無理です!
「なんならもう一戦してあげてもいいのよ?もっとも、結果は変わらないだろうけどね!」
「あらあら、私が奥の手使ってないの知ってるでしょぉ?本気出せば満潮ちゃんなんて瞬殺なのよぉ?」
「はいはい、二人ともその辺にして、朝潮ちゃんが怯えて泣きそうになってるよ!」
「だって荒潮が!」「だって満潮ちゃんがぁ!」
大潮さんでも止められない!?どうしようどうしよう、司令官を呼ぶ?それとも……。
「なんなら大潮が二人まとめて叩きのめしますけど?」
え!?この二人をまとめて!?大潮さんってそんなに強いの!?
「上等じゃない!できるもんならやって見なさいよ!」
「それはちょっと私たちを見くびり過ぎよねぇ。」
ダメじゃないですか!収まるどころかヒートアップしましたよ!?
「大潮に勝てるつもりですか?最近相手してなかったから慢心しちゃってるみたいですね。」
なんだか大潮さんまで目が座ってきた!あ、これがミイラ取りがミイラにってやつですね、ってそうじゃない!現実逃避しちゃダメ!!大潮さんまでああなった以上私が止めないと!
「あ、あの、3人とも落ち着いて……。」
「「「アンタ(朝潮ちゃん)は黙ってて!」」」
ひいっ!ダメだ、私じゃ止められない、やっぱり司令官を呼ぶしか、でもどうやって呼ぼう、電話なんて持ってないし……。
あれ?あそこの木の陰に居るのは……司令官!そんなところで何してるんですか!?この状況をどうにかしてください、私じゃどうしようもありません!
え?なんですか?そのホワイトボードは、何か字が書いてある。
あ!これはカンペと言う奴ですね!テレビで見たことあります!
え~と何々?
〖朝潮、これが君が乗り終えるべき最初の試練だ、三人を止めろ!〗
試練どころじゃないです!拷問ですよソレ!3人とも私なんかより遥かに強いんですよ!?
〖力で止めるのではない!三人を止める方法を君はすでに知っている!〗
力で止めるんじゃない?しかも方法は私が知っている?
〖君は知っているはずだ、3人をデレデレにできるワードを〗
三人をデレデレに?そ、それはまさか……。
〖だがそれだけではいかん!そのワードの効力を最大限に高めるポーズが必要だ!〗
そ、そのポーズとはいったいどうすればいいのですか司令官!
〖やる覚悟はあるのだな?〗
はい!三人を止めるためならこの朝潮、何でもする覚悟です!
〖よく言った!ではポーズを教えよう。〗
いや、私は一言も言葉を発していませんよ?やっぱり顔に文字でも浮き出てますか?
〖まず胸元で両の手の平を祈るように組み、三人を上目遣いで見つめるのだ、涙を少し浮かべるのを忘れるな!〗
な、なるほど、胸元で両手の平を祈るように、こんな感じかな?
〖そう、そんな感じだ、あとは君が知っている、あのワードを組み込んだ言葉で3人は止められる!〗
私が知っていて3人をデレデレにできるワード……、確信はないけどアレしかないわ、けど、司令官の前でアレは……。
「もう二人とも海に出なさい!徹底的に叩きのめしてあげます!」
「やってやろうじゃない!泣いても許してあげないからね!」
「ほえ面かかせてあげるわぁ。」
〖さあ、もう悩んでる時間はないぞ!〗
3人がいがみ合ってるところなんて見たくない、司令官の前というのが少し恥ずかしいけど……やるしかない!見ていてください司令官!この朝潮、見事この試練を乗り越えて見せます!!
「あ、あの!」
「だからアンタは黙って……。」
「やめてお姉ちゃんたち、お姉ちゃんたちがケンカしてるところなんて、私見たくない!」
胸元で両の手の平を祈るように組み、三人を上目遣いで見つめる、涙を浮かべるのも忘れない!完璧だわ!司令官に言われた通りできた!
「「「…………。」」」
あ、あれ?3人が私を見たまま固まってしまった、もしかして失敗?
「「「ごふっ!!!」」」
ちょ!ええ!?吐血!?なんで!?大丈夫なの!?
「ちょ、朝潮ちゃん、それは卑怯です。」
「ダメ……ダメよそれは……自分が抑えられなくなっちゃう……。」
「ああ、可愛い、可愛いわぁ……今すぐ部屋にお持ち帰りしたいわぁ。」
ん?なんだか背筋がゾワゾワするような?
「どうやら上手くいったようだな朝潮。」
司令官が木陰から出てきた、なんで鼻血が出てるんですか?それにその手のビデオカメラらしきものは何のために?
