艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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朝潮演習 7

 駆逐艦演習大会。

 元は、艦娘の運用が手探りの状態だった時代に先生が発案した講習会がいつの間にか、各鎮守府のトップ駆逐隊のお披露目の場となったものだ。

 お披露目が目的になってるとは言っても、他の駆逐隊にメリットがないわけじゃないわ。

 トップ駆逐隊と言われるだけあって実力は確かだから動きは参考になるし、駆逐艦でもこんな事が出来るんだと戦意の向上にもなっている。

 

 「でも私は出たことないのよねぇ……」

 

 講習会だった頃から主に参加してたのは第八駆逐隊だし。

 もっとも、八駆の初期メンバーは三年前の朝潮を最後に残ってるのは一人もいないけど。

 

 「よかった間に合ったわ」

 

 満潮を筆頭に、三十一駆との試合に勝った今の八駆の四人が私が居る観客席に戻ってきた。

 

 「余裕そうね、そんなに楽な試合だったの?」

 

 興味ないから半分寝ちゃってたのよねぇ。四人の感じからして、たいして疲れてないってのはわかるけど。

 

 「長波達には悪いけど、正直言って楽勝だったわ」

 

 「経験を積むために出場したって感じねぇ。あれなら、私一人でもどうにかなったわぁ」

 

 まあ夕雲型は実戦配備されて日が浅いからね。一番長い子でも一年ちょっとじゃないかしら。

 

 「でも、あの気迫は凄かったです!私も見習わないと!」

 

 真面目か!

 って言うか、朝潮にその気はないだろうけど見下してるわよソレ。

 そこしか見習うところが無かったって事でしょ?

 

 「あ、十八駆と二十七駆が出て来たよ。どっちが勝つかな」

 

 「時雨達に勝って貰わなきゃ困るわ。私が時雨をボコるんだから」

 

 昨日半泣きで戻って来たものね。何されたかはあえて聞かなかったけど。

 

 「朝潮ちゃんは時雨ちゃんをよく見とくのよぉ。他は見なくていいわぁ」

 

 「え?どうして時雨さんだけなんですか?」

 

 他の子もそれなりにやれそうだけど、あの時雨ってのは他の子より出来るのかしら。

 

 「他はたいして変わった事しないからよ。時雨の『波乗り』だけ見ればいい。」

 

 波乗り?時雨ってサーフィンでもするの?

 

 《これより第十八駆逐隊 対 第二十七駆逐隊の試合を開始します》

 

 会場に設置されたスピーカーから、開始を告げるアナウンスが流れる。

 波乗りってのは私も気になるから見ておこう。満潮達が朝潮に見せたがってるものだ、きっとそれなりの技なんでしょ。

 

 「始まったわ。戦法はどっちもいつもと同じね。」

 

 二十七駆は時雨と、あれは白露かな?頭上で人差し指掲げて何か叫んでる、が二人で先行して他の二人は後方から援護射撃か、八駆の戦法に似てるかな。

 

 時雨の航跡が妙に薄いのが気になるわね。速度は白露よりちょっと遅いくらいなのに。

 対する十八駆は、単縦陣で一塊で動いてる。大したものね。一糸乱れぬって言葉がピッタリだわ。

 

 「ねえ満潮、波乗りって何なの?」

 

 「神風さんなら見てればすぐ気づくと思うわ。たぶんもう使ってるし」

 

 もう使ってる?普通に航行してるようにしか見えないけど……。

 ん?今変な動きしたわね。砲撃を右に回避したのは変じゃないけど、問題はその速度と旋回半径。

 曲がる一瞬、速度が異常に上がり、旋回半径が異常に小さい。

 今度は針路はそのままに真横に移動した!?何よこれ、いったいどうなってるの?

