艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

42 / 109
第5章 駆逐艦『朝潮』演習!
朝潮演習 1


 てるてる坊主てる坊主、明日天気にしておくれ。なんて歌、今の子供は歌うのかしら。

 今だに梅雨の時期は好きになれないなぁ。ジメジメして蒸し暑いし、雨ばっかりで外出もしにくいし。

 

 「お前も訓練くらいしたらどうだ?他の駆逐艦たちは、絶好の訓練日和だと言って訓練に励んでいるぞ?」

 

 若い子は元気ね~。

 『雨の日は訓練に最適』そう思ってた時期が私にもありました。だけど、そういうのはとっくに卒業したの。私は。

 

 「嫌よ。先生だって、私が雨嫌いなの知ってるでしょ?」

 

 「だからって執務室でくつろぐんじゃない。仕事の邪魔だ」

 

 「先生が書類仕事ねぇ……。ドンパチしてる方が似合ってるわよ?」

 

 ホント、昔の先生からは考えられないわ。三度の飯より戦闘が好きだったのに、今は書類仕事しかしてないじゃない。

 

 「私もそう思うが、そういう訳にもいかん。今の戦況じゃ、私は足手纏いだしな」

 

 そうれもそうか。いくら先生でも、洋上じゃ駆逐艦にすら勝てないでしょうし。艦娘並に力場が扱えたら、相手が戦艦でも普通に叩き斬りそうだけど。

 

 「朝潮の調子はどう?改二になったんでしょ?」

 

 改二か……。スペックの上昇に体の成長。

 何年も性能の変化がない私からしたら羨ましい限りね。私よりスペックの低い艦娘なんていないし。

 

 「気になるのか?」

 

 「別に?聞いてみただけ」

 

 嘘だけどね。改二になった事で、あの子の戦闘力は数値以上に上がってるはず。正直、どの位強くなってるか気になってるわ。また任務帰りに襲ってみようかしら。

 

 「襲うなよ?」

 

 お見通ですか。はいはい襲いませんよ。後が怖そうだから。

 

 「心配しなくても、私はそこまで暇じゃないわ」

 

 「まあ、お前と朝潮で、演習をさせてみようと考えなかった訳ではないが」

 

 どうせ、私の技を盗ませるのが目的でしょう?そうは問屋が卸さなわ。もうあの子には何一つ見せる気はない。

 

 「あと、お前が朝潮に見せてないのは『刀』と『稲妻』くらいか?」

 

 ええその通り。だけど、私がその二つを見せる事なんてそうそうないわよ?この間の大規模作戦でも結局使わなくて済んだんだから。

 

 「それがなに?朝潮に見せてやれとでも言うの?」

 

 「見せてやってくれんか?」

 

 嫌です~だ!私に土下座して師事を乞うなら考えないでもないけど。

 

 「あの子が私をそこまで追い詰めれば使うかもね」

 

 「先生が見せてあげればいいじゃない。似たような事出来るでしょ?」

 

 実際、私も先生の体術を参考にしたんだし。

 

 「私のはお前の劣化版だ、ただの体術でしかない」

 

 それはわかってる。先生の体術と、艦娘の力場操作を組み合わせたのが『トビウオ』を始めとした私の技なんだから。

 

 「毎回思うんだけどさ。先生のネーミングって安直よね。全部、見た目の第一印象で決めてるでしょ?」

 

 「もっと凝った名前がよかったか?」

 

 「そうゆう訳じゃないけど。『トビウオ』なんて、両手広げてた私が飛び魚みたいに見えたってだけの理由でしょ?」

 

 「まあ、実際そう見えたしな。色は毒々しかったが」

 

 大きなお世話だ。服の色を決めたのは私じゃなくて妖精さんなのよ?それなのに毒々しいとか、私に対して失礼だと思わないの?

 

 「そういえば、今年はお墓参り行かなかったわね。大規模作戦と重なってたから仕方ないとは思うけど。お盆に行くの?」

 

 「ああ、お前も行くだろ?」

 

 「行かない。私はお邪魔だろうし……」

 

 一週間しか一緒にいなかったけど、私を家族のように扱ってくれたあの二人には感謝してる。だけど、私は先生の本当の家族じゃない。

 年に一度の家族水入らずを邪魔したくはないもの。

 

 「そうか……残念だ。朝潮に私の故郷を案内した後行こうかと思ってたんだが」

 

 「いや、はあ!?なんで朝潮を!?」

 

 「満潮と約束していてな。戦艦棲姫と戦えるまでに育てたら、報酬として朝潮とデートしてやってくれと言われていた」

 

 それでどうしてお墓参りに連れてくって話になるの!?私のさっきの気づかいを返せ!って言うか、デートなら尚更私なんて連れて行かない方がいいじゃない!デートって何か知ってるのかこのクソ親父は!

