『駆逐艦朝潮。突撃します!』
いや、するな。
アンタやる事理解してるんでしょうね?私たちの目的は足止めよ?突撃してどうすんの、神風さんと行動するようになって脳筋になってるんじゃない?
まあ、あの子の事をとやかく言えないか……私も足止めで終わらせる気はないし。
遠目に見える戦闘海域からは激しい爆撃と砲撃の音がここまで響いて来てる。
距離は……2海里くらいかな、ちょこちょこと水平線上に水柱が見え隠れしてるし。
ネ級が離脱した報告を聞いてからの時間を考えると、そろそろ見えてもよさそうなんだけどな……。
「あ、来た。」
こちらに近づいてくる人影が一つ、実際に見るのは初めてだけど、アイツがネ級ね。
「距離は……1500くらいね、こちらから挨拶するとしますか。」
ドン!
私はネ級に向け砲撃、ネ級は右に舵を取って回避した。
「かなり大袈裟に回避したわね、この距離の初弾なんてよっぽど上手いか運がいいかしないと当たらないのに。」
ドン!ドン!
ネ級がお返しとばかりに私に向けて砲撃、これは避けなくてもいいわね。
砲弾は私の左前方と右後方に着弾、夾叉と言えなくもないけど……着弾点同士は軽く100メートルは離れてる。
実艦ならともかく、人間サイズの艦娘や深海棲艦じゃ夾叉とは言い難い。
ドン!ドン!ドン!
私は連装砲を三連射、砲弾はネ級の左右と真正面に着弾。
今日は調子がいいわ、大潮や神風さんほど砲撃が上手くない私にしては上出来よ。
「さて、挨拶は済ませたし。逃げるとしますか。」
私は左に旋回して朝潮が戦っている方へ針路を取る。
さあ、着いて来なさい。
アンタは必ず、私を追いかけるはずよ。
ドンドンドンドン!
後方からネ級の砲撃音、私は顔だけ振り返って砲弾を確認し、船首を起こしてブレーキをかけると同時に右へ。
高圧缶を装備してるせいか速度のノリがいいわね、気をつけないと体感より速度が出ちゃうそう。
「予想通り♪」
私は、誘っていると悟られない程度に速度を落とし、私の前方に着弾したネ級の砲弾が作った水柱の反対側へ、速度を落としながら姿を隠す。
あと5秒くらいは隠れてられるかな。
水柱に隠れる前に確認したネ級との距離は約700、え~と、ネ級が30ノットでこっちに直進してるとして、5秒で何メートル進むんだっけ?
10ノットで5m/sくらいだから、単純に3倍して15メートルくらいか。
「5、4、3、2、1!」
私は5秒のカウント終了と同時に海面をジャンプして空中で180度反転、着水と同時にネ級を0時として10時方向へ魚雷を2発発射して前方へトビウオ。
ドン!ドン!
私の姿を捕捉したネ級が私に向けて砲撃してくるが再度トビウオで左前方へ飛び回避。
ドン!……ドン!
私はネ級へ向け、間隔を開けてネ級の脚の右側を狙って2回砲撃。
「うわっ!避けなさいよそれくらい!」
私が撃った砲弾の一発目は回避したものの、二発目がネ級に直撃した。
二発目も避けてくれれば先に撃っておいた魚雷の射線上だったのに、直撃したせいで魚雷はそのままネ級の左側を人二人分くらい開けて素通りして行った。
て言うかあっちって、もろに皆が戦ってる方角なんだけど……教えといた方がいいかしら……。
ん~でも、ギリギリ射程外かな?うん、大丈夫大丈夫、当たらなかったネ級が悪いんだし。
もし届いたとしても、その頃には干渉力場である『弾』も殆どないくらいまで減衰してるだろうし。
『おのれ……駆逐艦風情が!』
ネ級からの全周波通信、深海棲艦ってどいつもこいつもこんななのかしら。
それとも周波数を合わせるって概念がないのかな?
ネ級が煙を振り払い、尻尾についた主砲を撃ちながら距離を詰めてくる。
あれだけ自由が利く尻尾がついてちゃ戦舞台も使えないか……。
『お!誰が撃ったか知らないけどいい仕事するじゃない!駆逐艦に直撃したわよ♪』
私とネ級が砲火を交えながら、接近と離脱を繰り返してると、私が撃った魚雷が戦域に届いた事を知らせる通信が私の耳に飛び込んできた。
はい、撃ったのは私です神風さん。
だけど敵に当たったのはただの偶然です、神風さんに当たらなくてよかった……本当にそっちまで届くとは思ってなったわ……。
ドン!