 満潮は真っ直ぐ航行してる時点で『もう使ってる』と言った。あの時何かしてた?航跡が妙に薄い以外、変な所は……。

 

 「あ、そうゆう事か。だから波乗りなのね!」

 

 読んで字の通りだ、時雨は波に乗って移動してる。

 航跡が薄いのも、潮の流れに身を任せて殆ど推力を発生させてないからなのね。

 だから、回避の瞬間だけ波に合わせて推力をを上げるから急に速力が上がり旋回半径も小さくて済むんだわ。

 私の技とは真逆と言っていい技術ね。あれなら体力的にも燃料的にも消耗は少ないはず。

 

 「波の荒い場所だともっと凄いんだけどね。こんな晴れた近海じゃ、あれくらいが限界みたい」

 

 それでも見事なものだと思う。海波を正確に見極める観察眼がないと為し得ない移動法だもの。でもこれじゃ&朝潮に見せてもあまり意味があるとは……。

 時雨並みの観察眼があるなら話は別だけど。

 

 「朝潮は時雨が何をしてるかわかった?」

 

 「ええ、なんとなくですけど……。じゃあ今度は左にスライドするのかな……」

 

 今なんて言った?左にスライド?この子海波が読めるの!?

 

 「お、時雨が左に避けた、やったわね正解じゃない。朝潮も海波が読めるの?」

 

 「カイハ?ああ海波ですか。この距離でなんとかと言ったところでしょうか、実際に海に出て読めるかどうかはやってみないとわかりません」

 

 「朝潮ちゃん、アレできそう?大潮は練習したことあるけど頭パンクしそうになったからやめちゃったよ」

 

 「どうでしょう……。時雨さんはたぶん戦場全体の波を把握してますよね?私では前方20メートルの範囲の波を把握するのが精一杯だと思います」

 

 いや、それでも十分すごいと思うけど?常に大きさが変わる波を前方20メートルとは言え把握し続けるのなんて、少なくとも私には無理だわ。

 時雨にしてもそうだけど、とんでもないわねこの子。長い事艦娘をやってるけど、波を読もうなんて私は考えたこともないわよ。だって、波に関係なく進めるんだもの。

 

 「決勝で使ってみなさいよ、アンタなら案外出来るかもよ?」

 

 「いきなり使うのはちょっと……。せめて練習したいです……」

 

 そりゃそうだ。この子って今だに自分の学習能力の高さ知らないんでしょ?

 

 「でも試合は十八駆の勝ちで決まりそうねぇ」

 

 「そうだね、じゃあいつも通りになるか……」

 

 「え?どうしてですか?」

 

 まあ仕方ないわね、いくら時雨が強くてもそれだけじゃ勝てない。

 白露も弱くはない、時雨程じゃないけど十分強いわ。だけど……。

 

 「朝潮にはこの試合どう見える?」

 

 「隊としての連携、個々の実力……。互角に見えます。少なくとも今は」

 

 そう、隊としても個としても技術はほぼ互角。なら勝敗を分かつのは。

 

 「艦娘としての性能に差があるわ。今はまだ中盤だから目立ってないけど、もう少しすれば徐々に差が顕著になるはずよ。ほら、言ったそばから。」

 

 白露と時雨の後方で援護射撃を行っていた一人が魚雷でやられた。たぶん朝潮型より新しい艦型なら避けれたんでしょうけど、事前に砲撃で落とされた速度を上げるのが間に合わなかったのね。

 

 「決まったね。台風でも来ない限り、ここからどんでん返しはないよ。霞たちもベテランだし」

 

 大潮の言う通りね。時雨が私くらい強ければ話は別だけど見てる限りそれはない。

 

 「次は神風さんのエキシビションマッチだっけぇ?準備しなくていいのぉ?」

 

 あ~そういえば決勝の前にやるんだっけ。気は乗らないけど報酬貰っちゃってるしやるしかないか。

 

 「朝潮、もし試合中に私が刀を抜くことがあったらよく見てなさい。いい物見せてあげるから」

 

 「カタナ?日本刀ですか?神風さんの艤装にそんなものがありましたっけ?」

 

 ないわよ。神風型の艤装に近接武器はない。

 だから勝手に追加したの。追加と言っても手に持ってるだけなんだけど。

 

 「いいから、もし私が刀を抜いたら目を離すんじゃないわよ。解説は先生にでもしてもらって」

 

 「わ、わかりました……」

 

 さて、雪風とやらは私に刀を抜かせられるかしら。と、頭の片隅で考えつつ、出撃ドックに着いた私は艤装の点検を始めた。

 機関よし。魚雷発射管よし。単装砲よし。火薬の量を減らした模擬弾と魚雷もよし。

 この艤装との付き合いも随分な長くなっちゃったわね

。 何度取ってもあちこち錆が浮いて、よく見れば傷だらけだし。

 あ、この傷ってたしか辰見とケンカした時のだ、懐かしいなぁ……。

 他人からすれば汚いだけだろうけど、この傷一つ一つが私の思い出。そして、私にとっての勲章だ。

 

