目が覚めると私はベッドの上に寝かされていた。
白一色の清潔感溢れる部屋、周りから漂ってくるのは消毒液の臭い、ここは工廠の治療施設?気を失う前の記憶が曖昧だ。
神風さんに向けて魚雷を撃ったところまでは思い出せるのだけれど、その後が思い出せない。
私は負けたのかな?だからベッドに寝かされているの?
体のあちこちが痛む、後頭部が特に。疲労感も酷い、頭を動かすのも億劫なほどに体が怠い。
目に映るのは蛍光灯の明かりと白い天井、そういえばここに入るのは初めてだったっけ。
「知らない天井だ……。」
なんだか言わなければいけない気がした、どうしてだろう……。
まあいいか、本当に知らないし。
「気がついた?」
左の方から優しく私を気遣ってくれてるような声、この声は満潮さん?
声がした方に顔を向けると満潮さんがパイプ椅子に腰かけて雑誌を読んでいた、ずっと側についててくれたのかな?
「まだ寝てなさい、頭をやられてるんだから無理に動いちゃダメよ?」
頭を?だから頭が痛いのか、魚雷を撃った時点では頭は被弾していなかった、ということはその後に頭を撃たれて気を失ったのね……。
「私は……負けたんですね……。」
勝ったと思ったのに……満潮さんに言われていたことを守らなかったからだ、勝利したと浮かれて警戒を怠ったから逆襲を食らったんだ……。
「気にすることないわ、あの人の強さは反則に近いんだから……。」
「だけど……満潮さんの教えを守らなかったから私は……。」
悔しい……あと一歩だったのに……仕留めたと思って油断さえしなければアイツを倒せたのに!
「ごめんなさい……、私が……お姉ちゃんの言うことを守らなかったから……。」
自分の情けなさに涙が溢れてくる、大潮さんと荒潮さんを傷つけられ、満潮さんに庇われ、仇もとれずに私はあの人に負けた。
何が強くなるだ!私は本当に口ばっかり!こんなんじゃ司令官との約束も守れやしない!
「アンタはよくやったわ、神風さんから聞いたけど、仕留める寸前まで行ったらしいじゃない。あの人相手にそこまでやれたんだから誇っていいわよ。」
「だけど!」
あの人は満潮さんたちを傷つけたんですよ?憂さ晴らしとかいう理不尽な理由で!許せるわけないじゃないですか!
「だけども何もないの、あの人はああいう人なんだから。それにあの人は魚雷を使わなかったでしょ?砲弾の火薬も減らしてたみたいだし。大方、私たちの今の実力を見るのが目的だったのよ。」
たしかにあの人は単装砲しか使っていなかった、けど実力を見るにしてもやり方と言うものがある。あんな、一歩間違えれば死人が出るようなやり方をするなんて許せない!
「満潮さんはあの人の事を知っているんですか?」
だからあんな理不尽な事をされても納得してるんですか?
「ええ、ここの古参よ。そして最古の艦娘。」
「最古の艦娘?」
「そ、今いる艦娘すべてのプロトタイプらしいわ。あの人で得たデータを元に艤装の開発が行われたって聞いてる。」
艦娘が実戦に配備されるようになったのはたしか8年前だ、そのプロトタイプと言うことはそれより前から艦娘を続けているということ?
「スペックは低いけど、あの人が持ってる技術と実戦経験はそれを補って余りあるわ。」
駆逐艦の身で8年以上も……、どれ程の死線を超えてきたんだろう、そんな大先輩と私は戦ったのか……。
「すごい人なんですね……、やり方は気に入らないけど……。」
「ふふ、アンタが人を嫌うなんて珍しいわね。」
「だって……。」
私の大切なお姉ちゃんたちを傷つけたんですもの、満潮さんも傷だらけじゃないですか、頭にも腕にも包帯を巻いて。好感なんて持てません。
「そのアンタが嫌う神風さんからお見舞いをもらってるわ。広島名物の紅葉饅頭よ、アンタ食べたことある?」
「ないですけど……、あの人はいつお見舞いになんか来たんですか?」
私が気を失ってる間に来たんだろうけど、どれだけ経ったんだろう、外は……夕方?そんなに時間は経ってないのかな?
「昨日よ、アンタ丸二日寝てたのよ?」
「そんなに!?あ!痛たた……」
慌てて起き上がった私の体のあちこちが悲鳴を上げる、ケガの痛みだけじゃない、この痛みには覚えがある。
あの人との戦闘で使ったトビウオの反動だ。
「無理に動くなって言ったでしょ?ほら、横になんなさい。」
満潮さんが私の体を労わるように支えてベッドに寝かせてくれる、満潮さんだってケガをしているのに……。
「すみません……。」
「いいのよ、こんな時くらい素直に甘えなさい。」
満潮さんがそれを言いますか、訓練や任務中はともかく、部屋の中でくらい素直に私を可愛がってくれていいんですよ?
「……。」
まずい、満潮さんがジト目で私を見てる、思考を読まれたかな?
