ヒトヨンマルマル。
私が執務に勤しんでいると、荒潮から満潮が被弾したので代わりの駆逐隊を出してくれという連絡が飛び込んできた。
あの満潮が被弾だと?満潮を被弾させるほどの艦隊が近海に出たと言うのか?いや、大方、恐怖で竦み上がった朝潮を庇っての被弾だろう。
素直に入居してくれればいいが……。
「わかった、空いている七駆をそちらに向かわせる、何?羊羹を?わかった、伝えておく、あとは七駆と直接連絡を取ってくれ。」
私は荒潮との通信を切ると、返す刀で待機中の七駆に出撃命令を出した、あの様子なら朝潮も無事だろう、満潮には感謝しないとな。
「朝潮さんを庇って満潮さんあたりが被弾でもしたっすか?」
相変わらず見た目と違って察しがいいなお前は、見た目がマシなら佐官も夢じゃないと言うのに。
艦娘達がお前をなんと呼んでるか知ってるか?
『モヒカン』はまだ可愛い部類で、ひどい物になると『突然変異のニワトリ』、果ては『世紀末ヒャッハーさん』だぞ、肩パットを支給してやろうか?
「自分にも経験があるっすよ、恐怖で竦んで何もできなくなる……あれは自分じゃどうにもできないっす。」
「竦み上がって縮こまってるお前を見ても殺意しかわきそうにないが?」
「冷たいっすねぇ、自分と提督殿の仲じゃないっすか。」
どんな仲だ、誤解を招く言い方はやめろ。
「それはそうと、『漁』の方はどうなった?上手く網に掛かったか?」
お前が執務室に来たのは、その報告のためだろうが。
「そりゃ大漁っすよ、何せ餌が鎮守府の副官と秘書艦しかも丸腰ときてるんすから餌としちゃ最上級っす。」
「少佐はともかく、由良まで餌呼ばわりするのはやめておけ、海の藻屑にされるぞ?」
「おっと、それは恐ろしい、今のは内緒でオネシャス!」
「巫山戯るのはその辺にして報告しろ、やはりいつもの奴らだったか?」
「そっすね、大半は『アクアリウム』の奴らでした、後は艦娘を手籠めにしたがってる金持ちが雇ったチンピラが数組、単純に由良さんをナンパしようとしたバカっすね、バカの方は少佐が撃退してましたが。」
やはり『アクアリウム』か、深海凄艦を信奉するカルト集団、最近ますます活動が過激になっている。
「そういや、奴らの組織名の由来ってなんなんっすか?水槽っすよね?アクアリウムって。」
「正確には少し違う、水性生物を飼育する環境全てを含めてアクアリウムと言うんだ、もっとも、奴らがそれを組織名にしているのは本来の意味とは逆だろう、大方、深海凄艦に海を封鎖された陸をアクアリウムに見立ててるんじゃないか?」
「自分らは深海凄艦に管理される魚って事っすか?けったくそ悪い話っすね。」
まったくだ、あの海のバケモノどもを神様扱いなど反吐が出る、奴らは私たちの生活を脅かすどころか命まで奪いに来るのだぞ?そんな奴らを崇めるなど理解できん、破滅願望でもあるのだろうか。
「その魚どもは処理したのか?」
「雑魚はすべて処理しました、証拠隠滅も完璧、リーダー格と思われるのを数名確保してるっす、尋問しますか?」
尋問?随分と平和的な事を言うようになったじゃないか。
「拷問して構わん、情報を吐かせたら憧れの深海凄艦様の餌にしてやれ。」
「おお怖、鎮守府のトップの台詞とは思えないっすね。」
国防の要である艦娘に危害を加えようとする者に情けなど必要ない。
「お前は何を言ってるんだ?私は『魚』をどうするかの話をしただけだ。」
「ああそうでした、『魚』の話でしたね。」
そうだ、あくまで『魚』の話だ、日本語は難しいから気をつけろ。
「少佐と由良に被害はないんだな?」
「それはもちろん、少佐殿はさすがに気づいたみたいっすけど、由良さんは気づいてもないっす、年相応にはしゃいで可愛かったすよ!一応一個小隊を護衛に残してますが、引き上げさせますか?」
「いや、護衛は二人が帰るまで継続させろ、その方が少佐も安心してデートに専念出来るだろう、それにこの作戦の本命はこれからだろう?」
「そっすね、では本命の方の途中経過っすけど。」
そう、私が聞きたいのはそっちだ、二人を囮に使ったテロ屋の掃除はあくまでついで。