 「もしかしてアナタが神風さんですか?」

 

 誰よ。思い出に浸ってる私の邪魔をするのは。

 と、思って振り返った先には、スカートがないワンピース型のセーラー服姿の駆逐艦だった。

 頭には電探型の艤装。肩掛けにした連装砲に背中の魚雷発射管。機関が見当たらないわね、魚雷発射管が機関も兼ねてるのかしら。

 

 「そうよ、貴女は?」

 

 「陽炎型駆逐艦8番艦、雪風です!どうぞ宜しくお願い致しますっ!」

 

 この子が雪風か、頭の電探が耳みたいに見えるわね。げっ歯類みたい。

 

 「この艤装、大丈夫ですか?ボロボロですよ?」

 

 いきなり失礼な子ね。ボロボロって言われるほどボロくないわよ。

 

 「問題ないわ。整備はちゃんとしてるし不具合も起こしたことない」

 

 「そうですか、今日もそうだといいですね」

 

 一々引っかかる物言いする子ね。もしかして挑発してるの?

 

 『第二試合終了。勝者、第十八駆逐隊。両隊帰投後、エキシビションマッチを開始します』

 

 「あ、陽炎姉さん達勝ったみたいですね。流石です♪」

 

 予想通りか、私は雪風を尻目に艤装を装着して同調開始。うん、問題なし。オールグリーンだ。

 私は最後に、壁に立てかけておいた桜柄の刀袋を手に取り、黒塗りにされた中身を取り出す。

 

 「それ日本刀ですか?神風型にはそんな艤装もあるんですね」

 

 だから、神風型にこんな艤装はない、何度も言わせないで。って言ってないか。

 刀身の長さは二尺三寸、センチに直すと約70センチ、柄を合わせても100センチに届かない。

 短いと思うかもしれないけど、江戸時代ではこれくらいが普通だったのよ?テレビや漫画の日本刀は長く描かれてるだけ。そっちの方が見栄えがいいからね。

 

 《これよりエキシビションマッチを開始します。雪風、神風の両名は演習場へ》

 

 「あ、始まりますよ!早くいきましょう!」

 

 私の返事を待たずに雪風が勢いよく海面を滑って行く。

 航行の仕方を見る限り訓練は良くしてるみたいね、上半身にも下半身にも無駄な動きがない。贔屓目に見て、実力は上の下、位かしら。もちろん、上の上は私よ。

 でも、それだけなら死神なんて異名は付かないはずだ。時雨の波乗りの例もあるし、私が知らない技でも使うのかしら。

 

 「けどまあ、関係ないわね」

 

 戦場は基本的に一期一会。どこまでも追いかけるならまだしも、同じ敵と偶然何度も巡り合うなんて事は滅多にない。

 私には九年近い年月で培ってきた経験と技術があるんだ。大抵の事なら初見だろうと対応できるはず。

 私はゆっくりと海へ漕ぎ出した。観客席に先生と八駆の四人が見える。

 なんか、朝潮がゴツイ双眼鏡を首から下げてるけど、どこから持ってきたのかしら。さっきの試合中は持ってなかったわよね?

 

 私が演習場に着くと、雪風が1000メートルほど前方に居た。両者が全速力で前進すれば数分と待たずにぶつかる様な距離。

 

 《マイク音量大丈夫…?チェック、1、2……。よし。それでは!呉鎮守府所属、雪風対、横須賀鎮守府所属、神風のエキシビションマッチを開始します!》

 

 さっきまでアナウンスしてた子と違うわね。マイクの音量チェックなんか必要あるの?

 

 《両者見合って見合って~!》

 

 相撲か!だれか代わりなさいよ!ヤル気失せるじゃない!

 

 《え、何?そうじゃない?あ、お姉さまがやります?え、私でいい?》

 

 グダッグダね!誰でもいいから早く開始の合図しなさい!帰るわよ!

 

 《オホン!では改めまして。それでは!艦娘ファイト!レディィィィ!ゴォー!!》

 

 よし決めた。雪風ボコったら、今マイク握ってる奴をぶん殴る!