 

 「ねえ先生。朝潮は先生の家族の事知ってるの?」

 

 「ああ、前に話した」

 

 あ、話したんだ。少し以外。艦娘で知ってるのなんて、私と先代の朝潮くらいだったのに……。自分から話したって事は、今の朝潮を信頼してるのね。

 だけど、デートに第三者を連れて行くってのは理解できないわ。

 

 「デートの意味、知ってる?」

 

 「そのくらい私だって知ってる。バカにしてるのか?」

 

 バカにされるような事言ってるのよ?自覚ないの?

 

 「あ~。もしかして、お前もデートに連れて行くと思ったのか?」

 

 「他にどう思えと?」

 

 この親父なら、デート中どこかで暇つぶしてろとか平気で言いそうだけど。いや、絶対に言う。この人は私に対する気遣いが欠如してるから。

 

 「どこかで暇潰しさせておこうかと思っていたんだが」

 

 やっぱりか!私をなんだと思ってるのよ!頭来た!少し意地悪してやる。

 

 「でもさ。初デートでいきなり、亡くなった家族のお墓参りに連れて行くとか重すぎない?私だったらドン引きするわよ?」

 

 「そ、そうか?」

 

 「そりゃそうでしょ。それに奥さんと娘さんだって、久ぶりに先生と会ったと思ったら見ず知らずの子供連れて来てて、しかも未来の嫁さんですなんて紹介されでもしたら化けて出るかもよ?」

 

 「いや、嫁さんとかはまだ早すぎると言うか……。まだそうゆう関係じゃないと言うか……」

 

 キモ!!四十前のオッサンがなに赤面してモジモジしてるのよ!下手なホラー映画よりホラーだわ!

 

 「先生……。ロリコン治そ?今ならまだ憲兵さんには黙っててあげるから。ね?」

 

 完全に手遅れだとは思うけど……。

 そうだ!辰見に協力させよう!性格はともかく、男ならグッとくるような体形してるし、今晩あたり裸で迫らせよう!

 

 「見くびるなよ神風。私はロリコンはロリコンでも、ただのロリコンではない」

 

 なぜ、そのセリフでキリッとした顔ができるの?それに何?そのポーズ。

 机に両肘を立てて寄りかかり、その両手で口元を隠しちゃって。ゲ○ドウのポーズってやつ?

 

 「私は朝潮に特化したロリコンだ!そこら辺にいる、見境なしに幼女に興奮する変態共と一緒にするな!」

 

 「結局ロリコンじゃない!声を大にして言っていいセリフじゃないわよ!この変態!」

 

 ダメだ。やっぱり手の施しようがない。例え、辰見に裸で迫らせても平気で袖にしそうだわ。

 

 「残念だよ神風……。お前には期待していたのに」

 

 何の期待よ!私にロリコンになれと!?長門って言う、先生と話が合いそうな奴がいるじゃない!そういう期待はそっちにしてちょうだい!

 

 「はぁ……」

 

 お墓参りして、本当に奥さんが化けて出てこなきゃいいけど……。愛した旦那がロリコンになってるなんて知ったら、私だったら呪い殺すわね……。

 

 「ん?ちょっと待って。いつ山口に行くの?さっきの口ぶりじゃ、私も連れて行くつもりだったのよね?」

 

 「言ってなかったか?恒例の駆逐艦演習大会。今年は呉でやるんだ」

 

 あ~それでか。たしかに、お盆と時期も重なるし距離も車で2時間くらい。お墓参りに行くには丁度いいわね。

 

 「でも、私を連れて行ってどうするの?私は駆逐隊を組んでないわよ?」

 

 「お前にはエキシビションマッチに出てもらいたくてな。呉の死神、聞いたことくらいはあるだろ?」

 

 「知らない。興味もない」

 

 はぁ~~~って、大きなため息ついちゃった。けど、興味ないものはしょうがないじゃない。一緒に戦うわけじゃないのに。

 

