艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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第3章 駆逐艦『朝潮』出撃!
朝潮出撃 1


白く光る波間、風に吹かれる海面の弾力でくだけた太陽がちかちかと海面で震えるが、光の届かない海底の水は死んだように黒い。

 

 時刻はヒトフタマルマルを少し過ぎた頃、六駆の4人と交代で出撃した私たちは鎮守府から南に20海里ほど離れた地点を哨戒していた。

 

 「海の底が見えないってやっぱり怖いですね……。」

 

 まるで引きずりこまれそうな不気味さだ、浜から数十メートルほどしか沖に出たことのない私にとっては初めて見る景色、早く慣れないと、ここはまだ鎮守府の近海、本格的な作戦になればここよりもっと沖に出ることになるのだから。

 

 「足元ばっかり見てると荒潮にぶつかるわよ、潜水艦の警戒は私がしてるし、アンタは今日が初出撃なんだから大潮と荒潮についていくことに集中しなさい。」

 

 すっかりいつもの調子に戻った満潮さんにさっそく注意されてしまった、昨日の晩の満潮さんもいいけど、やっぱりこっちの満潮さんの方が私は好きだな。

 

 けど私だけそんな事でいいのかしら、ついて行くのがやっとなのは確かだけど。

 

 「そうよぉ、こんな近海じゃ会敵したって知れてるんだから、安心してついて来てぇ。」

 

 「で、ですが。」

 

 いくら近海とは言え慢心は危ないのでは……。

 

 「朝潮ちゃんの心配ももっともだけど、荒潮の言う通りだよ、今日は隊列を維持してついてくる事だけ考えて。」

 

 「は、はい!」

 

 「はあ、でも久々の出撃が哨戒だなんて退屈ねぇ、戦艦とか出てこないかしらぁ。」

 

 怖い事言わないでください!三人はともかく、私は艦娘になって一回も深海凄艦を見たことがないんですよ!?戦艦だなんてとんでもないです!

 

 「やめなさい荒潮、冗談でもそんな事言わないで。」

 

 後ろの満潮さんの怒気が高まったような気がする、そういえば3年前の事件で鎮守府に迫った戦艦を迎撃に出て先代は戦死したんだっけ……。

 

 「ごめんなさい、今のは私が悪かったわぁ。」

 

 荒潮さんが素直に謝るところを初めて見た、いつもならここから口論が始まるのに、やっぱりあの事件は三人にとって忘れられない出来事になってるのね……。

 

 それからしばらくの間、私たちは最低限の報告以外の会話をせずに航行し続けた、春とはいえ影のない洋上での日差しはきついわね、『装甲』も紫外線まではカットしてくれないみたい。

 

 日焼けを気にするわけじゃないけど、肌をチリチリと焼かれるような感じがわずらわしい。

 

 ん?今右舷の方向に何か見えたような……、いや、やっぱり何かいる、波で見えた見えなかったりしてるけど何かがこちらに近づいてきてる。

 

 「あそこに見えてるのって何だろう……。」

 

 「何?なんか言った?」

 

 「2時……いえ3時の方向から何か近づいて来てるような……。」

 

 何だろう、波間に人間大くらいのものが見える、洋上で人?他の艦娘かな?

 

 「ちょっとアレ!大潮!!」

 

 「こっちでも確認した!距離5000、敵の水雷戦隊です!」

 

 え?敵?アレが?深海棲艦には人型が居るって習ったけど、アレは完全に異形だ!しかも水雷戦隊っていうことは複数?敵が複数来る!!?

 

 「軽巡1駆逐5!こっちに向かって来てる、あっちも気づいてるわ!」

 

 「砲雷撃戦用意!面舵!最大船速で反航戦!直後に反転して同航戦に持ち込みます!」

 

 「「了解!」」

 

 「りょ、了解!」

 

 戦闘、こんないきなり!?まだ心の準備なんて出来てないのに?

 

 どうしよう、私はどうしたらいいの?敵が来る、私を殺しに敵が来る!

 

 いや、大丈夫、訓練通りにやればきっと大丈夫……、でもどうして?体が……言うことを聞いてくれない……動いて、動いてよ!

