お風呂場からの記憶が曖昧なまま第八駆逐隊の部屋で目を覚まし、着替えと朝食を済ませて演習場に赴くと、そこにはまるでお祭りのような光景が広がっていた。
「な……何これ……。」
たこ焼きイカ焼きかき氷、怪しげなくじ引きに型抜きまである。
「あ、起きたのね朝潮。首は大丈夫?」
「おはようございます満潮さん……首は大丈夫ですけど……。」
なんでこんな事になってるんだろう、何かイベントでもあるのかしら。
「ああコレ?アンタを締め落とした後、神風さんが食堂でアンタと長門さんの対決を宣伝してさ。暇な奴らが集まってきたと思ったらいつの間にかこうなってた。」
いやいやいや、それでどうしてお祭りみたいになるんですか?演習ですよね?なんか観客席らしき物と大きなモニターまで設置されてるし。
ってゆうか記憶が曖昧なのは神風さんに締め落とされたせいだったんですか!?
「賭場まで立ってるわね、オッズは……99対1か。」
「オッズ?」
「当たった場合の払戻金の倍率ね。ちなみにアンタが99。まるっきり期待されてないわ。」
「よくわかりませんが、ほとんどの人は長門さんが勝つ方に賭けてるってことですか?」
「そうゆう事ね。まあ戦艦対駆逐艦だからしょうがないっちゃしょうがないけど。」
別に他の人に期待されてなくても気にしませんけど、賭け事なんてしていいのかしら、憲兵さんは何も言わないのかな。
「ちなみに憲兵さんは司令官が丸め込んだらしいわよ。」
どうやって丸め込んだかわからないけど、憲兵さんを丸め込むなんてさすが司令官です!
「満潮さんはどっちに賭けたんですか?」
もちろん私ですよね!まさか長門さんに賭けたりなんか……、あれ?なぜ明後日の方を向いてるんです?
「私、ギャンブルは手堅くいく主義なのよ。」
裏切った!信じていたのに!これに負けたらあの変態と一晩過ごさなきゃいけないんですよ!?それなのになんで長門さんに賭けるんですか!
「ついにこの日が来たな朝潮。待ち遠しすぎて昨日は一睡もできなかったぞ!」
たこ焼きを手にした長門さんが近づいて来た、一睡もしてない割に目がギンギンに輝いてるじゃないですか。
別に私は待ってません、それにコレが決まったのは昨日です。待ち遠しいと言うほど時間は経っていません。
「朝潮はグッスリ眠れたみたいね、スッキリした顔してるじゃない。」
ええ、貴女のおかげでグッスリ眠れましたとも。
出たな諸悪の根源。長門さんの提案を許可して私を窮地に追い込み、あまつさえ私を見世物にまで……。
終わったら司令官に言って叱ってもらおう。
「そういえばハンデ付けるとか言ってたわよね?どんなハンデ付けるの?」
そんな事も言ってましたね、実戦形式とは言ってもハンデなしではさすがに勝ち目が薄すぎます。
「あ~アレ?簡単よ。長門は砲撃20発、もしくは魚雷5発で中破判定。朝潮は至近弾で中破判定、直撃一発で轟沈判定ってだけ。」
はい?いやいや、は?それ私にハンデ付いてません?たしかに実戦ならそれもありえますけど、さすがに厳しすぎませんか?
「いくら実戦形式って言っても厳しすぎない?朝潮に勝ち目ないじゃない。」
「決めたのは神風ではない、私だ。」
司令官!なぜこのような所へ!もしかして私を応援しに来てくれたんですか?
たしかに条件は厳しいですが司令官がお決めになったのなら文句はありません!司令官はその条件でも私が勝てると思ってるのですよね!そうゆう事なら期待にお答えしなくてわ!