 私は怒りを伝える様に機関の出力を上げ雪風へ突撃開始。さて、雪風はどう出るか……。

 

 ドンドンドン!

 

 私から見て左に移動しながら連装砲を三連射。その距離で移動中じゃいいとこ至近弾ね。躱すまでも……。

 

 バシャシャシャーーーン!

 

 おっと!初弾から命中弾じゃない。とっさに速度を落とさなきゃ当たってたわ。

 目測を付けただけの適当な砲撃に見えたけど大した物ね。油断は禁物か。

 

 ドン!ドン!

 

 私も負けじと雪風へ砲撃。

 砲身のみを相手に向け、手の角度は明後日の方向へ向けて撃つ私の砲撃術『アマノジャク』で雪風を撃つ。

 

 ん?避けようとしない?そのままじゃ当たるわよ?

 だけど私の様相とは裏腹に、私が撃った弾は私の正面に向き直った雪風を避ける様に右側へ着弾。

 風で逸れた?運のいい奴ね。

 

 ドンドン!

 

 お返しとばかりに雪風が砲撃、私は左に舵を取り模擬弾を回避……。

 

 ドーーン!

 

 「痛った!」

 

 そんなバカな!弾が曲がった!?しかも前面装甲を厚くしてたせいで薄くなっていたところに丁度着弾した。

 

 『やりました!今日も運がいいです♪』

 

 運がいいですって?じゃあ何?たまたま私が避けた方向へ向けて風が吹いて弾が曲がり、たまたま装甲が薄くなってた所に着弾したって言うつもり?ふざけるな!

 

 「随分とふざけた事を言うのね!運だけでどうにかなる程、私は甘くないわよ!」

 

 『なっちゃうんですよね~これが♪なにせ雪風には幸運の女神がついてますから♪』

 

 じゃあ幸運の女神ごとぶっ飛ばしてやる!

 私は針路を修正し雪風に再度突撃、雪風もこちらに向かってる。

 距離およそ500。私も雪風も砲撃を交わしながら接近していく。

 

 だけど、私の砲撃は真っすぐ進んでいるはずの雪風を避けまくり、逆に雪風が撃つ弾はどれだけ回避しようが私を狙って曲がって来る。

 

 「どんなトリックか知らないけど、当たるもんか!」

 

 私は稲妻と水切りを駆使して回避を続けるが、五発に一発の割合で致命傷ではないものの命中弾を貰ってしまう。

 

 《神風、中破判定!》

 

 チッ!演習とは言え中破なんてさせられたのは久しぶりね。だけど距離は300を切った。

 機関に取り付けられた魚雷発射管が私の意思に応じて後ろに回転し、両腋の下から魚雷を覗かせる。

 そういえば昔、先生がコレを見てヴェスバーみたいだとか訳の分からない事言ってたわね。

 

 『いいですよ?撃たせてあげます♪雪風は避けませんから♪』

 

 正気なのこの子。航行を止めて海上に完全停止。しかも両手を広げて『さあ撃ってこい』と言わんばかりのポーズ。

 

 「舐めてるの?この距離で外すと思う?」

 

 『思ってませんよ?でも雪風は大丈夫です♪』

 

 あっそ、なら撃ってあげようじゃない。ここまでバカにされたのは生まれて初めてよ!

 

 「魚雷全弾発射!」

 

 私は発射管に装填された魚雷6発を全て雪風に向けて発射。針路問題なし、潮流の影響を受ける距離でもない。雪風が言葉通り避けないのなら間違いなく当たる。

 

 魚雷6発すべてが雪風に殺到し着弾、爆発を……しない!?どうして!?不発?6発すべて不発!?

 

 『やっぱり大丈夫でした♪幸運の女神のキスを感じちゃいます!』

 

 ふざけるな!これが運ですって?自分に向かって来る砲弾は風に逸れ、相手を狙った砲弾は避けられようと風に乗って相手を追尾し、当たった魚雷は不発に終わる?

 運で片づけられるレベルじゃない!それはもうチートだ!

 

 『横須賀で一番強い駆逐艦って聞いてたのにガッカリです……』

 

 ドン!

