艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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朝潮編成 7

 海軍参謀本部。

 通称『大本営』は、戦争指導・国防方針・戦争指導などの方針を決めるトップ機関です。

 陸軍と空軍にも同じ機関があるのですが、海軍所属である私たちに直接関係するのは、基本的に海軍参謀本部だけです。

 

 「保身しか考えない愚物の巣窟だがな。」

 

 とは司令官の言ですが……。

 大本営を構成する方々は優秀な方ばかりじゃないんでは?

 それなのに愚物?

 愚物とは馬鹿な人とかおろかな人の事ですよね?

 それの巣窟と言うことは、大本営の方々はおバカさんばかりと言う事なんでしょうか。

 

 「司令官は大本営がお嫌いなのですか?」

 

 「潰したくなるほどにな。」

 

 さすがです司令官、嫌いなものに対して嫌悪感を隠そうともしないとは。

 玄関を出位入りしている大本営の方々が『マジかコイツ』みたいな目で見てきています。

 あ、なんか憲兵らしき人達がこちらに……。

 でも司令官の顔を見た途端、冷や汗流しながら回れ右して帰って行きましたね、大本営付きの憲兵さんにも恐れられるとは……叢雲さんが怖がるのも仕方ありませんね。

 

 「元帥殿に呼ばれたのでなければ、誰が来るかこんな所。」

 

 なるほど、元帥さんに呼ばれたから渋々大本営まで赴いたわけですか。

 でも司令官なら、嫌いなら元帥さんに呼びつけられても断りそうですが……。

 元帥さんの事は嫌いじゃないのかな?

 

 「お待ちしておりました横須賀提督。到着早々、不謹慎な事を口走っていたみたいですが……。」

 

 そう言って私達を出迎えてくれたのは黒の長髪に青いヘアバンド、目は青色で眼鏡はアンダーリム、セーラー服を魔改造したような出で立ちでファイルを胸に抱えた女性でした。

 スカートのスリットがやばいレベルで開いてますね、手とか突っ込まれないんでしょうか。

 

 「大淀か、別にいつもの事だろう。憲兵も見て見ぬふりだし問題ない。」

 

 「憲兵さんも命が惜しいのでしょう、暗殺されかけるたびに実行犯の生首を下げて報告に来てればそうなりますよ。」

 

 「私は手土産のつもりだったんだがな、参謀共は笑顔で受け取ってくれたぞ?」

 

 笑顔が引きつっていたのが容易に想像できますね、司令官は『お前もこうしてやろうか』、と言う警告も兼ねてそんな事をしていたんでしょう。

 それはともかく、この大淀と言う方は艦娘なのでしょうね、他の職員の方とは明らかに服装が違います。

 それに、海軍でコスプレじみた格好をしているのは艦娘と相場は決まっていますから。

 

 「こちらの駆逐艦は秘書艦ですか?以前いらした時は由良さんを連れていましたけど。」

 

 「はい!駆逐艦 朝潮です!よろしくお願いします!」

 

 そうです、今の秘書艦は私です!

 司令官に恥をかかさないよう、挨拶はちゃんとしないと。

 

 「元気があってよろしいです。私は大本営付きの軽巡洋艦 大淀。元帥殿の秘書艦をしています。よろしくね朝潮ちゃん。」

 

 真面目で凛とし佇まい、物腰も柔らかく言葉遣いも丁寧でまさにThe委員長って感じですね。

 私もこういう方を目指すべきなんでしょうか、容姿も性格も似通ってる気がしますし。

 でもスカートのスリットだけは勘弁してほしいですね、司令官に手を突っ込まれるのは良いですが、他の人に突っ込まれるのは嫌ですから。

 

 「横須賀提督、もしかしてこの子、頭弱いですか?」

 

 な、なんと失礼な!

 別に弱くはありません、司令官の事に脳の機能のほとんどを使っているだけです!

 

 「考えてる事がわかりやすくて可愛いだろう?」

 

 も、もう、司令官ったらこんな人前で可愛いだなんて……。

 嬉しいですけどもうちょっと時と場所をわきまえてですね、具体的に言うなら二人きりの時とか……。

 

 「な?」

 

 「な?じゃないですよ、ここまで考えてる事が顔や態度に出る子も珍しいですよ。」

 

 何か問題でも?

 言葉にしなくても私の考えが司令官に伝わるなんて最高じゃないですか、他の人にも考えが漏れてしまうのはこの際気にしません!

 

 「まあ、それはともかく、元帥殿の所にご案内しますね。こちらへどうぞ。」

 

 「ああ、頼む。ここは無駄に広いから迷いやすくて困る……。朝潮も離れるなよ、迷子になるぞ。」

 

 それは手を繋いででよろしいって事ですね!

 わかりました、絶対に放しません!

