艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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幕間 提督と由良2

 その人の第一印象を一言で表すなら『桜の花』だった。

 

 日が中天を過ぎ、そろそろ休憩にしようかと思い始めた頃に執務室に入ってきたその少女は、紅い和服に桜色の行燈袴、足には編み上げブーツを履き、頭には緋色の長髪を映えさせるように黄色のリボンを結んでいた。

 

 例えるなら大正時代の女学生かしら?桜並木を歩いていたら絵になりそうなその人は、駆逐艦みたいな体形なのに戦艦のような威圧感を纏って提督さんと相対している。

 

 「随分と派手にやってたみたいじゃないか。泊地の司令が泣いていたぞ?」

 

 「あら、そんなに私との別れを惜しんでくれてたなんて意外だわ。嫌われてると思ってたのに。」

 

 緋色の少女がわざとらしく肩をすくめて見せる、口ぶりからして提督さんとは旧知の仲みたいだけどどういう関係なのかしら。

 

 「まあ、そういう事にしとくさ。」

 

 「それにしても私を呼び戻すなんてどういう風の吹き回し?てっきりまた僻地に飛ばされると思ってたのに。」

 

 提督さんが呼び戻した?呼び戻したって事はもともと横須賀所属なのかしら、由良がここに来てもう4年になるけど由良はこの人を見たことがない。

 

 少なくとも4年前から提督さんの命令であちこちを飛び回ってたの?

 

 「お前を遊ばせておく余裕がなくなった、主に私にだがな。」

 

 「先生はメンタル弱いものね、むしろ今までよくもったと思うわよ?」

 

 提督さんのメンタルが弱い?それに先生って……、ますますこの二人の関係がわからなくなったわ。

 

 「せめて人前で先生はよせ。」

 

 「人前?」

 

 そう言われて初めて由良に気づいたかのように緋色の少女はこちらに視線を向けてきた、由良ってそんなに存在感ないのかしら……。

 

 「誰?この子、見た事ないけど。」

 

 「由良だ、3代目だがな。お前がここから離れた後に着任したから知らないのも無理はないが、今は秘書艦をしてもらっている。」

 

 「由良?由良ってもうちょっと地味な制服じゃなかった?」

 

 たしかに改二改装前の由良の制服は派手ではなかったけど、地味と言われるほどでは……。

 

 「彼女は先日、改二改装を受けた。制服が違うのはそのためだ。」

 

 「ふぅ~ん、この子を秘書艦にしてるってことは、先せ……司令官の幼女趣味治ったんだ。偉い!」

 

 これでもかと言うほどわざとらしく視線をそらす提督さん、この人は提督さんの幼女趣味を知ってるんのか。

 

 「なんだ治ってないのか、いい加減治さないと奥さんと娘さんが悲しむわよ?」

 

 奥さんと娘さん?提督さんて妻帯者だったの?あれ?でも3年前に朝潮さんと……。

 

 「おい。」

 

 「あれ?この子は知らなかったの?じゃあごめん、秘書艦だから知ってるんだと思ったわ。」

 

 離婚でもしたのかしら、だったら先代の朝潮さんと婚約してたのも納得だわ、朝潮さんは犯罪ギリギリの歳だったけど。

 

 「で?私は何のために呼び戻されたの?本題に入って。」

 

 話を逸らしたのは貴女じゃなかったっけ。

 

 「ああ、お前には来月行われる大規模作戦の総旗艦を任せるつもりだ、いやお前でないといかんと言った方がいいか。」

 

 大規模作戦の総旗艦!?失礼かもしれないけど駆逐艦……よね?普通は戦艦とか、最低でも軽巡が務めるものじゃない?

 

 「嫌!戦艦や空母なんかと一緒に行動するなんてストレスしか溜まらないじゃない。」

 

 拒否した!?総旗艦なんて艦娘にとっては最大級の名誉じゃない!それを断るだななんて私には理解できない。

 

 「ダメだ、やってもらう。いややれ、命令だ。」

 

 「どうして私じゃなきゃダメなのよ、やりたがる艦娘なんて掃いて捨てるほどいるでしょ!長門とかどう?適任じゃない。」

 

 それはそうでしょう、特に長門さんなどは久々の大規模作戦に息巻いている。総旗艦を命じられれば士気も爆上げでしょうに。

 

 って言うか今長門さんを呼び捨てにした!?この人何者なの!?

 

 「いや、今回は是が非でもお前に目立ってもらう必要がある。足手纏いになるなら他の艦娘の行動を制限しても構わん、作戦が失敗しない範囲ならな。」

 

 そこまでの権限をこの人に与えてまで総旗艦に据えるの!?さすがに権限を与えすぎなのでは……。

 

 「ねえ、司令官?もしかして私を餌か何かにする気?」

 

 餌?作戦中に釣りでもするのかしら、でもこの人を餌にしないと釣れない魚ってなんだろう?

