あー!イライラする!先生の思惑通りに動かされるのは今回が初めてなわけじゃないけど、今回は質が悪い!よりにもよってこの私を新米の肥しにするだなんて!
鎮守府に着いた私は、桟橋で哨戒艇の帰りを待っていた先生の私兵に艤装を押し付けるなり執務室に向けて全力疾走を開始した。
執務室が近づくにつれてイライラが加速していく気がする、庁舎に入り、廊下でたむろする艦娘どもをかき分け階段を駆け上がり執務室のある二階へ。
刀を持ち歩いてなくてよかった、もし持っていたら執務室に入った瞬間、先生に斬りかかってたかもしれない。
「ちょっと先生!聞きたいことがあるんだけど!」
「ああ、私もお前に言いたいことがある。」
ノックとばかりに執務室の扉を蹴り破って中に入ると、私の行動を予測していたかのように先生が執務机の前に立っていた。
日本刀を片手に私を見据えて、軽く腰を落とし柄に右手を軽く添えた抜刀術の構え。先生を見た途端、それまでのイライラが完全にどこかへ吹っ飛んでしまった。
だって目が本気だもん、特別な感情を感じさせない瞳の中に無機質な鈍光。この目をした時の先生に冗談は通じない、迂闊な事を言えば本当に斬られる。
「神風、私は中破以上は許さんと言ったはずだな?」
「え、ええ……耳が早いわね。」
だってしょうがないじゃない、やらなきゃ私が殺られてたし……。
「私とお前の仲だ弁解があるなら聞いてやる。」
まずいなぁ……、下手な事は言えない、とっちめてやるつもりで乗り込んだら逆にとっちめられる形になってしまった。
さてなんて言おう、この人に誤魔化しは効かない。遠回しに言おうものなら腕の一本くらいは落とされるかもしれない。
できるだけ単純明快にあったことを伝えるにはこれしかない。
「朝潮に花火を使わされたわ。」
「何?」
花火は私の奥の手中の奥の手だ、ただ上に飛び上がるだけではあるけど、消耗を考えれば出来るだけ使いたくない。その事は先生も知っている。
「そうか、わかった。」
先生が構えを解いて執務机に戻って行く、助かった……。先生は洋上ならともかく陸上で、しかも丸腰でどうこう出来る相手じゃない。
「はあ、寿命が縮むかと思ったわ……。」
縮むどころか無くなってたかもしれないけど。
「お前がやり過ぎるのが悪い、戦舞台まででどうにかならなかったのか?」
「ならなかったから花火まで使ったの!危うく殺されかけたんだから。」
『ふむ。』と顎に手を当てて考え込む先生、少し笑ってる?
「どこまで見せた?まさか『刀』まで使ってないだろうな?」
「そもそも持ち出してなかったしね、全方位のトビウオと戦舞台、花火は……たぶん見えてなかったと思う。」
この口ぶりだと私の技術を朝潮に見せる事が目的だったのは合ってたみたいね、一度見ただけで覚えれるとは思えないけど。
「どうして花火を使わざるを得ない状況になった?例えば、仕留めようとした瞬間に左方にトビウオで飛ばれでもしたのか?」
その通りではあるけどまるで見てきたように言うのね、まあ私に戦い方を教えたのは先生だし?私が敵の左後方から頭部を狙う癖も当然知ってるものね。
「その通りよ、前にしか飛べないと思ってたところにソレだから完全に虚をつかれちゃった。」
肩をすくめて見せながら先生を覗き見る、とりあえず怒りは収まったみたいね。
「説明してくれるわよね?あの子には何か秘密があるんでしょ?だから私が襲う事を許した。そうよね?」
「仮説でしかなかったがお前の話を聞いて確信に変わったよ、あの子は一度見て自分に必要と思った技術を再現することができる。」
はあ?一度見ただけで人の技術を再現できる?何よそのチート能力。
「だ、だけどあの子は私の動きを目で追えてなかったわよ!?それでも『見た』内に入るの!?」
「おそらくな、初見のはずの横方向へのトビウオをして見せたのがその証拠だ、前に飛ぶのと横に飛ぶのとでは体の動かし方が異なる。」
目に映りさえすれば脳で理解しなくても覚えられるですって?信じられない……信じられないけど信じるしかない。だったら私が今日見せた技はすべて再現可能ってこと?たった十数分の戦闘で私のほとんどが盗まれた!?
「心配しなくてもしばらくは無理だ、トビウオはともかく、戦舞台は当分使えないだろう。」
「身体能力が追い付いてないって事?」
魔法は覚えてるけどMPが足りないようなものか、そうだとしてもいい気分はしないわね。
「ああ、それに覚えている自覚もないだろう。」
え?今なんて言った?自覚がない?自覚なしにそんな出鱈目な事をやってるの!?そんなバカな!
