艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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朝潮突撃 5

 哨戒艇の中で一晩を過ごし、慣れない船内で寝たために凝り固まった体をほぐしていると香ばしい香りとフライパンで何かを焼く音がしてきた。

 

 どうやら金髪さんが船内に設置されたキッチンで朝食を作っているみたい。

 

 匂いと音からしてベーコンエッグかな?トースターには食パンもセットされているみたいだしコーヒーメーカーもポトポトと黒い雫を落としている。

 

 鎮守府の朝食は和食がほとんどだから、洋風の朝食は少し嬉しいわね。

 

 「お、朝潮さんおはよう!ちょっと待ってな、もうすぐ出来っから。」

 

 洗面所で顔を洗おうと寝室から出てきた私に気づいて、料理の盛り付けをしていた金髪さんが爽やかに挨拶してくる。

 

 「おはようございます!朝からお疲れ様です!」

 

 昨日の晩御飯といい、金髪さんはお料理が得意なんですね。

 

 私も料理くらい出来るようにならないと。

 

 「いいんだよ、朝潮さんらの世話も任務の内だかんな。」

 

 そういえば私は着任から今まで金髪さんとモヒカンさんにはお世話になりっぱなしですね、今度改めてお礼しよう。

 

 だけどそう思ったのもつかの間、盛り付けを終えた料理をテーブルに運ぶ金髪さんを見た途端、さっきまでのお礼の気持ちがどこかへ行ってしまった。

 

 その恰好はどうなのだろうか、一応作戦中ですよ?

 

 投げれば戻ってきそうなほどに鋭いブーメランパンツにエプロン、さらに頭にはマンガでしか見た事ないような長いコック帽を被り脚には編み上げブーツを履いている。

 

 「うわぁ……変態だぁ……。」

 

 私に続いて寝室から出てきた大潮さんが金髪さんを見て呆れたように一言。

 

 ええ、控えめに言って変態です。

 

 金髪さんは顔立ちがいいので余計に服装との落差が酷く、しかもたちが悪い事に本人は本気で似合っていると思っているのか爽やかなスマイルまでしている始末。

 

 「朝からなんてもの見せるのよぉ……。」

 

 後部デッキから満潮さんと荒潮さんが船内に入ってきた、朝雲さん達と話でもしていたのかな。

 

 満潮さんも荒潮さんも心底汚らわしい物を見るかのような目で金髪さんを見ている。

 

 「あ、皆さんおはようございます!」

 

 清々しいほど爽やかな挨拶ですね、格好が残念すぎますけど。

 

 「おはようございますじゃないわよ!朝っぱらから汚物見たせいで気分最悪よ!!」

 

 「ぐっほあぁあ!!」

 

 おお!怒りをあらわにして金髪さんに詰め寄った満潮さんが勢いそのままにボディブロー!金髪さんの体がくの字に曲がった!まあ、これはしょうがないですよね。

 

 「まさかそれぇ、司令官の指示じゃないわよねぇ?」

 

 いやいや、それはないでしょう。

 

 こんなの見ちゃったら戦意はだだ下がりですよ?強敵に挑もうと言う時に戦意を削いでどうするんですか。 

 

 「そりゃもちろん提督殿の指示さ。くれぐれも八駆の戦意を削がないようにって言われてっからな。」

 

 まさかのそ司令官からの指示!いや、これでもかと言うほど削がれました!

 

 「それでその恰好?モヒカンさんは止めなかったの?」

 

 「呼んだっすか?大潮さん。」

 

 会話が聞こえたのかモヒカンさんが操舵室から顔を出してきた、この人も金髪さんと大差なかった。

 

 いや金髪さんより酷い、コレなら金髪さんの方がマシに見えてくる。

 

 指に刺さりそうなほど尖ったサングラスに蝶ネクタイ、下は水着ではなく赤いフンドシ。

 

 うん、どこからどう見ても変態だ。憲兵さんを呼ぼう。

 

 「一応聞くわね?アンタ達、その恰好は正気?変だとは欠片も思わなかったの?」

 

 満潮さん、たぶんこの人たちは正気です。

 

 だって司令官の指示を間違って解釈した前科がありますから。

 

 「どっか変か?」

 

 「いや?メチャクチャイケてると思うっすけど。」

 

 ね?二人ともどこが変なのか本気でわからない顔でお互いを見比べてますよ、私を迎えに来たときと同じです。

 

 パシャ!

