「サンマ漁……ですか?」
秘書艦の仕事にもだいぶ慣れてきた十月の初め、司令官が私に下した命令の内容に思わず質問で返してしまった。
「そう、サンマ漁だ。急ですまないんだが、明日応援に行って欲しい。」
漁師さんのお手伝いをすればいいんでしょうか、でも魚釣りなんてしたことないし……。
「ねえ、先生。この子たぶんわかってないわよ?」
ソファーに寝そべってダラダラしている神風さんが助け舟を出してくれた。
出してくれたのはいいのですが、うつ伏せでソファーのひじ掛けに顎を載せてるそのダラケっぷりはいかがなものかと……。
「そういえばそうか。サンマ漁は通称で正確には漁業船団護衛任務だ。」
漁業船団護衛任務とは書いて字の通り、漁業を行う船団を護衛する任務で遠征任務の一つに含まれます。
消費量が年々減る一方であるとは言え、今だに魚の消費量が世界でも上位に食い込む日本だけど、深海棲艦が出現した当初は船もまともに出すことができず、一時期はスーパーの売り場どころか飲食店からも魚の姿が消えたとか。
その代わりに岸から釣れる魚と川魚の値段が高騰したらしいです。
そんな事情もあって発令されたのがこの漁業船団護衛任務。
艦娘の数に限りがあるため船団単位でしか護衛は出来ないけど、この任務のおかげで日本の食卓に魚が戻って来ました。
「あの頃は鯖の切り身が1000円超えてたな……。下魚と言われてた時代が嘘みたいだったよ。」
とは司令官の言ですが、今でも海魚の値段は深海棲艦出現前より高いらしいです。
自分で買ったことがないので詳しい値段はわかりませんが……。
その任務も、サンマの水揚げが始まる八月上旬から十一月末の四か月間は名称が変わり『サンマ漁』の通称で呼ばれだしますます。
理由は簡単、美味しいサンマが捕れるこの時期、第一海軍区内の漁師さんたちはサンマしか狙わなくなるからです。
他の魚ももちろん捕るんですが、この時期はあくまでオマケ扱いになります。
戦局が安定してるとは言え遠洋漁業はリスクが高いから普通の人はやりたがりませんし、沿岸漁業も艦娘の護衛なしではまともに出来ませんからね。
戦前ですら、四か月サンマ捕って残りの八か月はオフと言われていたサンマ漁(ホントかどうか知りませんよ?)です、海魚の値段が上がった現在の収入は当時の二倍近くだとか。
漁師さんが群がるのも当然ですね。
「サンマは秋の味覚の代表格だからな。いくら戦時中とは言え、日本人は食わずにおれんらしい。」
私はあの
「そんな事言って、先生ってサンマの
司令官もですか!?わかります!食べれないですよね!よかった、司令官と同じで♪
「あの
ソファーに胡坐をかいてお猪口をクイッとやる仕草を神風さんがやって見せる、おじさん臭いですよ?
「その任務を仕切ってる子から、明日応援をくれと頼まれてな。向かわせられそうな子を探してみたら君ともう二人しか居なかったんだ。」
もう二人?その一人は神風さんかしら、見るからに暇そうだし、だけど……。
「でも私には秘書艦の仕事が……。」
任務だから仕方ないけど、できれば司令官と離れたくないな……。
「それは神風にやらせるから心配しなくていい。コイツを行かせるのが一番いいんだが……。」
チラリと神風さんを覗き見る司令官、神風さんを行かせられない理由でもあるのかしら。
「コイツだと漁師達とケンカを始めかねん……。」
なるほどそれで……司令官が大きなため息をついてる、心中お察しします……。
「私が行ってもいいわよ?秘書艦やるよりよっぽど気楽だし。」
たまにはいい事を言いますね神風さん!それで行きましょう!
