艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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幕間 少佐と由良 2

 女心と秋の空と言う言葉がある。

 

 変わりやすい秋の空模様のように、女性の心は男性に対する愛情に限らず、感情の起伏が激しいことや移り気だといった感じの意味だが、元々は女心ではなく男心だった。

 

 既婚女性が浮気をすることが重罪だった江戸時代頃に生まれた言葉で、女性に対する男性の愛情が変わりやすいことを表現したらしい。

 

 「なんでこんな書類がこっちに紛れてるの!?こんなの由良が処理できるわけないじゃない!」

 

 提督殿でなければ処理できない類いの書類が混ざっていたのだろうか、執務室の外では見せることのない憤慨した表情で書類を自分に寄越してくる。

 

 「それ、提督さんに渡してきてください!」

 

 Yes ma'am!と思わず言いそうになってしまうがギリギリのところで喉の奥に引っ込めた。

 

 由良は意外と博識だからな、ma'amがmadamの略な事くらい知っているかもしれない。

 

 別に軍隊なら問題はないのだが、三十路越えの女性や既婚女性に対して使われるマダムを、いくら艦娘が軍人扱いとは言え十代で未婚の由良に対して使うのは少し気が引ける。

 

 と言うか下手したら殺される。

 

 自分は死ぬなら戦場と決めているのだ、こんな所でアホな死に方はしたくない。

 

 「わかった、他にはないか?あるならまとめて持って行きたいんだが。」

 

 「少佐さん、この書類の山見えてます?この中から提督さん宛ての書類をわざわざ探せって言うんですか?冗談ですよね?ね?」

 

 至極ごもっとも、自分の思慮が足りませんでした、だから『ね?ね?』って言いながら迫ってくるのをやめてくれないか?

 

 いや、やめてくださいお願いします。

 

 「そうカリカリしないでくれ、自分もこうやって手伝っている事だし……。」

 

 「判子の一つも押せないくせに何が手伝いですか!」

 

 し、仕方ないじゃないか、いくら自分が提督殿の副官とは言っても出来ることと出来ないことがある。

 

 副官風情が提督殿の裁決がいる書類に判を押す事は出来ないんだ。

 

 「少佐さんの立場って中途半端ですよね。重要な決定は出来ないし、書類の見方も知らない。副官とは名ばかりで提督さんの使いっ走りじゃないですか。」

 

 今は君の使いっ走りだがな。

 

 「何か?」

 

 いえ何も、何も不満はございません。

 

 由良のような美人のそばに居られるばかりか不満の捌け口にまでして頂いて自分は幸せであります。

 

 羨ましがる部下に代わってやりたいくらいだ。

 

 「少佐さんってここで何してるです?」

 

 だから君の言葉のサンドバッグ兼使いっ走りだ!自分だって居たくて居るんじゃない!提督殿の命令で仕方なくここに居るんだ!

 

 「辰見さんも叢雲ちゃんの訓練にかまけて執務は殆どしてくれないし、頼みの綱の大潮ちゃんは出撃中だし。由良が居なかったらこの鎮守府終わりですよ!?」

 

 「だ、だが提督殿は執務をちゃんとしてるじゃないか……。」

 

 「提督さんしか処理できない書類以外は全部由良がやってるんですけど!?どっちが量多いと思ってるんですか!」

 

 いかん……フォローを入れてるつもりが火に油にしかなってない、提督殿……どうして自分をこんな目に遭わせるんでありますか……。

 

 「由良だって訓練や出撃したいんですよ……。」

 

 なんで!?なんで泣くの!?さっきまで怒ってたじゃないか!

 

 ど……どうすればいい?こうゆう場合、自分はどう対処すべきなんだ?

 

 ええい!背後を敵に奇襲された方がまだマシに思えてくる!

 

 「少佐さん知ってます?由良、改二になってから一度も海に出てないんですよ?」

 

 知ってます!ずっと相手させられてるから知ってますとも!

 

 「副官室(私たちの部屋)を作ってくれたのはいいですよ?でも由良は艦娘なんです!出撃したいんです!」

 

 ん?ここは君だけの部屋だろ?たしかに机は二つあるが自分は実質、君の愚痴聞き係だ。

 

 「いやほら、さっき由良も自分で言ってたじゃないか。自分が居なかったらこの鎮守府は終わりだって。」

 

 「提督さんの秘書艦だった頃は時間取れてたんです!」

 

 もうやだ……なんでまた怒るんだ?自分が何をした……と言うか君はまだ提督殿の秘書艦だろ?。

 

 「ところで、さっさとその書類持って行ってくれませんか?何ボサッとしてるんです!」

 

 はい、すみません行ってきます……。

 

 秘書艦室を出ると自然とため息が出て来た。

 

 「はぁ……やっと逃げれた……」

 

 執務室で少し匿ってもらおう、由良を自分に押し付けたのは提督殿なんだ、匿うのは当然!