 

 ん?どこからかカメラのシャッターを切るような音が……。

 

 大潮さんか、大潮さんがすまーとふぉんを構えて二人を撮影してる?

 

 あの機械は写真も撮れるのね。

 

 「そんな写真撮ってどうするのよ大潮。まさかアンタ、ああゆうのがいいの?」

 

 「まさか。帰ってからコレを司令官に見せてセクハラされたって報告するんだよ。」

 

 真顔!?いつもにこやかな大潮さんが真顔になってる!真顔すぎて怖いです!

 

 「ちょっと待って!俺らのどこが悪ぃのよ!どっからどう見ても海の男って感じだろ!?」

 

 「そっすよ!うちの隊員は海じゃだいたいこんな感じっすよ!?」

 

 いえ、完全無欠の変態です。

 

 それが海の男なら、海の男は全員牢屋に入れてもらわないといけなくなります。

 

 まさか司令官までそんな変な格好はしないですよね?

 

 「はぁ……。ところで作戦の方はどうなの?まだ第二段階?」

 

 「ええ、少し手こずってるみたいっすね。ただ、第一及び第二艦隊はすでに横須賀を出てるみたいっす。」

 

 服装にツッコんでも無駄と悟ったのか、満潮さんがため息混じりに作戦の進行状況をモヒカンさんに質問した。

 

 モヒカンさん、真面目に答えるのはいいのですが、その恰好で両手を腰に当てて胸を張る意味はあるんですか?

 

 「私たちはまだ第二種戦闘配置でいいのぉ?主力艦隊は出ちゃったんでしょう?」

 

 「ええ。攻略艦隊とは別に、練度が低くて作戦に参加できなかった大湊の軽巡や重巡が1艦隊組んで偵察機を飛ばしてるっすけどまだ対象は確認できてないみたいっす。」

 

 「索敵範囲は?」

 

 「ええっと、アリューシャン列島の凄地を中心に半径1000キロってとこっすね。棲地から北と南を重点的に索敵してるみたいっす。」

 

 北と南を重点的に?東西はいいのかしら、まったく索敵してないって事はないんだろうけど。

 

 「司令官はそのどっちかから襲撃してくると読んでるのね?」

 

 「そっす。隻腕は毎回、艦隊の側面を突いてくるらしくて。こっちの艦隊は棲地に向けて東へ進行してるっすからね、来るとしたら北か南らしいっす。」

 

 なるほど、それで南北を重点的に索敵してるのか。

 

 「それだけの範囲を索敵してるんなら発見は時間の問題だね、来てるならだけど。」

 

 大潮さんは来ないと思ってるのかしら、ずっと真顔だから何を考えてるかわからないわ。

 

 「なあ、通信機のランプ光ってんぞ?何かあったんじゃねぇか?」

 

 「おっ!ホントだ、ちょっと行ってくるッす。」

 

 くるりと踵を返して操舵室に戻るモヒカンさん、フンドシが食い込んだお尻を思いっきり見てしまった……、吐きそう……。

 

 「艦隊司令部より入電。主力艦隊が進行を開始!第八駆逐隊は第一種戦闘配置に移行せよ!だそうっす。」

 

 神風さんの艦隊が動いた、隻腕の戦艦棲姫が動くとしたらもうすぐだ。

 

 さっきまで船内を支配していたふざけた雰囲気が吹き飛び、代わりに緊張が支配しだす。

 

 「いよいよですね……。」

 

 「ええ。後部デッキで艤装を装着して待機するよ!」

 

 「「「了解!」」」

 

 大潮さんの号令で私たちは後部デッキに出た私たちは各々艤装を装着して、弾薬などを再度チェック。

 

 船から飛び降りれば即戦闘に移れるよう準備を完了し、戦艦棲姫発見の報告を待つ。

 

 「朝食はサンドイッチにしといたから後で摘まみな。後、第九駆逐隊の4人にすぐデッキに上がれる位置まで来といてくれって伝えてくれると助かる。」

 

 「わかった、伝えとくわ。」

 

 いつの間に着替えたのだろうか、いつもの黒い軍服姿になった金髪さんが伝言と朝食を届けて船内に戻って行くと、続いて満潮さんが通信で伝え始めた。

 