 「陽炎型八番艦の雪風だ。呉の提督が、お前とどうしてもやらせたいと言って来てな。丁度いいから受けた」

 

 なるほどね。その時に、『刀』と『稲妻』を朝潮に見させる気か。その雪風がどの程度か知らないけど、私が本気出さなきゃならない位強いのかなぁ。

 

 「陽炎型は、夕雲型と並んで最新鋭と言える艦型だ。その最新鋭の雪風を、最古豪のお前が倒す。燃える展開じゃないか?」

 

 たしかに、私好みの展開だ。だけど、先生の思惑に乗せられっぱなしなのは気に入らないわね。

 

 「報酬が欲しいわ。ただで私の努力が持っていかれるのは我慢できない」

 

 「わかった。何がいい?」

 

 意外と素直ね。私の技の代金は高いわよ?最低でも貯金は崩させてやる。

 

 「じゃあ孫六」

 

 先生が持ってるのを寄越せとまでは言わないわ。だから買って。

 

 「わ……脇差で我慢してくれ」

 

 チッ!さすがに本差は無理か。まあいいでしょ。それで我慢してあげるわ。寛大な私に感謝しなさい?

 

 「商談成立♪その雪風ってのが、私に本気出さすことを祈ってなさい」

 

 よし!脇差しとは言え孫六ゲット♪見世物にされるのはちょっと気に入らないけど、そこはサービスしてあげるわ。

 

 コンコン

 

 ん?誰かしら。ノックするなんて律儀な人ね。執務室だからって遠慮する事ないのよ?どうせ変態しか居ないんだから。

 

 「任務の報告書を持ってまいりました!入ってもよろしいでしょうか!」

 

 この声……朝潮?いちいち入室の許可を得ようだなんて、先代と一緒で真面目ねぇ。

 

 「構わない。入りなさい」

 

 何が『入りなさい』よ、格好つけちゃって。また例のポーズしてるし。そのポーズ気に入ってるの?

 いや……。なるほど、口がニヤケてるのを隠してるのか……。

 

 「失礼します!」

 

 敬礼までしちゃって、カタッ苦しいわねこの子。

 だけど顔が若干強張ってる。緊張してるの?口の端がヒクヒクしてるわよ?

 

 改二になって少し身長が伸び、どう見ても小学生くらいだった改装前に比べて少し大人っぽくなっている。長い黒髪と、真面目を体現するような佇まいの朝潮はまさに正統派美少女と言っていい。

 制服も大潮達と同じ、白の長袖ブラウスに黒のサロペットスカート、襟元の赤いリボンタイが黒の割合が多い制服の中でいいアクセントとなっている。

 うん、控えめに言って天使だ。

 

 とか考えてるんだろうなぁ先生は。鼻から上はキリッとしてるけど、手で隠されてる口元はもうデレッデレ!涎まで垂らしそうな勢いだわ。

 

 「ご苦労だった。大潮はどうした?君が来るとは思ってなかったから驚いた。」

 

 うわ『君』って。他の艦娘はお前呼ばわりなのに、朝潮は『君』?ちょっと扱いが違いすぎない?

 

 「大潮さんは、他の二人と納品に行ってます。それで私が代わりに来たんですが……。出過ぎた真似でしたでしょうか……」

 

 これでもかと言うほど、わかりやすくションボリしちゃった。

 納品って事は輸送任務かしら。それくらいの任務なら、別に誰が報告に来たって構わないんだから気にすることないのに。

 

 「いや、別に構わない。言い方が悪かったな。すまん」

 

 と、口では平静を保ってるけど、腰が半分椅子から浮いてるわよ?私がいなかったら飛びついて頭を『よーしよしよし!』って撫で回してたんじゃない?

 

 「数は間違いないな?」

 

 「はい!何回も確認しました!間違いなく、てるてる坊主300個制作任務完了しました!」

 

 「てるてる坊主!?任務って、てるてる坊主作ってたの!?」

 

 「よろしい、朝潮が確認したんなら安心、確実だな」

 

 私には訓練しろとか言っておきながら、この子達にはそんな物作らせてたの!?しかも300個も!

 

 「お褒めにあずかり光栄です!」

 

 「無視するな!納品って事は売るのよね!?てるてる坊主なんて売れるの!?」

 

 「あ、神風さんいたんですか。」

 

 さも、今気づいた風な顔して言うな!それとも、本当に私に気づいてなかったんじゃないでしょうね!