 

 「失礼します。」

 

 執務室に入ると書類の山に囲まれた提督殿が机で悪戦苦闘していた、由良の机の上の書類と量が大差ないじゃないか……とても匿ってくれと言える雰囲気じゃない……。

 

 「ああ少佐か、どうした?」

 

 「こちらの書類があちらに混ざっていたようなので持って参りました。それにしてもすごい量ですね。」

 

 「辰見が叢雲の訓練に集中したいと言ってきたのでな、その分を私がやっている。」

 

 なんだ、辰見の分は提督殿がやってるんじゃないか。自分が居ないと鎮守府は終わりだと言っていたのに。由良も大げさだな。

 

 「大変ですね……。」

 

 「何を言ってる、お前たちの方も似たようなものだろう?」

 

 確かに量は似たようなものですが……やっているのは由良なので……。

 

 「お前だけでは不安だったんだが上手くやっているようだな、副官室を新しく作ったかいがあったよ。」

 

 副官室?秘書艦室の間違いでは?

 

 「おいおい、鳩が豆鉄砲食らったような顔してどうした?」

 

 「い、いえ……提督殿、副官室とは?」

 

 「お前と由良が使ってる部屋の事だろう、何言ってるんだ?」

 

 「え?は!?初耳ですが!?」

 

 「由良をお前の秘書艦にした時に話しただろう、『部屋を一つ新しく作る』と。大丈夫か?疲れてるんじゃないかお前。」

 

 はぁ自分はてっきり秘書艦室だと思ってましたが……。

 

 それよりも由良が自分の秘書艦?由良があの部屋に移ったのは大規模作戦の少し前だ。

 

 最低でもその頃には私の秘書艦になっていた?大規模作戦の準備でバタバタしてたのは確かだがそんな話は聞いたことがないぞ?

 

 大規模作戦の少し前に由良と一緒に水雷戦隊の指揮を執れとは確かに言われた覚えがある、もしかしてその事を言ってるんだろうか。

 

 「て、提督殿、ちなみにその話はいつ頃?いえ!忘れてるわけではなく一応……。」

 

 提督殿が疑いの眼差しを向けて来る。

 

 本当にすみません、覚えがないんです本当に……。

 

 「辰見が来た日に言っただろう、『お前と由良に水雷戦隊の指揮を任せたい。』と。」

 

 いや、確かに言われましたが……。

 

 「実際、指揮は執ってるじゃないか。今さら何をとぼけてるんだ?」

 

 ええ、指揮は執らせてもらってます、自分が疑問に思ってるのは由良が自分の秘書艦だと言う部分でして……。

 

 「艦娘と円滑にコミュニケーションを取るために秘書艦は必須だからな、だから経験豊富な由良をつけたんじゃないか。」

 

 わかりませんよ!副官室にしても秘書艦の事にしても、肝心な所を何一つハッキリ言ってないじゃないですか!

 

 提督殿はいつもそうだ!肝心な部分を言い忘れて言った気になる!自分がそれでどれだけ苦労して来たか……。

 

 由良を秘書艦にするという肝心な部分が抜け落ちてるじゃありませんか!

 

 それ以外は、まあ……その手の手続きもしましたし問題はありませんが……。

 

 「て、提督殿?自分は由良が……その……。」

 

 「わかってる!皆まで言うな!お前の由良への思いは気づいている。」

 

 さすが提督殿!自分が由良を苦手に思ってる事に気づいて……ん?じゃあなんで由良を自分の秘書艦に?

 

 「お前の由良へ向ける憂いを秘めた視線を見れば一目瞭然だ。」

 

 ええそうです!由良と一緒に居なければならないと思うと自分の身が心配で恐ろしくなるんです!

 

 「由良にちゃんと想いを伝えられるか心配だったのだろう?だからお膳立ても兼ねてお前たち二人を組ませたんだ。」

 

 勘違いしてますよね?自分が由良に惚れてると勘違いしてますよね!?勘違いしないでよね!由良の事なんかぜんぜん好きじゃないんだから!むしろ恐怖の対象だから!

 

 「ところで、お前ちゃんと由良の時間を作ってやってるか?お前の秘書艦にしてから海に出てるところを見たことがないぞ。」

 

 いや……自分に書類の処理は……。

 

 「書類なんて適当に確認して判子押せばいいような物しか回してないんだ、二人でやれば午前中で終わるはずだぞ?まあ、由良と一緒に居たい気持ちはわからんでもないが……。」

 

 そんなに簡単な書類だったんですか!?じゃあ量が多いだけ!?そうゆう事なら自分が全てやりますよ!由良と離れられるなら書類仕事は全部自分がやります!