「バカな事を言うな、今のご時世で漁師の機嫌を損ねたら、また食卓から魚が消えるぞ。」
「いいじゃない、今の若い子は魚なんて食べないでしょ?」
見た目だけは若い神風さんが言うと違和感ありまくりですね。
「それにお前、漁師を甘く見てるだろ。奴らはヤクザより気性が荒い連中だぞ、いくらお前でもそんな連中を相手にできまい。」
あくまで司令官個人の感想です。
「魚雷で吹き飛ばすから大丈夫。」
「大丈夫な訳あるか!お前俺の話聞いちょったか!?」
あ、久しぶりに司令官の方言が聞けた、ちょっと役得♪
「ゴホン!まあそんな訳でコイツを行かせる訳にはいかんのだ。」
そうゆう事なら仕方ないですね、それに司令官のご命令なら断る理由はありません。
「お任せください!この朝潮、見事サンマを殲滅して見せます!」
「殲滅しちゃダメでしょ。」
「……。」
司令官が頭を抱えてしまった……そのくらいの覚悟で任に当たると言う意気込みなだけですよ?ホントに殲滅なんてしません。
「と、ところで残りの二人と言うのは?」
話を逸らそう、残りの二人が誰なのかも気になるし。
「満潮と叢雲だ、この二人と一緒に行ってもらいたい。満潮は非番だから部屋に居るだろう、叢雲は……たしか辰見が改装の申請を出していたな。おそらく工廠に居ると思うぞ。」
満潮さんと叢雲さんか、二人とも気が強いけどケンカしたりしないかな……。
「サンマ漁は早朝行われるから今日は早めに寝るようにな。詳しい話は……そうだな……。」
右手を顎に当てて司令官が何やら考え込んでる、何か心配事でも?
「今日はもう終わりでいいから満潮と叢雲を連れて七駆の部屋に行ってみなさい。そこに居なければ朧あたりに居場所を聞いてみると言い。」
はあ、一体誰に会えばよろしいんでしょうか、七駆の部屋と言う事は七駆の誰かなんでしょうけど……。
「先生、仕切ってる子の名前言ってないわよ。」
「ん?そうだったか?」
私が言いにくい事をホント平気で言いますね、こうゆう遠慮をやめるところから始めるべきかしら。
「そうよ、先生はいつも肝心な所を言い忘れるんだから。」
「う……すまん……。」
気にしないでください司令官!私は気にしてませんから!
「七駆の曙だ、うちが担当している地域での漁船の護衛は全てその子が仕切っている。」
曙さんか、たしか満潮さん並に気が強い人ですよね?最初に会ったのはたしか初出撃の時だったっけ。
「これが装備品の使用許可書だ。曙に渡しておいてくれ。それで今日の仕事は終わりだ。」
司令官が書類を手渡してくる、これで今日は司令官とお別れか……司令官を膝枕したあの日が恋しい、寝起きで慌てた司令官可愛かったなぁ……。
「朝潮?」
「あ、すみません!お預かりします!」
思わず物思いに耽ってしまった、ドキドキしてるのは私だけで司令官は普通なんだもんなぁ……。
「では!失礼します!」
「ああ、よろしく頼むよ。」
これから司令官と神風さんは二人きりか、いいなぁ。
嫌な妄想ばかりが頭を支配していく、いくら親子みたいな関係と言っても血縁関係はないんだ、どうしても嫌な考えが頭をよぎっちゃうわ。
名残惜しく執務室を後にした私は、八駆の部屋で暇を持て余していた満潮さんに事情を話して七駆の部屋に向かった。
「よりによってサンマ漁に駆り出されるとは……。ついてないわ……。」
「満潮さんはサンマ漁が嫌いなんですか?」
心底嫌そうに廊下を歩く満潮さん、そんなに辛い任務なのかしら。
「嫌いよ、魚臭くなるし漁師の人たちはむさ苦しいし。」
そんな理由で……ダメですよ?日本の食卓のためにも頑張らないと。
「私はてっきり曙さんとそりが合わないから嫌なのかと思いましたが。」
「それもあるわね、あの子口が悪いのよ。気も強いし変に不幸ぶってるし。」
口が悪くて気が強いのは満潮さんも一緒では?口が裂けても言えませんが。
「で?もう一人は叢雲だっけ?」
「はい、今は工廠で改装を受けているらしいです。」
そういえば叢雲さんも気が強いわね、叢雲さんはどちらかと言うとプライドが高いお嬢様って感じだけど。
「この組み合わせは悪意を感じるわ……霞まで居たら最悪だったわね。」
そこまで言わなくても……最近始めたラインではとても素直でいい子ですよ?ギャップがすごいです。
「もう着いちゃった、まあ私たちの部屋とそんなに離れてないし当然か。」
ちなみに七駆の部屋は庁舎海側二階の一番東に位置します、先代が秘書艦じゃなかったら本当はここが八駆の部屋になってたみたいです。
「アンタがノックして……。」
第七駆逐隊と書かれた表札がかかった部屋の前でノックを躊躇う満潮さん、そういえば私達以外の駆逐艦と話してる所をあまり見た事がないわね、仲悪いのかな。
コンコン!