 

 「隻腕の戦艦凄姫、お前も知ってるな?」

 

 「朝潮を殺った奴でしょ?噂くらいは聞いてる。ああ……それで私か。」

 

 例の、高練度の駆逐艦ばかりを狙うって言うアレか。と言うことはこの人はやはり駆逐艦ってことね、しかも高練度の。

 

 「私が始末していいの?」

 

 「いや、釣り上げた後は第八駆逐隊をぶつける。」

 

 「大潮たちを?あの子達で大丈夫?」

 

 第八駆逐隊、特に朝潮ちゃんを除いた三人の練度は横須賀に所属する駆逐艦たちの中でも頭一つ以上抜けていいると言うのにこの言いよう。

 

 そうか、少なくとも4年前にはもう横須賀から離れていたからこの人は今の三人を知らないんだ。

 

 「お前が知っている頃のあの子達とは違う、大潮と荒潮は改二改装も受けているしな。」

 

 「ふ~ん、私が知ってる頃と大差ないと思うんだけどなぁ。」

 

 「ちょ、ちょっと待ってください!いくらなんでもそれはあの子たちをバカにし過ぎなんじゃないですか?」

 

 朝潮さんが戦死してからのあの子たちの頑張りは知ってる、ずっと横須賀に居なかった人が言っていいセリフじゃない!

 

 「今は私と司令官が話してるんだけど?外野は引っ込んでなさい。」

 

 「ひっ……。」

 

 え、何これ体が動かない。目の前の少女はただそこに立っているだけ。

 

 それどころか笑顔さえ浮かべているのに、まるで見えない大きな手で鷲掴みにされたような圧迫感が私を包み込んでいる。

 

 「やめろ、由良を殺す気か?」

 

 「ふん、横からしゃしゃり込んでくるからよ。」

 

 ぷはっ!何だったの今の……、私を殺す気だった?今のは殺気と言うやつ?

 

 そんな曖昧なもので私は動きを封じられたってこと!?

 

 「あの子達なら問題ない、それに補給が終わり次第、お前にも援護に出てもらうつもりだ。」

 

 「そういう事なら妥協してあげる、朝潮の仇を討ちたいのは私も一緒だし。」

 

 「そう言えば……、お前と朝潮は仲がよかったな。」

 

 この人と朝潮さんが仲が良かった?提督さんの言うことにいちいち反発するこの人と朝潮さんが?

 

 「ここが出来た頃からの付き合いだったからね。私の親友だったわ。」

 

 ちょっと待って、ここが出来たのって8年前よ?朝潮さんがここの初期艦だったって話は聞いたことがあるけど、じゃあこの人はそんなに前から艦娘を続けているの!?前艦種の中で一番戦死率の高い駆逐艦で!?

 

 「お前が艦娘を続けてくれていた事をこれほどありがたく思ったことはないよ。歳を考えればいつ退役すると言いだされても文句を言いにくいからな。」

 

 「女の子に歳の話のするなんてデリカシーに欠けるんじゃない?それにまだ退役するような歳でもないわ。」

 

 腰に両手を当てていかにも『プンプン!』と聞こえてきそうな怒り方は年端もいかない少女そのものだけど、8年前から艦娘を続けているとして、見た目が12~3歳くらいでしょ?え!?二十歳超えてるの!?由良より年上じゃない!

 

 「『子』じゃないだろ『子』じゃ。」

 

 「『子』なの!いいじゃない、見た目は子供なんだから!」

 

 あ~これが合法ロリってやつね、実際に見るのは初めてだけど。

 

 「ねえ、この子今すっごい失礼な事考えたわよきっと。ちぎっていい?」

 

 どこを!?私のどこをどうちぎるって言うんですか!

 

 ちょ、こっち来ないでください、青筋浮かべた笑顔がすごく怖いですよ?

 

 「やめろ、由良に居なくなられたら執務が滞る。」

 

 え?それは執務が滞らなければいいってことですか?違いますよね?ね? 

 

 「はいはい、わかったわよ。大潮たちで憂さ晴らしでもするわ。」

 

 矛先が大潮ちゃんたちに向いてしまった。

 

 ごめんなさい皆、でも由良だけのせいじゃないからね?由良を恨まないでね。

 

 「大潮たちは出撃中だ、もうすぐ帰投するとは思うが。」

 

 「帰投ルートは?」

 

 そんな事聞いてどうするのかしら、待ってればもうすぐ帰るのに。この人でも旧知の人と早く会いたいって思うのかしら。

 

 「やり過ぎるなよ?大事な時期だ。」

 

 「どこまでなら笑って許してくれる?」

 

 二人は何を話しているの?この人はあの子たちに何をする気?

 

 「中破までは大目に見る、だがそれ以上は許さん。」

 

 中破までは?この人もしかして帰投中のあの子たちを襲うつもりなんじゃないですよね!?

 

 「よし!夜になる前には帰ってくるわ!」

 

 「ん?相変わらず夜は苦手なのか?」

 

 「そ、そんな事ない!トイレだって一人で行けるし!」

 

 へぇ、この人夜一人でトイレ行けないんだ、可愛いとこあるのね……。

 

 じゃない!

 

 「ちょ、ちょっと提督さん!?この人まさか!」

 

 「ああ、由良の予想通りだと思うぞ。」

 

 じゃあやっぱりあの子たちを、なんで止めないんですか?中破云々ってことは実弾使うつもりなんじゃないですか?この人。

 

 「ちょっとアナタ、この人って失礼じゃない?これでもアナタの大先輩よ?」

 

 だ、だって由良は貴女の名前を知らないし……、聞く間もなかったし……。

 

 「お前は由良に自己紹介してないだろうが。」

 

 「そうだっけ?」

 

 そうですよ、貴女は執務室に入るなり提督さんと話し出したじゃないですか。

 

 顎に手を当てて『自己紹介してなかったっけ……』と一人でブツブツと思案した後、まあいいか。と言わんばかりに気を取り直して緋色の少女は私に向き直り。

 

 幼さが残る凛々しい声で高らかに名を告げた。

 

 「神風型駆逐艦、一番艦、神風よ!ネームシップなんだから、しっかり覚えてよね!」


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