おっと、あっちの事を気にしてる場合じゃなかった。
砲撃は何発か直撃しているとは言え、ネ級はほぼ無傷、やっぱ私の砲撃じゃ無理か。
『沈めてやる……。窮奇様の邪魔はさせん!』
やっぱりアンタは窮奇の直属だったか、私の勘も捨てたもんじゃないわね。
「上等じゃない!その目障りな尻尾、引きちぎってやる!」
私の狙いは最初からアンタよ!
アンタが居る限り窮奇討伐はきっと叶わない、アンタは窮奇の盾なんでしょ?私が朝潮の盾であるのと同じように!
私は砲撃しながらネ級に接近、ネ級も私に向けて砲撃してくるが精度はお世辞にも良いとは言えない。
対して私の砲撃は面白いようにネ級に吸い込まれていく。
砲撃も下手、回避も下手。
ハッキリ言ってカモだけど、私の砲撃じゃもっと接近しないとネ級の装甲を抜き切れない。
せめて大潮か荒潮並みの火力が私にもあればいいんだけど……。
『刀』を使うか……コイツ程度の砲撃なら装甲を殆ど消しても大丈夫な気がしないでもないし。
ドドドドドド!
「ちょっ!」
ネ級が有るだけ全ての砲身から砲撃を開始、数撃ちゃ当たるって奴?これだから重巡や戦艦は嫌いなのよ!
こんなに乱射されたら読み切れない、装甲なしじゃ至近弾でも重傷になっちゃう!
私は回避しなければならない砲弾のみ舵取りだけで回避し続け、接近を試みる。
トビウオや水切りは出来るだけ使わない、長期戦をするつもりはないけど、コイツを倒して朝潮の援護に向かう事を考えたら使わずに済ませたい。
『クソ!クソ!なぜ当たらん!』
「アンタが下手くそだからよ!荒潮の方がまだ上手いわ!」
『なんか今、バカにされた気がするんだけどぉ?』
おっと、ネ級に合わせて全周波通信にしてるの忘れてた。
別に荒潮は砲撃が下手な訳じゃないんだけどね、変な所へ変なタイミングで撃つだけで。
読みにくいから乱射されるより厄介だけど……。
『さっきから五月蠅いぞ!私と朝潮の逢瀬を邪魔する雑音を放っているのは何処のどいつだ!!』
窮奇まで混ざって来た、もう滅茶苦茶ね……。
『あ……いや……その……。』
窮奇に怒鳴られてネ級がオロオロしてる、可愛いとこあるのね。
でも、手加減はしてあげない。
ドン!ドン!ドン!
私を連装砲を三連射、狙いはネ級の胸あたり。
装甲は抜けなくても爆炎と煙で目くらましにはなる!
『クソ!さっきから効きもしない砲撃を飽きもせずっ……!』
あれ?この通信、全周波通信なのは変わらないけど、私に向けて指向性を持たせた通信だ。
器用なことするのね、窮奇に怒られなきゃしなかったんだろうけど。
ドドドドドドドドドドド!
距離が300まで近づいたところで、さっきと同じ全砲門一斉射撃。
さすがにこの距離じゃ直撃弾を見極めてる暇はないわね。
私はトビウオで右に飛び、着水と同時にネ級に向かって再度トビウオ。
頭に血が昇っているのかネ級は私に針路を向け真っすぐ来てる。
射程の有利を生かす気がまったく見られない、私からすれば好都合だけど。
バシュシュ!
私はネ級の右方向、一時の方向へ向て魚雷を二発発射。
同時にネ級の脚の左側を狙って連装砲を二発撃つ。
「次発装填!」
私の声に艤装が答え、魚雷発射管内で弾薬を材料に魚雷が構築され始める。
中でどんな事が起こってるのか知らないけど、司令官の話では妖精さんが頑張ってるらしい。
妖精さんなんて見た事ないけどホントに居るのかしら。
上位艦種の人は艦載機を操縦する妖精さんを見ることができるらしいけど。
『チィッ!』
ネ級が右に舵を取り一発目を回避、二発目はネ級の脚の正面に当たり速度を強制的に落とさせる。
「これは当たったかな。」
と、言っている間に魚雷が二発ともネ級に直撃、爆炎がネ級を包み込む。
『この程度で……この程度で沈んでたまるか!』
タフねぇ……、でも中破くらいには持って行けたかしら。
ネ級との距離は100を切った、この距離なら私の火力でも上手く当たればネ級の装甲を貫けそうだけど……。
確実に仕留めるならもう少し接近したいわね。
だけどその前に、私が一番心配してる事を確かめとくか。
「ねぇ、この作戦を考えたのってアンタでしょ。」
『な‥…!?』
私は砲撃を止め、ネ級が撃ってきても回避できる速度と体勢を維持して語りかける。
なぜそれを、って言いかけたのかしら?知らなくてもわかるのよ。
普段は潜水艦くらいしか出ない海域に、突如空母を含む艦隊を引き連れて出現した重巡。
ネ級と聞いてピーンと来たわ、泊地を襲う事自体はアンタ達にとっては既定路線だったかも知れないけど、正面からしか進行して来なかったのは失敗だったわね。
だから私に考えを読まれた。
朝潮が姿を見せたらタイミングを見て、窮奇が東側から姿を見せて朝潮だけ釣ろうとしたんでしょ?
