艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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序章 第二話、朝潮視点のお話です。




横須賀襲撃2

 はじめて会った日の事を覚えていますか?

 

 桜の花が舞う季節。

 鎮守府の正面玄関の前に植樹された『ソメイヨシノ』の下で私はアナタと出会いました。

 

 私を見るなり、貴方はは言いました。

 『君のような幼い子が戦場にでるのか?』と。

 私は少しムッとしてしまいました。

 たしかに歳はようやく12になったところだけれど、面と向かって『幼い』と言われれるといい気分はしません。

 

 むくれる私に『すまんすまん、悪気はなかったんだ』と謝り、アナタは『ソメイヨシノ』を見上げてこう言いました。

 

 「もう5~6年もすれば君はこの『ソメイヨシノ』のような女性になりそうだな」と。

 

 当時の私は貴方が何を言っているのかわからず、『それは何かの暗号でしょうか?』と返した私を見て貴方は笑っていましたね。

 

 その日から、貴方と私の日々が始まりました。

 

 たくさん傷ついて。

 たくさん泣いて。

 仲間もたくさん失った。

 

 だけど同じくらいたくさん笑って。

 たくさんの仲間に出会いました。

 

 貴方はいつも私のそばにいてくれた。

 泣いてる時も、笑ってる時も。

 嬉しい時も、悲しい時も。

 貴方はいつでも私のそばにいてくれた。

 

 不謹慎かもしれませんが、私はそんな貴方との日々が幸せでした。

 

~~~~~~~~~

 

 「司令官、ご命令を!」

 

 何度目だろう、このセリフを言うのは。

 着任してから何度も私は司令官にこのセリフを言った。

 私の、司令官への想いをすべて込めたこのセリフを。

 

 だって、貴方の命令なら私はなんだってできる気がするから。

 だけど、貴方がこのセリフをあまり好きじゃないのも知っています。

 私を死地に送り出すたびに傷ついてるのも知っています。

 これが最後の命令になる事も知っています。

 

 ですが命令してください。

 貴方の命令なら、例え相手が戦艦だって沈めて見せます!

 例え刺し違えてでも!

 

 「何を言ってるんだ朝潮!いくら君でも駆逐艦一隻で戦艦の相手ができるわけがないだろう!」

 

 少佐殿、それはわかっています。

 だけど敵旗艦が艦隊を放り出して単艦で突撃、普通ならあり得ない事だけど、動かせる艦隊は迎撃で手一杯、艦隊が交代し帰投したタイミングでの迂回、そして強襲。

 鎮守府を落とす、ただそれのみが目的なら有効的だと思います。

 

 速度が駆逐艦並と言うのが気に入らないけどあくまで『最高速度』でしょう。

 『巡航速度』でそれならまさしくバケモノですもの。

 

 だけど、最低でも撤退に追い込めば敵艦隊そのものの撤退にも繋がるかもしれない。

 代わりに私が死ぬことになったとしても。

 駆逐艦一人の命と敵艦隊の撤退、天秤にかけるまでもないでしょう?

 

 「ですが現状で他に打てる手段はありません!司令官!ご決断を!!」

 

 司令官は迷ってる、この人は死ぬとわかっている命令を出すのを嫌う、優しすぎるんだ。

 このままでは貴方の命が危ないのですよ?

 私に、みすみす貴方を殺させろと仰るのですか?

 

 「朝潮、君は来月には退役の予定だろ?それに退役後は提督と……」

 

 ええ、来月には退役して司令官と入籍する予定でした……。

 だけど、このままでは司令官が死んでしまうかもしれない。

 そんなこと、私には耐えられない!

 

 「少佐殿、それは今関係ありません。どのみち敵戦艦に攻撃されれば退役どころではなくなります。」

 

 「それは……!そうなのだが……」

 

 「時間がありません司令官!私に出撃させてください!」

 

 ごめんなさい司令官、アナタを苦しませているのはわかっています。

 これが私のただの自己満足という事も、私が死ねばアナタが苦しむという事も。

 それがわかっていても、私はアナタが死ぬのが耐えられない。

 貴方が居ない世界で生きていても仕方ないもの、貴方が生きていてくれるだけで私は満足なんです。

 そのためなら、私は命なんて惜しくないんです。

 

 「わかった、駆逐艦『朝潮』に敵旗艦の迎撃を命じる。」

 

 「了解しました!駆逐艦『朝潮』出撃いたします!」

 

 ああ、司令官を悲しませてしまった。

 だけど司令官、ありがとうございます。

 私はアナタのために死ぬことに悔いはありません。

 この命に代えて貴方を守って見せます。

 

 「それでは司令官、私は『いきます』。」 

 

 だから私は『いってきます』ではなく『いきます』と言います。

 さようなら司令官、愛しています。

 

 

~~~~~

 

 

 空は晴天なれども波高し、向かう方向から砲撃音が響いてくる。

 鎮守府を出港して約20分そろそろ敵旗艦を目視で確認できてもいいはずだけど……。

 

 『駆逐艦朝潮聞こえますか?こちら艦隊司令部、聞こえていたら応答してください』

 

 司令部から通信?何か状況の変化でもあったのかしら?