 すぐに九駆の4人が後部デッキから数メートル離れた位置まで近づき、後部デッキを中心にして護衛を再開した。

 

 発見したら4人を乗せて哨戒艇でそのまま戦艦棲姫の元へ向かうらしい。

 

 「九駆も戦闘に参加するんですか?」

 

 「まさか、夜通し護衛してたのにそんな余裕あるわけないでしょ。」

 

 それもそうか、実際の艦なら交代要員とかも居るだろうけど艦娘にそんな機能はない。

 

 二人づつくらい交代で仮眠を取りながら護衛をし続けてくれたんだろう、布団で寝てた事に罪悪感を感じてしまう。

 

 「上手いこと神風さんに釣らてくれればいいけど……。」

 

 「どこかで様子見てるなら間違いなく釣れると思うけどね。神風さん以上の駆逐艦なんて大潮の知る限りでは他に居ないし。」

 

 アレで性格が破綻してなければ素直に尊敬出来るんですけどね。

 

 「……。」

 

 時間が経つにつれて緊張が増してくる、皆の口数も段々と減ってきた。

 

 荒潮さんなどは後部デッキに出たときから一言も喋らずに哨戒艇の船首のさらに向こうを見つめている。

 

 主力艦隊が進行を開始してすでに二時間弱、いまだに索敵を行っている艦隊からの連絡はない。

 

 今回は来ないんだろうか。神風さんの練度がいくつかは知らないけど、強い駆逐艦に惹かれて襲って来るのなら必ず来るはず。

 

 緊張が張りつめ、少し柔軟でもしようかと立ちあがろうとした時、哨戒艇のエンジンが回転数を上げているのに気づいた。

 

 『索敵中の艦隊より入電!現在目標は棲地に向かって北上中とのこと!第九駆逐隊はすぐに後部デッキに上がってくださいっす!』

 

 来た!後部デッキに設置されたスピーカーから戦艦棲姫発見知らせ。

 

 モヒカンさんの指示にしたがって九駆の4人が次々に後部デッキに上がって来る。

 

 「九駆の収容完了したわ。出して!」

 

 『ういっす!飛ばしますから舌かまないよう気をつけてください!』

 

 満潮さんの合図を待っていたかのように哨戒艇が加速を開始、グングンと加速を続ける哨戒艇の速度は体感で30ノット強。

 

 「これ……、私達より速いんじゃ……。」

 

 すでに速度は40ノット近くまで上昇、噂でそれ位の速度を出す駆逐艦がいると聞いたことがあるけどこんな感じなんだろうか。

 

 『レーダー波を感知!目標の索敵範囲内に入ったっす!目標の行動次第で急に舵を切ったりしますんで八駆の方々は振り落とされように注意してくださいっす!』

 

 哨戒艇が出発して三十分もしない内に目標の索敵範囲に到達、以外と近くに潜んでいた?

 

 いや、棲地に向かって北上していた目標に対してこちらは真東に進んでいたのだから最初はもっと南に居たのか。

 

 『やっべ!これたぶん撃ってくる!オデコにビンビン来てるわ!』

 

 金髪さんが訳のわからないことを言い出した、殺気的なものでも感じているのかしら。

 

 『来た!ニトロ使うから何かに掴まれ!』

 

 金髪さんの指示に従って手摺にしがみついた途端に哨戒艇が急加速、瞬間的に50ノット近くまで加速し直後に飛んできた砲弾が哨戒艇の後方に着弾した。

 

 『右に旋回する!八駆は抜錨用意!要領はわかんな?』

 

 待機中に一応練習はしたけど航行中、しかも40ノット近く速度が出ている状態でやるのは初めてだ。

 

 「正直、自信はありませんが……。」

 

 後部デッキの縁が後ろに倒れ、哨戒艇が右に旋回開始。

 

 私達は隊列の最後尾の満潮さんから順番に、向きは後ろ向きで哨戒艇を離れ、着水と同時に加速を開始。

 

 隊列を組み終わった後、目標に向かって突撃を開始する。

 

 ダイビングのジャイアントストライドエントリーを、走る船の後ろから進行方向を向いたまま行う感じだろうか。

 

 「先に行くわ。朝潮、ミスって沈まないように注意しなさい。」

 

 「はい!」

 