 

 頭では大潮さんが行ったとおり動こうとしているのにどうして動いてくれないの!?ちゃんと訓練してきたのに、三人の時間を奪ってまで訓練に明け暮れてきたのに!

 

 このままじゃ三人の足を引っ張っちゃう、でも怖くて動けない、あんなバケモノを相手に戦うのが怖くてしかたない。

 

 着任した時に誓ったのに、司令官を守れるくらい強くなるって、先代の朝潮さんの代わりに司令官を支えるって誓ったのに!

 

 「朝潮!何ボケっとしてるの!」

 

 「え……?」

 

 満潮さんの怒号で正気に戻った時、すでに大潮さんと荒潮さんは敵水雷戦隊に向けて突撃して行った後だった、私は舵を取ることも忘れてそのまま直進、前の二人と完全に離れてしまっていた。

 

 「朝潮、アンタは私の後ろにつきなさい、いい、アンタは砲撃しなくていい、今のアンタじゃ二人に当てかねない。ただ回避と私から離れない事だけ考えなさい、いいわね!」

 

 「で、でも……。」

 

 「でもじゃない!言う通りにしなさい!大潮!!」

 

 『わかってる!』  

 

 通信装置から距離が離れた大潮さんの声が聞こえる、やっぱり足を引っ張ってしまった、敵は6隻がひと固まりで襲ってくるのに私が駆逐隊を分断してしまった。

 

 ズドン!!ズドン!!

 

 大潮さんたちがいる方向で砲火が交わる音が聞こえる、戦闘だ……、本当に戦闘をしている……演習なんかと全然違う、死を孕んだ音が私のところまで響いてくる、これが実戦……。

 

 『駆逐艦を一隻仕留めたわぁ、大潮ちゃんこれからどうするぅ?』

 

 荒潮さんが戦果を報告し次の指示を大潮さんに求める、あの速度ですれ違っているのに敵を一体仕留めるなんて……。

 

 『敵は満潮たちを狙う気みたいですね、このまま後ろから一隻づつ仕留めます!満潮、軽巡の脚を止めて!』

 

 「気楽に言ってくれるわね相変わらず!」

 

 こちらに向かってくる敵の頭を斜めに横切るように満潮さんが舵を取り、そのまま砲撃、満潮さんの砲撃は敵軽巡の脚元に着弾し、敵艦隊全体の速度と落とさせる。

 

 「敵が撃ってくるわ!いい?朝潮、奴らの砲撃は私たちに比べたら大した精度じゃない、着弾点を見極めて避けないでいい弾は避けないようにしなさい、でないと逆に当たるわよ!」

 

 「はい!!」

 

 満潮さんがそう言った直後に敵が発砲、着弾は……、私の左!なら面舵!!

 

 バシャーーーン!!

 

 「ひぃっ!」

 

 「情けない声は出していいけど目は瞑るな!死にたいの!?」

 

 さっきまで私が居た地点より少し左側に着弾した敵の砲弾が水柱を上げる、避けれた、避けれたけど、自分に向けられた殺意を身近に感じてまた体が硬直しだす、ダメ、ここで止まっちゃダメ!

 

 ズドン!ズドン!ズドン!

 

 敵の2射目!?私が狙われてるの!?

 

 バシャーン!バシャーン!

 

 「いやああぁぁぁぁ!」

 

 避けれなかった……避けなかったから逆に当たらなかった……、でももし今のが命中弾だったら私は……。

 

 死ん……でた?嫌だ!まだ死にたくない、死ぬのは嫌!なんで私を狙ってくるの?私はあなたたちに何もしてないじゃない!

 

 「速度を落とすな!そのままじゃ狙い撃ちされる!」

 

 狙われる?やめてよ、そんなの無理!なんでこんな怖い思いしなきゃいけないの?もう帰りたい!怖いのはもう嫌!怖い怖い怖い怖い怖い!!!!

 

ズドン!

 

 敵がまた撃ってきた……ダメだ、これは……当たる……私……これで死ぬの?

 

 「朝潮!」

 

ズドーーーーン!!

