艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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第7章 駆逐艦『朝潮』編成!
朝潮編成 1


 朝潮達が無事に武蔵を連れ帰って数日。

 鎮守府内はいつの頃からか催すようになったハロウィンの準備に追われ、駆逐艦たちが何かに憑りつかれたかのように量産するジャック・オー・ランタンの中身のせいで食堂の食事どころか神風が作る私の食事までカボチャのフルコースになっていた。

 

 今のうちに楽しんでおくと良い、と言うとなんだか悪役っぽくなってしまうが、年末の作戦で戦死してしまうかもしれない艦娘達の事を思うとそう言いたくなってしまう。

 せめて楽しめる時だけは思い切り楽しませてやりたい。

 

 「そんな時に、随分とおかしな事を言い出したものだな。満潮。」

 

 「別に。大潮が旗艦ってのに飽きて来ただけよ。」

 

 飽きて来た?それは嘘だろ、満潮が私に持ちかけて来たのは、朝潮と大潮による第八駆逐隊の旗艦の座を賭けての決闘。

 だが一つ引っかかる、朝潮が旗艦の座を欲しがるか?あの子は今も自分を弱いと思っている節がある、満潮や荒潮と対等に戦えるだけの実力を持つ霞を一方的に打ちのめしても、戦艦や空母を一撃で大破以上に追い込む戦艦棲姫と一対一で戦って生還してもだ。

 

 いまだにあの子の才能について教えてない私のせいでもあるが、さすがに自分は強いんじゃない?と少しくらい思ってもいいと思うんだが……。

 

 「許可、してくれるわよね。」

 

 私を見る満潮の目は真剣そのもの、朝潮のために必要な事なのか?

 朝潮を八駆の旗艦にしようと思った事がないではないが、あの子にはまだ少し早いと思っていたんだが……。

 

 「それはお前の返答次第だ。何を企んでいる?」

 

 満潮が押し黙った、言い訳を探しているのか?

 それとも、腹の内を全部晒すか迷っているのか……。

 

 朝潮のためなら隠す必要はない、私も喜んで協力する。

 ならば決闘の件は朝潮のためではない。

 

 「大潮か……。」

 

 「……お見通し……ってわけ?」

 

 「ただの消去法だ、朝潮のためならお前が理由を隠す必要がない。」

 

 大潮の問題はわかっていた。

 いや、わかったつもりになっていた。

 身近で大潮を見ていたお前は今が解決すべき時だと判断したんだな。

 

 「大潮が勝った場合に得るものはなんだ?」

 

 「朝潮の……出撃禁止処置……。」

 

 観念したようにため息をつきながら満潮が答えた。

 なるほど、そこまで危うい状態になっていたのか大潮は。

 朝潮がケガをする事すら許容できなくなっていたか……。

 

 「すまない。もっと早く、私がどうにかするべきだった。」

 

 気丈に振る舞う大潮を見て、この子なら大丈夫だと思い込んでいた私の落ち度だ……。

 

 「司令官は悪くないわよ……数十人居る艦娘すべての精神状態を把握するなんて不可能だもの……。」

 

 そう言ってもらえると少し気が楽になるが……。

 その結果、満潮に辛い役目をやらせることになってしまった。

 

 「わかった、お前の好きにしていい。」

 

 「い、いいの?大潮が勝ったら朝潮を本当に出撃させないようにするの?」

 

 何を驚く、大潮にその条件を突き付けたのはお前だろう?

 大潮から言い出すとは思えないからな。

 あの子は、自分の本当の気持ちをお前たちにも隠していたんだろ?

 

 「お前は朝潮が負けると思っているのか?」

 

 「毛ほども思ってないわ。」

 

 だろうな、そうでなくてはお前はこんな餌を大潮の目の前にぶら下げない。

 

 「お前から見て、朝潮と大潮の力量差はどのくらいだ?」

 

 「技術面で言えばほぼ互角、大潮は『稲妻』も「アマノジャク」も使えるしね、使えないのは『波乗り』くらいかしら。ただし実戦経験に埋められないほどの差があるわ。」

 

 ふむ、艦娘歴が長い分大潮が有利か。

 同じ技を使えたとしても、それを使った経験が多い方が習熟度が高いのは当然。

 

 「だけど精神的には朝潮に分があると思う。司令官の協力が必要だけど。」

 

 「朝潮に勝てと命令すればいいか?長門の時のように。」

 

 「それでもいいと思うけど……。今回は朝潮が負けた時の条件を司令官の口から朝潮に伝えて欲しいのよ。」

 

 意地が悪いな……私がそんな事を朝潮に言えば、あの子は意地でも勝とうとするだろう。

 あの子が私との約束を守るのに、出撃する事は絶対条件だ。

 負けたら金輪際出撃はさせないと言われて、あの子に火がつかないはずがない。

 

 「わかった、私から伝えよう。詳しい日時を決めたら教えてくれ。場所は確保してやる。」

 

 「……ありがと……。」

 

 ありがと……。か、お礼が言えるようになったのはいいがそこまで照れる必要はないだろ?