 

 「あらあら、まるで親子のようですね。微笑ましいです。」

 

 それは私がちんちくりんだからですか?

 残念ながら司令官の娘ポジションにはすでに神風さんが居ます、だから私が取るべきポジションは司令官のこ、恋人です!

 そしてゆくゆくはお嫁さんです!

 

 「親子?夫婦の間違いじゃないか?」

 

 「それマジで言ってるんなら大問題ですからね提督。ご自分の立場をもう少し考えて発言してください。」

 

 こ、これはプロポーズと考えていいのかしら。

 もちろん私は二つ返事でOKするんですが、もうちょっとこう……雰囲気とかですね。

 私も女ですからムード的な物は大事にしたいと言いますか……。

 

 でもOKです!

 社会倫理とか法律的にアウトでも私はOKです!

 

 「こちらの部屋で元帥殿がお待ちです。大淀です、横須賀提督とその秘書艦を連れてまいりました。」

 

 『入りなさい。』

 

 元帥さんが居るにしては質素な扉ですね、観音開きの豪華な扉を想像してたのに鎮守府の執務室のドアの方がお金がかかってる気がします。

 部屋の中も質素ですね、一番奥にそれなりの執務机がある以外は、私から見ても安物とわかるテーブルとその両脇に置かれたソファー、それと脇にちょっとした台所があるだけ、とても海軍のトップの部屋とは思えません。

 

 「久しぶりだね横須賀提督、元気そうで何よりだ。」

 

 私たちを迎えてくれたのは齢90は楽に超えてそうなお爺さんでした。

 海軍に定年ってないのかしら、胸まで伸びた髭に腰は曲がってヨボヨボ、軍服を着てなければ、長老って呼ばれても違和感を感じなさそうだわ。

 

 「元帥殿は今にも死にそうですね。そろそろ棺桶を注文した方がよろしいのでは?」

 

 「相変わらず口が悪いね君は、まあそこが気に入ってるんだが。」

 

 海軍のトップに向かってなんと不遜な態度、さすが司令官です。

 私も見習わないと。

 

 「朝潮ちゃんは真似しちゃダメよ。絶対に。」

 

 大淀さんに釘を刺されてしまった……。

 あまり考えを読まないでもらえませんか?

 

 「まあ二人とも座りなさい。大淀君、お茶をお願いしていいかな?」

 

 「わかりました。」

 

 「粗末な部屋で申し訳ない。別にちゃんとした部屋はあるんだが、僕はこっちの方が落ち着くんだ。」

 

 私と司令官が席に着くと反対側に元帥さんが座りました。

 座り心地はそんなに悪くないわね、ソファーのスプリングが体を動かすたびにギシギシ言うのが気になりますが

 

 「構いませんよ、私もこちらの方が性に合ってますので。」

 

 ふむふむ、司令官は質素な方が好みですか。

 そうですね家具にお金をかけるより、二人の子供のために積み立てをする方がいいですよね。

 

 「それで、私はどのような用件で呼び出されたんですか?まさか世間話をするためじゃありませんよね?」

 

 「だいたい合っているよ、世間話と言うよりは昔話と言った方がいいかもしれないが。」

 

 そんな事のために多忙な司令官を呼び出したんですか?

 いくら元帥さんでも、それはあんまりなんじゃ……。

 

 「貴方が暇つぶしでそんな事をするとは思えない。今度の作戦に必要な事なんでしょうか?」

 

 今度の作戦?

 そのような話は聞いていませんが……秘書艦の私にも言えない程重要な作戦が控えているのかしら。

 

 「作戦には直接関係はないよ。だが……君には知っておいて欲しくてね。」

 

 「ふむ、なぜ私なのかはわかりませんが、そう仰るなら聞きたくないとは言えないですね。」

 

 私もここに居ていいんでしょうか、元帥さんは昔話とは仰ってますが……。

 

 「お嬢さん、君も聞いてくれないか?いや、むしろ君のような若者にこそ聞いて貰いたい。」

 

 「は、はぁ……。」

 

 聞いていいなら聞きましょう、司令官も首を縦に振って『そうしなさい。』と仰ってますし。

 

 「じゃあ始めようか、と言っても質問から始まってしまうんだが……。提督君、君は第二次大戦についてどの程度知っている?」

 

 「教科書に載っている程度ですかね、自分が指揮を執る上で参考になりそうな作戦はそれなりに詳しく、と言った程度です。」

 

 と言うかそれくらいしか知りようがないですよね、機密扱いされてる作戦があっても学びようがないですし。

 

 「そうだろうな。いや、それが当然だ。僕もこちら(・・・)に来た時はその程度の知識しかなかったからね。」

 

 こちら?