「ぶっちゃけ少佐殿のヘタレっぷりにみんなイライラしてるっすね、折角二人っきりだってのに手も繋がないんすよ?」
「やはりか、私が理由をつけて執務室で二人にした時も何もなかったみたいだしな、二人で出かけた位では進展せんか。」
「自分に任せてくれりゃ上手くやったんすけどね。」
お前だとホテルに直行しかねん、それに不味そうで餌にもならなそうではないか。
「お前と由良じゃ不釣り合いだろう?」
「そんなこと無いっすよ!自分位のイケメンなら由良さんだって満足するはずっす!」
その自信はどこからわいてくるんだ?荒廃した世界でも生きていけそうな顔しおって。
「ああそうだな、お前が思うんならそうなんだろう、お前の中ではな。」
「なんか引っかかる言い方っすねぇそれ。」
「気にするな、それより『漁』に夢中で撮影を忘れてないだろうな?今回の作戦の本命はそっちだぞ。」
「それはご心配なく、鎮守府を出て駅前で待ち合わせしてる所から現在まで撮影は継続中っす!」
「よろしい、しばらくはそれで旨い酒が飲めそうだ。」
「提督殿も趣味悪いっすよねぇ、まあ自分らも楽しんでるっすけど。」
「バカ者、これは私なりの親心だ、少佐もいい歳だ、そろそろ嫁の一人くらい貰ってもいいだろう。」
「それ言ったら提督殿もどく……いえ申し訳ありません。余計でした。」
「……気にするな、昔の事だ。」
「今年も墓参りに?来月だったすよね、奥さんと娘さんの命日。」
「ああ……。」
私は8年前に深海棲艦の空爆で妻子を亡くしている、そして3年前には朝潮を……、あの悪魔どもは私の大切な者を悉く奪っていく、私自身が打って出れるなら喜んで突撃してやるものを……。
「だが今回は命日には行けそうにないな、大規模作戦が控えている。」
「今回は横須賀主導っすか?」
「ああ、大湊と連携して北方を攻める、ただ、一つ厄介な問題があってな。」
「厄介な問題?」
ここ数年で行われた大規模作戦はすべて成功している、だが、毎回と言っていいほど無視できない損害がでる、もちろん大規模作戦と呼ばれるほどの規模の作戦だ、艦娘にも資源にも損害はでる。
だが、この問題はある一定以上の練度の駆逐艦のみに限定して起こる。
「ああ、毎回、高練度の駆逐艦ばかりを狙う奴が、作戦終了間際に襲ってくる、おそらく、作戦終盤まで品定めをしてるんだろう。」
高練度の駆逐艦は貴重だ、元々のスペックが高い上位艦種と違って駆逐艦の消耗率は非常に高い。
そんな駆逐艦で高練度ということは、たいていの場合、長く艦娘を続けてる者に限られ、練度に比例して経験、戦闘技術、指揮能力ともに高い、かつての私のように総旗艦を駆逐艦に任せている鎮守府もあるほどだ。
「そりゃまた提督殿みたいな奴っすね、面は割れてるんすか?」
おい、それはどういう事だ?私がロリコンだからか?だから駆逐艦ばかり狙うそいつもロリコンだと?なます切りにするぞ貴様。
「それがどういう意味かは深く聞かん、話を戻すが、そいつは戦艦、しかも姫級だ。」
「提督殿、そいつはまさか……。」
撮影された映像を見て一目でわかった、左腕が欠損した隻腕の戦艦凄姫。
「ああ、3年前、朝潮が仕留め損ねた奴だ。」
忘れられるものか、私から朝潮を奪った憎き相手、朝潮の仇、まず間違いなく次の大規模作戦にも現れるだろう、その時は……どんな手を使ってでも殺してやる。
「提督殿?顔が怖えぇっす。」
「ふん、朝潮の仇を討てるチャンスが迫っているのだ、顔にも出るさ。」
「そのために、他の艦娘を犠牲にしてもっすか?」
まったくお前は痛いところを突いてくるな、ああそうだ、私はすべてを守れるほど強くはない、精々両手で抱えれる程度だ、いや、それすらも出来なかった私が他の艦娘の犠牲なしに奴を殺す?どうやって?私が戦闘機にでも乗って特攻することで殺せるならそうしてやる!だがそれすらも叶わないならば……。
「それ以上考えちゃダメっすよ提督殿。」
「なんだと?」
「ちょっと生意気な事言わせてもらうっすけどいいすか?」
「構わん、言え。」
今さら犠牲を出さずに作戦を成功させ、なおかつ仇も討てる方法を模索しろとでも言う気か?