「は、はい!司令官のおかげです!」
何はともあれ、司令官の助言のおかげで3人を止めることができました、さすがです司令官!
「あ、アンタの差し金だったのね……、たいした威力だわ。」
「フ……お前たちが部屋で朝潮に『お姉ちゃん』と呼ばせているのという情報は入手済みだったからな。」
「いや、それ昨日ですよ?何で知ってるんですか?」
「やめて大潮ちゃん、嫌な考えが頭をよぎってきたから。」
それより鼻血をどうにかしましょうよ司令官、結構な量ですけど大丈夫ですか?衛生兵を呼びましょうか?
「それにしてもお前たちは、技術を見せろとは言ったがケンカするところを見せろとは言ってないぞ?」
それで今日は見学だったのね、でもどうして見るだけなんだろう?見ただけですぐできるわけじゃないのに。
「それは……いえ、大潮の監督不行き届きです、ごめんなさい。」
「別に大潮が悪いわけじゃないじゃない、ケンカを始めたのは私と荒潮よ!」
「そうよぉ?大潮ちゃんが気にすることないわぁ。」
二人が大潮さんを庇い始めた、やっぱり仲はいいのね、ただヒートアップすると止まらなくなるだけで。
「まあ、咎める気はないから安心しろ、それよりもう飯時だぞ?休憩にしたらどうだ?」
もうそんな時間か、安心したらお腹が空いてきたわね、司令官もご一緒に……とか無理かしら。
「そうですね、それじゃあお弁当にしましょう!司令官もご一緒にどうですか?」
ナイスです大潮さん!あ、私の表情で察してくれたのかな?
「ああ、すまない、今日はこれから用事があるんだ。」
「珍しいじゃない、いつも晩まで覗いてるのに。」
え?訓練の様子をずっと見られてたの!?どこで!?全然気づかなかった、けど、そこまで私の事を気にかけてくれてたなんて、朝潮、感動いたしました!
「恋は盲目よねぇ。」
「何か言ったか?荒潮。」
「なんでもなぁい。」
「用事って何?もしかしてそのカメラで撮った映像の編集?」
やっぱり撮影してたんだ、でも何をだろう?あ!満潮さんと荒潮さんの演習ですね!私ももう一度見たいなぁ。
「司令官、その映像、あとでコピーは?」
大潮さん、顔が真顔で若干怖いですよ?コピーされるとまずいんですか?
「君たちが望むのならだが、欲しいか?」
「「「もちろん!」」」
欲しいの!?しかも3人とも!?演習を撮影したものですよね!?ああ、自分の動きを見て反省点を探すんですね、なるほど、さすが歴戦の駆逐隊、自分にも厳しいわ、私も見習わなきゃ。
「わかった、訓練が終わる頃までには用意しておく。」
そう言って司令官は庁舎へ向けて歩いて行った、いや、スキップしてる?意外だわ、何か嬉しい事でもあったのかしら。
「それじゃあ、お昼にしましょう、お昼休憩が終わったら次は大潮と満潮で演習しましょうね。」
次は大潮さんと満潮さんか、どんな戦いになるんだろう、今からワクワクする。
「じゃあぁ、その間朝潮ちゃんは荒潮お姉ちゃんと仲良くしてましょうねぇ。」
荒潮さんが私に抱きつきながら言ってくる、いや見学させてください。
「見学の邪魔しちゃダメよ荒潮、それと、朝潮から離れななさい。」
「い~や、次の出番まで朝潮ちゃんは私のものよぉ。」
私はぬいぐるみか何かなのだろうか、荒潮さんの膝に座らされて頭をひたすら撫でられている、なんだか眠くなってくるなぁ。
「ほらほら、早く食べないと休憩時間終わっちゃいますよ?」
いけないいけない、ちゃんと食べてお昼からの演習も集中て見学しなきゃ!
昼食を食べ終えた私たちはしばらく談笑し、午後も有意義な時間を過ごすことができた。
・・・・・・
・・・・
・・・
だけどその晩、私に待っていたのは本当の意味での試練だった。
大潮さんが司令官からもらってきた映像のコピーには、私が3人を止める場面しか映っておらず、私は自分の醜態を就寝時間まで延々と見せられる羽目になった。
「もうその辺でやめてください!もう何十回も見たじゃないですか!」
「何を言ってるんですか、まだ序盤戦ですよ?」
「可愛いわぁ、これは永久保存ねぇ。」
「…………。」
永久保存とか勘弁してください!満潮さんは無言で鼻血垂らして止めてくれる気配ないし!
『やめてお姉ちゃんたち』
ホントにやめてくださいいいぃぃぃぃ!!!!