「って事で、明日から朝潮の訓練に付き合うから。」
先生が部屋に帰ってきてすぐに、私はアサシオの訓練に付き合う旨を先生に伝えた。
着流しを着ながら私の方を見る先生は珍獣でも見たかのように口をあんぐりと開けて驚いている。
そこまで驚かなくてもよくない?
「どうしたんじゃ急に、明日は雪か?」
蒸し暑いより寒い方が私は好みだけど、残念ながら明日から一週間くらいは晴れよ。よかったわね、てるてる坊主の効果が早速出て。
「まあ、お前がその気になったは嬉しいが……。泣かせるなよ?」
いや、泣かせる気でやる。
二度と私に生意気な事が言えないようにしてやるんだから。
「それでなんだけど、長門を借りていい?」
「別に構わないが、何をする気だ?」
お、仕事モードになった。
今はまだ着流し姿だし様になってるじゃない、ちゃぶ台の上の湯飲みから湯気まで上がって頑固親父そのものね。
「戦舞台は本来、大型艦を相手にするためのものよ。大型艦を相手にして訓練しなきゃ意味がないわ。それに、トビウオも使えてるだけで使いこなせてるとは言い難いわ。その辺も煮詰めてあげる。」
大サービスよ?感謝しなさい。
そこまでしてあげる義理はないけど、私が考えた技を半端に使われるのは沽券にかかわるわ。
「なるほど、刀と稲妻も教えるのか?」
「それはまだ早いわね。その二つは最悪、私と雪風がやり合ってる時に見ればいい。雪風が私にソレを使わせられればだけど。」
「わかった、長門には私から言っておこう。哨戒任務も午前中で済むよう調整してやる。しかしどういった風の吹き回しだ?お前からそんな事を言って来るとは夢にも思わなかったぞ。」
「私が気まぐれなのは先生も知ってるでしょ?そうゆう気分になっただけよ。」
朝潮に諭してもらったお礼なんて、恥ずかしくて言えるか。
「そうか、お前がそう言うんならそれでええ。」
「改二になって性格が大人びたわねあの子、生意気にも私に説教してきたわ。」
「ははははは、お前に説教するとはたいしたもんじゃ。で?なんて説教されたんじゃ?」
「傍からみたら私と先生は親子にしか見えないのに何を恰好つけるんだ!みたいな感じかな。」
先生からしたらいい迷惑でしょ?血縁もないこんなひねくれたのが娘だなんて。
「お前は……俺が親じゃ嫌か?」
予想外の反応だ、てっきり笑い飛ばすかと思ってたのにしょげてしまった。
湯呑を手に背中を丸める姿は哀愁さえ感じさせるわね。
「別に嫌じゃないけど……、先生だって迷惑でしょ?私なんかと親子だなんて。」
「そんな事ぁない、本当に迷惑ならとっくに放り出しちょる。」
「でも先生って私が何かするたびに叱るじゃない?だから私の事嫌いなのかなぁとか思ったり……。」
まあ、叱られるのは私が無茶したり無駄に暴れたりした時だけど。
「バカかお前は。子供が悪さしたら叱るんは親の責務じゃ。憎くて叱った事なんか一回もないわ。」
二十歳過ぎてるのに子ども扱いですか、まあ……普段私がやってることを考えれば子ども扱いされても仕方ないのかなぁ。
「親が子供を叱るんは愛情からじゃ。最近はちょっと叱っただけで、やれ虐待だなんだと騒ぐバカが多いがの。」
「先生は娘さんが悪さしたら叱ってたの?」
「当り前じゃ、ろくに家に帰らんかったクソ親父じゃが。」
ふ~ん、その割に娘さんの前じゃデレデレしてたように見えたけど。
私にあんな態度取った事ないじゃない……。
「お前を家に連れて帰った時は女房も娘も喜んじょったぞ。娘は同い年の妹ができた!ってな。」
「私の方が誕生日は早かったはずだけど?」
「今のお前並みに勝気な子じゃったけぇの。逆にあの頃のお前は気が弱かったろうが。」
「せめてお淑やかと言ってくれない?」
やたらと私に構って来てたのはお姉さんぶってたのか、てっきり家族を亡くした私を哀れんでるんだと思ってた……。
お墓参り……行ってみようかな、なんか朝潮に乗せられたみたいで癪だけど。
「あの……お墓参りの事なんだけど……。」
「ん?行く気になったのか?」
う……、すっごい意外そうな顔だ。
やっぱやめようかな……気まずいし……どんな顔していいかもわからないし。
「ほ、本当に私も行っていいの?邪魔じゃない?ほら……家族水入らず的な……その……。」
うわ!めちゃくちゃ呆れた顔してる!やっぱ言わなきゃよかったかな。
「何言うちょる、お前は俺の娘じゃろうが。俺の女房は血が繋がっちょらにゃ家族じゃないって言うほど狭量じゃないぞ?」
あ、あれ?あっさり私の事娘って言った……。
本当に私の我慢は無駄だったの?
「お前が俺に気ぃ使っちょったのは知っちょる。実際、女房と娘が亡くなった当初はその気遣いに助けられた……。それに……。」
「それに……、何?」
「恨まれちょると思っちょった。お前に血生臭い生活させたのは俺じゃし、お前が夜一人で寝れんようなるトラウマ植え付けたんも俺じゃ……。」
別に恨んでなんかいない、前にも言ったじゃない。
そりゃ死にそうになったこともあるけど、私は先生からそれに対抗する術を教えてもらった。
先生が居てくれたから私は今こうして生きていられるのよ?
