タウイタウイ泊地。
スールー諸島のタウイタウイ島にある泊地で、太平洋戦争時に旧日本軍がシンガポールを中心として内線作戦を展開していた関係で、東から攻めて来る米軍に対する拠点として重要視されていました。
南方の産油地からの燃料供給の負担も比較的軽かったそうです。
現在はセレベス海を抜けて北上しようとする潜水艦や水雷戦隊に対する拠点として機能しています。
出現する敵の関係上、泊地に居るのは軽巡と駆逐艦がほとんどで、万が一ここが突破された場合はブルネイ泊地及び佐世保鎮守府から艦隊が即座に派遣、迎撃に当たります。
「あーーー!雨が鬱陶しい!!」
タンカーから降りた私たちは長門さんを中心に輪形陣を形成してスールー海を南下中、装甲のおかげで体が直接雨に濡れることはないけど、装甲を伝う雨のせいで視界は遮られるし波は高いしで、神風さんの言う通り確かに鬱陶しいわね。
神風さんが肩掛けに大きなカバンを下げているけど、何が入ってるんだろ?着替えとかかな。
「あ、朝潮。よかったら私が抱っこしてやろうか?」
ながもんが何か言ってますけど無視です。
タンカーの中では大人しかったのに洋上に出た途端にコレです、今なら事故に見せかけて亡き者にできるんじゃないかと暗い考えが頭をよぎってしまいます。
「朝潮って変なのにばっかりモテるわよね。」
言わないでください満潮さん、気にしてるんですから……。
「それ言っちゃうと満潮ちゃんも『変なの』に含まれちゃう気がするけどぉ?」
「私は違うわよ、荒潮こそ『変なの』でしょ?夜中朝潮の布団に潜りこんで何かしてるし。」
今とんでもない事を聞いた気がするんですけど!?私寝てる間に何かされてるんですか!?
「艦娘で女知音はよくある話だしね~。私は興味ないけど。」
「オンナチイン?」
聞きなれない言葉ですね、艦娘同士でなにかする事でしょうか。
「男色の逆よ、要はレズね。」
聞かなければよかった……確かに女性比率の高い鎮守府ならそうゆう事も起こりそうですが、まさかよくある事だったとは……。
「横須賀だと松風ちゃんが有名よねぇ?神風型って性格に難がある子が多いのかしらぁ?」
性格と言うよりは性癖な気がしますが……、まあネームシップの神風さんがアレですもんねぇ。
「今の松風ってそんななの!?いや……そういえばやたらと変な視線送って来てたわね……中途半端に宝塚っぽかったし……。」
それは宝塚の人に失礼なのでは?そんな事より、私の右後方、輪形陣の最後尾に居る満潮さんが両腕で体を抱いて軽く震えているのが気になるんですが。
「時雨怖い……ボクっ子怖い……佐世保は魔境よ……。」
時雨さんに何かされたんでしょうか、変なトラウマ植え付けられてません?
「そういえば武蔵さんってどんな方なですか?大和型だとは聞きましたけど。」
呉に記念艦として現存している戦艦大和の2番艦である武蔵をモデルに建造された艦娘とは司令官に聞いたけど、人となりは全く知らない。
ながもんみたいな人じゃない事を祈るけど……。
「一日中寝てるだけの穀潰しよ。半年ほど一緒に居たけど、まともに話した事はないわ。」
ながもんを挟んで反対側に居る神風さんがそう答える、一日中寝てるだけだなんて……出現する敵の大半が潜水艦とは言え訓練ぐらいすればいいのに。
「あ~でも。晴れの日だけはどこかに行ってるみたいだったわね、艤装は持ち出してなかったから島のどこかには居たんでしょうけど。」
お散歩でもしてたんでしょうか、寝てばかりじゃさすがに体が訛ってしまいますもんね。
「寝てばかりとは情けない戦艦だな、戦艦とは私のように威厳を持って艦娘を引っ張って行くようでなくてはならないのに。」
貴女のどこに威厳が?ずっと私の方をチラチラと覗き見てる姿に威厳など微塵も感じませんが?
