別に山口県を宣伝しようという意図はありません。
ホントに。
山口県。
日本の県の一つで本州最西端に位置し、中国地方を構成する五県のうちの一つで、九州地方との連接点の地域である。
私との演習の一件以来『ながもん』と言う蔑称が広がった長門さんの名前の由来となった市もあり、周防大島町には陸奥さんの艤装のモデルになった戦艦陸奥の記念館もある。
なんでも、現在の記念館の沖合3kmで爆沈したとか。
日本の各地には旧日本軍の基地が現在も残っており、現在私たちが居る岩国市にも旧軍時代に建設された岩国基地が『日本国防軍』と名を改めた今も、海兵隊の駐屯地と艦娘の中継基地を兼ねて現役で機能している。
ちなみに『日本国防軍』とは旧日本軍を母体とした組織で陸海空軍の三つに分かれている、艦娘が属するのは海軍です。
詳しくは割愛しますが。太平洋戦争時、真珠湾攻撃後はミッドウェー島は攻めず太平洋側は防衛に徹し、インド洋を始めとした西側に主力を向けた当時の日本は英国に徹底して講和を持ち掛けた。
もちろん講和なんてさせたくない米国はインド洋へ向け艦隊を派遣、日本はこれに対してシンガポールを中心とした内線作戦を展開、インド喪失を恐れて講和に踏み切った英国を皮切りに米国とも早期講和を果たした日本は深海棲艦に大打撃を与えられるまで当時の規模を保っていた。
もし戦争で負けていたら軍隊がない日本というのも存在したのかしら、そんな日本は深海棲艦に攻められた時どうするんだろう?
座学の教官が、当時の軍や世論の状況でよくもここまで勝つ事を諦め、
話が逸れてしまいましたね、基地の他にも当時の遺物は各地にありますが、もっとも有名な物と言えば、呉にある戦艦大和でしょうか。
八駆の三人が待っている呉鎮守府の近くには太平洋戦争時最大の戦艦である大和が記念艦として一般に公開されてます。艦娘として戦艦大和が建造できないのは大和が今も現存してるからだと言う俗説もあります。
逆に大和があったから呉は深海棲艦に空爆されずに済んだんだって言う話もあるらしいですけど。
「何年経っても変わらんのぉこの辺は。」
普段の士官服とは違って黒のスーツ姿の司令官が金髪さんが運転するハイエースの窓から外の風景を見て懐かしむような顔をしている。
のどかで素敵な風景が窓の外を流れていく、ここで司令官は育ったのね、子供時代の司令官も窓から見える山や川を駆け回っていたのかしら。
「ホント変わらないわね。やる事が何もなさそう。」
相変わらず雰囲気をぶち壊すのが得意ですね、せっかく子供の頃の司令官を想像しながら和んでいたのに。
「そう言うなや神風、移動は不便だが住んでみると意外といい所だぞ。」
「遊ぶところないじゃない、この辺の若い人ってどこで遊んでるの?」
「山とか……川とか?」
「昭和か!いや昭和でもないわ!今時そんな人いるの!?精々小学生くらいまででしょ!」
山や川で無邪気に笑って遊ぶ今時の若者、神風さんの肩を持つわけじゃないけど想像しづらいわね。
「そこまで言わんでも……戦時中に街に繰り出して遊ぶっちゅう方が異常じゃ思うんじゃが。」
それはたしかに、いくら国内の物流や輸出入が回復してきてるとは言っても今は戦争中。
税金は高いらしいし、艦娘が女性しかなれない事もあって軍は女性を常に募集している。
司令官に聞いた話だと、昔と違って海軍の女性比率は男性と同じくらいだとか。
「それはそうだけど、先生だって若い頃はどこかに遊びに出てたんでしょ?」
「そりゃあまあ……それなりに……。」
「どこに?」
「広島……。」
「それでよく住めばいい所とか言えるわ。」
し、司令官だって街に出ないと満足できない時期もあったんですよきっと!それに本当に住んだらいい所かもしれませんよ?