 

 「横須賀鎮守府の名物だぞ?うちの駆逐艦達が作ったてるてる坊主は、大きなお友達に飛ぶように売れる」

 

 それ、先生の同類よね!?最低でも300人のロリコンが鎮守府周辺にいるの!?何それ、超怖いんだけど!

 

 「ちなみに一個千五百円だ。お前も買うか?」

 

 高っ!てるてる坊主が一個千五百円!?ボッタクリにもほどがあるでしょ!そんな値段でてるてる坊主を買おうとする奴は間違いなく異常者だわ!

 

 「よ、よくそんな値段で売れるわね……。艦娘が手渡しで売ったりでもしてるの?」

 

 「そんな危険な事させるわけないだろう。売ってるのは憲兵だ」

 

 憲兵さーーん!憲兵さんなにしてんの!?買いに来た奴ら間違いなく危険人物よ!?取り締まりなさいよ!捕まえて牢屋にぶち込んで!

 

 「作った駆逐艦のブロマイド付きだからな。そういえば、たまに長門によく似た奴が買いに来ると言っていたな」

 

 それ、間違いなくうちの長門!あのゴリラ何してんの!?そんなに駆逐艦が好き!?それに、ブロマイドなんて売っていいの!?肖像権とか大丈夫!?

 

 「あ、ちなみに目元は隠してるからな?」

 

 余計いかがわしいわ!鎮守府を風俗にしたいのかこのオッサン!あれでしょ?風俗嬢を選ぶ時の写真みたいに、手で目元だけ隠してる感じなんでしょ?普通にアウトでしょ!よく今まで問題にならなかったわね!

 

 「顔を半分隠してるとは言え、知らない人に写真を持たれるのは恥ずかしいですね……」

 

 いや、それが普通よ。私なら恥ずかしいどころか気持ち悪いわ。何に使われるかわかったもんじゃないし。いや、使い道なんて一つしかないか……。何とは言わないけど。

 

 「心配するな朝潮。写真に写ってるのはすべてコスプレした憲兵だ」

 

 「あ、なら安心ですね」

 

 安心じゃない!憲兵さんのコスプレ写真を駆逐艦の写真と偽って売ってたの?詐欺じゃん!まあ、変態が詐欺に引っかかろうと知った事じゃないけど、鎮守府内に駆逐艦のコスプレする憲兵がいるって言う衝撃の事実を知っちゃったじゃない!

 ってか、私の中で憲兵さんの株が大暴落したんだけど!?

 

 「朝潮の写真は、私がアルバムにして大切に保管している」

 

 「司令官……そこまで私の事を……。朝潮、感激いたしました!」

 

 いや気持ち悪いでしょ。感激する要素皆無じゃない?というかそのアルバムの写真はいつ撮った写真?まさか、隠し撮りとかじゃないわよね?

 

 「朝潮……」

 

 「司令官……」

 

 なんだこの雰囲気。もしかして、私って邪魔者?私が居るのに、二人だけで桃色空間作らないでくれない?不愉快だから。

 

 「ねえ、私が居るの忘れてない?」

 

 「「……」」

 

 いやいや、なんで二人とも『いつから居た!?』みたいな感じで見てくるの?殴るわよ?いや、暴れるわよ?いい?それ以上、その目で私を見たら暴れるからね!

 

 「はぁ……。もういい。部屋に戻って昼寝する」

 

 場違い感がハンパないわ。部屋に戻って、件のアルバムを探し出して燃やしてやる。私を蚊帳の外にした事を後悔させてやるんだから。

 

 「あ!申し訳ありません司令官。私もこれで失礼します!」

 

 なんで?折角気を使ってあげたんだから、二人で話でもすればいいのに。なんなら、行くところまで行っちゃっても良いわよ?

 

 「わかった。またいつでも来なさい」

 

 来てくれの間違いじゃなくて?朝潮が帰るって言った途端に、露骨に残念そうな顔になっちゃってるじゃない。

 

 「はい!では失礼します!」

 

 律儀に敬礼して執務室出る朝潮。

 私そういう事したことないわよ?それってしなきゃいけないの?