もしかして私が隙を見せるのを待ってるんでしょうか。
見せませんよ?連装砲は常に貴女に狙いをつけてますし、飛びかかられた時の事も考えていつでもトビウオで回避できるようにしてますから。
雑談を交えながらも警戒は怠らずに航海を半日ほど続けていると、水平線上に島の輪郭が顔を覗かせ始めた。
私たちは海面に立っているから、水平線までの距離は約5キロと言ったところでしょうか、あとひと踏ん張り、日が落ちるまでにはたどり着けそうね。
いい加減、敵どころかながもんまで警戒し続けるのにも疲れて来てたし。
「港は島の南側よ。島の右側から回った方が近いわ。」
神風さんの指示で舵を若干右に取り島を回り込むと前方に桟橋らしきものが見えて来た。
旧日本軍の施設を改修、再利用しただけあって頑丈そうな造りね。
「あれって出迎えかな?桟橋に誰か立ってるよ。」
先頭の大潮さんが桟橋に立ってる人に気づいた、頭まで合羽を着てるから容姿はわからないけど体形からして駆逐艦かしら。
「遠路遥々……よくお越しくださいました……。当泊地所属の駆逐艦、早霜です。」
私たちが桟橋に上がると、早霜と名乗る方が敬礼で迎えてくれた。
姫カット風の前髪で隠した右目、駆逐艦としては高めの身長と淡々とした暗めな口調が印象的だわ。
「横須賀鎮守府所属の長門だ、しばらく世話になる。」
一応私たちの艦隊の旗艦であるながもんが代表して早霜さんと握手を交わす、猫を被ってるのか凛々しい面持ちね。
「基地施設までご案内します……。こちらへ……。」
早霜さんに連れられてしばらく歩くと、坂道の先に基地らしき建物が見えて来た。
鎮守府とは違ってコンクリートで作られた機能性重視の建物、装飾の類は一切見られないわね。
無骨と言う表現がしっくりくる。
「さすがに艤装を背負ったまま基地司令と会うわけにはいかんな。先に工廠を案内してくれないか?早霜。」
「わかりました……。工廠はあちらになります……。」
基地の正面に来たところで、ながもんが思い出したように早霜さんにそう言うと、早霜さんが視線と人差し指で基地の右側を指して教えてくれた。
見てみると茶色いアーチ型の屋根をした建物が見えた、工廠と言うより倉庫のようにも見えるわね。
「複葉機とか出て来そうな雰囲気ねぇ。」
荒潮さんの言う通りそんな感じがしますね、滑走路も一応ありますし。
「複葉機……、ありますよ?司令が趣味で、晴れた日に乗り回してます……。」
あるんだ……しかも趣味って……軍の施設を自分の趣味で使うなんて公私混同なんじゃないかしら。
「うちの司令官に比べたら可愛い趣味だね。」
アレで可愛い趣味?じゃあうちの司令官は一体どんな趣味をお持ちなんですか?大潮さん。
「うちの司令官のは公私混同超えてるもんね。」
そんな事はありませんよ満潮さん!司令官がそんな事するわけないじゃないですか!
「職権乱用しちゃってるものねぇ。」
あーあー!聞こえない!荒潮さんが言ってる事なんか何も聞こえない!
「私が知ってるのはクルーザーを哨戒艇と偽って所持している事と、浴場の差別化だな。駆逐艦と入浴できなくなって悲しんだ艦娘がどれだけいた事か……。」
黙れながもん!前者は立派に役に立ってます!それに怒り心頭のようですけど後者はながもんのせいですからね!
と言うかながもんみたいな性癖の方が他にもいるんですか!?
「甘いわよ長門。先生ったら鎮守府の外の店に出資してるのよ。鎮守府の運用資金から。」
き、きっと私たちに必要なお店なんですよ!神風さんの言い方じゃ、まるで横領してるみたいじゃないですか、司令官に限ってそんな事はありえません!
「あ、先生で思い出した。早霜、コレ渡しとくわ。」
工廠に入ると、神風さんが肩にかけていたカバンを早霜さんに手渡した、早霜さんに渡したと言う事は神風さんの私物じゃないのね。
「こ……これ四式ソナーじゃないですか……!いいんですか……!?」
早霜さんが隠れてない方の目をまん丸にして驚いてる、四式ソナーって言ったらかなり上位の対潜装備よね?司令官から泊地への手土産かしら。
「四式ソナーを手土産とは司令官も思い切った事するわね……。量産できないからかなりの貴重品のはずなんだけど……。」
満潮さんが顔を真っ青にして後ずさりしてる、そんな貴重な装備を手土産に?まさかとは思うけど、神風さん勝手に持って来たんじゃ……。
「大潮は何も見てないし聞いてないよ……。」
「私もよぉ。司令官が激怒してる姿が想像できるけど何も見てないわぁ……。」
大潮さんと荒潮さんまで顔を真っ青にしてそっぽを向いてしまった、そんなにまずい事態なのかしら……。
「いいのいいの。私も前にお世話になってたし、そのお礼も兼ねてパクって……いや、持ってきたのよ。」
いやぁねぇ~、と聞こえて来そうなくらいの笑顔で言ってますけど、今パクってって言いましたよね?やっぱり勝手に持って来たんじゃないですか!