「だが勝敗にはちゃんとハンデを付ける。朝潮が長門を中破に追い込んだ時点で朝潮の勝ちとする。逆は言うまでもないな?」
私は轟沈判定で負けと言う事ですね、ですがこの一か月追い掛け回された恨みを晴らさねば勝った気がしません。
「司令官、別に倒してしまっても構わないんですよね?」
中破で済ますものか、轟沈判定まで持っていってやる。
「朝潮、そのセリフ世間一般では死亡フラグだから。」
なんですと!?司令官にいい所を見せようとそれっぽいセリフを言ったつもりだったのに死亡フラグだったなんて格好悪すぎる!
「先生はどっちに賭けたの?朝潮?」
「もちろん朝潮だ。それ以外何に賭けろと?」
ですよね!さすが司令官です!司令官だけが私の味方です!
「朝潮、私の今月の生活費をすべて君に賭けた。私の今月の生活は君に懸かっていると言っても過言ではない!」
「ちょっと待って!じゃあ朝潮が負けたら私も今月飢えちゃうじゃない!何てことしてくれたのよ!」
神風さんが飢えるかどうかはどうでもいいですが、司令官の生活が懸かっているならなおの事負けるわけにはいかなくなりました。
「お任せください!見事あの変態を倒し、司令官の生活を裕福にして見せます!」
「ついに堂々と変態って言いだしたわよ?」
「大丈夫、当の長門が気づいてないから。」
「何!変態だと!?どこだ!朝潮を狙う変態は!」
貴女ですよ!貴女以外だと窮奇しかいません!貴女達のせいで戦艦恐怖症になりそうですよ!
「姐さん開始はまだっすか?みんな待ちくたびれてるっすよ。」
観客席の方から走り寄ってきたモヒカンさんが急かしてくる、別にギャラリーが待ちくびれようが私には関係ないんだけど。
「あっそ。じゃあそろそろ始めましょうか。ギャラリーも待ってるらしいし。」
改めて周りを見ると一面長門さんを応援する人たちで溢れかえっている、ホームなのにアウェー感がすごい。
私を応援してくれているのは司令官だけ、だけどそれで充分!司令官さえ信じてくれるなら私はどんな敵とだって戦える!
だけど……演習場に出る前にもう一言だけ声をかけて欲しいな、でも私から応援してってねだるのはなんか違う気がするし……。
何かいいセリフはないかな、ねだるわけでもなく、自然に司令官に応援してもらえるようなセリフは……。
「し、司令官……。」
「どうした?朝潮。」
見上げる私を司令官が優しく見つめ返してくれる。
この人の期待を裏切るわけにはいかない、失望させたくない。
だけど背中は押してほしい、何かない?自然と背中を押してもらえるようなセリフは……。
そうだ……命令してもらおう……この人の命令なら私は何だってできる気がするもの。
「司令官。ご命令を!」
司令官が少し驚いたあと、いつもの威厳に満ちた顔に戻って一言だけ言ってくれた。
「勝って来い!朝潮!」
「はい!お任せください!」
もう大丈夫、体に力が漲っていく気がする。
貴方の命令なら戦艦にだって勝って見せます!
私は用意してあった艤装を背負い、海へと漕ぎ出した。
戦闘範囲は砂浜から沖に10キロほど離れた位置に設定された縦横2キロの範囲、境界線では第八駆逐隊と第九駆逐隊がライン越えを見張っている。射程の長い長門さんは砂浜側だ、万が一にも観客がいる砂浜に流れ弾が飛ばないようにと言う事らしい。
上空には空母の人たちが飛ばした策敵機が無数に飛んでおり、観客席に設置された大型モニターでライブ中継している。
「頑張ってね朝潮ちゃん。八駆はもちろん、九駆も朝潮ちゃんに賭けてるからね。」
砂浜から南のライン際まで行くと、ラインジャッジをしている大潮さんが激励してくれた。
「え?でも満潮さんは長門さんに賭けてるって……。」
「満潮の性格知ってるでしょ?素直に本当の事言うわけないじゃない。」
言われてみればたしかに、騙してくれたお礼にキッチリ勝ってからかってやろう。
『二人とも準備はいい?』
審判を務める神風さんが通信で準備の完了を問うてくる。
「はい、いつでもどうぞ。」
『こちらもOKだ。』
長門さんまでの距離は直線距離で約2000、艦娘の射程は実艦の十分の一程度、私の砲撃では届いても有効打にはなり辛い。まずは接近しなくては。
『それでは始め!』
神風さんの合図とともに機関最大で突撃開始、最大船速で少しでも多く距離を詰める。
ドドドン!ドドドン!