 

 目の前に炎のカーテンが広がる、あれ?けどおかしいわ、痛みを感じない、どうして?

 

 「痛いわねぇ!まったく、面白いことしてくれるじゃない!」

 

 満潮さん?どうして満潮さんが被弾してるの?狙われたのは私のはずなのに……。

 

 パシン!

 

 訳がわからずに混乱している私の頬に鋭い痛みが走った、満潮さんにぶたれた?

 

 「これで少しは正気に戻った?」

 

 「え?あ……私……生きてる?」

 

 「当たり前でしょ!寝ぼけてるんならもう一回殴るわよ!」

 

 どうして私……直撃だったと思ったのに……私の前に戻った満潮さんの右肩が赤く染まっている、満潮さんに庇われた……、私が満潮さんにケガをさせてしまった?

 

 「満潮さん、か、肩が……。」

 

 「あん?こんなのかすり傷よ、小破にも届いてないわ。」

 

 そんな訳ない、そんなに血が出てるのに!私なんかを庇ったばっかりに……。

 

 「言ったわよね、アンタは私たちついて来る事だけ考えなさいって。私たちがそう言った以上、アンタは『ついてくる事』だけ考えればいいの!」

 

 「でもそのせいで満潮さんが!」

 

 「でもじゃない!よく覚えておきなさい朝潮、私たち第八駆逐隊のモットーは『有言実行』!アンタに『ついて来る事以外考えるな』と言った以上、例え直撃弾がアンタに向かって飛ぼうと、魚雷が向かってこようと、アンタの行動は私たちが、私が絶対に邪魔させない!」

 

 そのために自分が傷ついても?私にそこまでしてもらう価値なんてないのに。

 

 「アンタの一番悪いところはその自己評価の低さよ!もっと自信を持ちなさい!アンタは並みの駆逐艦なんかよりずっと強い!」

 

 「でもこ……怖くて体が……。」

 

 私のせいで満潮さんが傷を……、嫌だ!私のせいで満潮さんが傷つくなんて嫌!!

 

 「怖いのは当たり前よこのバカ!それ以上怖い怖い言うようなら、アンタの尻の蒙古斑のこと鎮守府中にバラしてやる!」

 

 え?蒙古斑?い、いや、それはやめてください!そんな事されたら鎮守府にいられなくなる!

 

 「蒙古斑のことバラされるのと、あのマヌケ面ども、どっちが怖い?」

 

 それは……どちらかと言うと蒙古斑の方ですけど……、それ以上に満潮さんが傷つくのが私には耐えられないんです……。

 

 「さあ、また奴ら撃ってくる気よ?アンタはどうするの?」

 

 どうする?、私がこれ以上怯えていたらまた満潮さんが庇ってくる、それは絶対にダメ!!満潮さんを傷つけないためにはどうすればいい?そんなの……わかりきってる!

 

 「避けます!避けて満潮さんについて行きます!」

 

 「よろしい!」

 

 ズドン!

 

 直後に敵が発砲、着弾点は私と満潮さんの間くらい、どう避ける?速度を上げれば満潮さんと接触、かと言って左右に避けるのは間に合わない、ならば!

 

 「後ろ!」

 

 私は推力は落とさずに体重を後ろにかけて船首を上げ、水の抵抗でブレーキをかけ、面舵!私の眼前、数メートルに着弾して立ち上がった水柱を右に迂回するように回って、再び満潮さんの後ろに戻った。

 

 「いいわ!その調子よ!アンタはその調子で回避に専念、でも私から離れないように!!」

 

 「はい!」

 

 初めて満潮さんが褒めてくれた、嬉しさで恐怖が若干和らいだ気がする。

 

 『駆逐艦さらに一隻撃破を確認!このまま雷撃戦に移るよ!満潮行ける?』

 

 「行けるわ!そっちに合わせるからいつでも撃って!」

 

 満潮さんが左手の魚雷発射管を構える、狙いは先頭の敵軽巡、大潮さんたちが敵艦隊の左斜め後方から、満潮さんが左斜め前方から狙う形だ。

 

 『いきますよ!それ!ドーーン!!』

 

 「その掛け声、いい加減なんとかならないの!?」

 

 文句を言いつつも満潮さんが魚雷を発射、三人が放った魚雷は敵の速度と進行方向に合わせた位置に向かって猟犬のように向かっていく。

 

ズッドーーーーン!!!!