「それで私はどこで待ってればいいの?このままだとお墓に着いちゃうわよ?」
「先に行くことにした、その方がお前もええじゃろ?」
「そりゃまあね。って言うか相変わらず無駄に道路が綺麗ね、私たちくらいしか通ってないのに。」
そういえばそうですね、ほとんど対向車も見ないほど空いてる山道なのに他県の国道並みに整備されてる。
ガードレールも黄色いし、なんであんな色してるんだろ?
「運転しやすぅてええじゃろうが。まあ……山道をここまで整備する必要があるのか?とは通るたびに思うが。」
「ガードレールの色は夏みかんの色だっけ?」
へぇ夏みかんの色なんだ特産品か何かなのかな。
「他にもあるぞ。普通に白いのもあるし、長門市には青いガードレールがある、萩は茶色じゃったか。俺が知っちょるだけで四色あるの。」
なぜ四色も……山口県民のこだわりなのかしら……。
「ガードレールマニア垂涎の土地ね。そんなマニアが居るのか疑問だけど。」
わかりませんよ?世の中色々なマニアの方がいますからね、きっとガードレールマニアもいますよ。
「おっと、そろそろ着くな。長時間すまんかったな朝潮、車酔いとかは平気か?」
「はい、大丈夫です。」
横須賀市内を暴走した時に比べたら、このくらい大したことありません。
「少し待っちょってくれ、住職と話してくる。」
「了解しました!」
墓地があるお寺の駐車場を停め、住職さんと少し話をしてくると言う司令官を車の側で待つ私たち。
山の上だからか風がよく通って涼しいわね、木々の揺らめく音やどこかを流れている川のせせらぎの音を聞いてると気分が落ち着いてくる。
ヒーリングサウンドって言うんだっけ、こうゆうの。
「……。」
どうしたんだろう、車を降りてからずっとだ。
いつもの赤い着物ではなく、青いラインが入ったマルチボーダーニット、薄茶色のタックショートパンツにローウエッジサンダル姿で髪を黄色いリボンでポニーテールにした神風さんが黙り込んで神妙な顔をしてる。
「神風さん、どうかしたんですか?」
「別に、ちょっと考え事してただけよ。」
それだけにしては酷く思いつめたような感じがしますけど……。
「今さらだけど、貴女もそうゆう服持ってたのね。制服しか持ってないのかと思ってたわ。」
話を逸らされた……今日の私の服装は白のテールカットレースブラウスに水色のサイドプリーツスカーチョ、足元はストラップサンダル。
私だって満潮さん達に習ってファッションの勉強くらいしてるんです。
「私だってこれくらい持ってます、バカにしないでください。」
「ふぅん。いいんじゃない?たぶん先生の好みにも合ってるし。」
それ本当ですか!?特に何も言われなかったから司令官の好みではないのかと心配だったんですが。
「すまんすまん、待たせたな。」
司令官が手桶とひしゃく持って戻ってきた、アレを借りに行ってたのかな。
「あ、戻ってきた。それにしても、スーツ着てサングラスかけただけでマフィアみたいに見えるわね先生って。」
まあ否定はできませんけど……カッコいいからいいじゃないですか、私は好きですよ?