200メートルも進まないうちにさっそく長門さんが撃ってきた、両舷についてる三連装砲を一斉射だ。
長門さんから見て八の字になるように撃っているから真ん中がガラ空き、いかにもここを通れと言わんばかりの撃ち方ね。
「来いと言うなら行ってやる!」
こんなあからさまな挑発から逃げてはダメ、真ん中を抜ける途中か抜けた後に撃ってくるだろうけど、わかっているなら対処は出来る。
ドドン!ドドン!
私が八の字を描くように立ち上がっていく水柱を抜けるか抜けないかと言うところで長門さんの二射目、今度は三連装砲の前に設置されている連装砲からの砲撃だ。
着弾点は私の前方20メートルほど、このままの速度で直進すれば当たりはしないけど水柱に針路を塞がれるわね、ならば!
私はトビウオ二回で速度を上げ、距離を縮めて着弾前に駆け抜ける。
残り1000メートル!こちらからもお返しに砲撃、有効打にならなくても届きさえすればペイントが半球状の装甲に広がって目眩ましにはなる。
『またこれか。芸がないな朝潮。』
私の砲撃が止まったのを見計らって長門さんが装甲力場を一度消し、再発生させて目眩ましを無効化してしまった。
ドドン!!
再び私を見据えると同時に一際大きな砲声が轟く、全主砲の一斉射撃だ。
これはまずいわね。着弾で生じる水柱に殆ど隙間がなさそうだからトビウオや稲妻で駆け抜けるのは不可能、
点ではなく面で潰しに来た。
私は船首を上げた水圧ブレーキと、さらに逆加速までかけて速度を完全に殺す。直後に着弾。私の前方、直径50メートル程の範囲に満遍なく撒かれた10発の砲弾が壁のように巨大な水柱を立ち上げる。
ドドン!!
再度一斉射撃、今度は後方。前方と同じように水の壁が出現する、これでは左右のどちらかに行くしかないけど……。
ドドドン!!ドドドン!!
今度は三連装砲のみ、恐らく左右の退路を潰された。
『詰みだ、朝潮。』
残りの連装砲で中心にいる私を撃って終わらせるつもりね、こう逃げ場がなくては至近弾でも轟沈判定になりそうだ。
ドドン!ドドン!
連装砲が火を噴いた。だけど逃げ場はない、強いて言うなら最初に着弾した前方だけどまだ水柱が落ちきってない。
こうなったら一か八かね。
私はトビウオで急加速し、いまだ5メートル程はある前方の水柱直前で上方に向けて再度トビウオ、50メートルの範囲を飛び越えるのは無理だけど水柱だって水だ。
「飛び越えれないなら走ればいい!」
水柱の頂点に達した私はそのま稲妻で頂点同士を飛び移りながら移動。安直な考えだったけど上手くいった、隙間が殆どないほどに立ち上がった柱の上は凹凸が酷すぎるけど、もう一つの海面になっていた。
『まったく、駆逐艦は何でもありだな。』
戦艦の貴女には出来ない芸当でしょうね、私も出来るとは思ってませんでしたけど。
しかしどういうつもりだろう、長門さんは両腕を組んで開始位置に仁王立ちしたままだ。
いつもならとっくに私に向かって突進してきてる頃なのに、これが長門さんの本気?それとも私程度が相手なら動くまでもないって事?