 

 雪風が砲撃。避けようとするが魚雷発射管が元の位置に戻らず、私がバランスを若干崩したところへ砲弾が着弾した。

 

 『あらら、やっぱりボロですよその艤装。不具合起きちゃってるじゃないですか』

 

 クソ!こんな事今まで一度もなかったのに何で今日に限って……。

 今日に限って?いつもと今日の違いは何?雪風と対峙してるかしてないかだ、じゃあ艤装の不具合も雪風のせいだって言うの!?

 

 『だいたい無茶な試合だったんですよ。雪風は最新鋭の陽炎型ですよ?いくら強いって言ったって神風型が勝てる訳ないじゃないですか』

 

 雪風は止まった位置から動いていない。なのにこの不気味な感じは何?こんな感じは初めてだ。

 恐怖ではなく只々不気味……。そうか、これが死神の由縁。まるで世界が私の敵になったように感じる。世界が雪風に味方しているように感じる。

 絶対的な幸運を味方につけた駆逐艦。これが呉の死神か!

 

 『期待してたんですけどね。横須賀で一番っていうアナタなら私を倒せるかもって』

 

 「まるで倒してほしかったような言い方ね。貴女、負けた事ないの?」

 

 『ありませんよ、いつも勝っちゃいます。戦艦の砲撃や艦載機が飛び交う戦場に突撃しても無傷で生還してきました』

 

 「たいした戦歴じゃない。自慢じゃなくて自虐に聞こえるのは気のせい?」

  

 『気のせいですよ。雪風は勝つのが大好きです。生き残るのが大好きです。例え仲間が犠牲になっても雪風だけ生き残っちゃいます』

 

 そういう事か。貴女は敗北を知りたいのね。

 これだけの幸運だ。貴女の代わりに死んだ子もさぞ多い事でしょう。

 

 『雪風は死にません。いえ、死ねないんです』

 

 贅沢な悩みね。死にたくないのに死んでいった者がほとんどなのに死にたい(・・・・)だなんて。

 

 「じゃあ私が貴女に敗北の味を教えてあげるわ」

 

 『そのボロボロの状態で?無理でしょ。魚雷もない、砲弾も当たらない。それでどうやって雪風に勝つんです?まさかその左手に持ってる玩具で倒すなんて言わないですよね?』

 

 玩具……ね。確かに艦娘からしたら玩具だわ。何の機能もない普通の日本刀だもの。

 けどね、私はこの刀で生き残って来たの。

 この刀で戦艦すら屠って来た。

 運が邪魔する暇なんて与えない、私の全てで貴女に敗北を与えてあげるわ。

 

 私は単装砲を投げ捨て、魚雷発射管をパージ。

 左手にもった刀の刃を上向きにして柄は手前、鞘尻を雪風の方へ向け、左手の親指で鯉口を切り右手で柄を持ち鞘を前へ、柄を握った右手は後ろへ引くようにして抜刀。

 一度上段で刀を掲げ、ゆっくり降ろして雪風へ切っ先を向けた。

 

 私の名の由来を思い知らせてやる。

 大昔に日本を救った風。祖国に勝利をもたらす神の風。

 それが私だ。

 

 「覚悟しなさい雪風。今からこの戦場に、神風を吹かせてあげる」

 

 私は鞘を帯に差し、刀身は頬の高さ、切っ先は雪風に向けたまま刃を上向きにし、右手は目釘の辺り左手は柄尻に添えて左足を前に出し、前傾姿勢気味に腰を落とした。

 

 『カッコイイ!なんですかソレ!練習してたんですか?でもカッコつけただけじゃ雪風には勝てませんよ!』

 

 雑音はカット。意識を切っ先へ集中。

 移動の衝撃に耐えれるだけの装甲を残し、余剰力場をすべて『脚』へ。

 

 艦娘が扱う『装甲』、『弾』、『脚』の三種類ある力場は元はすべて同じ物。機関から発生させ、半球状にして身に纏えば装甲に。兵装を通せば弾に。主機を通せば脚となる。

 

 この力場は、例えば『装甲』をカットして浮いた力場エネルギーを『脚』に回せば、速力などを短時間だが上げることができる。もっとも長時間ソレをやると艤装が悲鳴を上げ酷い時は故障するけどね。

 

 私の奥の手中の奥の手『刀』は『装甲』や『脚』の力場出力を下げ、『弾』に上乗せして刀に乗せ、敵の装甲を切り裂く威力を上げるものだ。

 