「まあいいわ、お腹空いてるでしょ?何か食べる?」
そういえば丸二日寝てたんだっけ、言われてみればお腹が空いてる気がする。
「何か貰ってくるわ、少し待ってて。」
「あ……。」
一人になっちゃう……。
「すぐ戻って来るわよ、それとも一人で部屋にいるのが怖いと思うほどお子ちゃまなの?」
そ、そんな事はありません、ただその……、そう!ケガのせいです!ケガのせいで気落ちして一人でいるのが心細いだけです!
コンコン
ドアをノックする音?だれか来たのかしら?大潮さんと荒潮さんかな?
「はいはい、鍵は開いてるからどうぞ~。」
満潮さんが誰かを招き入れにドアに向かう、こんな時間にお見舞い?
「あら司令官じゃない、どうしたのよこんな時間に。」
しししし司令官!?どうして!?それよりも私さっきまで寝てたから目ヤニが、それに泣いてたから顔が酷いことなってる!寝ぐせは大丈夫かな?歯も磨かかなきゃ!でも体はまともに動かないし……、ああああー!どうしよう!!!
「工廠に用があったのでな、ケガの具合はどうだ?」
「私は見た目ほど酷くないわ、朝潮は見ての通りよ。若干テンパってるけど。」
テンパ!?私の頭そんなに酷いですか!?天然パーマみたいになっちゃってるんですか!?
「それじゃあ私は朝潮のご飯もらってくるから、司令官後よろしくね。」
え?行っちゃうんですか?待ってください満潮さん!ホントに待って!こんな状態の私と司令官を二人っきりにしないでください!
あれ?でも司令官と二人っきりって先週の休暇以来か……でもこんな格好で司令官と二人なんて!もうちょっとマシな格好の時がよかった……。
こんな事になったのも神風さんのせいだ……また少し神風さんの事が嫌いになってしまった……。
「手酷くやられたみたいだな。大丈夫か?」
司令官がさっきまで満潮さんが座っていたパイプ椅子に腰を下ろしながら私の様子を尋ねてくる。大丈夫じゃないです、今すぐ顔を洗いに行きたいです!
「ひゃい!だだ大丈夫れふ!」
しかも思いっきり噛んでしまった!!落ち着け、ただでさえみっともない姿を晒しているんだ、これ以上の醜態は晒したくない!
「はははは、その様子なら大丈夫そうだな。」
「すみません……司令官の前でこのような格好で……。」
笑われてしまった……、恥ずかしさで轟沈してしまいそうだわ……。
「気にするな、それに謝らなければならないのは私の方だしな。」
司令官が私に謝る?どうしてだろう。
「君たちを襲うよう神風に命じたのは私だ、だから君たちのケガは私のせいと言う事になる。それを謝らなければならない。」
司令官が神風さんに私たちを襲わせた?そんな事をして何かメリットでもあるのかしら?
神風さんに私たちを襲わせるメリットとはなんだろう、あの人は駆逐隊で挑む私たちをいとも容易く破って見せた。
たった一人で駆逐隊以上の強さのあの人に私たちを襲わせる事で何が得られる?
八駆の今の実力を計るとかはどうだろう?
私が入隊したことで八駆の戦力は下がっているはずだ、だから神風さんを使って現在の八駆の戦力を確かめた。
もしくは私の実力を見たかったのかな、神風さんが一人づつ倒していって最後に残されたのは私だし。
司令官は大潮さん達の実力を知ってるけど、普段は執務室にいる司令官には報告書でしか私がどれくらい成長しているか把握できてないはず。
神風さんと交戦したあたりなら望遠鏡でも使えば直接戦闘を観察することは可能だろうし。
どちらにしても、司令官が必要と判断して神風さんに命じたんだ、私が文句を言う筋合いはない。
皆が傷ついたのは許しがたいけど、それは単に神風さんがやり過ぎただけだ、司令官のせいじゃない。
「謝らないでください司令官、何かお考えがあっての事なのでしょう?」
「いやしかしだな……。」
「お約束したじゃないですか、私は司令官の剣になると。剣は持ち主に文句を言ったりしません。」
司令官の剣になるためなら今回の件も受け入れる、きっと私に必要な事だったんだ。
「そうか……、朝潮がそれで納得出来るのならそれでいい。」
だけど神風さんは許してあげません、いつかリベンジしてやる。
「だが話を聞いて驚いたぞ、神風をあと一歩というところまで追い詰めたそうじゃないか。」
仕留めたと思って油断したら反撃されてこの様ですけどね……。
「なかなか出来る事じゃない。アイツは性格は曲がってるが腕だけなら全駆逐艦、いや全艦娘で一番かも知れないからな。自慢していいぞ。」
全艦娘で一番!?強いとは思ったけどそんなに強い人だったとは……。
「私の剣になると言った朝潮がそれ程成長していたのは嬉しい限りだ。ご褒美でもあげたい気分だな、何か欲しいものはないか?」
「そんな滅相もない!お見舞いに来てくださっただけで十分です!」
私は司令官とこうしてお話しできてるだけで十分幸せなんですから気にしないでください、申し訳なくなってしまいます!