 私の返事を聞いて少しニヤリとした満潮さんが手摺を手放して海に身を投げそのまま着水、なるほどああやるのか。

 

 続いて私も満潮さんがやった通りに手摺を離し、哨戒艇の航跡に少し脚がグラついたけど着水に成功した。

 

 大潮さんと荒潮さんが着水し、単縦陣を組んだ私達は左に旋回して戦艦棲姫に突撃を開始。

 

 すぐに暴走すると言っていた荒潮さんに今のところ変化はないようだけど……。

 

 「見つけた……。」

 

 目標との距離が12000を切った頃、唐突に荒潮さんが口を開いた、普段の荒潮さんからは考えられないほど暗く沈んだ声。暴走が始まったの?

 

 「見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた……。」

 

 ひいっ!ボソボソとひたすら『見つけた』を繰り返す荒潮さん、これは暴走と言うよりは単に壊れているのでは!?

 

 「……。」

 

 あれ?止まった……。

 

 このまま『見つけた』を繰り返し続けるかと思えた荒潮さんが唐突に無言になり空を見上げた、表情は見えないけど首を傾け小刻みに震えている後姿を見ていると、とても正常とは思えない。

 

 「……の…たき……。」

 

 「荒潮が突っ込むよ、二人とも準備して。」

 

 大潮さんが私と満潮さんを横目に、荒潮さんが突撃することを知らせて来る。

 

 まだ艤装は変化してないようだけど……。

 

 「姉さんの……、かたきいいいいいぃぃぃぃぃ!!」

 

 絶叫とともに荒潮さんが派手に水しぶきを上げて突撃を開始、荒潮さんの感情の爆発に呼応するかのように艤装も変化を始めた。

 

 両腕の連装砲は駆逐イ級のように変貌して腕を覆い、背中の機関と両腿の魚雷発射管も艦娘の機体的な物から深海棲艦のような生物的なソレへと変化した。

 

 これが深海化、肌も色素が抜け落ちたように白くなっている。

 

 『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるごろ゛じでや゛る゛ううううぅぅぅぅ!!!』

 

 数秒で通信でなければ声が届かない距離まで移動する荒潮さん、これはトビウオじゃないわね。

 

 スペックの上がった艤装の馬力で力任せに速度を上げている、さっきの哨戒艇と同じかそれ以上の速度。

 

 「すごい……。」

 

 前言を撤回しなければ……、とてもじゃないけどあの荒潮さんには甘えられそうにない。

 

 「アレはちゃんと元に戻るんですよね……?」

 

 「「……。」」

 

 『アハハハハハハハハ!!!』

 

 なんとか言ってください!戻るんですよね!?元の荒潮さんにちゃんと戻るんですよね!?

 

 「大潮さんなんとか言って……。」

 

 ゾク……。

 

 何?今の悪寒……、まるで射竦められたような感じだ。

 

 これは視線?誰かに見られてる?

 

 大潮さんは前方を向いているし満潮さんは後ろに居るけど後ろからの視線じゃない、前の方から……?

 

 いまだ肉眼では米粒ほどにしか見えない戦艦棲姫から視線を感じる、なぜ私を見ているの?すぐそばまで深海化した荒潮さんが迫っているのに迎撃すらしようとしないなんて……。

 

 『やっと……会えたわね……。』

 

 通信から妖艶さが漂う大人の女性の声が聞こえてくる、これは荒潮さん?違う!

 

 八駆で使っているチャンネルとは違う、チャンネルなど関係なく全周波数で通信を垂れ流してる!?

 

 「大潮、今の!」

 

 「うん!隻腕からの通信だ!だけど何のつもり?全周波数で通信なんて……。」

 

 やっと会えた?誰と会えたの?私に注がれている視線はおそらく戦艦棲姫からのものだ……じゃあ、アイツが会えたと言っているのは……。

 

 私だ!奴の目に荒潮さんは映ってない!

 

 荒潮さんを止めなきゃ、理由はわからないけどとても嫌な予感がする。

 

 「ダメ!大潮さん、荒潮さんを止めて!」

 

 「え!?」

 

 ズドン!