 もちろん、これは主砲や魚雷でも応用可能。でないと朝潮に見せる意味が無い。

 名前の由来はこれも見た目から。私がコレを初めてやった時に刀を使ったからそのまま『刀』と名付けられただけ。

 名付け親は例によって先生。デメリットは言うまでもないわよね

 ただし、今から私が使う『刀』は『装甲』をほとんどカットしたもの。

 当てる瞬間まで薄い膜状に残した『装甲』以外、全ての力場を『脚』に集中。

 雪風までの距離は約200メートル。

 

 「駆逐艦神風。進発します!」

 

 ズドン!

 

 私の踏み込みと同時に後方で水柱が上がる。今の状態の『稲妻』で飛べる距離は通常の二倍。

 雪風までの距離は、歩数にして約13歩!

 

 『!!』

 

 雪風が危険を感じたのか、砲撃をしつつ右へ移動し始めた。逃がすものか!

 

 一歩進むごとに速度は上昇していく。この速度なら例え風で曲がろうが関係ない。

 砲身の角度で射線は読める。180度砲弾が曲がるなら話は別だけど、それがないなら先読みで回避するだけでいい!

 

 『なんで!?なんで雪風の弾が当たらないの!?こんな事今までなかったのに!』

 

 そりゃそうでしょ、風で玉が曲がる角度には限界がある。砲弾が曲がるより早く弾を通り過ぎてるんだから当たるわけがない!

 

 「来るな!来るな!来ないでよーーー!」

 

 もう通信なしで声が届く距離、あと3歩。

 駆逐艦が出せる速度よりも遥かに速い速度で迫る、人間サイズの砲弾と化した私が狙うのはただ一点。雪風の首だ。

 

 「ひいっ……!」

 

 最後の一歩を踏み切ると同時に全『装甲』をカット。最低限の足場になる程度の『脚』を残し、余剰力場を『弾』として全て切っ先へ。 

 

 雪風、貴女は私の逆ね。貴女と違って私は死にたくないの。生き延びるためなら泥水も啜るし体だって売ってやる。

 

 だから、私の全身全霊で貴女を負かしてあげる。

 最弱の私にとって、敵の戦艦や空母などの上位艦種は私を殺そうとする怖い存在だ。

 これは生き汚い私が、そんな死神どもの命を逆に狩り取って生き延びるために編み出した悪あがきの集大成。

 その名も……。

 

 「神狩り!」

 

 ギイイィィィン!

 

 鈍い金属音が響き、ここまでの加速エネルギーとほぼ全ての力場エネルギーを込めて突き出した切っ先が雪風の『装甲』を貫いて首の右横を抜けていった。

 

 「あ……ああ……」

 

 「まだ……。死にたい?」

 

 貴女が死にたがってたのは、きっと仲間を失うのに耐えられなくなっていたから。

 チートレベルの幸運のせいで、何をしても生き残ってしまう自分に嫌気がさしてたんでしょ?

 自殺する度胸もないクセに死にたがって。

 でもね、貴女を殺せる存在はこんな身近にいるのよ?それでもまだ死にたい?

 

 「死にたくない……雪風はまだ……死にたくないよぉぉぉ……」

 

 そう、それでいい。

 私は刀を引き、海面に泣き崩れた雪風を一瞥して鎮守府の方を振り返って叫んだ。

 

 「審判!」

 

 《ゆ、雪風を戦意喪失とみなします。勝者、神風!》

 

 審判が私の勝利を伝えると同時に、鎮守府の方から歓声が聞こえてくる。

 観客席に居るのはほとんど呉所属の艦娘のはずなのに。

 まあ、こうゆうのもたまにいいか。

 

 「ま、待って!」

 

 鎮守府に戻ろうとした私を雪風が呼び止め、私はゆっくりと雪風に向き直る。

 

 「なんでアナタはそんなになっても戦うの?たいていの人は諦めちゃうのに、なんで……。」

 

 変な事を聞くのね。まあ、死にたがってた貴女にはわからないか。

 別に不思議な事なんて無いわ。とても簡単な事よ?