「ちょ、ちょっと神風さ……。」
「ありがとうございます……。これで……対潜でケガをする子も……減ると思います……。」
神風さんが渡した四式ソナーを取り返そうとして声をかけようとしたけど、早霜さんの涙ながらお礼で思いとどまざるを得なくなった。
この辺りの敵は潜水艦がほとんどと聞いています、きっと多くの艦娘が潜水艦の犠牲になったんでしょうね……。
「私は基地司令に挨拶してくる。神風、案内してくれないか?早霜は朝潮達を部屋に案内してやってくれ。」
「わかりました。ではこちらへ……。」
ながもんに文句を言っている神風さんを尻目に私達は工廠を後にしてまずはお風呂に案内された、大きな一枚ガラスを通して外が見える浴場、その外にはさらに露天風呂があるみたいね。
「晴れていれば良い景色をご覧いただけたんですが……。残念です……。」
私たちと一緒に浴場に入って来た早霜さんが無表情のままそう言った、と言うか思ったより胸が大きいですね、潮さんほどじゃないとは言え、神風さんと同じくらいあるんじゃ……。
「……何か?」
「いえ……なんでも……。」
べ、べつに胸の大きさが女のステータスの全てじゃないすし……。
それに私の司令官はロリコンですから小さいに越したことはないんです!
「この子、悪意なしに司令官を貶めてるわよ。」
そんな事はありませんよ満潮さん!司令官はロリコンなんです!だから胸は小さい方が好みなんです!
「司令官てぇ、並乳が好みなんじゃなかったっけぇ?」
以前神風さんがそんな事言ってた気がしますが関係ありません、司令官はロリコンなんです!
「朝潮ちゃんはどう見ても並以下だよね?」
ええ並以下です!どう見ても小学生くらいの満潮さんと同レベルの胸です!でもいいんです、これが司令官の好みなら喜んで受け入れ……。
ボカッ!
「アンタ今すっごい失礼な事考えたでしょ。主に私に!」
痛い……。
満潮さんに思いっきり後頭部を殴られてしまいました……。
「か、考えてませんよぉ……。」
満潮さんはまだ改二で大きくなる可能性があるからいいじゃないですか……。
「大潮はないと思うなぁ。」
「私もぉ、朝潮型で巨乳は諦めた方がいいと思うわよぉ?」
嗜好を読まないでください、でもそういえば朝潮型で巨乳の方はいませんね、荒潮さんが比較的大きいとは言ってもあくまで並の範疇ですし。
「潮や呉の浜風が異常なのよ、アイツら実は軽巡か重巡なんじゃないの?あんな胸の駆逐艦が居るか!」
あれ?実は満潮さんも胸の小ささにコンプレックス抱いてます?大丈夫ですよ、朝潮型より胸の不自由な駆逐艦は他にもいますから。
「私と同じ夕雲型の夕雲姉さんや長波姉さんも大きいですよ……?着痩せするタイプだからわかり辛いですけど……。」
長波さんというと大会で当たった三十一駆の旗艦をされていた方ですよね?巨乳を隠すとはなんと卑劣な……。
「あ、雲が晴れてきましたね……。」
早霜さんに言われて外を見てみるとさっきまでの雨が嘘のように空は晴れ渡り、満天の星空が広がっていた。
「この辺りは雨季と聞いていましたけど……。」
「雨季とは言っても一日中降るわけではありません……。この辺りは、日に何度かあるスコールの回数が多くなるだけです……。」
へぇ、日本の梅雨とはだいぶ違うのね、勉強になりました、それに……。
「こんな綺麗な星空は初めてです……。」
まさに満天と言っていい星空、横須賀ではまずお目にかかれないでしょうね。
「コレを見れただけでも、ここまで来たかいがあったわね。」
満潮さん達もうっとりと星空を見ている、これで武蔵さんを何事もなく連れ帰れたら言う事なしね。
輝く星に心の夢を、祈ればいつか叶うでしょう。
と歌った曲は星に願いをだったっけ、この星空なら確かに願いが叶いそうな気がしてきますね。
私は目を閉じ星に願ってみる。
早く戦争が終わりますようにとか、世界に平和をとか大それた願いをするつもりはありません。
あの人の笑顔が取り戻せますように。
私は浴場の窓から見える星空に願いを込めて、そう祈った。
実際のタウイタウイはそんなに重要な泊地じゃなかったみたいですが、この作中の歴史が本来の歴史と変わっているため、重要視されていたという設定にしています。
内線戦略をとったところで米軍が東からセレベス海を通って攻めてくるかどうかはわかりませんが、そこは素人の浅知恵と思って見逃していただけると幸いです。
ちなみに、サンマ漁の話で書いた魚をスマートに食べる方法を魚料理専門の居酒屋に行って試してきましたが、ホントに綺麗に食べれました。
知らなかった人は是非一度お試しあれ。