艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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朝潮着任 2

 対深海凄艦用装着型海上自由航行兵装適合試験、うん、長い、考えた人はきっと暇を持て余していたに違いない。

 

 長く大層な名前をつけている割にやることは簡単だ、艦娘が背負う『機関』と呼ばれる艤装のユニットを装着し意識を『機関』に集中するだけ。

 

 脳波計や脈拍計など、いろいろ計測器もつけられるけど、これ自体は試験になんの関係もない、あくまで被験者の体調をモニターするだけだ。

 

 もっとも、その『集中するだけ』の試験に私は落ち続けてきたわけだけど。

 

 「準備はいいか?」

 

 「はい、いつでもかまいません。」

 

 私は『機関』を背負い、体中に計測器につながるコードをつけられていく、私はこれがあまり好きではない、なんだか操り人形になったみたいな気分になるから。

 

 「『アサシオ』?聞いたことない艦名ね。」

 

 試験に同席している叢雲さんが『機関』に書かれた艦名を見て不思議そうな顔で教官に尋ねた。

 

 私も聞いたことがない、でも艤装の形状は『大潮型』に似てるかしら?

 

 「これは朝潮型一番艦『朝潮』の艤装だ。」

 

 教官がどこか懐かしむような顔で教えてくれた、教官はこの艤装のことを知ってるのかしら?

 

 「朝潮型?大潮型の間違いじゃなくて?」

 

 私に代わるように教官に叢雲さんが尋ねる、叢雲さん興味津々ね、今まで人の偽装に興味持ったことないじゃない。

 

 「いや、大潮型が間違いなんだ叢雲、大潮は朝潮型の2番艦だ。」

 

 「ではなぜ、大潮型と呼ばれているのですか?」

 

 長い間養成所にいる私ですら、朝潮型という艦型は今まで聞いたことがない、何か事情でもあるのかしら。

 

 「君たちは、『横須賀襲撃事件』を知っているか?」

 

 「なんだっけ?」

 

 叢雲さん、座学で習ったわよ。

 

 「たしか、呉鎮守府がグアム沖で攻撃予定だった艦隊が北上して横須賀鎮守府の目前まで迫った事件だったかと。」

 

 その事件で駆逐艦の子が一人戦死したと聞いた覚えはある。

 

 「そう、その事件の最中、鎮守府目前まで迫った敵戦艦を迎撃、撃退した駆逐艦がこの『朝潮』の前の使用者だ。」

 

 「戦艦を撃退!?すごいじゃない!なんでそんな武勲艦が無名なのよ。」

 

 たしかに、そんな手柄を立てた駆逐艦がほとんど無名だなんておかしいわ。

 

 「それは私にはわからない、ただあの子は……先代の『朝潮』はそういうことに興味がない子だったからな……ああだが、勲章は送られたと聞いたな。もっとも、受け取ることはできなかったが。」

 

 じゃあ、戦死したという駆逐艦って『朝潮』?命と引き換えにして敵戦艦を撃退したの?

 

 「教官は先代の『朝潮』さんをご存じなのですか?」

 

 「ああ、私は当時、横須賀鎮守府の司令部に勤めていてね、そこで何度か話したことがあるんだ。」

 

 「どうして朝潮さんは……」

 

 どうして先代の『朝潮』さんは命がけで敵旗艦に向かっていったんだろう。

 

 武勲や勲章に興味もない彼女は、何のためにその命を散らしたんだろう。

 

 「朝潮がどうかしたか?」

 

 「い、いえ、なんでもありません。」

 

 わからない、この艤装と適合することができればわかるのかな、艤装と同調すると前の使用者の記憶が流れ込んでくる事があると聞いたことがあるし。

 

  「とにかく、その事件以降、『朝潮』の艤装は適合者の現れないまま、各養成所をたらい回しにされた、3年もの間な。」

 

 「3年も適合者がいないんて、身持ちの堅い艤装ね、それで巡り巡ってこの養成所に流れ着いたってわけ?」

 

 艤装に『身持ちが堅い』は当てはまるのかしら?