 

 「……」

 

 「何?女に見つめられて喜ぶ趣味はないんだけど」

 

 執務室を出てからずっとだわ。寮に続く廊下を歩く私の後ろからジーっと私を見て。

 文句でもあるの?何か話があるから、私について出て来たんじゃないの?それとも、私から振ってあげようか?

 

 「ねえ朝潮、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 「なんでしょうか?」

 

 キョトンって擬音が聞こえそうなほど不思議そうね。小首までかしげちゃって。

 

 「貴女、先生の家族の事知ってるんだって?」

 

 「はい、神風さんに工廠送りにされた時に、病室でお聞きしました」

 

 あ~、そんな事もあったわね~。

 けど、そのおかげで『水切り』と『戦舞台』も覚えられたでしょ?覚えてる自覚は無いかもしれないけど。

 

 「どう思った?」

 

 「司令官は、とても強い人だと再認識しました」

 

 ふぅん。言ってる感じからして、腕っぷしって意味じゃなさそうね。てっきり、先生の上辺だけに惚れたんだと思ってたけど、意外と見るとこ見てるじゃない。

 

 「どうして、そう思ったの?」

 

 「司令官は、私が知る限りで三人も大切な人を亡くしています。私が知らないだけで、きっと他にも沢山……」

 

 そうね。部下や友人も含めれば、両手の指じゃ足りないわ。

 その全てを、先生は覚えてる。数だけじゃなく、名前と亡くなった時の歳まで。それがそのまま、先生が背負っている十字架の重さの一部……。

 

 「それでも、司令官は戦い続けています。きっと、普通の人なら耐えられません……。私だって、もし司令官と同じ立場ならとっくに諦めるか自害してると思います」

 

 嘘つけ。貴女も先生と同じ類の人間でしょうが。

 目的のためなら、どんな事でもするし諦めもしない。手段も選ばない。邪魔者は容赦なく撃滅する。一番たちが悪い人種よ。

 

 「先生はメンタル弱いわよ?」

 

 「だからです。心がどれだけ傷ついても、あの人は歩みを止めません。きっと、提督の地位を剥奪されたとしても深海棲艦への復讐は諦めないでしょう」

 

 「同感だわ。もしそうなったら、クーデターくらいは起こすかもね」

 

 実際、先生ならやりかねないし……。

 もしかしたら、いつでも実行できるように準備している可能性だってある。

 

 「神風さんは、司令官のご家族と親しかったんですか?」

 

 「私?親切にはしてもらったけど、一週間くらいしか一緒に居なかったから親しかったかと聞かれたら微妙としか言いようがないわね」

 

 そういえば、この子をお墓参りに連れて行くって言ってたな……。連れて行かれる事を知ったら、この子はどう思うんだろう。

 

 「ねえ、一緒にお墓参りに行ってくれてって言われたら、貴女どうする?」

 

 「司令官のご家族のですか?ん~、困りますね……」

 

 ほら見なさい。やっぱりお墓参りはやめた方がいいわよ先生。

 

 「また、約束が増えてしまいそうです」

 

 は?行くの?ってか、何の約束よ。貴女たちに変わって、私がこの人を幸せにします的な?それってケンカ売ってるのと大差なくない?

 

 「ちなみに、どんな約束する気?」

 

 「秘密です」

 

 「勿体振るものでもないでしょ?教えなさいよ」

 

 「それでも秘密です。神風さんはお墓参り行かないんですか?」

 

 そう来るか。じゃあ少し意地悪してやろう。

 貴女はこう言われても、お墓参りについて行こうって言える?

 

 「行かないわよ。年に一度の家族水入らずを邪魔するほど野暮じゃないわ」

 

 何驚いた顔してるの?当然でしょ?わかったら、貴女も少しは気遣いってものを……。

 

 「神風さんは司令官の家族じゃないんですか?」

 

 「は!?貴女何言ってるの!?」

 

 たしかに、先生は私の親代わりではあるけど、親以前に上官だ。血の繋がりなんか無い赤の他人だ。

 そんな人と家族だなんて……。

 

 「私は、幼い頃に家族を失いました。正直、家族の記憶は曖昧です」

 

 だから何よ。貴女の生い立ちが、私と先生が家族だって話のどこに関係があるのよ。

 

 「その曖昧な記憶の中の団欒風景と被るんですよ。司令官と神風さんが一緒に居るところが」

 

 「それは貴女がそう思うだけでしょ?貴女の価値観を私に押し付けないで」

 