『私が動かないのが不思議か?』
声に出した覚えはないけど今さらか、砲撃は続いてるし、話しかけて私の油断でも誘う気かしら。
『私と陸奥には作戦とは別にある任務が与えられていてな。』
作戦とは別の任務?駆逐艦を追い回すとか?
『もし鎮守府近くまで敵が迫った場合、私と陸奥は文字通り鎮守府の盾となる事が義務付けられている。最終防衛ラインと言うやつだ。』
「それが動かない事とどうゆ関係が?」
『わからないか?私は今、お前を鎮守府に迫る姫級の深海棲艦と思い攻撃している。私が抜かれれば鎮守府は壊滅。街にも被害出ると想定してな。』
つまりそこに立っている長門さんが最後の砦、そこが鎮守府の防衛に隙を生じさせずに敵を屠れる位置だと想定してそこから動かないのね。
姫級は過大評価過ぎると思うけど。
『三年前はお前の先代にその役をやらせてしまったがな。いくら鎮守府から離れていたとは言え情けない話だ。』
たしかに、長門さんが居れば先代は死なずに済んだかもしれませんね。
『提督は私を中破させた時点でお前の勝ちだと言っていたが、私を抜いた時点でお前の勝ちでいい。絶対にここは抜かせない。ここを抜かれれば鎮守府は終わりなのだ。この長門が居る限り、鎮守府には一歩たりとも近づけさせはしない!』
長門さんの目が敵を見るソレに変わった。これが本当の戦艦長門、横須賀の守護神か。
背筋に電気のようなものがビリビリと流れてる気がする、これが殺気というものなのかしら。
『さあかかってこい深海棲艦!長門型の主砲は伊達ではないぞ!』
普段の気持ち悪い長門さんの面影は微塵もない、本気で私を深海棲艦と思い込み殺しにかかってる。
長門さんがそこまでしてくれるのなら私も応えないと。
そうね、深海棲艦らしく司令官を攫いに来たと言うのはどうだろう。
「押し通ります!貴女を倒して司令官を頂いていきます!」
ドドドン!!ドドドン!!
返答代わりの三連装砲による砲撃、私の針路を悉く潰してくるがこれくらいならまだ……。
ドドン!ドドン!
私が三連装砲の砲撃を回避するとそこに今度は連装砲による砲撃が飛んでくる、砲が多いと便利ね砲撃の間隔がほとんどないから間隙を縫って近づくことも出来ない。
距離800からなかなか近づけないわね、なんとかしないと……。
ん?砲撃の間隔が開きだした、どうして?
そうか撃ち過ぎで砲身が過熱してるんだ、セーフティが掛からないように間隔を開けててるのね。
ならば!
ドン!ドン!
私は隙を見て長門さんへ向け砲撃、当たったところで先ほどのように装甲を一度消して無効化されるだろう。
バシュシュ!
砲撃が長門さんに当たるか当たらないかというタイミングで魚雷を2発発射、本命はこっちだ。
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
魚雷に気づかれないよう砲撃を続けながら接近、残り約500!長門さんの装甲が常にペイントまみれになるように砲を撃ちまくる。
『長門、小破判定。少しは動きなさいよゴリラ。』
小破判定?あ~そういえば演習でしたね。長門さんの気迫に流されて忘れてました。
ドドン!ドドン!
神風さんの声をかき消すかのように連装砲から砲弾が放たれる、ペイントで私の姿は見えないはずなのに的確に私を狙って来る。
電探射撃ってやつかしら、だけどそろそろ私が撃った魚雷も……。
ドドン!
長門さんが200メートルほどまで迫った魚雷に向け片方の連装砲を発射、電探って魚雷も見えるの?それとも読まれてた?でも、予定通りだ!
魚雷の爆発で長門さんの前方に水柱が立ち上がり私の姿を完全に隠す、今なら電探でも見えないはずだ!見えないよね?見えてもらったら困るんだけど。
バシュシュシュ!