 

 花火より大きくお腹に響く音と燃え上がる火柱、三人が撃った魚雷が見事に敵艦隊に命中した、これが第八駆逐隊……、私が戦力外だから実質倍の数の敵を、しかも私のせいで隊列が乱れ、満潮さんは私を庇って被弾までしたのに、三人でほとんど苦も無く倒してしまった、改めて三人と私の差を思い知られた。

 

 『楽勝だったわねぇ。』

 

 「まだよ、ちゃんと撃破できたか確認しなさい。」

 

 これだけ圧倒的な勝利なのに、念には念を入れる満潮さんはさすがだ、慢心などこの人には関係ないように思えてくる。

 

 『満潮の言う通りですよ、荒潮、倒したつもりで倒しきれてなくで逆襲を食らった例は枚挙にいとまがないんだから。』

 

 「朝潮も、警戒を解いちゃダメよ、敵がこれだけとも限らないんだから。」

 

 「りょ、了解しました!」

 

 そうよね、敵がこれだけなんて保証はないんだから、私は戦闘で役に立てなかった分、周囲を警戒しよう……三人に迷惑をかけてしまったんだから……。

 

 『敵の轟沈をかくに~ん、問題なしよぉ。』

 

 大潮さんと荒潮さんが敵の撃沈を確認してこちらに戻って来る、どうやって謝ろう……、着任の時に誓ったのに、司令官を守れるくらい強くなるって、先代の代わりに支えるって……、なのに私は……。

 

 「う……ぐす……ううぅぅぅ……。」

 

 情けなさと悔しさで涙がでてくる……、着任初日の新米でもこなせるような任務で大失敗した、それだけならまだいい、私を庇って満潮さんにケガをさせてしまった、やっぱり私が艦娘になるなんて間違ってたんだ、きっと先代もガッカリしてる、やっと適合したのがこんな出来損ないで……。

 

 ゴン!

 

 「痛い!」

 

 何!?何かが頭に落ちてきた!?

 

 「あー!満潮何してるんですか!」

 

 え?満潮さんが何かしたの?頭の痛みは満潮さんせい?殴られた?

 

 「朝潮ちゃん大丈夫ぅ、あらあら、泣くほど強く殴られたのねぇ、よしよし、こっち来なさい。」

 

 ち、違う、泣いてたのは悔しくて、情けなくて、申し訳なくて、それで泣いてたんです、殴られたからじゃ……。

 

 「満潮!酷いじゃないですか!失敗なんて誰にでもあるでしょ!殴らなくったっていいじゃない!」

 

 「手が滑ったのよ、それより手当させてよ、私被弾してるんだから。」

 

 違うんです大潮さん!私が泣いてるのは満潮さんのせいじゃないんです!だから満潮さんを責めないでください!って言いたいのに荒潮さんの胸に顔が埋まって声が出せない。

 

 「満潮ちゃんが被弾なんて珍しいわねぇ、どうしたのぉ?」

 

 そ、それは私を庇って……。

 

 「別に、飽きてきたから早く帰るための口実作りに軽くケガしただけよ。」

 

 違う、なんで嘘つくんですか!?私のせいで被弾したのに!

 

 「はあ、中破未満ですけど、これ以上は無理ですね、荒潮、鎮守府に連絡して代わりの駆逐隊を出させて。」

 

 「えぇ~、他の駆逐隊に借りを作りたくないんだけどぉ。」

 

 もしかして満潮さん、私を気遣って悪役を買って出てる?やめてください!なんで私のためにそこまでするんですか!私のために満潮さんが泥をかぶる必要なんてないのに!