『居留守ですよー。誰も居ませんよー。』
いや、いますよね?自分で居留守って言ってるじゃないですか。
「いいから開けなさいよ漣。用事があるの。」
『その声……満潮!?何で!?』
そんなに意外そうにしなくても……満潮さんが不機嫌そうにそっぽ向いちゃったじゃないですか。
「あ、ホントに満潮だ。それに朝潮も。」
ドアを開けて出迎えてくれたのは漣さんではなく朧さんだった、いつも頬っぺたに絆創膏を張ってる七駆の旗艦をやってる人だ。
「朝潮はともかく、満潮が訪ねて来るなんて珍しいね。どうしたの?」
「明日のサンマ漁に駆り出されることになったのよ。」
目を合わせずぶっきら棒に答える満潮さん、ダメですよ?朧さんが困ったような顔してるじゃないですか。
「じゃあ曙に用があるんだね。でも困ったな……曙今出てるのよね……。」
朧さんが横目で部屋の中を見るよう促してくる、部屋の中に居るのは漣さんと潮さんだけか。
「ぼのたんなら工廠裏じゃない?釣り竿持ってたし。」
釣り竿?工廠裏って釣りができるのかしら。
「そう、じゃあそっち行きましょ。叢雲に合流するのにも丁度いいし。」
「あ、ちょっと満潮さん!」
挨拶もせずにさっさと歩いて行ってしまった、もうちょっと愛想よくすればいいのに。
「ふふ、満潮は相変わらずだね。」
「すみません、私からよく言っておきますので……。」
たぶん言えませんけど……。
「いいよいいよ、慣れてるから。それより早く追いかけた方がいいんじゃないの?」
朧さんに言われて満潮さんの方を見てみるとすでに階段を降り始めていた。
「ホントすみません!では、私もこれで!」
朧さんと部屋の中の二人に頭を下げて満潮さんを追いかける、少しくらい待ってくれてもいいのに。
「満潮さ~ん!待ってくださ~い!」
「遅い!何トロトロしてるのよ!」
庁舎と工廠の丁度中程で追いつくなり怒られてしまった。
お、怒らなくても……満潮さんの代わりに散々頭を下げて来たんですよ?
「う……ごめん……言い過ぎたわ……。」
満潮さんが私の顔を一瞬見てバツが悪そうに頭を掻きながら謝ってくる、別に気にしてはいませんけど……。
「私たち以外と話すの苦手なんですか?」
「べ、別に苦手な訳じゃないけど……。」
苦手と言うよりは満潮さんが壁を作ってるって感じかしら、人と関わり合いたくないのかな。
「わざと……ですか?」
「……そうよ。」
どうしてそんな事を……仲間とは仲良くするに越したことはないのに。
「ねえ朝潮、アンタは私の事好き?」
それはlikeの方ですよね?間違ってもloveじゃありませんよね?
「もちろん好きです。大切なお姉ちゃんですから!」
満潮さんがながもんと同じとは思えないけど一応予防線は張っておこう、好きなのは本当だし。
「私が死んだら悲しんでくれる?」
「そんなの当り前です!」
なんでそんな事聞くんですか?大切な人が死んだら悲しむのは当たり前じゃないですか。
「嫌われてれば、悲しませずに済むでしょ……?」
だから皆から距離を取っていると?そんな辛そうな顔をしてるのに?
「姉さんが死んだ時、私は悲しくて泣いたわ……。あんな思い、しなくていいならする必要ないのよ。」
じゃあなんで私に対しては壁を作らなかったんですか?私は満潮さん事を大切に思ってしまっていますよ?