「ちょ、ちょっと待って!あの子は自分の才能の自覚がないの!?」
なんてもったいない!その気にさえなれば私以上になれるのに。
「どうして教えないの?自覚させた方が効率がいいんじゃない?」
「そうしようと思ったこともある、だがあの子の能力は底が知れない、自覚させた途端に支障をきたす可能性も捨てきれんしな。それに、覚えさせるべき技術は出来るだけ厳選したいんだ。」
ふ~ん、って事はあの子、大潮たち三人と私以外の艦娘が戦ってるところは見たことがないわね。
じゃないと、余計な事を覚えてしまいかねない、本来不必要な事もあの子は必要と思ってしまうかもしれないしね。
「だったら教えてくれてたらよかったのに、そうと知ってたら他にやりようもあったわ。」
「実際に見ないとお前は信用しないだろう、それにお前の性格だとわざと見せないようにする可能性もあったしな。」
たしかに、そんな特殊な能力があるんなら端から見せなかった。あの程度なら特別な技術を使わなくてもどうとでもなったし。全方位トビウオを見せなければ私が殺されかけることもなかったしね。
「私はまんまと朝潮の肥しにされちゃったわけね。」
「毒入りだがな。」
大きなお世話よ、私をこんな風に育てたのは先生でしょ。
私と先生が出会ったのは9年前、深海棲艦が現れて少し経った頃だ。
深海棲艦に住んでた町を廃墟に変えられ、救助に来た先生の部隊に保護された。
当時は攻撃がほとんど効かず、対抗手段がなかった深海棲艦の対処に追われて国自体がてんてこ舞い、救助されたはいいが収容される施設も決まらずにしばらく先生と一緒に行動した、一か月くらいだったかな?。
部隊がたまたま先生の生まれ故郷のある県に寄った時、私は先生の奥さんに預けられたの一週間もいなかったんだけどね。
奥さんも私と同い年の娘さんも、身寄りがなくなった私にすごく親切にしてくれた。美人ではなかったけど、素朴な感じで田舎のお母さんって感じの人だったなぁ。
そんな奥さんと娘さんも、本土へ爆撃を開始した深海棲艦の攻撃であっけなく死んでしまった。私はたまたま先生に連れられて役場に住所変更とかの手続きをしに外出していたので事なきをえたんだけど、奥さんと娘さんは家ごと爆撃に巻き込まれて跡形もなく吹き飛んでいた。
先生は家だった物の前で立ち尽くしてたわ、本当に絶望した人の顔ってのをあの時初めて見たな……。
それからはもう滅茶苦茶、私は前以上に行くところがなくなり、先生の部隊について行くしかなくなった。だって軍の統制とかほとんど取れてなかったのよ?最低限の命令は届いてたみたいだけど、補給は滞るし、一部の兵隊は野盗化するしで世紀末か!って言いたくなるほどだったわ。
私は部隊の雑用なんかをしたり、先生や部隊の人から戦い方を習ったりしながら各地を転々とした。子供でも戦えないと生き残れなかったからね、敵は深海棲艦だけじゃなかったし。
先生に保護されて半年を過ぎた頃だったかな、艦娘開発の話を聞いたのは。
内容を先生から聞いた私は即座に志願したわ、だって野戦将校の先生が艦娘開発の話を知ってたのは「身寄りのない女児を確保せよ」って命令が先生に下されていたからなのよ?いくら汚れ仕事専門とは言っても恩人である先生に人攫いなんてさせたくないじゃない。
まあそんなこんなで私は無事艦娘になり、今に至るってわけ。
「私のほとんどをあの子に提供したんだから当然、報酬はもらえるんでしょ?」
でなければこっちは丸損だ、財布の中身全部くらいは覚悟してもらわないと。
「わかっている、今晩あたりに鳳翔のところでどうだ?さすがにお前を連れて外の酒場には行けないからな。」
鳳翔さんってまだ艦娘続けてるんだ、あの人も私ほどじゃないけど艦娘歴が長いのに。歳も私より上だし。
「OK、それでいいわ。」
鳳翔さんのところじゃ財布をスッカラカンにするのは無理そうね。まあしょうがないか、この成りじゃ先生の言う通り外の酒場にでお酒は飲めそうにない。
「それと八駆の見舞いくらいは行ってやれ、責められたら私の命令だったと言えばいい。」
また自分で罪を背負おうとしちゃって、たしかに先生の思惑の内だったかもしれないけど私が襲おうとしなければそんな事も考えなかったでしょうに。
「変な気遣いはいらない、自分の
満潮あたりは謝ったくらいじゃ許してくれそうにないけど、まあなんとかなるでしょ。
そういえば私は作戦開始まで何をさせられるんだろう?駆逐隊を組んでない私じゃ哨戒しても知れてるし、そもそも私と組める艦娘が居ないから私は一人で行動してたわけだし。
「私は大規模作戦までどうするの?あの子達の嚮導でもする?」
あの子たちの戦術は自分たちの戦い方をよく理解した上で練られている、粗はあるけど私が口を出すようなことじゃない。
「そうしてもらい所だが、第一艦隊の奴らをお前に慣れさせる必要がある。しばらくは第一艦隊と行動を共にしろ。」
第一艦隊か、たしか旗艦は長門だったわね。
「わかったわ、今の長門は私が知ってる長門でいいのよね?」
「ああ、あまりイジメるなよ?」
「それはあの子の態度次第かなぁ。」
私がここにいた頃は大艦巨砲主義の筋肉バカだったけど、あのゴリラ少しはマシになってるかしら。
「あいつももうここの古参の一人、しかも改二だ、お前でも敵わないかもしれんぞ?」
「あら、私の座右の銘わすれちゃったの?」
スペックが低くたって負けやしない、それだけの研鑽と実戦を重ねてきたんだから。
「忘れたんならもう一度教えてあげるわ先生。」
相手が戦艦だろうが空母だろうが屠ってきたんだ、私に生意気を言うのなら私の怖さを思い出させてやる。
「駆逐艦の実力はスペックじゃないのよ。」