 

 「私が持ってる間宮羊羹を一本上げるって伝えて、それで喜んで代わってくれるわよ。」

 

 「なんでそんな高価な物持ってるの!?しかも一本ってことはまだあるんじゃない!?」

 

 「うるっさいわねぇ、アンタたちにもあげるから安心しなさい。」

 

 「連絡ついたわぁ、七駆がすぐに出るってぇ、羊羹は後で徴収するって言ってるわよぉ。」

 

 「それじゃあ、七駆と洋上で申し送り済ませて帰投します、荒潮、朧に合流地点伝えて。」

 

 「あ、あの、満潮さん……。」

 

 「アンタは余計な事言わなくていい、黙ってなさい、いいわね。」

 

 「だけど。」

 

 「いいのよ、こういうのは慣れてるから。」

 

 少し寂しそうな顔の満潮さんと、二人に聞こえないようにやり取りした後、私たちは、大潮さんを先頭に、帰投を開始、途中七駆の四人と合流して大潮さんが朧さんと申し送りを済ませた後、鎮守府に帰投した、結局、謝れなかったな……。

 

 満潮さんは、程度は低いとは言えケガをしているのでそのまま工廠にある入渠施設に入ることになった、艤装は妖精さんと整備員さんで修理するけど、艦娘本人のケガはさすがにそうはいかない、整備場と併設してある医療施設へ直行、入院するほどではないが治療に少しかかるらしかった。

 

 入浴を済ませて部屋に戻った私はというと、現在、大潮さんと荒潮さんの褒め殺しにされている、失敗したのに、なんで怒らないんだろう、それに、満潮さんの事が気になる、噂じゃ入渠を極端に嫌がるって聞いたけど。

 

 「満潮さん、大丈夫かな……。」

 

 「大丈夫大丈夫、艦娘は普通のヒトよりケガの治りが早いんだから、すぐに帰ってくるよ。」

 

 そうだ、今こそ満潮さんの濡れ衣を晴らすチャンスじゃない?もちろん謝罪もしないと!

 

 「あ、あの!」

 

 「朝潮ちゃん、それ以上はダ~メ、満潮ちゃんの思いを無駄にする気ぃ?」

 

 え?二人とも気づいてたの?

 

 「長い付き合いだからね、満潮の考えくらいわかるよ、だから朝潮ちゃんも気にしちゃダメ、次上手くやればいいんだから。」

 

 じゃあ二人はワザと満潮さんを責めるふりを?満潮さんの演技に合わせて?

 

 「やり方が不器用なのよねぇ、あんな演技しなくたって朝潮ちゃんを責めたりなんてしないのに。」

 

 「満潮らしいけどね、まあ大潮たちが気づいてるのにも、気づいてるんだろうけど。」

 

 三人はわかり合ってるんだなぁ、私もいつか、本当の意味でこの三人と仲間になりたいな。

 

 「ヒトナナマルマルか、そうだ!満潮を迎えに行ってあげて、そろそろ出てくるだろうから。」

 

 「は、はい!行ってきます!」

 

 私は部屋を駆け出して工廠へ走る、駆逐艦寮を飛び出して庁舎の西へ、早く満潮さんに会いたい、二人はああ言ったけど満潮さんには一言謝っておきたい!

 

 「朝潮?何してんのよアンタ、部屋に戻ったんじゃないの?」

 

 工廠の前に着くと、丁度満潮さんが出てきたところだった、破れた制服から覗く右肩の包帯が痛々しい。

 

 「あ、あの、そろそろ出てくるだろうからお迎えを……。」

 

 「ああ、どうせ大潮あたりの差し金でしょ?別にいいのに……。」

 

 満潮さんが照れてそっぽを向く、よかった、喜んではくれてるみたいね。

 

 「きょ、今日は本当に申し訳ありませんでした!」

 

 私は下がるだけ頭を下げて謝罪した、土下座した方がよかったかな?そうよね、ケガさせちゃったんだもの、土下座するべきだわ!そうしよう!

 

 ゴン!

 

 「いったいいぃぃ!」

 

 私が土下座をしようと一旦頭をあげようとした動作に合わせて満潮さんが左拳を私の頭に振り下ろした、昼間に艤装で殴られた時より痛い!