「満潮さんは嘘つきですね。」
「……別に嘘なんかついてないわ。」
あくまでしらを切りますか、でも私は引き下がりませんよ。
「いいえ、嘘です。だって満潮さんは私に嫌われようとしないじゃないですか。」
「それは……アレよ、仲が悪いと連携に支障が……。」
「それは他の人も言えるんじゃないですか?八駆だけならともかく、他の人たちと艦隊を組むことだってあるはずです。」
満潮さんが次の言葉を探すように押し黙る、満潮さんは優しすぎるんです、自分と同じような思いを他の人にさせないようにわざと嫌われるようにして。
「アンタには……関係ないでしょ……。」
「いいえ、関係あります。だって満潮さんは私のお姉ちゃんですから、お姉ちゃんが辛そうにしてるのを見過ごすことなんてできません。」
満潮さんが怒りと悲しみが入り混じったような顔で私を振り向いた、本当にみんなから嫌われたいなら私たちにも同じことをするはずです。
でも満潮さんは私たちに嫌われようとはしない、私たちにだけは壁を作らない。
「私は満潮さんの事が大好きです。どんなに厳しくされたって嫌だと思ったことはありません。」
私の事を想って厳しくしてくれてるのがわかるから……。
「本当は皆と仲良くしたいんでしょ?」
「そんな事ない……。」
そんな事あります、自分を苦しめてまで人を思いやる満潮さんが孤立する事を本気で望んでるわけありません。
「私がお手伝いします。」
「余計なことしないで!ほっといてよ!」
「嫌です、私は辛そうな満潮さんを見てると悲しくなってしまいます。他の人を悲しませるのは嫌なのに可愛い妹を悲しませるのはいいんですか?」
満潮さんが呆気にとられたような顔になった、自分で自分を可愛いと言うのは自惚れすぎだったかしら。
「アンタそれ、私のためじゃなくて自分のためじゃない?」
「そうです、最近気づいたんですが私は自分の欲望に正直みたいです。」
私は両手を腰に当て、無い胸を精一杯張って言った。
「それ、威張って言う事じゃないでしょ……。」
「だから私のために友達を作ってください。満潮さんの幸せは私の幸せでもあるんですから。」
「何よそれ、意味わかんない……。」
呆れを通り越したのか満潮さんがうっすらと笑みを浮かべ始めた。
少しは思い直してくれたかな、だったら私も全力で満潮さんのお友達作りをサポートいたします!
「じゃあ叢雲さんから始めましょう!」
「な、何を?」
「友達作りに決まってるじゃないですか!大丈夫です、叢雲さんも言い方はキツいですが根はいい人ですから!」
「アンタ今、叢雲さん『も』って言った?私の事もそんな風に思ってたの?」
満潮さんがジト目で睨んできた、言ってませんよ?『も』なんて私は言ってません、満潮さんの気のせいです。
「私がどうかした?」
声をかけられ工廠の方を見ると、叢雲さんがすぐそばまで歩いてきていた。
改装するために工廠に居ると聞いてたけど姿に変化はないわね。
「何よ、私の顔に何かついてる?」
「いえ、なんでもないです。」
ジロジロ見過ぎちゃった、改二改装じゃなかったのね。
「大方、改装と聞いてたのに姿が変わってないから意外だったんでしょ。」
ありがたいことに満潮さんが私の心情を代弁してくれた、生意気を言った事への仕返しでしょうか……。
「残念ながら私はアンタほど出来が良くないのよ。練度だってようやく40になったところよ?」
私は言われるほど出来は良くないと思うのですが……そういえば私の練度っていくつなんだろう?聞こう聞こうとして忘れちゃうけど。
「40で初めての改装?普通20くらいじゃないの?」
「辰見さんが忘れてたのよ、昨日改装が受けれる練度超えてるのに気づいたって言うんだから呆れちゃうわ。」
満潮さんが訝しんで質問し叢雲さんがヤレヤレといった感じで答える。
なんだ、普通に話せるんじゃないですか。
「朝潮は改二改装受けてるから70くらい?もっと上かしら。」
いやいや、私叢雲さんと同期ですよ?私の方が着任が早かったから少し上かもしれませんけど、精々50に届くか届かないくらいじゃないですか?
「ちょーっと叢雲こっち来て!こっち!」
「え?何?ちょ、ちょっと引っ張らないでよ!」
急に満潮さんが私の数メートル先まで叢雲さんを引っ張って行って肩を組みヒソヒソ話を始めた、何を話してるんだろ?
「え!?そうなの!?なんでそんな……。」
叢雲さんの頭のアレがピコピコと小刻みに変な動きをしてる、動揺してるのかな?
「しっ!声が大きい!」
満潮さんがキョロキョロと周りを警戒するような素振りをした後ヒソヒソ話を再開した。
人に聞かれたらまずい話なんでしょうか、私の練度の話ですよね?
「じゃあそうゆう事で、お願いね。」
そう言って満潮さんが叢雲さんの左肩をポンと叩いた、なんだか疎外感が……。
「私は別にいいけど……。」
叢雲さんが私の方を覗うように頭だけで振り返る、頭のアレが犬の耳みたいに垂れ下がってるわね。
「あ、あの……何を話して……。」
「き、気にしないでいいのよ朝潮!アンタの練度は50だって話しただけだから!ね!叢雲!」
へぇ、私の練度って50だったんだ、初めて知ったわ。
「そ、そうそう!アンタもやるじゃない!養成所時代が嘘みたいだわ!」
いや、二人とも明らかに何か隠してますよね?アハハハハって笑ってるのがわざとらしいですよ?