 

 制止を呼び掛けた時にはもう遅かった、自分の喉元まで迫った荒潮さんの足元に向かって自分への被害も顧みず砲撃。

 

 砲撃の水柱に舞い上げられた荒潮さんを背中の艤装の腕で跳ね飛ばし戦艦棲姫がこちらに向けて突撃を開始した。

 

 荒潮さんと同じだ、奴もなぜか暴走している。

 

 障害を排除するためなら自分への被害もお構いなしな相手に接近するなど自殺と変わらない。

 

 「大潮さん意見具申します!奴の狙いはおそらく私です!私が奴を引き付けます!」

 

 戦艦棲姫の視線は変わらず私に絡みついている、狙いは間違いなく私だ。

 

 いや、奴の狙いは『朝潮』か……。

 

 おそらく、私と先代を誤認している。

 

 「何言ってるの朝潮!アンタ背中から撃たれながら逃げ続けられるの!?」

 

 そんな自信はないけどやるしかない!奴に、接近せずに引きつけ続けられるのは私だけだ。

 

 「荒潮さんが突撃に失敗した時点で当初の計画は破綻しています!ならば私を囮にして二人で奴を攻撃してください!」

 

 「……。」

 

 「大潮さん許可を!!」

 

 何を迷っているんですか、奴との距離はすでに10000を切っています!迷っている時間はありません!

 

 「わかった、でも回避に専念して。」

 

 「大潮!」

 

 「朝潮ちゃんの言う通り、当初の計画は破綻しています。ならば狙われている朝潮ちゃんを囮にして奴の隙を狙います。」

 

 唇を血が出るほど噛みしめながら大潮さんが決断してくれた、荒潮さんの安否は不明だけど艤装の反応は消えていないから無事なはずだ。

 

 「わかったわ……。朝潮、当たるんじゃないわよ。一発でも当たれば即死だと思って避け続けないさい。」

 

 満潮さん、そんなに心配そうな顔をしないでください私は大丈夫です。

 

 ちゃんと奴を引き付けて見せます!

 

 「はい!駆逐艦朝潮!突撃します!」

 

 目標は隻腕の戦艦棲姫、機関出力全開、装甲は最低限、出力を下げて浮いた分を脚へ!

 

 速度を上げた私は大潮さんを追い抜き、戦艦棲姫に向け突撃を開始。

 

 大潮さんと満潮さんは左に旋回して距離を取りだした。

 

 わかりました、そっちに連れて来いと言う事ですね。

 

 『やっぱり!やっぱりお前も私と踊りたいのね!いいわ、踊りましょうアサシオ!あの時の続きを始めよう!』

 

 やはり先代と私を誤認していた、残念だけど私はお前と踊ってあげる気などさらさらない!

 

 ドン!ドン!ドン!ドン!

 

 距離が5000まで近づいたところで戦艦棲姫が砲撃を開始、私は船首を起こして水圧でブレーキをかけ砲弾が前方に着弾したのを確認して取り舵。

 

 90度旋回して水柱を左に抜ける。

 

 『ああ……。アサシオアサシオアサシオアサシオ!!愛してるわアサシオ!さあ、早く私のところまで来てちょうだい!』

 

 なんて複雑な気分なの……、初めて受ける愛の告白が深海棲艦からとは……。

 

 「敵であるアナタに告白をされるような事をした覚えはありません!」

 

 つい言い返してしまった、私は水柱を抜けた向きそのままに直進、奴も当然私について来る。

 

 『やはり怒っているのか……、私が他の駆逐艦に浮気なんかしたから?でも信じてほしい!私が愛しているのはお前だけだ!』

 

 私を追って来る戦艦棲姫が砲撃を繰り返しながら私への愛を叫ぶ、話が通じない!なんで会ったこともないアナタにそこまで愛されなきゃならないんですか!

 

 『どうして逃げるんだアサシオ!私と撃ち合ってはくれないのか!?それとも私を忘れてしまったのか!?私だ!窮奇だ!お前に奪われた左腕もこの通り治していない!』

 

 キュウキ?どこかで聞いたことがあるような……。

 

 ドン!

 

 「うわっと!」

 

 キュウキの砲撃が私のすぐ右に着弾、アイツの名前なんかに気を取られてる場合じゃない!

 

 大潮さん達はどこに……、いた!前方約1200!