 顔が耳まで真っ赤じゃないか。

 

 「ねぇ……司令官、今晩空いてる?よかったら今晩その……どう?」

 

 鳳翔の所へ行こうと言うお誘いか?

 そう言えば長いこと愚痴を聞いてやってなかったな。

 だが、顔を赤らめて私の方をチラチラと見ながらそんな誘い方をしたら変な誤解を生みかねないぞ?

 もしこれが少佐なら、期待に胸を膨らませすぎてその場で襲いかかるかもしれん。

 気づかずに素でそんな言い回しをしているのなら将来的にも危険だ。

 最近は草食系とか絶食系が流行ってるらしいが、男など機会さえあれば種を蒔きたがる獣なんだからな。

 

 満潮が将来不幸な思いをしないためにも、少し釘を刺しておく必要があるな。

 

 「なかなか魅力的なお誘いだ。風呂は済ませておいた方がいいか?」

 

 「え?お風呂?それは好きにしたらいいんじゃ……。」

 

 遠回しすぎたか、普段察しがいいくせに、こういう方面には鈍感なのか。

 ならばもう少しストレートに行こう。

 

 「さすがに鎮守府の中はまずいから外に部屋を取ろう、夜景が綺麗なホテルが近くにあるらしいぞ。」

 

 「は、はぁ!?ホテル!?ちょ……何言ってるの!?意味分かんない!」

 

 よく考えたら女房にもこんな事を言った覚えはないなぁ……。

 なんだか気恥ずかしくなってきたではないか。

 

 「なんだ、てっきり夜伽の誘いかと思ったが違ったのか?」

 

 満潮の顔が顔色はそのままに羞恥と怒りの混ざった表情に変わっていく。

 自分がどんな危うい事を言ったのか気づいたか?

 

 「よと……!?バ、バカじゃないの!?そんなつもりで言ったんじゃないし!」

 

 これくらいでいいか、態度と言い方には気をつけろ?

 特にお前は普段とのギャップが凄いんだ。

 

 「冗談だよ。だが言い方には気をつけた方がいい。男ってのは基本、バカだからな。」

 

 「う……気をつける……。」

 

 頭からプシューっと湯気が昇ってるように見えるな。

 しかし、普段ツンケンしている満潮に赤面してモジモジしながらあんなセリフを言われたら大抵の男はイチコロだろう。

 ただしロリコンに限るが。

 

 「今晩は大丈夫だ、鳳翔には私から言っておこう。」

 

 神風を晩酌相手にするのにも飽きてきてたしな、アイツが相手だと落ち着いて飲めん。

 

 「まったく……これってセクハラじゃないの?憲兵さんに言いつけてやろうかしら……。」

 

 そう言いつつも満更でもなさそうに見えるのは気のせいか?

 それとも、今ので意識させてしまったのだろうか。

 

 「それは勘弁してくれ、今捕まるのはまずい。」

 

 大事な作戦も控えてるしな。

 

 「変な事言い出す司令官が悪いんじゃない!わ、私にそんな気はぜんぜんないんだから……。」

 

 ううむ、これは是非とも写真、もしくは映像で残しておきたい光景だ。

 あの満潮が耳まで顔を赤くした状態うつむいて、胸の前で手を組んでモジモジしている。

 なんだか告白をされてるような気分になってしまう。

 

 「すまんすまん。以後、気をつけるよ。」

 

 納得したのかわからないが、満潮がコクリと頷いて踵を返し、執務室のドアを開けて出て行こうとする。

 

 「……じゃあ……いつもの時間に待ってるから……。」

 

 だからそういうのはやめなさい。

 後ろ手にドアを閉めながら目を伏せてボソッとそんな事を言われたら変な期待をしてしまうじゃないか。

 聞きようによっては、不倫相手に人目を盗んで告げるセリフにも聞こえるぞ。

 もしかして本当にそっちのお誘いだったのか?