 

 「ああ、『朝潮』の艤装がここに送られてくると聞いたときは耳を疑ったよ、何せどこの養成所にあるかわからなくなっていたからな。」

 

 教官……それは管理が悪いだけでは……

 

 「まあそんな事情もあって、いつのまにか朝潮型ではなく、大潮型が間違って広まってしまったんだ。」

 

 なるほど、ネームシップの朝潮が何年もいないから現役で戦う大潮がネームシップと誤解されたのか。

 

 「今の大潮さんは当時の大潮さんと同じ人なんですか?」

 

 「ああ、退役したとも戦死したともは聞いていない、おそらくまだ横須賀にいるだろう。」

 

 先代の『朝潮』さんが戦死して大潮型と呼ばれるようになった時、大潮さんはどんな気持ちだったんだろう……姉の死によって回ってきたネームシップの座。

 

 私だったら悲しくて泣いてしまうかもしれない、だって呼ばれるたびに思い出しちゃうもの、姉が死んだことを。

 

 「教官、そろそろ。」

 

 モニターを担当してる医師が時間が押してることを告げてきた。

 

 「わかった、では駆逐艦『朝潮』の適合試験を始める。」

 

 「気楽にやんなさい、今までうまくいかなかったんだから、これで失敗しても今さらって感じでしょ?」

 

 だからもうちょっと言い方を……でも、うん、頑張るわ。

 

 私は背中の艤装に意識を集中し始めた、叢雲さんに聞いた話だと、同調し始めると前の使用者の記憶が垣間見えるとか。

 

 「脳波、脈拍等、各バイタル異常なし。今のところは問題はないようです。」

 

 医師がモニターの結果を伝える声が聞こえる。

 

 気を取られちゃダメ、集中しなきゃ。

 

 私はさらに意識を艤装に集中する。

 

 お願い、私と同調して、でないと私は……

 

 これが最後のチャンスなの!

 

 (どうか司令官を……あの人をよろしくお願いします。)

 

 ふと、夢で見た少女の言葉が頭をよぎった。

 

 桜の木が植えられた鎮守府に似た建物、行ったことがないはずなのになぜか懐かしくて……愛おしくて……。

 

 そうだ、思い出した。

 

 あそこは、あの場所は……

 

 そこまで思った時、急に目の前が真っ白な光に包まれた。

 

 『君は?』

 

 気が付くと私は、白い士官服に身を包んだ男の人の前に立っていた。

 

 この人は誰だろう、顔が逆光で見えない。

 

 『本日付けで着任しました。駆逐艦『朝潮』です!』

 

 口が勝手に動く、これは私がしゃべっているの?

 

 『君が朝潮か、君のような幼い子が戦場にでるのか?』

 

 幼いなんて失礼です!たしかに歳はようやく12になったところだけれど……

 

 あれ?何かおかしい、私は今年で13だ、なのになんで12だなんて。

 

 『すまんすまん、悪気はなかったんだ』

 

 〖私〗がムッとしていることに気づいたのか、男の人が私に謝って桜を見上げた。

 

 『もう5~6年もすれば君はこの『ソメイヨシノ』のような女性になりそうだな。』

 

 桜を見上げていた男の人がそんなことを言ってきた、ソメイヨシノのような女性?

 

 染井佳乃とでも改名しろってことかしら?