 

 「こちら朝潮、どうぞ」

 

 『先ほど、重巡洋艦1隻が艦隊を離脱したとの報告が入りました。敵旗艦を追っている模様です』

 

 重巡が1隻こちらに向かっている!?しかも旗艦を追って!?

 まずいわ、もし合流されたら私一人では手の打ちようがないじゃない。

 

 『敵旗艦と重巡の合流は速度差と距離を考慮して約10分後と思われます。留意されたし』

 

 「了解、要は合流前に敵旗艦を撃破すればいいわけですね?」

 

 『それは……そうなのですが……』

 

 わかっています、たとえ合流されなくてもあちらは戦艦しかも姫級。

 対するこちらはただの駆逐艦、戦力差は圧倒的です。

 

 『提督が由良艦隊の補給が終わり次第向かわせると仰っています。ですからどうか……』

 

 「ご心配ありがとうございます。ですが安心してください。由良さんたちが到着するまでもたせて見せます!」

 

 『了解しました、ご武運を』

 

 通信が終わり、自分が言ったことの虚しさに思わず苦笑してしまう。

 味方が来るまでもたせる?

 無理でしょうね、なんとなくわかります。

 私はこの一戦でたぶん死ぬ。

 ただの勘ではあるけど、何年もの間戦場で培ってきた勘がそう言ってるんですもの。

 

 だけど!

 

 「ただでは死なない!アイツも道連れにする!」

 

 私は速度を上げる。

 早く見つけなければ、重巡と合流されたら相打ちもままならなくなる。

 そろそろ鎮守府から10海里、どこ?どこにいる!?

 

ドン!!

 

 「発砲音!?2時の方向!?」

 

 私は取り舵を切り着弾点から逃れる。

 

バシャアアアアアアン!!

 

 数秒前まで私がいた地点に水柱があがる。

 

 「初弾でなんて正確さなの!?」

 

 たまたまかもしれないけど、狙ってこれなら脅威だ。

 だけど……。

 

 「見つけた!距離4000!!」

 

ドン!!ドン!!

 

 敵の次弾!やはり正確に私を狙ってくる、でも!

 

 「この距離ならむしろ躱しやすい!!」

 

 砲弾が正確に私の進行方向を狙ってくるのだから躱すのは容易い、適当に乱射される方がよほど躱しづらいわ。

 時間はかけられない!一気に行く!

 

 「距離3000!主砲!てぇ!!」

 

ドン!ドン!

 

 敵の主砲に比べれば豆鉄砲みたいな私の主砲、だけど接近さえすれば相応のダメージは与えられる。

 今は目くらましになれば十分です。

 

ガイン!ガイン!

 

 敵の『装甲』に弾が弾かれるのが微かに聞こえる。

 私はあえて之字運動をせずに真っすぐ敵に向かう。

 敵の砲撃は正確なのだ、発砲と同時に針路を変えればそれだけで避けれる。

 私なら出来る!

 

ドン!ドン!ドン!ドン!

 

 「!!」

 

 敵が副砲に切り替えた!?

 けど連射速度は上がったけど、精度は相変わらず正確だ。

 避けれる!

 私は主砲で牽制しながら距離を詰める、あと1000!!

 

バシャアアアアアアン!バシャアアアアアアン!!

 

 私の周りに水柱が何本も立ち上がる、大丈夫、まだ行ける!!あと500!!

 うっすらとだが敵戦艦の表情が見える位置にまで来た、でもあの表情……あれは……。

 

 「笑って……る?」

 

 そう笑っている、何が可笑しいのだろう?

 矮小な駆逐艦が抗ってるのが滑稽だから?

 

 「バカにして!!」

 

 怒りにまかせて機関の出力を上げる!

 だけど怒っても冷静さは失わない、そう司令官に叩きこまれたから。

 距離300!敵の主砲が私を狙う、私はその主砲に向け、

 

ドン!

 

 発砲、弾は敵主砲の砲身に吸い込まれ、そして

 

ドオォォォン!!

 

 敵主砲が誘爆を起こし、敵の顔が驚愕に歪む。

 行ける、これなら!!

 

 「一発必中!肉薄するわ!!」

 

 必中の距離、この距離なら例え新米でも外さない。

 私は、左腕の魚雷発射管を構え魚雷を発射。

 いや、発射しようとした。

 だけどその時、敵旗艦が私の方を見ていないのに気付いた。

 どこを見ている?

 私から向かって3時の方向?

 

ズドオオォォォォン!!

 

 右腕に激しい衝撃と痛み、私は海面を衝撃の勢いに任せて転げる。

 何が起こった!?砲撃!?誰が!?

 いや、そんな事今はどうでもいい!

 敵旗艦を!!

