艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

20 / 109
幕間 提督と大潮

 「予想……以上だな……。」

 

 「はい、成長速度が尋常じゃありません、技術面だけで言えば大規模作戦にも投入できるレベルです。」

 

 もうすぐ4月になろうかと言う初春の晩、訓練終わりに大潮が提出してきた報告書を呼んだ私は驚愕することしかできなかった、報告書を読む限りではすでに並の駆逐艦など相手にならないほどだ。

 

 「練度の方はどうなんですか?」

 

 「ああ、今日の時点で50を超えている。」

 

 練度の上がり方も異常、一か月に満たない訓練でこれとは……、実戦を経験したらどうなるか想像もつかない。

 

 「そんなに……、大規模改装はうけさせないんですか?」

 

 艤装には艦種によって数は違うが、何段階かのリミッターが掛けられている、いくら練度が上がろうとこのリミッターを解除しない限り性能は頭打ちだ、このリミッターの解除を大規模改装と言う。

 

 「ああ、せめて初出撃を終えてからと考えている。」

 

 「そうですか、たしか、駆逐艦『朝潮』は改二改装までできますよね?」

 

 通常はどの艦種でも第一段階の改装は受けれる、だが改二以降の改装ができるかどうかは、『妖精の気まぐれ』で決まる、大潮と荒潮が改二改装を受けているのに満潮がまだなのはこういった理由からだ。

 

 大潮と荒潮が改二改装が受けれるようになったのは1年ほど前、そして『朝潮』の改二改装も同時期にできるようになったと妖精に聞かされた。

 

 「ああ、改二改装までの練度はないが、このペースならすぐだろうな。」

 

 「技術だけじゃなく、スペックまで追いつかれちゃいそうですね。」

 

 「何か困ることでもあるのか?」

 

 「いえいえ、教え子が強くなることは嬉しい限りです、困ることなんてありません。」

 

 本当にそうか?実はちょっと焦ってたりするんじゃないのか?まあ、これは言わないでおこう、それよりも。

 

 「練度の上昇、技術の習得、どちらの速度も異常、か。」

 

 先代の朝潮が数年がかりでたどり着いた場所にたった一か月で、大潮たちの指導の仕方がいいのと、朝潮自身の努力があってだろうが、やはり才能という言葉なしにはこの事象は説明できんな。

 

 「私の仮説はどうやら合っていたようだな。」

 

 「はい、しかもあの子は、無作為に覚えているわけじゃなく、自分に必要と思った技術を取捨選択できるようです。」

 

 そこまでできるとは驚きだな、しかも本人にはその才能の自覚がないときている、だから惜しまず努力することができるのだろうな。

 

 先代の朝潮は才能があるとはとても言えなかった、運動は苦手だったし体力も平均以下、だが彼女は努力することを惜しまなかった、できないことはできるまで繰り返し、彼女は弛まぬ努力で強さを手に入れた『努力することしかできない凡人』だった、2代目はさしずめ『努力することができる、自覚のない天才』と言ったところか。

 

 「大潮たち三人も演習で手を抜く余裕がなくなっています、荒潮なんかは本気でやってますね、奥の手まではさすがに出してませんが。」

 

 「お前がそこまで言うとは大したものだ、だが、まだお前たちほどではないのだろう?」

 

 「それも時間の問題ですよ、だけど、あの子は自分の事を無能と思っている節があります、メンタル面が弱いのが弱点ですね。」

 

 3年間、内火艇ユニットすら使えなかったせいで自分を無能と思い込んでしまっているのか、それは問題だな。

 

 「どうにかなりそうか?」

 

 「あの子は大潮たち以外の艦娘の力量を知りませんからねぇ、ほかの駆逐艦の子と演習でもさせてみれば自分がどれくらい強いかわかると思いますけど。」

 

 ふむ、だがそれでは自分の強さを勘違いしかねんな、仲間内でやる演習と実戦は全く違う、本気で自分を殺しにかかってくる相手には強いだけではダメだ、精神的に食われかねん。

 

 早めに実戦の空気を覚えさせる必要があるな。

 

 「大潮、明日の訓練は中止にしろ。」

 

 「中止ですか?まあ訓練も一週間続いてますし、そろそろ休みをとは思っていましたけど。」

 

 「いや、丁度、五駆の子たちの艤装を総点検しようと思っていたんだ、君たちには五駆の代わりに哨戒任務に就いてもらう、休みはその後だ。」

 

 哨戒任務と言えど敵と遭遇することはある、まずは実戦の空気を覚えさせないと。

 

 「意外ですね。」

 

 「ん?何がだ?」

 

 出撃を命じただけだが、そんなに変な事を言ったか?

 

 「司令官は朝潮ちゃんを実戦に出す気はないと思ってました。」

 

 ああ、その事か、まあ私の普段の態度を見ていればそう思われても仕方がないか。

 

 「そんな訳ないだろう、あの子は艦娘だぞ?駆逐艦とはいえ鎮守府内で遊ばせておく余裕などない。」

 

 本音を言えば出撃させずに済ませられるならそうする、心配なのも確かだ、だがそんな理由で飼い殺しにするなどあの子に失礼だし『朝潮』に対する侮辱だ。

 

 「明日、ヒトヒトマルマルに帰還予定の六駆と交代で近海の哨戒に出てくれ。」

 

 「了解しました、ご安心ください、絶対にあの子を無事に連れ帰ります。」

 

 「お前たちもだ、全員無事に帰ってこい、と言っても近海の哨戒だがな。」

 