「そうか?私としては何かしてやりたいのだが……。」
そうは言われましても……、あまり断り続けるのも失礼な気がするし。何かないかな、私が司令官にして欲しいこと……。
「あ……。」
思いついてしまった……、だけどこれを頼むのはちょっと恥ずかしいな……。
「何か思いついたか?遠慮せずに行ってみなさい。」
「えっと……。」
何か適当な理由はない?恥ずかしさを紛らわせるような理由は……。
「そうだ……メンテナンス……。」
そうよ、コレだわ。
メンテナンスよ!
「メンテナンス?ああ、心配しなくても君たちの艤装は……。」
「違います!私のメンテナンスです!」
司令官が豆鉄砲でも食らったかのような顔をしている それはそうですよね、急に私のメンテナンスと言われたってわからないですよね。
だってメンテナンスとは建前、理由です!してもらいたいことにソレっぽい理由を付けただけです!
「すまん、君が何を言っているのかまったくわからないのだが。」
「そ、その私のメンテナンスと言う事で……あ、頭を撫でていただけないでしょうか!」
私は司令官の剣だ、剣は使った後お手入れするものです、だから頭を撫でてもらうのがメンテナンスだと言い張れば恥ずかしくないわ!
「そんな事でいいのか?もっと他の事でもいいんだぞ?」
いえいえ、この朝潮。司令官に頭を撫でていただけるだけでご飯三杯は行けます!私は目をランランと輝かせながら司令官を見つめる。体が動けば司令官の前で正座して頭を差し出したものを……。
「それがいいんです!頭を撫でてもらうことが私にとってのメンテナンスなのです!」
なんだか自分でも何を言っているのかわからなくなってきた……。
「君がそれでいいなら私は構わないが……。こんな感じでいいのか?」
あああああぁ……、司令官の大きくて少しデコボコした手が私の頭を包み込むように撫でてくれる。
幸せだわ、ケガの痛みなどどこかに吹き飛んでしまった。
このまま寝てしまえたらどれだけ気持ちがいいだろう、でも寝てしまうと司令官とお話が出来なくなってしまう。
それはダメ!少しでも長くこの状態を維持しなければ!
「こうしていると、娘が風邪を引いた時を思い出すな……。」
司令官が遠い日を懐かしむように目を細める、娘さん?司令官は娘さんがいらしたんですか?って言うか司令官って既婚者だったんですか!?
「もう亡くなってしまったがね、妻共々、9年近く前に深海棲艦の爆撃で殺された。」
そんな悲しそうな顔をしないでください司令官……、貴方はそんな悲しみを内に秘めて戦い続けていたんですね……。
「どんな方たちだったんですか?」
「女房は昔馴染みでな、美人とはお世辞にも言えなかったが君のように黒髪が似合う人でな。雰囲気は鳳翔に似ていたかな?」
つまり私も鳳翔さんのような女性になればいいわけですね!っと、いけない。こんな話の時にそんなこと考えるなんて不謹慎もいいとこだわ。
「娘は女房と違ってお転婆だったな、アレは私に似てしまったんだろうか。しょっちゅう男の子とケンカしては傷だらけで帰ってきていたよ。」
奥さんと娘さんの事を話す司令官、すごく嬉しそう……、幸せな家庭だったんだろうな……。
そんな司令官の幸せを深海棲艦は奪い取った……、そして3年前に先代をも司令官から奪ったのか。
「他の子達には言うなよ?この事は私の私兵と神風、後は戦死した君の先代くらいしか知らないんだから。」
満潮さん達も知らないんだ!なんだか初めて満潮さん達に勝った気がする!
まあ、勝つも負けるもないのだけど。
「先代の朝潮も、結局死なせてしまった。彼女は自分の命よりも私の命を優先する子だったからな……。」
そうか、先代は司令官の心までは守ろうとしなかったのね……、大切な人を悉く奪われた司令官にとっては生きている方が地獄でしょうに……。
少しだけ先代に腹が立ったわ、私だったら命も心も、両方守って見せるのに。
「司令官、私は死にません。貴方も死なせません。だからもう、そんな悲しい顔はしないでください……。」
無理なのはわかってる、私が司令官の悲しみを断ち切るんだ。
そのためならどんな試練だって乗り越えて見せる。
神風さんに勝てるくらい強くなってやる!
「貴方の悲しみは私が断ち切ります。だから私にもっと試練を課してください!すべて乗り越えて見せます!」
司令官の顔から悲しみが消え、覚悟を決めたような表情に変わる。
まだ迷っておられたんですね、きっと私が子供だからだろう。
子供を戦場に出す罪悪感を完全に払拭できていなかったんだ。
「……わかった、だがもう2~3日は安静にしなさい。ケガが治らない事には出撃もさせられないからな。」
だけど今、司令官は覚悟を決めてくれた。
次からは前以上に厳しい戦場に送られるだろう、それでも構わない。
私は司令官の元に帰ってくるんだから
差し当たってはこのケガだ。
司令官の言う通りケガを直さなければ出撃なんてできない、小さな損傷でも駆逐艦には命取りになるものね。
「はい、大丈夫です!次の作戦には間に合わせます!」