 そう思い上半身を起こした時、私は自分の体の異変に気付いた。

 右腕が……無い?

 どうして?さっきまであったのに……。

 

 「あ……あああ……」

 

 無いと自覚した途端、激しい痛みが私を襲ってきた。

 痛い痛い痛い痛い痛い!!

 

 「腕が……私の右手……ああ……ああああぁぁぁぁぁっぁぁ!」

 

 一体誰が!?敵旗艦は砲撃できるような体勢じゃなかった、だとしたら誰が!?

 

 (さきほど重巡が1隻、艦隊を離脱したとの報告が入りました。敵旗艦を追っている模様です)

 

 司令部からの報告が頭をよぎる、そうだ、重巡が接近中だったはずだ、

 いや、でもあと数分は合流まで余裕があったはず……司令部が敵の速度を見誤った?

 

 「う……ううぅぅぅぅ……」

 

 痛みに意識が持っていかれそうになる。

 もう少しだったのに……あと一息だったのに……。

 あと一息で一太刀浴びせる事が出来たのに!

 

パシャ

 

 目の前に敵旗艦の足が見える……トドメを刺しに来た?

 

グイッ

 

 「あうっ!!」

 

 襟元を掴まれ、私は敵旗艦の目の前で持ち上げられた。

 綺麗な人……悪魔的な美しさと言ったらいいのかしら、戦闘中じゃなかったら見惚れていたかもしれないわ……。

 

 「すまなかったな、こんな形での決着は望んでなかった」

 

 何を言っているの?決着?コイツは勝負でもしていたつもりなの?

 

 「散々誘って出てきたのが駆逐艦だったときはガッカリしたが、貴様は駆逐艦にしておくのが惜しいほど強かったぞ」

 

 誘っていた?艦隊から孤立していたのも単艦で突撃してきたことも、全部艦娘と一対一で戦うためだとでも言うの!?

 

 「ふ……ざける……な!」

 

 そんなことのために鎮守府を!あの人を危険にさらしたのか!

 

 「ふざけてなどいない、私は貴様のような強者と戦うことが何より好きだ。」

 

 強者と戦うのが好き?なんだそれは、お前の趣味などどうでもいい!

 お前の趣味など知ったことか!

 許さない……。

 そんなことのためにあの人を危険にさらしたお前を絶対許さない!!

 

 「う……うう……」

 

 魚雷は?大丈夫、撃てる……。

 

 「諦めろ、勝負はついた、横槍でだがな。」

 

 横を見る敵旗艦、やはり重巡が合流していた。

 

 「もう貴様には自爆するくらいしか手段はないだろう?」

 

 私の左手を注視しながら敵旗艦が言う。

 自爆?望むところですよ……元より生きて帰る気などないのですから。

 

 「だけ……ど、お前はこの後鎮守府を襲うので……しょう……?」

 

 「私たちにとって目障りなのは確かだからな。そもそも『渾沌』の奴からあの施設を潰せと言われている。」

 

 『渾沌』?深海凄艦の名前?

 

 「ああ、名乗っていなかったな、私は『窮奇』。貴様らが私をどう呼んでいるかは知らんが」

 

 『窮奇』?それがこの戦艦凄姫の個体名?深海棲艦にも名前つける習慣があったんですね、新発見かもしれません。

 だけど今は……。

 

 「お前の名前なんかどうでも……いい!鎮守府は……あの人はやらせない!」

 

 「あの人?ではどうする?魚雷は無事みたいだが、撃たせると思うか?」

 

 『窮奇』が目を細め私の左手を掴もうとする。

 発射管を向けようとすれば妨害されるだろう、でも!

 

 「お前に向けて撃たなくたっていい!」

 

 私は『窮奇』と名乗る深海棲艦に持ち上げられているんだ、十分爆発の範囲内、しかも『窮奇』の『装甲』の内側!

 私は自分の脇腹に向かって魚雷を発射した。

 

 やっぱり生きて戻れなかったな……。

 だけどこれであの人を守れる……。

 私が死んでもあの人が死ぬことはない……。

 

 だから出て行ってもらいます、私と一緒に退場してもらいます。

 魚雷4発分とは言え『装甲』の内側です、仕留めそこなったとしても大破以上は確実でしょう?

 

 「この海域から!出ていけぇぇぇぇ!!」

 

ズドオオオオォォォォン!!!!

 

 立ち上がる水柱、私の体が弾けるのがわかる。

 ああ……意識が何処かに引っ張られている。

 死ぬってこんな感じなんですね、背中から後ろの方に引っ張られている感じがします……。

 ごめんなさい司令官、私はアナタに、私の死を背負わせてしまいました……。

 貴方が苦しむのがわかっているのに、私は少し満足してしまっています。

 最低な女ですね……貴方を苦しめるだけ苦しめて、自分は満足してしまっているんですから……。

 

 ああでも……最後にもう一度貴方に会いたかったな……。

 褒めて……貰いたかったな……。

 愛してるって、言ってもらいたかったな……。

 

 


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