アンタがあの時のネ級と別の個体ならそれでもよかったのよ私は。
東から迫る艦隊なりが居ないことを確認して長門さん達に合流すればいいんだけなんだから。
「東側から来れば万が一の場合逃げやすいものね。潜水艦あたりで退路を確保してるのかしら?」
『……。』
ネ級が砲撃を止め沈黙する、その沈黙は肯定と取るわよ。
って事は心配事が当たっちゃったか、もし窮奇が撤退を始めたら追撃が難しいわね。
ソナーも爆雷も装備して来てない私と朝潮じゃ潜水艦のいい餌だわ。
「窮奇が姿を現す前に朝潮と私が東に針路を変えて焦ったでしょアンタ。本当なら、艦隊同士が戦闘を開始した直後に窮奇に出て来てもらうつもりだったんじゃない?」
戦闘に突入したらおいそれと離脱はできない。
もし、最初から二人抜ける前提で打ち合わせをしてなかったら、朝潮だけで窮奇に向かう事になったでしょうね。
あの子は自分が窮奇に追い回されることを知っているから。
「でもよかったわね、目論見通り朝潮と窮奇は二人きりよ。」
もし最初から、朝潮を一人で向かわせるつもりだったと知られてたら、大潮あたりが猛反対してたでしょうけど。
今の朝潮なら一人でも十分足止めできる、興奮して突っ込んでないかだけ心配だけど……。
『お前……まさか……。』
「そうよ、私の目的はアンタ。私も一緒に向かえば間違いなく来ると思ったわ。艦隊の指揮を放り出してでも。」
あちらの状況はわからないけど悲報はまだ届いていない、苦戦はしてるだろうけど善戦は出来てるはず。
深海棲艦の指揮系統がどうなってるかなんて知らないけど、旗艦が抜ければ少なからず混乱する……と思う。
ネ級を離脱させる事は長門さん達にも有利に働くはずだ。
『私を艦隊から離脱させ、あわよくば仕留めるつもりだったのか。』
大正解、考え方が似てると楽ね。
アンタ、長門さん達が勝った場合、適当な事言って窮奇を撤退させちゃうでしょ?
どうせなら倒しちゃいたもの、あっちの艦隊と合流出来れば窮奇を倒すことも十分可能なんだから。
「アンタ邪魔なのよ、アンタが居たら窮奇を倒す難易度が跳ね上がる。」
だからアンタは私がここで倒す!泊地に迫ってる艦隊も潰して、その後で窮奇も倒す!これで完全勝利だ!
『お前は危険だ……危険すぎる。窮奇様にとって、アサシオよりお前の方が危険だ。』
気が合うじゃない、敵じゃなければ友達になれたかもね。
じゃあ戦闘を再開しましょうか、盾同士のぶつかり合いだ!
「「アンタ(お前)はここで沈め!」」
ズドン!!
私とネ級が戦闘を再開しようとした時、突如空気の振動が感じられるほど激しい音がここまで響いて来た。
長門さん達が居る方から?
私がそちらを向くと、私が居る場所からは見えるはずのない物が見えた。
「何……あれ……。」
ネ級も後ろを振り向き、水平線上に起こった現象を凝視している。
あの様子だと深海棲艦側が何かやった訳じゃない。
じゃあアレは誰がやったの?
長門さん達が居る戦域から、3海里近く離れているここからでもハッキリ見える水柱、いえ、あれはもう水柱なんて呼んでいい代物じゃない、巨大な滝だ。
水平線から空に向かって滝が落ちている!
「あそこでいったい……何が起きてるの……。」
私と同じように、ネ級も信じられないという顔をしている。
だけど私とは少しニュアンスが違う気がする、私のは単純に目の前の光景が信じられないってだけだけど、コイツのはあそこで起きている事を知って、それが信じられないって感じだ。
『艦隊が全滅……?バカな!!』
ネ級が艦隊ではなく窮奇と朝潮が居る方へ針路を取った。
今艦隊が全滅って言ったわよね?あの音で全滅?あそこに居る駆逐艦全員の魚雷が一斉に爆発したってあの規模の爆発は起こらない……じゃあさっきのは砲撃音?
たった一回の砲撃で敵艦隊を全滅させた!?
ドン!ドン!
「しまっ……!」
あっちで起きた事に気を取られすぎて、ネ級の砲撃を察知するのが遅れた私に砲弾が迫って来る。
これは……避けれない……!
ズドーン!
爆音と共に、私の視界は炎の赤と煙の黒で染め上げられた。