 だがすまない、私は朝潮一筋なんだ。

 満潮の気持ちは嬉しく思うが二股はよろしくない。

 浮気は男の甲斐性とはよく言うが、私は無差別なロリコンではないんだ、朝潮に特化したロリコンだ!

 だから諦めてくれ満潮、私がお前に手を出すことはない……。

 

 「先生ってホント、バカじゃないの?」

 

 「なんだ、居たのか神風。」

 

 ソファーで寝そべっていた神風がノソリと起き上がり開口一番に罵倒してきた。

 

 「可愛い愛娘に随分な言いようだ事、傷ついちゃうわ。」

 

 屁とも思ってなさそうな顔して何を言うか。

 ご丁寧に気配まで消して聞き耳立てておって、満潮が全く気づいてなかったぞ。

 

 「それにしても、あの子も可愛いとこあるじゃない。意識した途端しおらしくなっちゃってさ。」

 

 「満潮は元から愛らしい子だぞ?周りがそれに気づいてないだけだ。」

 

 「朝潮が聞いたら卒倒しちゃいそうなセリフね。きっとどう反応していいかわからずにフリーズするわよ。」

 

 楽しそうだな神風。

 間違ってもさっきまでのやり取りを朝潮に漏らすんじゃないぞ。

 別にやましい事はしていないが朝潮を動揺させるような事は聞かせたくない。

 

 「そういえば朝潮は何処に行ったの?昼からずっと居ないじゃない。」

 

 「工廠に行ってる。改装を受けるためにな。」

 

 「改装?あの子もう改二になってるじゃない。」

 

 「朝潮は霞と同様にコンバート改装が可能なんだ。改装可能な練度を超えたので試しに受けさせてる。」

 

 一々工廠で改装を受けなければならないが、戦場によって性能を選択できるコンバート改装は非常に有用だ。

 朝潮の場合は改二丁になることで対潜、対空性能の向上に加え耐久、装甲も上がる。

 火力が下がってしまうのが欠点ではあるが……。

 

 「ふうん、最近の子は羨ましいわ。私なんてもう何年も同じスペックで戦ってるって言うのに。私も改二になれないかしら。」

 

 それは妖精に言ってくれ、私にはどうすることも出来ん。

 神風の気持ちもわからんではないがな……。

 数値で表される艦娘の性能は、言うなれば力場に当てられる出力の最大値を指し、大半の艦娘は数値以上の出力は出せない、と言うより出し方を知らない。

 『装甲』や『脚』の出力を落として余剰分の力場を『弾』に上乗せして最大値以上の出力を生み出す『刀』を使うのは、私が知っている限りで神風と八駆の4人、それに霞と霰くらいか。

 他にも似たような事をする艦娘もいるかも知れないが、気づかずに使ってる場合もあるから把握しきるのは難かしい。

 

 「妖精にゴマを摺ってみろ。案外すんなりと改二にしてくれるかもしれんぞ?」

 

 「私、妖精さん見えないんだけど?でもやってみようかしら……。」

 

 もしそれで本当に改二になれたら、工廠で見えない妖精に向かってゴマを摺り続ける艦娘が溢れるかもしれないな……。

 想像したら宗教じみた光景が頭に浮かんでしまった……やはりやめさせるか?

 

 「よし!行ってくる!あ、ついでに晩ご飯の材料買って帰るけど……今日ご飯いる?」

 

 「ああ、食べてから行く。それと朝潮の様子も見てきてくれ、時間がかかりすぎだ。」

 

 「りょ~かい。それじゃまた後でね。」

 

 昼休みが終わってから工廠に行ってそろそろ三時間か、ここまで改装に時間がかかった事はなかったはずだが……。

 何か問題でも起きたか?それなら工廠から連絡の一本も来そうなものだが……それともどこかで寄り道でもしてるのだろうか。

 

 「真面目な朝潮に限って寄り道は考えづらいな……。」

 

 ならば長門に追い回されてるのか?

 長門には今、武蔵の面倒を見させているはずだが奴ならやりかねないしな……。

 

 「私も行くか、心配になってきた。」

 

 一度長門にはガツンと言っておく必要があるな。

 疑似窮奇と思って大目に見てきたが、最近の付きまとい方は目に余る。

 それに……。

 

 「たまには体を動かさないとな。」

 

 私は傍に立て掛けていた刀を手にして立ち上がり、工廠へ向け執務室を後にした。


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