この作品内での高速修復材の役割と奇兵隊について説明する回です。
気が重い……。
現在自分は、タウイタウイ泊地に居る長門から連絡とその他諸々を報告するために執務室へ向かっているのだが……。
「朝潮が負傷……迎えに行くと言い出さなければいいが……。」
それをされると鎮守府が回らなくどころか年末に控えている大規模作戦……。
いや、規模を考えれば『超』規模作戦という方がいいか。
そっちの準備も滞る。
60人以上の艦娘と海兵隊や我々『奇兵隊』、それに米軍まで加えた一大反攻作戦。
失敗すれば今まで取り戻してきた海域まで失いかねない大博打、考えただけで胃が痛くなる……。
「泊地に備蓄してある
高速修復材、通称『バケツ』。
深海棲艦や妖精とともに見つかるようになった謎の液体。
なぜバケツと呼ぶようになったかと言うと、その液体はなぜか妖精が作った特殊なバケツでしか保管ができないからだ。
そのバケツ以外では時間が経つと蒸発してしまうのに、妖精特製のバケツに入れておけば蓋をしてなくても蒸発せずに長期保存が可能。
入手手段も限られているから使用するタイミングは慎重に吟味するし、管理も徹底され、大規模作戦時には主導する鎮守府に供出したりもする。
3年前、満潮に使ってやれなかったのは呉に供出していたのが最大の理由だ。
敵空母の艦載機が横須賀に近づくのを阻止する要であった鳳翔と祥鳳に万が一の事があった場合に備えるために、僅かに残った
窮奇の予想外すぎる行動のおかげで、裏目に出てしまったが……。
話が逸れてしまった、
と言っても艤装や艦娘に直接ぶっかける訳ではない、コレを妖精に与えるとテンションが上がるのか、それともドーピング的な効果があるのか、妖精が物凄い速さで艤装の修復を始める。
バケツ無しの艤装の修理は大きく分けて2工程。
1工程目は整備員が妖精の作った艤装の部品を妖精の指示に従って損傷個所と交換する。
妖精は手の平大の大きさしかないから、整備員は言うなれば重機代わりだ。
当然だが、整備員には妖精が見える者が複数いる。
妖精が見えることは提督になれる最低条件だが、その全てが提督になれる訳ではない。
妖精が見えるだけの素人に鎮守府の運営など、恐ろしすぎてさせれる訳がない。
見える者で海軍に所属している場合は、辰見や自分のように現提督の元で補佐に就くか、普通の軍人として所属し続けるか、整備の仕事を習って整備員になるかの三通り。
所属してない場合はスカウト、もしくは自己申告して海軍に所属して上記のどれかの進路に進むか、スカウトされても断って一般人として過ごすかだ。
2工程目は妖精による最終チェック。
整備員では部品を交換したところで、それが正常に動くかの調べることが出来ない。
チェックが完了してOKなら、妖精がサムズアップして教えてくれ、ダメな場合は蹴りを入れられるとか。
本当かどうかは知らない。
バケツを使った場合は工程など関係なしに妖精があっという間に修理を完了する。
交換用の部品も整備員の手も必要とせず、損傷個所を時間を
整備員曰く、『艤装をカラフルな手の平大の虫が高速で這いまわってるみたい』で非常に気持ち悪いらしい。
そして
傷に塗ったり、お湯などに溶かして飲むだけで瞬く間に傷が治癒する。
うちの提督殿は艤装の修理に
治癒能力を向上させるとは言え、ケガを急激に治すと言う、
「それに不満を漏らす艦娘も居ないでもないが……。」
自分は支持しますけどね……。
おっと、執務室についてしまった。
仕方ない、提督殿が暴走しないことを祈りながら報告を済ませるとするか。
・・・・
・・・
・・
「では、武蔵は内地に戻るのを承諾したんだな?」
「はい、三日後の物資輸送船の帰りの便に相乗りしてこちらに戻るそうです。」
意外だ……朝潮が負傷したのを聞いても提督殿の態度が変わらない……。
それどころか朝潮の事に触れない、何か心境の変化でもあったのだろうか。
「あの……提督殿?」
「なんだ?お前のその上目遣いで伺うような顔は気持ち悪いからあまり好きじゃないんだが。」
ドストレートに貶してきますね……普通は思っててもそういう事は口に出しませんよ?