 

 『それは何かの暗号でしょうか?』

 

 思わずそう言ってしまった、だってわからないんだもの。

 

 『ハハハハハハハ、そうか、わからないか、いやいい、忘れてくれ。』

 

 笑われてしまった……後で調べてみよう。

 

 『私が当鎮守府の提督だ、駆逐艦朝潮、貴官を心より歓迎する。』

 

 提督と名乗った男の人が手を差し伸べてきた。

 

 大きくて暖かそうな手、〖私〗は提督の手を取りこういった。

 

 『はい!こちらこそよろしくお願いします!』

 

 これが、〖私〗と司令官の出会いだった。

 

 ザザ……

 

 場面が切り替わって行く、これは〖私〗の記憶。

 

 違う、これは先代朝潮の記憶、艤装に残った思いが私に流れ込んできてる。

 

 『駆逐艦大潮です!小さな体に大きな魚雷! お任せください!』

 

 この人が大潮さん?元気そうだけどどこか危なっかしい感じがする。

 

 『満潮よ。私、なんでこんな部隊に配属されたのかしら。』

 

 今度は妙にツンツンした満潮さん、叢雲さんと感じが似てるかしら?

 

 『あら。自己紹介まだでしたかー。私、荒潮です。』

 

 荒潮さんは妖艶なお姉さまって感じかしら?なんかずっとあらあら言ってる。

 

 この子たちが〖私〗の姉妹艦たち、この子たちと〖私〗は第八駆逐隊を結成し、いくつもの戦場を渡り歩いた。

 

 ザザ……

 

 また場面が切り替わる、今度はどこ?

 

 『わかった、駆逐艦『朝潮』に敵旗艦の迎撃を命じる。』

 

 司令官がとても苦しそうな顔をしている、そんな顔をしないでください、アナタは〖私〗が必ず守って見せます。

 

 アナタに害をなそうとするものは〖私〗が絶対に許さない!

 

 アイツだ、アイツが司令官を!

 

 〖私〗の司令官を殺そうとしている!

 

 許さない許さない許さない許さない、絶対に許さない!!

 

 例え〖私〗の命と引き換えにしてでもアイツを司令官に近づけるものか!

 

 心を怒りが支配していく、アイツって誰?〖私〗は誰をこんなに憎んでいるの?

 

 やめて!頭が変になりそう!

 

 私が覚えのない怒りに気が狂いそうになっていると誰かが私を抱きしめてくれるのを感じた、あぁ、また来てくれたんだ……

 

 『ごめんね』

 

 なんで謝るの?

 

 『私の最後の感情があなたを苦しめてしまったから。』

 

 アナタは誰かを恨んで死んでしまったの?

 

 『ええ、私は鎮守府を襲った敵の旗艦を、窮奇と名乗った戦艦凄姫を恨んで死んだ。』

 

 どうして恨んだの?殺されたから?

 

 『悔しかったのかな、あの人を殺そうとした窮奇を私は仕留めることができなかったから。』

 

 復讐したいの?

 

 『どうだろう、正直、復讐とかはどうでもいいと思ってる。』

 

 他に未練があるの?

 

 『未練……未練か……もし叶うなら、もう一度、あの人に会いたい……あの人と話がしたい……あの人に……抱きしめてほしい。』

 

 そうか、アナタは司令官の事が好きだったんだね。

 

 だからアナタは命を懸けて戦艦に立ち向かったんだ。

 

 大好きな司令官を守るために。

 

 だったら会いに行こう。

 

 『え?』

 

 私と一緒に、私が司令官に会わせてあげる!

 

 だから、代わりにアナタは私に力をください!

 

 『だけど、それは……艦娘になればアナタは戦場に出なきゃいけなくなるのよ?』

 

 元よりそのつもりです!

 

 でなければ艦娘になろうなんて思いません!

 

 『死ぬかもしれないのよ?』

 

 私は死にません!絶対に!

 

 『どうしてそう言い切れるの?』

 

 だって私がなるのはアナタだから!駆逐艦〖朝潮〗だから!

 

 『ずいぶんと買いかぶってくれるのね、〖私〗は何の特徴もない量産型駆逐艦よ?』

 

 駆逐艦教本の最初のページに書いてあります!

 

 『え?』

 

 曰く、〈駆逐艦の実力はスペックではない。〉と!

 

 『ああ、あの教本、まだ使われているのね。』

 

 アナタもあの教本で勉強したのですか?

 

 『いいえ、〖私〗が艦娘になった頃は何もかもが手探りだったから。』

 

 ではどうして教本の事を?