「じゃ、じゃあ先を急ぎましょうか。工廠裏だっけ?叢雲も一緒に来なさい!」
話を誤魔化そうと急いでこの場を離れようとしてるわね、まあいいですけど。
「はぁ!?なんで私が工廠裏に行かなきゃいけないの!?」
叢雲さんが頭のアレをピーンと立てて若干引き気味になる、そりゃいきなり工廠裏に来いと言われたら警戒しますよね、まだ任務について話していませんもの。
「叢雲さん、実はですね……。」
工廠裏へ向かいながら任務の説明をすると叢雲さんが露骨に嫌そうな顔に変わった、そこまで嫌そうにしなくても……。
「魚なんて……。今の若い子は食べないでしょ。」
と、見た目も歳も若い叢雲さんが申しております。
私は魚好きだけどなぁ、綺麗に食べれたときは無駄に嬉しくなっちゃいません?
「あ、居た。」
工廠裏への最後の角を曲がると、建物から10メートルほどの位置にある堤防の上で釣りをしている人が居た。
朧さん達と同じセーラー服の上からポケットの多いベストを身につけ頭には日よけ用と思われる麦わら帽子、足には長靴を履いて脇には青いクーラーボックスを置いて居る。
「あのぉ……曙さんですよね?」
「……誰?」
曙さんが横目に私達を、ギロリと睨みつけてきた。
初対面の霞を思い出すわね……。
「え?あ!朝潮……さん!?」
さん?どうして私なんかをさん付けで?曙さんの方が先輩ですよね。
「あの……。」
「ひぃっ!ごめんなさい!睨んだことは謝るから許して!」
頭を抱えてうずくまってしまった……。
私が声をかけただけでこの取り乱しよう……まともに話すのは今日が初めてのはずなんですが……。
「朝潮、アンタこの人に何かしたの?」
私は叢雲さんにフルフルと首を振って否定する、こんなに恐れられる理由が本当にわからない。
「あ~、曙ってまさかあの時のこと引きずってるの?」
満潮さんが理由に察しがついたみたい、まさか先代に何かされた?
「引きずるどころかトラウマよぉ……。」
曙さんが潤んだ瞳だけこちらに向けてなんとか声を捻り出す、ちょっと可愛い……。
「この子ね、着任当日に姉さんにこっぴどく叱られたのよ。」
やはり先代絡みですか、何をしたら着任当日に叱られたりするのかしら。
「叱るなんて生やさしいもんじゃなかったわよアレは!着任から一週間ずっと『司令官ごめんなさい』ってノートに書かされ続けたのよ!?殴られた方がマシだったわよ!」
なるほど着任早々、司令官に失礼な事をしたんですね。なら叱られても仕方ありません。
「出会い頭に『こっち見んな!このクソ提督!』だもんねぇ。」
ほう……クソ提督ですか、面白いことを言う人ですね。
「ねえ満潮、朝潮の顔が怖いわ……。」
「真顔だから下手に怒るより怖いわね……。」
ええ、久々にキレてしまいました、ここが工廠裏で丁度良かったです。
「言ってない!あれ以来一回も言ってないから!」
先代も生ぬるい。私なら一日一万回感謝の五体投地を
最低一ヶ月は 司令官に捧げさせるものを……。
「朝潮、曙がマジ泣きしそうだからその辺にしてあげて。任務の事も聞かなきゃいけないんでしょ?」
そういえばそのためにここに来たんでしたね、あまりの怒りにコロッと忘れていました。
「任務?もしかして明日の応援ってアナタ達なの?」
曙さんがノロノロと堤防から降りて来た、まだ若干怯えられてるなぁ。
「そうです、それとコレが明日使う装備の使用許可書です。」
ファイルに挟まれた許可書を差し出すと、曙さんが恐る恐る手を伸ばしてサッとファイルを奪い取っていった。
そんなに警戒しなくても何もしませんよ?司令官を侮辱しない限りは。
「……いつもよりすんなり通ったわね……。でもこんだけ?まあ……使うけどさ。」
許可書を見ながらブツブツ言い出す曙さん、申請されてたのはたしか探照灯とソナーだったわね。
「よし、わかった。明日は早いわよ。遅刻したら許さないんだから!」
お、急に強気になった、でも腰は若干引けてるかな?
「自己紹介がまだだったわね。特型駆逐艦 曙よ。精々こき使ってあげるわ。覚悟しなさい!」
両手を腰に当てて胸を張ってるけど、腰が引けて膝を笑わせながら自己紹介する曙さんは、滑稽を通り越してなんだか微笑ましかった。
明日の投稿は深夜か、下手すると次の日になる可能性があります。
ハードル上げ過ぎた……。