「つまらないな。」
敵が北方に攻め込んできたと聞いたから久々に重い腰を上げたと言うのに、いまのところろくな艦娘がいない。
「敵艦隊はまだ棲地に攻撃を仕掛ける気がないようですね。棲地周辺の艦隊ばかり潰しています。」
ふん、いちいち実況をするな、そんな事はわかっている。
周辺の艦隊を潰した後に主力艦隊で一気に棲地を落とす気なのだろうな。
「どうされます?横から叩けば敵艦隊を崩せそうですが。」
上位種に進化しても貴様は相変わらず横槍を入れるのが好きなのか?それとも重巡はそうゆう奴ばかりなのか?
『渾沌』の奴に止められてなければ今からでも沈めてやるのだが。
「放っておけ、加勢してやる義理もない。」
他の棲地がどうなろうと知ったことか、私は楽しめればいいのだ。
敵が棲地を攻めてくる時は必ずと言っていいほど面白い駆逐艦がいる、私の目当てはそういった奴のみ。
最近では背中に連装砲を背負った奴だったか、仕留めそこなってしまったが奴もアサシオ並に強かった。
もしかしたらアサシオより強かったかもしれない、だがなぜだろう。
あの時ほど楽しくはなかった、アサシオより強い駆逐艦とやり合ってもなぜかあの時以上に興奮できない。
私を初めて驚かせた駆逐艦、私を初めて追い詰めた駆逐艦。
あれ以来、お前の事を思わない日は一日もない。
お前に会いたい、お前と撃ち合いたい、そしてお前をこの手で沈めたい……。
「窮奇様、敵の艦隊に動きが、どうやら主力艦隊が出て来たようです。旗艦は……駆逐艦?」
なに?駆逐艦が旗艦だと?何かの間違いではないのか?
「間違いありません、赤い駆逐艦が戦艦や空母を率いて凄地へ迫っています。」
ほう?戦艦や空母もいるのに駆逐艦を旗艦にするとは……、人間どもと私たちとでは艦隊運用の考え方が違うのか?
「動きが速いですね、駆逐艦の最高速度を超えてるように見えます。」
「偵察機の映像を私にも寄越せ。直接見る。」
「どうぞ。」
重巡から偵察機の映像を艤装に流してもらうと脳内に偵察機が見ている映像が映し出される。
ふむ、たしかに速い、砲弾を避ける時の動きはあの時のアサシオと同じ……、いやアサシオよりキレがいい。
だが左手に持っている棒状の艤装はなんだ?あのような艤装は今まで見たことがない。
「火力は低いようですね、あの程度の火力なら魚雷が直撃しても窮奇様なら耐えれそうです。」
たしかに火力は低い、だが動きは今まで見た駆逐艦で一番だ。
ほう、相手の周りを小動物のようにちょこまかと……、駆逐艦とはあのような動きもできるのか。
面白い、今回の獲物は決まったな。
「おい、お前は先行して駆逐艦と艦隊を引き離せ。」
「また……、襲うのですか?」
なんだその伺うような目は、当たり前ではないか、そのためにここまで来たのだ。
それとも貴様、怖気づいたか?一隻で艦隊を襲うのはたしかに恐ろしいだろうな。
「当り前だ、お前は私のために敵艦隊に突撃しろ。別に沈んでも構わんぞ?」
あの時の事を私は許していない、貴様がついてくると言うから今回は連れて来てやったのだ。
精々私の役に立って沈んでいけ。
「……、わかりました見事艦隊を引き離してご覧に入れます。」
別にお前の活躍など期待していない、引き離したらそのまま沈めてもらえ。
私から離れて行く重巡の背中にに主砲を撃ち込んでやりたい衝動を抑えて見送り、私はゆっくりと前進を始める。
「今回はアサシオの時以上の悦びを得られるだろうか……。」
見た限りではアサシオより実力は上だろう、しかし心が躍らない……。
やはりアサシオでなければ無理なのだろうか。
私が航行を初めて1時間ほど経った頃、棲地の方向から飛んでくるに艦娘の偵察機を見つけた、こんなに棲地から南に離れたところになぜ偵察機が飛んでいる?
棲地への援軍を警戒したにしてもここは離れすぎている、あの偵察機は何を探しているのだ?
「まさか私を探している?」
ありえなくはない、私は毎度のように棲地を襲う敵艦隊を襲撃している。
だが私の電探の範囲内に艦娘の反応はない、棲地からこちらに向かうにしても距離があり過ぎる。
どこかに艦隊が潜んでいるのか?