「待たせてすまんな、行こうか。」
金髪さんを車に残し、私は生花と水を汲んだ手桶を持った司令官と神風さんに続いてお墓まで歩いた。
知らない名前のお墓が沢山、そしてこれが司令官の……。
何の変哲もないお墓だけど、司令官の苗字が彫ってある。
お墓参りは大切だった亡き人やご先祖さまに感謝し、手を合わせるという行為が大切で特別な作法はないけれど、基本的な心得と手順はある。
お参りの順番は故人と縁の深い者から始め、線香を消さないよう注意しながら墓石にたっぷりと水をかけ、正面に向かい合掌。冥福を祈るとともに感謝の気持ちや報告したいことなどを心の内で語りかける。
合掌の仕方としては手に数珠をかけ、胸の前で左右の手のひらをぴったり合わせて軽く目を閉じ、頭を30度ほど傾けます。
まあ、ここに来ることが決まって慌てて調べたんですけど。
「さあ朝潮、お参りしてやってくれ。きっと女房と娘も喜ぶ。」
司令官と神風さんのお参りが終わり、とうとう私の番。
ホントに喜んでくれるのかしら、私は奥さんと娘さんとは面識がない。司令官の話で聞いただけだ。
調べた手順通りにして合掌、お二人の冥福を祈りながらも変な罪悪感のようなものが心に芽生えていく。
別に何も悪いことはしてないけど、どうしても私は場違いなんじゃないかと思ってしまう。
ここに居る中で私は異物だ、だけど異物なりに覚悟は決めて来た。
お二人にお約束します、私の全てを懸けて司令官を救います。
この人が再び、心の底から笑えるように。
見ていてください、きっとお二人が知っている司令官に戻して見せます。
私はゆっくりと目を開くと、夏のそよ風が私を応援してくれるように優しく包み込んでくれた。
「何を約束したの?」
振り返ると神風さんが約束の内容を聞いてきた、言うのは構わないんだけど司令官の前で言うのはやっぱり気恥ずかしいわね。
「それはですね……秘密です♪」
やっぱり秘密にしておこう、だって私とお二人との約束だもの。
教えてしまうと司令官を気負わせてしまいそうだし。
「そう、ならいいわ。」
私の気持ちを察してくれたのか、神風さんが微笑みながら踵を返して車へ戻って行く。
私と司令官だけ残された空間に妙な沈黙が流れる、聞こえる音は木々の騒めきとセミの声だけ。
司令官は今何を考えてるんだろう、サングラスのせいで表情はわからないけど口元はかすかに微笑んでいるような気がする。
「ありがとう。朝潮。」
なぜか私にお礼を言い、私の頭を優しく撫でてくれる司令官。
何のお礼ですか?私はお礼を言われるような事は何もしてないのに。
「行こうか、あまり待たせるとまた神風がうるさい。」
「ふふ、そうですね。」
待たされただけで騒ぐ神風さんは辛抱が足りなさすぎます、私など司令官が待てと仰るならいつまでも待つ覚悟だと言うのに。
「もうええ歳じゃ言うのに、いつまで経っても落ち着きがないから困ったもんじゃアイツは。」
「困った娘さんですね。」
「ああ、まったくだ。」
そういえばこれから何処に行くんだろう?司令官のご実家に寄ったりするのかしら。
まあいいか、司令官と一緒なら無人島だって私は平気だし。
いえ、けして山口県が無人島と大差ないと言ってる訳ではないんですよ?
この土地が司令官を育んでくれたと思うだけでどんどん好きになっていきます。
「そういえば長門も山口出身って言うちょったな、何処かまでは聞いたことないが。」
「え゛っ!?」
な、ながもんも山口出身なんですか!?あの変態も山口で育ったんですか!?
「ど、どうかしたか?」
「い、いえなんでも……。」
そうだ、作用反作用の法則と言うものがある。
きっと司令官のような立派な方が居る反動であんな変態が出来上がっちゃったのね、そうよ!きっとそうだわ!
「とりあえず錦帯橋から行っとくか、なかなか壮観だぞあの橋は。近くにアイスクリーム屋もある。」
アイスクリーム屋さんですと!?
「それはとても興味があります!是非行きましょう!」
ながもんの事など一瞬でどうでもよくなった、もう私の脳内ではいかにして司令官と並んでアイスクリームを食べるかしか考えてない。
これから訪れる司令官との甘い時間に思いを馳せながら、私と司令官は二人が眠るお墓を後にした。
太平洋戦争の早期講和は深く考えずに思い付きで考えた設定です。
それと最後にも言いますが、別に私は観光協会の回し者ではありません。