私は魚雷を3発長門さんへ向け発射し、左斜め前方へ向け稲妻を2回。水柱が落ち切る前に姿を長門さんへ晒し砲撃、私へと注意を引き魚雷から目を逸らさせる。
途端に長門さんの砲撃が飛んでくるが、さらに稲妻を3回で回避。
ズドーン!
残り200メートルまで迫ったところで先に撃っておいた魚雷が長門さんへ直撃。
『くっ!』
水柱とペイントで再度長門さんの視界が塞がる、回避で使った稲津の加速そのままに長門さんへ突撃。残り50メートル!
「小癪な!」
もう通信なしでも声が届く、私の距離だ!私はトビウオ2回でさらに距離を縮める。見た感じ長門さんは小口径砲は積んでいない、これでトドメよ!
バシュシュシュ!
私は残りの魚雷3発を発射、また砲撃で魚雷を誘爆させられる事も考えて長門さんの右から回り込むように後方へ回り込む。
いや、回り込もうとした。
魚雷が迫り、私が長門さんの後方に回り込む直前に長門さんが右足を振り上げ、そのまま海面に向け振り下ろした。
ズドン!!
砲撃かと思うほどの轟音とともに長門さんを中心に直径20メートルほどの範囲の海面が盛り上がった、魚雷はその衝撃で誘爆を起こし私も海水ごと数メートル浮き上がる。
「神風のように名を付けるとしたら、さしずめ『畳返し』と言ったところか。」
そんな可愛いものじゃない!戦艦なのに片方の脚だけで体を支えるどころかに海面にもう片方の脚を叩きつけたの!?
「終わりだ、深海棲艦!」
ギロリと長門さんの双眸と砲塔が私を睨む、この距離で主砲を撃つ気だ。
実戦なら自分も被害を確実に受ける距離なのに躊躇は微塵もない、どうする?体勢は完全に崩されている、魚雷の再装填も間に合ってない。
だけど、盛り上がった海面に足はついている!
ズドン!!
長門さんの砲火が眼下に見える、音だけで吹き飛ばされそうな衝撃だ。
「見事だ。朝潮。」
長門さんが撃つより早く上方へ力任せのトビウオで飛んだ私に長門さんがニッコリと微笑みながら賛辞を送ってくれる。
脚の勢いだけで飛んだから体勢は無茶苦茶、主砲を向けているのが奇跡に近い。
だけどそれで充分、砲身が焼き付いても構わない、撃ちまくれ!
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
私は下方に向け主砲を連射、長門さんの装甲がペイントで染まっていく。
『勝負あり!長門、中破判定。勝者、朝潮!』
バシャアアァァァァ……。
着水と同時に神風さんが私の勝利を伝えて来る、勝てたの?私が長門さんに?
「あの体勢で避けられるとはさすがに思わなかった、私の完敗だ。」
「そ、そんな完敗だなんて……。」
判定とは言え長門さんはまだ中破だ、それに比べて私は弾切れ寸前、実戦ならどっちが勝ってたかなんて明らかなのに。
「誇っていいぞ朝潮。この長門相手にここまでやれる駆逐艦は神風以外ではお前だけだ。」
長門さんが微笑みながら握手を求めて来る、中天に差し掛かりだした太陽を背にし、威風堂々を体現したようなその姿は横須賀の守護神の異名に恥じないほど立派だった。
「あ、ありがとうございます!」
長門さんの手を取り握手を交わす、司令官とは違ってすべすべした女性らしい手だけど司令官と同じくらい力強く感じる。
認識を改めなければ、この人は変態なんかじゃない。
鎮守府を守る立派なせんか……。
あ、あれ?なんか長門さんの手がヌルヌルしてきたような……。
「捕まえた。」
さっきまでの威厳に満ちた笑顔はどこへやら!ニヤァァァァァっと言う擬音が聞こえそうなほど気持ち悪い笑顔に変わってる!なんか手に入る力も強くなってるような。
「きゃっ!!」
私の右手を取ったまま、長門さんが私の左腋に頭を突っ込んできてそのまま左肩に担がれてしまった!