頭上を飛んでいる偵察機の動きが変わった、私を発見したと思われる策敵機が私の上空を一度旋回した後、棲地の方へ向かって戻って行く。
「やはり私を探していたのか、だが関係ない。」
例え敵艦隊とやり合うことになろうとまとめて潰すだけだ。
それくらいしないと私の渇きは潤せそうにないのだから。
私がさらに前進を続け遠目に棲地がみえてきた頃、電探に反応があった。
「なんだ?大きさからして艦娘ではない。」
大きさは12~3メートルほどか?船?私に向かって北西方向から直進してくる、何をする気だ?
「……とりあえず沈めておくか。」
なんにしても向かって来るなら沈めるまでだ、見逃す理由もない。
私までの距離は15キロ程、駆逐艦より速いな、なんだ?あの船は。
私は接近してくる船に向かって主砲を向け発砲、直撃する直前に船は急加速して砲弾を回避、少しして右に旋回してそのまま直進していく。
「ほう?やるではないか。だがどうゆう事だ?こちらに向かっていたのではないのか?」
避けられた事はいまさら驚きはしない、私の初弾が避けられるのは今に始まったことではないのだ。
しかし私に向かっていた船は回避した後そのまま直進し、私の進行方向とは逆に走り去ってしまった。
何がしたかったのだ?電探も船が去っていくのを知らせて来る、いや?反応が増えている。
船の大きさに気を取られて見逃すところだった、増えた反応は4つ。
大きさからして艦娘だ、しかも駆逐艦。
なるほど、あの船の目的は艦娘の輸送か。
偵察機の知らせを受けて棲地から送られてきた迎撃部隊ではないな、それだと来るのが早すぎる。
偵察機が私を探していたのはまず間違いないだろう、そして私が艦隊を襲撃することも知られている。
とすると、あの赤い駆逐艦は私を釣るための餌か。
もしかすると棲地への攻撃そのものが、私をおびき寄せるための罠かもしれない、端から私を狩るのが目的だったと言う訳か。
「ふん、誰が考えたか知らぬが小癪な事を。ならばあの駆逐艦共を沈めてあの赤い駆逐艦も沈めてやる!」
私は向かって来る駆逐隊に狙いを定める、手始めに先頭の奴だ、後ろの駆逐艦を置き去りにして一隻で突っ込んでくる。
見た目が私たちに近いな、同族と言う訳でもないようだがどうゆうことだ?
まあいい、とりあえずは先頭を……。
なんだ?先頭から3番目……、お前は誰だ?
彼女によくにている……よく似た別人か?だが目が離せない。
お前なのか?なぜお前がそこに居る……お前はあの時粉々になって沈んだはずだろう?
そこに居るはずがないだろう?
いや、私の直感が告げている、間違いない。
お前は……お前は……。
「あ……ああああ……。」
顔が愉悦に歪んでいくのがわかる。
先頭を進む駆逐艦の後ろに黒髪をなびかせながらこちらに向かって来る駆逐艦、瞳の色は違うがその容姿は忘れようがない。
「アサ……シオ……。」
アサシオだ……、どうやって蘇ったかはわからないがアサシオが帰ってきた!
私と戦いに戻ってきてくれた!!これほど嬉しいことはない、再びお前と戦う事をどれほど夢見た事か。
会いたかった!もしかしたらお前に会えるかもと艦隊を襲い続けた。
お前ほどの駆逐艦だ、大きな戦いには必ず駆り出されるだろうと思って棲地が襲われたと言う知らせを聞くたびに足を延ばした。
だけど結局、今までお前と会う事は叶わなかった。
お前と同程度の駆逐艦で我慢していた。
もう諦めかけていた……。
だけどお前は私のところに帰ってきてくれたのだな。
他の駆逐艦に浮気していたことを謝らなければ。
お前は怒るだろうか……。
だけど信じてくれ!私はお前の事を忘れたことはないんだ!
神とやらがいるのなら感謝しなければならない!
私とアサシオを再び巡り合わせてくれたことを感謝しなければ!
胸の鼓動が高鳴る……、頬も心なしか紅潮している気がする。
これは恋か?私はお前に惚れているのか?
ああそうだ、私がお前にこだわる理由がわかった……。
私はお前の事が好きなんだ……。
「やっとわかったよアサシオ、私はお前に惚れている。私はお前に首ったけだ……。」
仕切りなおそう、邪魔者が3隻ほどいるが問題ない。
邪魔者はすぐに沈めてあげるから安心しておくれ。
何度でも付き合うよ、お前が何度蘇ろうと私がずっと相手をしてあげる。
さあ、二人きりで踊りましょう。
あの時のダンスの続きだ。
蒼い海原を舞台に、砲撃と波の音を曲にして。
私とお前の死のダンスを。
「フフフフフフフ……、私の愛しいアサシオ……。何度でも……沈めてあげる……。」