 

 「謝まんなくったって、いいわよ、アンタにしてはよくやったわ。」

 

 「でも……。」

 

 「でもじゃない、もう一発行っとく?」

 

 満潮さんが左拳に『はぁ~』と息を吹きかけてアピールしてくる、やめてください、本当に痛いんですソレ。

 

 「いえ、遠慮します……。」

 

 「じゃあさっさと寮に戻りましょ、お腹空いたわ、今日の献立って何だったかしら。」

 

 満潮さんが寮へ向かって歩き出す、謝らないまでも何かお礼を……、何かできないかな……何か満潮さんを喜ばせられるような……、そうだ、これならいけるかもしれない、周りに人は……いないわね!よし!

 

 「あの、満潮……お姉ちゃん、手……つないでもいい?」

 

 「な!?」

 

 満潮さんが耳まで真っ赤にして『バッ!』っと振り返る、なんだか行けそうな気がする。

 

 「ダメ……ですか?」

 

 「い、いやあの……。」

 

 目に見えてうろたえている、もう一押しだ!これならきっと喜んでくれる!

 

 私は司令官に教えられた例のポーズをとって追撃した。

 

 「お願い!お姉ちゃん!」

 

 「ぶふっ!」

 

 あ、鼻血が噴き出た、やり過ぎたかしら……。

 

 「しょ、しょうがないわね……寮までだからね、あ、アンタがどうしてもって言うから仕方なくなんだから!」

 

 そう言って左手を差し出す満潮さんの顔は……、なんだか変、目は笑ってるのに口の端がピクピクしてる、しかも鼻血垂らして、この顔は笑顔以上に貴重かもしれない。

 

 「お姉ちゃん鼻血……大丈夫?」

 

 「だ、大丈夫よこんくらい!舐めときゃ治るわ!」

 

 鼻の中を舐めるの?どうやって?それはそれで見てみたい気がする

 

 「そ、それより!今日の献立ってなんだったっけ?」

 

 照れ隠しなのかわからないけど、満潮さんが鼻血を拭いながら強引に話題を戻す、ええと、今日はたしか……。

 

 「麻婆豆腐だったかと。」

 

 「げ!か、辛いのかしら……。」

 

 そういえば満潮さんは辛いのダメなんだっけ。

 

 「甘口と普通のがあるみたいですよ?私が甘口を注文しますから満潮さんは普通の頼んでください、交換しましょう。」

 

 ご安心ください!そうすれば満潮さんのプライドは守れます!

 

 「べ、別に普通のも食べれるし!で、でもアンタがそう言うなら交換してあげる!仕方なくだからね!?」

 

 はいはい、わかってます、満潮さんは変なところで意地を張るんだから。

 

 「でも、その……ありがと……。」

 

 「ぶふっ!!」

 

 今度は私が鼻血を噴いてしまった、これは凶器だ、普段ムスッとしてる満潮さんが顔を真っ赤にして上目遣いでこちらをチラッと見て『ありがと……』って!なにこれ、すっごく可愛い!!

 

 「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

 

 「だ、大丈夫です、舐めとけば治ります……。」

 

 「どうやって鼻の中舐めるのよ!強く殴り過ぎたかしら……、バカだバカだとは思ってたけどこれほどとは……。」

 

 いや、さっき満潮さんも同じこと言ってましたよ?

 

 そうして、私と満潮さんはくだらない事を話しながら、手を繋いで寮まで歩いた、少しでも長くこうしていられるようにゆっくりと。

 

 私の初任務は失敗に終わってしまったけど、満潮さんとの距離は縮まったような気がする。

 

 今日の出来事はきっと忘れられない、恐怖に怯え、満潮さんを傷つけた。

 

 だけど自分が死ぬこと以上の恐怖があることを私は知った。

 

 私は皆に傷ついてほしくない、皆が傷つく恐怖に比べたら、もう敵なんて怖くない。

 

 強くなろう、皆を守れるくらい、第八駆逐隊のモットーは『有言実行』なのだ、だから。

 

 「強くなります、絶対に……。」

 

 「……そう、頑張りなさい。」

 

 私は寮へと続く短い道の半ばで改めて誓いを口にした。

 




 最後は、一人で部屋を出た朝潮が提督に励まされるverも考えたんですが、諸事情で満潮verに変更。

 提督が励ますのは幕間ででもやろうと思います。

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