 

 『朝潮、そのまま直進しなさい。私と大潮でアンタに向かって(・・・・・・・)魚雷を撃つ。どうすればいいかわかるわね?』

 

 「はい!お任せください!」

 

 私の左と右前方に大潮さんと満潮さんが見えて来る、キュウキは私との距離およそ500ほどを砲撃しながらひたすら追尾してくる。

 

 『待って!待ってくれアサシオ!どうして私を置いていくんだ!ああそうか、追いかけて欲しいんだな!そうなんだな!?アハハハハハハハハ!可愛い奴め、すぐに捕まえてあげるわぁ♪』

 

 確かに追って来て欲しいのは確かなんですが……。

 

 恍惚と悲哀が入り混じったような表情をして、艤装の大きな腕を振りまわしながら迫ってくる様からは狂気しか感じられない。

 

 人から向けられた好意を気持ち悪いと感じたのは初めてだわ。

 

 『カウント3で魚雷を撃つわ!1、2、3。今!』

 

 二人との距離およそ1000。

 

 カウントと同時に二人が魚雷を私に向け発射、大潮さんが8発、満潮さんが4発の軽12発の魚雷が私に迫ってくる。

 

 『今よ!飛びなさい!』

 

 魚雷が残り100まで迫ったところで私は上方に向けトビウオ、空中で反転しキュウキの顔面に向けて砲撃。

 

 視界を奪うと同時に魚雷を悟られぬよう私に意識を向けさせる。

 

 キュウキが艤装の大きな左腕で着弾の煙を払いのけ私に主砲を向けて来るがもう遅い!

 

 ズッドオオオオオォォォン!!!

 12発の魚雷がキュウキに直撃し大爆発を起こす。

 

 間違いなく直撃した、空中から避けてないのも確認。

 

 「着弾確認しました!」

 

 着弾を二人に報告した私は、続いて着水に備えようとしてふと思った。

 

 上に飛んだ時ってどうやって着水するんだっけ?

 

 「う、わわわわわわわ!」

 

 空中で反転したせいで慣性は私の後方に働いている、私は着水自体には成功したものの、そのまま背中から海面を転げてしまった。

 

 『ちょ!朝潮、大丈夫なの!?まさか上に飛ぶとは思わなかったわ……。』

 

 だって左右どちらかに飛べばキュウキが私を追って射線からそれちゃうと思って……。

 

 「はい……なんとか……。」

 

 2,3回ほど回転して止まり、なんとか体勢を整えた私はキュウキに向き直る。

 

 倒したはずだ、だけど警戒は怠るな!神風さんの時も倒したと思って痛い目を見たんだ。

 

 『痛い……、痛いわ……。でもさすがね、上に飛ぶことも出来たなんて驚きだわ。』

 

 生きている!?魚雷12発の直撃を受けて生きてるなんて信じられない!

 

 『フフフフ、やはりお前と踊るのは面白い……。胸が高鳴る!頬が緩む!ああ!もっとお前と踊りたい!!』

 

 煙が晴れて姿を現したキュウキは艤装の右半身が欠落していた、艤装の右側全部を盾にして魚雷を防いだの!?

 

 『朝潮ちゃん動いて!そのままじゃ次の攻撃を避けられない!』

 

 大潮さんの忠告で我に返った私は左へ、キュウキの艤装が砲塔ごと欠落している方向へ2回トビウオを使用して出足をカバー一気に最高速度へ達してキュウキから距離を取る。

 

 『お前のソレ、こうやるのか?』

 

 ドン!

 

 キュウキの後方に水柱が立ち上がりキュウキが急加速、これはトビウオ!?戦艦で、しかもあんな大きな艤装を背負ってトビウオを使えるなんて反則だ!

 

 だけどまともに使えてはいない、飛距離は精々5メートル、着水しても膝まで海中に沈んでるけど出足をカバーするだけなら十分すぎる。

 

 『やはり私ではまともに使えないな……。私もお前のような駆逐艦なら……。駆逐艦のお前が羨ましい!なぜ私は戦艦なのだ!』

 

 駆逐艦の身からしたら羨ましい悩みですね!戦艦になりたがってる駆逐艦だってきっといるはずですよ!?

 

 『朝潮、さっきの奴をもう一度やるわよ!そのまま直進して!』

 

 「りょ、了解!」

 

 『またさっきと同じ事をする気?させると……思う?』

 

 ドン!ドン!