 私だって、先生を父親みたいに思ってる。だけど、先生も同じだとは限らないじゃない。迷惑だと思われてるかもしれない。厄介なのを抱え込んだと思われてたかもしれない……。

 

 「司令官は、神風さんも誘ったんじゃないですか?」

 

 そりゃ誘われたけど……。それは、私が奥さんと娘さんを知ってるからであって……。私の事を家族と思っているからじゃ……。

 

 「あれだけ近くに居て気づかないんですか?神風さんと話す時の司令官は、まるでお父さんみたいな顔してるんですよ?」

 

 「そ、それは……。親代わりだし……。だ、だからじゃない?」

 

 「親代わりだと家族にならないんですか?血の繋がってない家族なんてざらにいますよ?」

 

 「知った風な口を利かないで!貴女、何様のつもりよ!」

 

 この子って、こんなにハッキリものを言う子だったっけ?改二になって性格まで変わったんじゃない?

 

 「何様のつもりは貴女の方です。司令官の気持ちも考えずに、何を恰好つけてるんですか?家族水入らずを邪魔したくない?ふざけないでください!大切な人達のお墓参りに、どうでもいい人を誘うわけがないでしょう!」

 

 そ、それはそうだろうけど……。別に格好つけてるわけじゃないわ。

 だって、お父さんなんて呼べないんだもの……。思い出させちゃったらどうするの?お父さんって呼んだら、娘さんを亡くした時の絶望感を思い出しちゃうかもしれないじゃない!先生が絶望した顔なんて、私はもう見たくいないのよ……。

 

 「……」

 

 「傍から見てると、司令官と神風さんは親子にしか見えないんですよ?下手に血がつながった家族より、よっぽど家族らしいです。正直、羨ましい……」

 

 それじゃあ、私が今まで我慢してきたことは全部無駄だったって事?我慢なんてせずにお父さんって呼んでたらよかったの?先生はそれを望んでいたって貴女は言いたいの?

 

 「先生も、私の事を娘だって思ってくれてるのかな……」

 

 「当り前じゃないですか。司令官が本気で叱るのは神風さんだけなんですよ?娘だと思ってなければ、あんな叱り方は出来ません」

 

 断言までしてくれちゃって。本当にそうなんじゃないかと思っちゃうじゃない……。

 

 「バカ娘がまたバカなことして!って感じ?」

 

 「そうですね。祝勝会の後の司令官がまさにそんな感じでした」

 

 貴女、意識あったの?酒に酔って白目剥いてたじゃない。

 でも、そう言われてみれば確かにそうかもしれないわね。

 先生が、本当の意味で素を見せるのはたぶん私だけ。この子も知らない、先生が本当にくつろいだ時の姿。

 アレは他人には見せられないわ。

 

 「だけど今さら……。お父さんなんて呼べない……」

 

 「呼んでみたらいいじゃないですか。きっと驚いてくれますよ?」

 

 それは見てみたい気がするわね……。だけど諭されたからって素直に呼べるほど私は幼くないし、素直な性格もしてないの。

 

 「貴女に言われるがままってのは癪に障るわ」

 

 「満潮さん並に素直じゃないですね。神風さんって」

 

 なによ、その母親みたいな笑顔は。

 貴女、私よりかなり年下よね?なんでそんな菩薩みたいな顔ができるのよ。初めて会った時の奥さんみたいな顔じゃない……。

 

 「うるさい。貴女、改二になって女が上がったんじゃない?」

 

 前みたいな子供っぽさが成りを潜めてる。精神的にも、歳相応に成長してるのかしら。

 

 「司令官のためなら女も磨きます。いくら剣でも多少の装飾は必要でしょう?」

 

 「ナマクラが言うようになったじゃない。でも、気に入ったわ」

 

 最初に思った通り、この子は面白い。

 癪だけど、私の全部を教えてもいい気がしてきたわ。

 

 「貴女、明日以降の予定は?」

 

 「哨戒任務と訓練くらいですが。」

 

 「明日からの訓練は私が見てあげるわ。大潮と先生には私から言っておいてあげる」

 

 諭してくれた礼代わりよ。貴女に技の使い方を教えてあげる。使えると判断したら、新しい技も教えてあげる。私が貴方を、一回り強くしてあげるわ。

 

 「貴女を鍛えるのに一役買ってあげる。やるからには全力で事に当たるわよ!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。