「朝潮の事が心配ではないのですか?」
「心配は心配だが、あの子は約束を破らないからな。それに、満潮も一緒だ。」
毎日のように朝潮の訓練を覗き見していた頃が嘘のようですね。
朝潮はようやく、貴方の部下として認められたと言う事ですか……。
「
「艤装には使え、朝潮と満潮本人には重傷カ所だけ許可する。」
朝潮は右腕の骨折、満潮は内臓が損傷。
「了解しました。それと艦長ですが、後任が到着し次第こっちに来るそうです。」
「死にたがりのジジイは私の手紙を気に入ってくれたようだ。」
そうですね、造船所にワシが直接取りに行くと言うのを宥めるのに苦労しました……。
「またチェリー少佐と言われる日々が始まるな。楽しみだろ?」
冗談じゃない、自分は童貞ではありません。
素人童貞ではありますが……。
「『腰巾着』と呼ばれる方がマシですね……。ああそれと、艦娘から苦情が来てます。」
「苦情?何のだ?」
「『銃』と『車』の奴らが口も利かず黙々と得物の手入れをしてる光景が気持ち悪いそうです。」
奴らも昂る気持ちを抑えるのに必死なんだろう。
まだ早いとは言え数年ぶりの戦場だ、テロ屋を掃除するのとは訳が違う。
奴らは血の気の多い戦闘狂の集まりだからなぁ……。
『奇兵隊』の誇る実行部隊、銃火器の扱いを得意とする『銃』と、戦車を始めとする車両関係の扱いに長けた『車』。
名前が安直なのは名付けたのが提督殿だからだ、正式な部隊名ではない。
そもそも、『奇兵隊』と言う部隊名自体、軍の記録には存在しないしな。
『奇兵隊』とは。
『銃』や『車』を始めとした軍人で構成された実行部隊と、正規品から横流し品まで武器弾薬、車両関係を調達してくる『武器屋』と呼ばれる裏社会の人間達、鎮守府の外で店を構えて情報や武器以外の物資を調達してくる『店長』と呼ばれる民間人達。
9年前、提督殿の呼びかけに呼応して集まった、官民問わず身分も出身地もバラバラの寄せ集め集団。
それが『奇兵隊』だ。
「せめて人目に付かない所でやらせろ。我々は所詮黒子、主役である艦娘達の気分を害するような事はさせるな。」
「了解。はぁ……また文句を言われる……。」
奴らは上官の自分にも遠慮がないからなぁ……。
普通の軍隊じゃあり得ないぞ……。
寄せ集めである事の弊害だな……。
「奴らのまとめ役だろ?頼りにしてるぞ、『腰巾着』。」
わかってますよ、面倒事は自分の仕事です。
貴方にどこまでも付き従い、些事を処理する『腰巾着』、それが自分だ。
「ええ、お任せください。では、失礼します。」
そう言って自分は執務室を後にした。
さて、まずは何処から回ろうか……早く戻らないとまた由良に怒られてしまうからな。
「まったく、腰からぶら下がり続けるのも楽じゃない。」
楽しんでやる苦労は苦痛を癒すものだ。
とシェークスピアは言っているが、自分は果たして楽しめているのだろうか。
ただ、マゾヒズムを良い言葉っぽく言っただけではないのか?
自分はけっしてマゾではない、マゾなら由良に八つ当たりされる日々が嬉しくてしたかがないだろう。
自分は嬉しいと思ったことはない。
「だが、頼りにされるのはいいものだ。」
例え面倒事を押し付けられてるだけだとしても。
例え腰巾着と罵られようと。
自分は提督殿に付き従う。
9年前、奇兵隊が結成された日から、自分はあの人の命令で死ぬと決めているのだから。
それまではどんな面倒事もこなしてみせるさ。
では行こうか、まずは戦闘狂どもに嫌味を言われに。