 私は右手に持った刀を肩にかけ、胸を張って雪風に答えた。

 

 「死にたくないからよ」

 

 それが、私の戦うことを諦めない唯一絶対の理由。 

 私は、唖然とする雪風を置いて再び鎮守府へ向けて航行を始めた。

 

 くたびれた……。燃料も体力も尽きる寸前。とっとと艤装を降ろして布団に潜り込みたいわね。

 

 私が桟橋に着くのと入れ替わりに、十人近い数の駆逐艦が艤装を背負い、海へ漕ぎ出していった。

 

 あれは陽炎型の子達?雪風を迎えに行くのかしら。

 よかったわね雪風。貴女、愛されてるじゃない。

 

 「あ、あの!」

 

 最後に私とすれ違った狐色の髪をツインテールにした子が私の方を振り向き話しかけてきた。

 この子はたしか十八駆の……名前なんだっけ。

 

 「誰?」

 

 「陽炎型一番艦、陽炎です!妹がお世話になりました!」

 

 この子が陽炎か。

 別に世話なんてした覚えはないわ。それとも仕返しでもするつもりでそう言ってるの?

 

 「あの子を救ってくれてありがとうございます!」

 

 深々と頭を垂れてそう言った陽炎の目からは涙がこぼれていた。

 そう、貴女は雪風の危うさに気づいてたのね。

 だけど、何もすることが出来なかった。それでありがとうな訳だ。

 でも勘違いしないで、私は試合に勝っただけよ。

 と、いつもなら言うんだけど、斜に構えるのも面倒なくらい疲れてるのよね。

 

 「後は貴女の仕事よ、一番艦さん」

 

 私は左手をヒラヒラと振りながら、私に向かって敬礼する陽炎の元を後にした。

 工廠が遠いなぁ……。なんで横須賀みたいに桟橋の近くに建てないのよ……。

 

 ポスン……。

 

 私がうつむき気味に歩いていると何かにぶつかった。目の前が白一色だ。

 

 「刀くらい仕舞ったらどうだ?」

 

 なんだ先生か。そう言えば抜きっぱなしだったっけ……。

 私は刀を鞘に納め、柄から手を離そうとするが言うことを聞いてくれない。

 刀を使った後はいつもこうだ。もう危険はないのに、私の手は戦闘態勢を解こうとしてくれない。

 

 「貸してみろ」

 

 先生が私の前に跪き、柄にこびり付いた私の右手をゆっくりとほどいてくれる。

 

 「ありがとう……」

 

 「お前がそんな素直に礼を言うって事は、そうとう疲れてるな」

 

 私だってお礼くらい言いますーだ。疲れてるのは確かだけど。

 

 「ほら、乗れ」

 

 先生が後ろを向き、おんぶの姿勢を取った。

 この歳でおんぶされるのは少し恥ずかしいんだけどなぁ。

 

 「艤装……。背負ったままよ?」

 

 「構わん。それくらいで潰れるほど柔な鍛え方はしていない」

 

 「あっそ、じゃあ遠慮無く」

 

 私は先生におぶさり、それを確認した先生がゆっくりと立ち上がって工廠へ歩き出した。

 先生におんぶされるの、久しぶりだな。私の身長が伸びてないせいで、昔と同じように背中が大きく感じる。

 

 こうしてると帰って来たって実感するわね。

 私が死にたくない理由。

 私が帰りたい場所。

 ここに帰ってくるためなら、私はなんだってするわ。

 その結果、先生に嫌われたとしても。

 

 「私、強くなったでしょ」

 

 「ああ、俺の自慢だよ」

 

 「ふふ、ありがと♪」

 

 疲れてるせいでつい甘えてしまう。今だけよ?今は疲れてるから仕方がないの。

 

 「神風……」

 

 「なぁに?お父さん」

 

 「太ったんじゃないか?重いぞ」

 

 「ふん!」

 

 ゴス!

 

 私は先生の後頭部に頭突きをお見舞い。

 艤装を背負ったままだから重いの!重いだなんて女の子に禁句よ!禁句!

 

 「痛いのぉ、冗談じゃろうが」

 

 「うっさいクソ親父!黙って歩け!」

 

 今だ興奮冷めやらぬ観客席に背を向けたまま、私達は工廠までじゃれ合いながら歩いた。

 勝利の悦びよりも、生還の喜びを分かち合いながら。




 神狩りのモーションは、まんまFGO沖田総司の無明三段突きをイメージしてます。

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