 

 「由良をとられたおかげで私の方はこの様だ、感謝しろよ?」

 

 いえ恨みます、自分を地獄に叩き落してくれたことを。

 

 「新たに秘書艦を任命されないのですか?」

 

 もしくは由良を再度提督殿の秘書艦に……。

 

 「なかなか任命する気になれなくてな……。」

 

 いきなり由良を勧めてはなんだな、ここは軽く朝潮あたりから……。

 

 「朝潮などはどうです?真面目ですし、秘書艦業務も問題なくこなせると思いますが。」

 

 「ふむ、朝潮か……。」

 

 提督殿は朝潮を鍛えようと必死だ、きっと別の艦娘がいいと言うはず。

 

 そこですかさず由良を勧めれば……。

 

 「そうだな、朝潮に頼んでみよう。」

 

 「ですよねー!では由良などは……ってええ!?朝潮を秘書艦に!?」

 

 「何を驚いてる、勧めたのはお前だろう。」

 

 たしかに勧めましたが、それは提督殿が却下する前提の軽いジャブみたいなものでして……。

 

 コンコン……。

 

 ん?誰だ?遅いから由良が連れ戻しに来たか?

 

 「駆逐艦朝潮です!タンカー護衛任務の報告に参りました!入室してもよろしいでしょうか!」

 

 先代の朝潮と同じで生真面目な挨拶だな、昔を思い出してしまいそうだ。

 

 「構わないよ、入りなさい。」

 

 「失礼します!」

 

 なんだか鼻息が荒いな、走って来たんだろうか。

 

 「丁度いい所に来てくれた、君に話があるんだ。」

 

 まずい!このままでは由良を提督殿に押し付ける自分の作戦が!

 

 「と言う事で少佐、さっさと出て行け。」

 

 出て行けと来ましたか!右手で『しっ!しっ!』とまでしちゃって!わかりましたよ!出て行きますよ!ついでに憲兵に通報しといてやる!

 

 「し、失礼しました……。」

 

 とは言ったものの、通報なんてしても無駄だよなぁ……どうせ丸め込んでしまうだろうし……。

 

 重い足取りで秘書艦……じゃない、副官室に戻ると由良が鬼のような形相でドアの前に立っていた。

 

 母さん、自分はここで死ぬかもしれません……。

 

 「遅い!書類一枚渡すだけでどうしてこんなに時間かかるんですか!」

 

 君を提督殿に押し付けようとしてた。

 

 なんて口が裂けても言えないな、どう言い訳しようか……。

 

 「説明してくれますよね?ね!」

 

 「ゆ、由良の事で提督殿と話をしてたんだ!」

 

 「え?由良の事を……?」

 

 嘘は言っていないよな?うん……言ってない、。

 

 「提督殿に聞いたんだ、ここに回ってくる書類は適当に見て判子押してればいいような書類ばかりだと!」

 

 「一概にそうとは言えませんけど……少佐さんでも処理できる書類ばかりではありますね……。」

 

 よし、由良を押し付けられなかった以上、自分の心の平穏を得るにはこれしかない!

 

 「今まで君にばかり仕事を押し付けてすまなかった!自分では処理できない書類だと思い込んでいたんだ。でもこれからは自分が全てやる!君の時間は自分が作る!」

 

 「そ、そんな……由良は少佐さんが書類仕事は苦手なんだと思って……それで由良が全部……。文句は言ってましたけど……。」

 

 ん?なんで顔を赤くするんだ?まさか怒りのゲージが振り切れているのか!?

 

 これはいかん!由良に出て行って貰うために畳みかけなければ!

 

 「もう心配しなくていい、君の苦しみは自分が全て引き受ける!自分を信じてくれ!」

 

 驚いた表情で自分を見つめる由良、これはいけそうだな。

 

 面倒な書類仕事は全て自分がやるから由良は外で好きなだけ暴れて来てくれ!お願いです!

 

 「そ……それは少佐さんなりの……プ……プロポ……。」

 

 プロポ?ラジコンか?たしかラジコンの操作方式の一つのプロポーショナル式の略だったな、それがどうした?

 

 「しょ、しょうがないですね!今回は許してあげます!」

 

 よくわからないが怒りは収まったみたいだな、じゃあ君は明日から……。

 

 「でも執務は一人じゃ大変ですから二人でやりましょ!ね!ね!」

 

 「い、いや君は訓練とか……。」

 

 「二人でやればすぐ終わります!それに……共同作業みたいで嬉しいじゃないですか……。」

 

 いやいやいや、共同作業って何!?ケーキカットじゃないんだから!

 

 「じゃあさっそく始めましょう!あ、お茶を煎れましょうか?いい新茶が手に入ったんです♪」

 

 そんなにコロコロ機嫌を変えて疲れないか?自分は精神的に疲れ果てたぞ。

 

 そのうちハゲてしまいそうだ……。

 

 「わからないことがあったら遠慮なく聞いてくださいね♪」

 

 自分は君の機嫌が直った訳が知りたいです。

 

 怖くて聞けないけど……。

 

 「今日から頑張りましょう♪由良も、頑張りますね!ね!うふふっ♪」

 




 

 由良が少佐の秘書艦になったくだり、かなり強引だったなぁと少し反省。

 一応「提督と辰見」の最後の方で少しだけそれっぽい事書いてるんですが、あの辺でもう一話幕間挟めばよかったなぁ……。

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