 

 『その教本はね、〖私〗ともう一人別の艦娘とで書き上げたの。』

 

 ではあの教本はアナタが!?

 

 『ええ、最初と最後のページにそれぞれ一言づつ添えてね。』

 

 アナタは、どちらのページに?

 

 『最後だったかな?もっとも、私はいい言葉が思いつかなかったから司令官の受け売りをそのまま書いちゃったんだけどね。』

 

 アナタがあの言葉を……

 

 でしたら猶更、私はアナタの名を継ぎたくなりました。

 

 アナタと一緒に刻ませてください。

 

 私はアナタと一緒に暁の水平線に勝利を刻みます!

 

 『……その決意に、偽りはないのね?』

 

 はい!お約束します、アナタをもう一度司令官に会わせると、そして絶対死なないと!

 

 『わかったわ、なら〖私〗はアナタに力を与えます。駆逐艦ではあるけれどアナタが求めてやまなかった力を。』

 

 そして〖私〗は私を包み込むように抱きしめてこう言った。

 

 『おめでとう、いいえ、おかえりなさい駆逐艦〖朝潮〗。』

 

 彼女の言葉とともに視界が開け、私は元の場所に戻っていた。

 

 なんだか首が痛い気がする、目の前には叢雲さん、そんな心配そうな顔してどうしたの?

 

 「ちょっと!大丈夫なの!?ねえ!返事しなさい!!」

 

 叢雲さん痛いよ、そんなに肩をゆすらないで、大丈夫だから。

 

 「練度1で安定、同調成功しました!」

 

 同調成功?ああそうか、私は適合試験を……ん?

 

 「同調……できたの?」

 

 私が?

 

 「そうだ、おめでとう、今日から君は駆逐艦朝潮だ。」

 

 実感が沸かない、同調したっていっても普段と変わらないし……ああでも、背中の艤装が軽く感じる、これが同調するってこと?

 

 「大変だったんだから!急に変なこと言いだすし、頭とかガクガクさせちゃってさ!」

 

 それで首が痛いのかな、半分は叢雲さんのせいな気がするけど。

 

 「そうか……私、同調できたんだ……」

 

 私は艦娘になれたんだ。

 

 「やっとやっとなれた……私、艦娘に……う、うううぅぅぅぅぅ」

 

 艦娘になれたと実感したとたん涙がでてきた、悔しかった、落ちこぼれと呼ばれて。

 

 私より後に入所した子が先に艦娘になるのが羨ましかった。

 

 出て行けと言われて悲しかった、でもそんな日々がやっと終わったんだ。

 

 私は今日、艦娘になったんだ! 

 

 「ちょ、ちょっと!泣かなくてもいいじゃない!」

 

 だって、3年間ずっとなれなくて、内火艇ユニットにすら同調できなくて、落ちこぼれ扱いされてた私が艦娘になれたのよ?泣くななんて無理よ。

 

 「ごめん、でもでもぉぉぉぉぉ」

 

 「まったく、でも、よくやったじゃない。おめでとう、朝潮。」

 

 それから私は叢雲さんに寄り添って泣いた、叢雲さんは私が泣き止むまでずっと頭をなでて慰めてくれた。

 

 夢のような時間の中で〖朝潮〗と交わした約束も覚えてる、会いに行けるよ〖朝潮〗司令官に会いに行こう。

 

 そして一緒に戦おう、アナタとなら私はなんでもできる気がする。

 

 正化29年2月。

 

 私は、駆逐艦朝潮になった。

 




今回でてきた設定

対深海凄艦用装着型海上自由航行兵装:艤装のこと、ぶっちゃけそれっぽい単語並べただけです。

練度:この作品では練度=同調率って感じで扱います。練度1で同調率1%的な。練度が上がるごとに艤装の反応速度等々が上がっていくということで。

機関:艦娘が背中に背負っている艤装のメインユニット、ここから砲とか魚雷などのサブユニットの制御を行う。

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