「では失礼して、アンタは俺らの頭だ、俺らだけじゃねぇ、鎮守府すべての頭だ!トップだ!そんなアンタがそんな顔してどうすんだよ!辛ぇんだろうが!自分の復讐のために他を犠牲にすんのが辛ぇんだろ?だったら道具として使おうとすんじゃなくて仲間として頼れよ!艦娘だってアンタの事信頼してる!もちろん俺らもだ、アンタの命令なら喜んで特攻してやるよ!」
「そじゃあ結局一緒だろうが!若造がふざけた事を言うな馬鹿たれが!」
「どこが一緒だ!アンタ復讐の事ばっか考えて肝心な事忘れてんだよ!」
私が肝心なことを忘れている?何を?私が何を忘れていると言うんだお前は。
「わかんねんなら俺が教えてやるよ!艦娘は強えぇ!あんな女子供ばっかりなのに俺らが相手してきた奴ら以上のバケモノに向かって行けるくらい強えぇんだ、犠牲にすること前提に考えてんじゃねぇ!アンタの部下だろうが!少しは信頼してやれこのバカ!」
「私があの子たちを信頼してないと言うのかお前は!」
「ああそうだ!!結局、艦娘を一番バカにしてんのはアンタなんだよ!いいか?こんなこっぱずかしい事一回しか言わねぇからよく聞けよ?艦娘がアンタを信じてくれる分、アンタも艦娘達を信じてやれ!そうすりゃあの子らはきっとあのクソ野郎どもぶっ殺して無事に帰って来る!絶対だ!」
私が艦娘をバカにしている?信じれば無事に帰ってくる?そんな世迷言がまかり通るほど戦場が甘くないのはお前も知っているだろう。
「道具として扱われるのと、仲間として信頼して送り出してもらうんじゃ後者の方がやる気になるってもんでしょうが、絶対生きて帰ってやるって気になるでしょうが、アンタならわかるでしょう?」
「私があの子たちを道具として扱っているだと……?」
「そっすよ、自覚はないかもしれないっすけど、朝潮さんが戦死してからの提督殿は艦娘をそういう風に見てる節があったっす、まあ気持ちはわからなくもないっすけど。」
「そんなバカな……私はあの子たちを……あの子達を……。」
道具としか見てなかった?娘のように思っていたはずだ、だが本当にそうか?本当にあの子たちを道具くらいにしか思ってなかったのか?
「本当なら少佐殿が言うべきなんでしょうが、あの人は提督殿の事を自分らより前から知ってる分強く言えないんすよ。」
「私は……あの子たちを娘のように思って……。」
「それは本当にそう思ってたんでしょうよ、でも、提督殿は仕事のオンオフがキッチリしてるっすから、一旦出撃となるとそういう面が出てきちまってたんだと思うっす。」
言われないと気づかないものだな……そうか、私はあの子たちを、艦娘をそんな風に思い、扱っていたのか……。
そうだな、道具として扱われるのと、仲間として送り出すのとでは雲泥の差だ、私も若いころに散々経験したと言うのに、情けない。
「生意気な事言っちまったすけど、どうか心の片隅にでも留めておいて貰えると光栄っす。」
まったく、本当に生意気な事を言いおって、お前などに諭されることになるとは思わなかったぞ……。
「以上!処罰は覚悟の上です!どうぞミンチにするなり、なます切りにするなりお好きなように!」
諭されておいてお前を処罰したら、私のただでさえ小さい器が知れてしまうだろうが。
「いやいい、お前の言う通りなのかもしれん、納得しきれない部分はあるがな。」
艦娘を信じる……か、そういえば、朝潮が戦死して以来、そういう事をしていなかったかもしれない、彼女たちを復讐の道具くらいにしか思っていなかったのだな、私は。
「ほ、本当に処罰なしっすか?マジで?はぁ……死ぬかと思ったっす。」
「それならあんな事言わなければよかっただろうに。」
「いえいえ、あんな顔した提督殿は見てられないっすからね、せめてそこに座ってる時くらいは普通にしといてもらわないと。」
ふん、余計な世話を焼きおって、今度酒でも奢ってやるか。
「それじゃあ自分は持ち場に戻るっす。」
おっと、話がそれたせいでこいつらに頼む事があるのを忘れていた。
「いや、待て、お前とお前の相方には頼みたいことがある。」
「自分と相棒にっすか?」
「ああ、二人で呉に向かってくれ、迎えに行ってもらいたい奴がいる。」
大規模作戦のためにはアイツが必要だ、それに……参加する艦娘の生還率を上げるためにも。
「な~んか嫌な予感がするっすけど、誰を迎えに行くんすか?」
「お前も知っている奴だ。」
「自分が知ってる奴?知り合いはほとんどこの鎮守府に居るはずっすけど……うげ!もしかして姐さんっすか!?」
「そうだ、4日後に呉に到着予定になっている、観光をしたいから荷物持ちを寄越せと言われていてな。」
「それで自分らっすか……自分、あの人苦手なんっすけど……。」
「私に生意気を言った罰だとでも思え、ついでにお前らも観光してこい、使った金は経費で落としてやる。」
「マジっすか!?そういう事なら喜んで行くっす!ハイエース使っていいんすよね?」
まあ、奴に捕まったらお前が行きたいところには行けないだろうが。
「ああ、好きに使え、領収書は忘れるなよ?でないと経費で落とせんぞ。」
「了解っす!では自分はこれで!」
「撮影した映像の編集も忘れるな、出来たら私の私室まで届けてくれ。」
「うっす!あ、そうだ提督殿、最後に一つ質問いいっすか?」
「なんだ?」
まだ何かあったか?
「この組み合わせは誰得なんすか?」
「それは言うんじゃない。」
ホント誰得だったんですかねこの話、モヒカンが最初の想定よりいい奴キャラになっちゃったし。