 

 キュウキが半数になった砲を大潮さんと満潮さんに向けて発砲、ダメだ!二人が回避に追われて雷撃ができない!

 

 『まったく、私とアサシオの逢瀬の邪魔をして!雑魚は大人しくしていろ!』

 

 砲撃を二人に集中しているせいで私への砲撃はなくなったが、艤装が軽くなったせいかキュウキの速度が上がっている。

 

 砲撃を浴びせてみても、前面に装甲を集中しているのか足止めにすらならない。

 

 『さあ、もう邪魔はさせないからこっちにおいでアサシオ。』

 

 キュウキが艤装から副砲と思われる連装砲を取り出し私の前方へ向け砲撃、武装は艤装に付いている砲塔だけと思い込んでいた私は完全に虚を突かれ前方に着弾した砲撃に速度を落とされてしまう。

 

 「やっと……。つぅかまぁえたぁ♪」

 

 ニヤァという擬音が聞こえてきそうなほど歪んだ笑顔と巨大な左腕が私に迫る。

 

 『ねえ、私の事忘れてんだろお前。』

 

 私が艤装の左腕に捕まれそうになった時、ドスの効いた声が通信に届いた。

 

 「あ、荒潮さん!?」

 

 ズドーン!

 

 左前方から荒潮さんが撃ったと思われる砲撃がキュウキの顔面に直撃しキュウキの体が後ろに仰け反る。

 

 『そこをどけ朝潮ちゃん!!舐めた真似しやがって!全殺しにしてやるあああぁぁぁぁぁ!』

 

 金髪さんとモヒカンさんが裸足で逃げ出しそうなほど荒々しい雄たけび、だけど口調が変わっても私の事は『ちゃん』付けなんですね。

 

 私は言われた通りその場から右方へ退避、直後に駆逐艦とは思えない威力の砲撃がキュウキに降り注ぐ。

 

 「貴様、同胞だと思って手加減しておいたものを……。私を『四凶』の一角と知っての狼藉か!」

 

 「シキョウ?知るか!私の許可なく私の朝潮ちゃんに言い寄ってんじゃねぇババア!」

 

 いえ、私は別に荒潮さんのものではないです。

 

 って言ってる場合じゃない、私も援護を!

 

 「……。窮奇の名を持って命ずる。ただちに全活動を停止せよ。」

 

 全活動を停止?何を言っているの?そんな命令を荒潮さんが聞くはずが……。

 

 だけどキュウキが右手を荒潮さんへ向け、なぞの命令を下した途端、荒潮さんが砲撃を停止した。

 

 砲撃だけじゃない、航行もそれどころか装甲すら発していない!深海化も解けてきてる!

 

 「あ、あああ……。」

 

 荒潮さんが足から沈み始めた、まさか脚も消えかかってる!?

 

 「荒潮さん!」

 

 私は慌てて荒潮さんに近づき、腰まで沈んだあたりでなんとか荒潮さんを掴むことができた。

 

 よかった、艤装は完全に停止してるみたいだけど息はある。

 

 だけど、荒潮さんを抱きかかえた状態じゃなにも出来ない……。

 

 「まったく、久々の逢瀬だと言うのに邪魔が多い……。だけど、もう邪魔はさせない。」

 

 キュウキが大潮さんと満潮さんを砲撃で牽制しながらゆっくりと私に迫ってくる、このままじゃやられる!

 

 「……。」

 

 「?」

 

 何?目前まで迫ったキュウキが私と北の方角を交互に見て葛藤したような表情を浮かべている、北の方に何かあるの?

 

 「あのマヌケめ!しくじるだけならまだしも艦隊を連れて来るとは!」

 

 艦隊!?北から艦隊が迫ってきている!?いったいどっちの……、深海棲艦の艦隊?それともこちらの艦隊?

 

 敵の艦隊がこの近くに居ると言う報告は受けていない、そんな報告があったなら今回の作戦は成り立たない。

 

 と言う事は味方の艦隊か、時間的に補給は出来ていないだろうけど、ほとんど大破状態のキュウキ相手なら十分すぎる援軍だ。

 

 「しらけた……。アサシオ、今回の逢瀬はここまでにしよう。」

 

 私を見逃す!?艦隊が迫っているとは言え私を殺す時間は十分あるのに!?