 近海だからと言って慢心していいわけではないが、この子達には言うだけ野暮と言うものだな。

 

 「わかっています、だけど大潮は……私は朝潮ちゃんだけは何があっても生きて帰します、例え私が代わりに死んでも。」

 

 「大潮……気負い過ぎだ、慢心していいわけではないが近海の哨戒任務だぞ。」

 

 いや違うな、大潮は明日の任務の事を言っているんじゃない、これは大潮の決意表明だろう、これから幾度も立ち向かっていく、まだ見ぬ任務への。

 

 「これは私の我儘みたいなものです、それに朝潮ちゃんを利用してるだけ。」

 

 「我儘か、どんな我儘なのか聞いてもかまわないか?」

 

 「他人が聞いたらどうでもいいと思うような事ですが、私は朝潮型駆逐艦二番艦 大潮です、もう二度と、『大潮型』だなんて呼ばれたくないし、呼ばせたくないんです。」

 

 そう言って、大潮は愁いを帯びた笑顔を見せた、普段の大潮からは想像もできないほど悲しみを含んだ笑顔、いや、こっちが今の本当のお前か、そうだな、お前もずっと悲しみに耐え続けていたんだったな。

 

 「ああ、お前の言う通りだ、もう二度と、『大潮型』と呼ばせちゃいけないな。」

 

 「そうです!だから朝潮ちゃんには頑張って生き続けてもらわないと。」

 

 だから『我儘』か、それだけではないのはわかっているが、それでお前が頑張ることができるのならそれでいい。

 

 「それじゃあ『大潮』はみんなのところに戻りますね、お風呂にも入りたいですし。」

 

 「ああ、ご苦労だった。」

 

 執務室を出て行く大潮にさっきまでの愁いはなく、いつもの大潮に戻っていた。

 

 作り笑いを浮かべたその顔に不自然な点はなく。

 

 皆に不安を抱かせないように元気な演技を日々し続ける大潮に。

 

 「まったく、嫌な時代だ、あんな年端もいかぬ子にあんな辛い思いをさせ続けねばならんとは。」

 

 「ええ、相変わらず、見ていて痛々しいです。」

 

 それまで一言も発さず風景と溶け込んでいた由良が口を開いた、『なんだ、いたのか由良』、とか言ったら怒りそうだな、やめておこう。

 

 「ああ、満潮はだいぶマシになったが大潮と荒潮はまだまだだな。」

 

 朝潮と一緒に行動するようになってからの満潮は、目に見えて立ち直ってきている、他の艦娘への態度は相変わらずだが八駆の三人と私の前ではよく笑うようになった、朝潮には感謝せねばならんな、何か甘味でも大潮に持たせればよかった。

 

 「少し気になったんですけど、荒潮ちゃんの『奥の手』ってなんなんですか?」

 

 耳ざといな由良、さてどうする、秘書艦の由良には教えておいてもいい気はするが……、いやダメだ、これは出来ることなら八駆と私の胸だけに収めておきたい。

 

 「すまない、コレばかりはいくら秘書艦の君でも言うことができない。」

 

 荒潮の『奥の手』は下手をすれば艦娘という存在そのものが揺らぎかねないからな。

 

 「由良にも言えないほどの秘密かぁ……、気にはなるけど、そういう事なら聞かないでおきますね。」

 

 助かるよ、君のそういう察しの良いところには本当に助けられている。

 

 「あ、もうこんな時間、由良もそろそろ上がりますね。」

 

 ヒトキュウマルマルか、ん?そういえば由良と少佐は明日休みだったな、という事は。

 

 「明日は少佐とデートか?」

 

 「え、ええ……一緒にケーキバイキングに……。」

 

 これはこれは、顔を真っ赤にしてモジモジするなど普段の君からは想像もつかないな。

 

 「少々遅くなっても咎めないから安心しろ、ああだが、朝帰りだけはやめておけ、すぐ噂になるぞ。」

 

 二人で出かける時点で噂にはなるだろうがな。

 

 「あ、朝帰りなんてしませんよ!私と少佐さんはまだそういうんじゃありません!」

 

 『まだ』なんだな、よかったな少佐、脈はありそうだぞ。

 

 「ああそうだ、ついでに少佐に買い物を頼みたいんだがいいか?何心配するな、デートの邪魔になるようなことはない。」

 

 「はあ、かまいませんけど。」

 

 そろそろ切れかけていたからな二人が居ないのでは買いに出るわけにもいかんし。

 

 「『いつものを20ほど』これだけ伝えればわかる。」

 

 「わかりました、伝えておきますけど……何を買わせるんですか?」

 

 「君が嫌いなものだよ。」

 

 気を付けてはいるが、年々厳しくなって困っているのだ。

 

 「あ~なるほど、もうやめた方がいいんじゃないですか?」

 

 「それは君に甘味を食べるなと言うのと同義だが?」

 

 私の唯一の楽しみなのだ、奪わないでもらいたい、時と場所はわきまえているのだから。

 

 「はいはい、わかりました、間違いなくお伝えしますからご安心ください。」

 

 さて、由良も出て行ったことだし、明日の準備をしておかなければな。

 

 私が携帯電話を取り出し、ある場所へ電話をかけると相手は3コールほどで電話に出た。

 

 「私だ、ああそうだ作戦(プラン)Yだ、一個中隊ほど使って構わん、ああ、編成は任せる。」

 

 私はそれだけ言って電話を切る、こんな面白そうなイベントで指を咥えているだけなどできるものか、少佐、悪いが私たちの楽しみのために踊ってもらうぞ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。