「私が夜一人で寝れないのは先生のせいじゃないでしょ?あの頃は夜襲なんて当たり前だったじゃない……。」
深海棲艦の夜襲ならまだよかった、あの頃は野盗化した兵隊に襲われる方が圧倒的に多かったのよね……。
私が初めて殺したのはそんな野盗の一人、テントで一人で寝てるところを襲われて反射的に枕元に置いていた拳銃で撃ち殺した。
当時は艦娘になる前だったから12歳だったかな、撃ったところが良すぎたのか相手の胸から噴き出した血で全身血まみれ。
銃声を聞いて先生が駆けつけてくれるまでずっと泣いてたっけ……。
「そうかもしれんが責任は感じちょる。じゃけえあの時、泣いちょるお前を見て決めた。お前は誰が何と言おうと俺の娘じゃ。お前がバカやれば叱るし泣けば慰める。お前が嫁に行くまで俺が親代わりになるっての。」
そんな風に思ってくれたのか、先生も物好きよね。
自分のせいでもないのに面倒な事背負いこんじゃって、それなのに私は……。
「……だけど私は、あの話を聞いて勝手に部隊を離れて艦娘になっちゃった。」
「ああ、あの時はどうしてええかホントにわからんかった。艦娘になれば前線行きは免れん、かと言って陸軍の俺じゃお前の配属をどうこうする事も出来ん。」
「先生の部隊に配属されたのはホント奇跡だったわよね。」
配属先が先生の部隊だって知った時は本当に驚いた、もう二度と会えないと思ってたのに。
「そうじゃの、元帥殿に土下座したかいがあったわ。」
い、今なんて言った?土下座?先生が?役職だけで踏ん反りかえる連中を毛嫌いしてる先生がその筆頭に土下座したの!?
「ちょっと待って!そんな話初めて聞いたわよ!?」
「誰にも言うちょらんけぇの。大本営の門前で半日ほど土下座し続けた。元帥殿が話のわかる人で助かったわい。」
なんで平気な顔してお茶啜ってるのよ、赤の他人の私のためにそこまでする義理ないじゃない……。
いくら親代わりになると決めたって言っても義務はないのよ?陸軍と海軍は仲が悪かったのにその親玉に土下座?プライドがどうこうなんてレベルじゃない、そんな事が知れれば陸軍内でも立場が悪くなったでしょうに。
あ……、だからか……。
だからろくな補給も受けさせてもらえずに最前線をたらい回しにされてたのか。
海軍に異動になる前の先生の部隊に対する陸軍の扱いは酷いものだった。
陸軍は最前線で竹槍まで自作して戦う先生の部隊を後回しにして後方の補給を優先し、あまつさえ先生の部隊諸共、深海棲艦を砲撃したりもした。
そんな目に会わされてまで先生は私を……。
「ごめ……んなさい……。」
私が勝手な事をしたせいで……助けるつもりが逆に迷惑をかけてしまった……。
「気にするな、俺が勝手にやった事じゃ。」
「だけどそのせいで……。」
「神風、こっちに来い。」
先生が私の言葉を遮って手招きしている、側に来いだなんて珍しいわね……。
「言うたじゃろ?気にするな……。」
そう言って、先生は横に座った私の頭を優しく撫でてくれた。
久しぶりだな……、昔はよくこうしてもらったっけ。
「昔はお前が泣くたびにこうしちょったな。」
「そうね……。」
ゴツゴツした大きな手……私はずっとこの手に守られてきた、泣いてる時も、怒ってる時も、私がどれだけバカやってもこの手で守ってくれてたんのね……。
「お墓参り行くわ……。私も連れて行って。」
「そうか、きっと二人も喜ぶ……。」
そう言って私の頭を撫で続ける先生の目は、あの時の朝潮と同じように慈愛に満ちていて私を心の底から安心させてくれた。
そんな目もできたのね……。
いや、私が気づかなかっただけか。
先生はずっとその目で私を見てくれてたのね……。
この機会にお父さんって呼んでみようかな……、この流れなら言えそうな気がする……。
「お……、おとう……。」
よし!言えそうだわ、このまま一気に……。
「それはそうと腹が減ったの、飯はまだか?バカ娘。」
は?バ、バカ娘!?こんなに可愛くて性格もいい娘を前にして何たる暴言!せっかく勇気を振り絞ったっていうのにたった一言で雰囲気をぶち壊しにされた!
「自分で作れこのクソ親父!なによ!せっかく言えそうだったのに!」
「何を?」
うっわ、何よその『ほれ、言うてみぃ。』と言わんばかりのムカつく笑顔、ワザとか!この親父私が何を言おうとしたかわかってて雰囲気をぶち壊しにしたわね!
「ほれ、何を言おうとしたんじゃ?言うてみぃ。」
「う、うるさい!クソ親父!絶対言ってあげないんだから!」
部屋の窓に取っ組み合いをする私と先生が映ってるのが視界に入る、普段の私たちだ。
こんなの光景が親子に見えるなんて理解に苦しむわ。
だけど不思議、先生が私をどう思ってるかわかったからかな。
前よりも先生が近くに感じる。
「痛っ!ええ加減にせぇ神風!ぐっほ!」
「うっさい!5,6回死ね!バカ親父!」
怒っているはずなのに二人ともどこか笑ってる、このまま騒いでたらさすがに誰か止めに来そうね。
まあいいか、それまで楽しむとしましょう。
私とお父さんの初めての親子喧嘩を。