「さあ!戦勝祝いだ!このまま私の部屋に行くぞ!」
それは貴女が勝った場合の報酬では!?私には何一つ得がないんですけど!
さっきまで動かたなかったのを取り戻すかのように鎮守府へ向け疾走する長門さん、このままじゃまずい!私の貞操の危機だ!
ドン!
「ぬお!?実弾!?誰だ!私と朝潮の逢瀬を邪魔しようとする奴は!」
何?何が起こってるの!?担がれて後ろを向いてる状態だから前で何が起こってるのかわからない。
「奴じゃないわよぉ奴らよぉ。」
この声、荒潮さん?ラインジャッジをしていたはずじゃ、それに奴らって……。
「司令官の言った通りだったね、勝とうが負けようが長門さんは朝潮ちゃんを攫って逃げようとするって。」
前の方から大潮さんの声もする、後ろには第九駆逐隊の朝雲さんと山雲さん、左右にはそれぞれ夏雲さんと峯雲さんが来て長門さんを取り囲んでいる。
「くっ!囲まれたか!」
「司令官からは抵抗するようなら当てていいって言われてるけど、どうします?」
助かった……、さすが司令官だわ、長門さんの行動を読んで八駆と九駆をラインジャッジとして配置してたのね。
しかも実弾を装備させて。
「仕方ないな……実弾を撃たれては朝潮まで巻き込んでしまう。」
そうです、私も痛いのは嫌ですから離してください。
「などと言うと思ったかぁ!」
ズドン!!
長門さんが軽く右足を上げて海面に打ち付けるのが見えた、畳返しだ。でもさっきほど足を振り上げてないから盛り上がった範囲は10メートルないくらいか。
でもそれで隙ができた前方の大潮さんと荒潮さんを跳ね飛ばすように突撃して包囲を突破、再び逃走を計る。
「往生際悪すぎぃ!」
まったくです、鎮守府まで戻ったところでまだ司令官や満潮さんだって居るのに。
「全艦砲撃開始!逃がすな―!」
え?ちょっと待ってください大潮さん、砲撃開始?私が居るんですよ!?私ごと撃つ気ですか!
「そんな砲撃など効かん!長門型の装甲は伊達ではないぞ!」
長門さんの背後に大潮さん達の砲撃が集中、怖すぎるんですけど!後ろを向いた状態の私の眼前で砲弾が破裂しまくってるんですけど!
これ大丈夫ですよね!?ちゃんと背面に装甲を集中させてるんですよね!?装甲が抜かれたら長門さんより先に私に当たるんですけど!
「ちょ、ちょっと大潮さん待って!怖い!目の前でボカンボカン言ってる!怖すぎますよコレ!」
「大潮姉ぇ魚雷は撃っていいの?」
なんてことを言うの朝雲さん!聞こえてます?私の悲鳴聞こえてます!?
「構わないから撃っちゃって!」
構います!私の存在忘れてませんか!?忘れてますよね!?
バシュシュシュシュ!
ひいっ!!本当に撃った!何考えてるんですか!当たったら私ごと木っ端微塵ですよ!
「魚雷か、当たらなければどうとゆうことはない!」
そこまで言うなら絶対当たらないでくださいよ!当たったらシャレになりません!こんなアホな死に方絶対嫌ですからね!
結局、長門さんの逃避行は3時間に及び、終いには陸奥さんや空母の方々まで出撃する大トリ物ととなった。
その後捕まった長門さんはと言うと……。
「私のせいじゃない!朝潮が可愛すぎるのがいけないんだ!」
などと訳の分からない事ひたすら口走りながら独房にぶち込まれたそうです。
視点変わらないんだから3と繋げればよかったと投稿した後で後悔したり……。