 

 「ふざけないでください!情けをかけたつもりですか!?」

 

 キュウキが心底不思議そうな顔をしている、そんなに変な事を言ったかしら……。

 

 「今回は邪魔が多すぎた、あそこの2隻とそこの1隻、それにこっちに向かっている艦隊。お前とは二人っきりでやり合いたい……。」

 

 どうしてそこまで私と……、私は先代とは別人なのにどうしてそんなに愛おしそうに見つめてくるんですか?

 

 「今度会う時こそ、二人きりで楽しもう。それまで……ダンスの続きはお預けだ……。」

 

 キュウキが進路を南に取り、徐々に遠ざかっていく。

 

 最後まで言っていることが理解できなかった、アイツは私をどうしたいの

 

 一緒に踊ろうと言いつつ、私を砲撃しながら追いかけ回したのに。

 

 それともアレがあいつの言うダンス?アイツは戦闘をダンスに見立てているの?

 

 「朝潮、無事?」

 

 「は、はい!私は大丈夫ですが荒潮さんが……。」

 

 私が荒潮さんを抱えて呆然としていると、満潮さんと大潮さんが周囲を警戒しながら合流して来た、荒潮さんは依然目を覚まさないまま……。

 

 「大潮どうするの?追う?」

 

 「残念だけど、主機をやられちゃった……。荒潮をこのままにもしておけないし。満潮は?」

 

 「私は至近弾で主砲がやられたわ。それに回避でトビウオを使い過ぎて燃料もカツカツ……、追ったところで追いつく前にガス欠ね……。」

 

 「作戦失敗……と言う事ですか……?」

 

 「そうだね……悔しいけど……。」

 

 そんな……、予定通りキュウキを誘い出せて、序盤に作戦の変更はあったもののあと一歩と言う所まで追い詰めたのに!

 

 「でも収穫はあった、キュウキの語った情報は少なからず鎮守府にとって有益なはずだよ。」

 

 キュウキの語った情報……、キュウキの個体名とシキョウと言う謎の単語、そしておそらくだけど上位種から下位種への絶対命令権。

 

 私にはどう有益な情報なのかわからないけど、司令官ならこれらから何かわかる事があるのかな……。

 

 「哨戒艇と連絡が取れたわ、こっちに向かってるってさ。」

 

 「わかった、撤収するよ。」

 

 万全を期して挑んだはずの作戦の失敗、しかも大破まで追い込んだ敵を取り逃がすなんて……。

 

 「アイツがアンタに執着していることがわかったんだから、きっと次があるわ。だから……泣くのはやめなさい。」

 

 いつの間にか涙が溢れていた、悔しい……、私はまた勝てなかった。

 

 どうして私は肝心な時に勝てないの?

 

 初出撃の時は恐怖に怯えて醜態を晒し、神風さんの時は仕留めたと思って油断し逆襲された。

 

 今回はそれらより酷い。

 

 敵を仕留め損ね、情けまでかけられるなんて。

 

 これでは司令官に顔向け出来ない……。

 

 「アンタの気持ちはわかるけど後の祭りよ、今は掴んだ情報を司令官に伝えることを考えなさい。」

 

 「はい……。」

 

 奥歯が軋む、こんなに悔しいのは初めてだ。

 

 できる事なら今すぐキュウキを追いかけたい。

 

 『おーい!無事っすかー!』

 

 哨戒艇と第九駆逐隊が近づいて来る。

 

 そうだ……、この船で追えばキュウキに追いつけるかも……。

 

 荒潮さんも収容できるし、駆逐艦より速いこの船なら今から追いつけるかもしれない。

 

 そうよ!これでキュウキを追える!

 

 「司令官と通信は出来ますか?」

 

 哨戒艇が私の数メートル手前で停止した時、大潮さんがモヒカンさんに通信の可否を尋ねた。

 

 司令官と通信?ああ、追撃の許可を貰うんですね。

 

 「……、可能です、なんと伝えますか?」

 

 私を見つめる大潮さんは何かを我慢するような顔をしている、許可を貰うんですよね?この船で奴を追うんですよね!?

 

 まさか撤退なんてしませんよね!

 

 私の考えを見抜いたのか、大潮さんが私と哨戒艇の間に立ち、私の希望を打ち砕くようにこう言った。

 

 「撤退します、戦艦棲姫を取り逃がしました。作戦失敗です。」


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