 元帥さんは外国生まれなんでしょうか、司令官もその文言が気になったのか怪訝そうな顔をしていますね

 

 「各国に同士(・・)が居たとは言え、僕もここまで上手くいくとは思っていなかったよ。大戦後も、概ね僕が知っている(・・・・・・)歴史通りになった。9年前まではね。」

 

 「元帥殿、何を仰ってるのですか?」

 

 「まあ聞きなさい。それでも大戦前は色々苦労したんだ。いくら結果(・・)を知っていても当時の僕はただの若造、頭の固い軍のお偉方の考えを変える事なんて出来るはずもない。だから僕は、とりあえず軍内で出世する事にした。親に商売の助言をして、それなりの財は築いていたから、賄賂を初めとして汚い事を色々したよ。出世をすると知っている人に媚びも売ったし必要無くなったら蹴落とした。彼らに任せていたらどうなるか知っていたからね(・・・・・・・・)。」

 

 「まるで、別の歴史を知っているかのような物言いですね。」

 

 司令官の言う通りだわ、それどころかソレを参考にして歴史を変えたと言ってるようにも聞こえる。

 そんな事が可能なのかしら。

 

 「そう、僕は本来の歴史(・・・・・)を知っているんだ。僕だけじゃないよ?日本だけでなく世界各国に僕と同じような人間が居た、だからここまで上手くいったんだ。僕一人じゃ変えきれなかったよ。」

 

 「その方々は?」

 

 「ほとんど亡くなった、僕は同士達の中で一番年下だったから今も生きながらえている。もっとも、先は長くないけどね。」

 

 大戦前から軍に居るという事は少なくとも100歳近いんじゃ……もしかしたらそれ以上……。

 

 「僕は考えたよ、なぜ大戦前の時代に再び生まれたのか、なぜ知識を保有したままあの時代に生まれたのか……。別に歴史を変える必要なんてなかったんだ、どうすれば金を儲けられるかも、どこに居れば生き残れるのかも知っていたからね。だけど僕はこう思ってしまったんだ、僕は悲惨な結末から祖国を救うために生まれ変わったんじゃないかってね。」

 

 突拍子もない話だわ、元帥さんは俗に言う転生者とでも言うのでしょうか。

 生まれ変わる前の知識を使って歴史を改竄したと?

 申し訳ありませんが、とても信じる気になれません。

 

 「ラノベ作家になるのをお勧めしますよ、昨今はそう言うのが流行っているみたいですし。」

 

 「はははははは、僕も平和になってからそう考えたよ。そういう所も僕が知ってる歴史と大差ないからね。」

 

 お歳の割に豪快に笑う方ですね、先は長くないと仰ってましたが、まだまだ大丈夫なのでは?

 

 「まあ、僕が中二的な発想を当時したように、他の同士達も同じ事を考えたみたいでね、米国に居た同士すら協力してくれた。その結果、数々の悲惨な作戦も実行されなかったし沖縄も占領されなかった、二発の原子爆弾も日本に落とされずに済んだよ。」

 

 原子爆弾?聞いた事のない名前の爆弾です、それに沖縄が占領って……元帥さんの知っている歴史ではそこまで日本は追い詰められたのですか?

 

 「原子爆弾……米国が欧州側の中枢に対して使用した爆弾の事ですか?町一つくらいなら焦土に出来きる威力があると聞いていますが……そんな物が日本に落とされていたかもしれないと?」

 

 「当時の物は三キロ四方が精々だったけどね。それでも、そんな物が落とされるなんて僕には我慢できなかったんだ……。あ、ちなみに中枢に効果はなかったそうだよ?」

 

 そんな強力な爆弾が効かないようなバケモノと私たちは戦っているんですか……ゾッとする話ですね。

 

 「それと、お嬢さんは朝潮だったね?本来の歴史なら、君の艤装のモデルとなった駆逐艦朝潮は無謀な作戦に投入され、友との約束を守って沈んで行ったんだよ

。こちらの歴史では戦後に解体されてるけど。」

 

 へぇ……艦艇の朝潮も約束を大事にしていたんですね、実際には乗っていた人がでしょうけど、その朝潮の名を継ぐ者として誇らしく思います。

 

 「元帥殿、一つ伺ってもよろしいですか?」

 

 「構わないよ、深海棲艦の事……だね?」

 

 司令官が首肯し元帥さんが『そうか、やっぱりな』と言うような顔をしてソファーにもたれかかった。

 戦後の歴史に大差がないのなら、元帥さんが知っている歴史にも深海棲艦が居たのでしょうか。

 それにしては深海棲艦出現後の対応が酷いような気が……。

 

 「提督君の思っている通りだよ、僕が知っている本来の歴史に深海棲艦は存在しない。」

 

 元帥さんの答えを聞いた途端、司令官のお顔が鬼の形相に変わった。

 な、何をそんなにお怒りなのですか?

 こっちの歴史に深海棲艦が出現したのは元帥さんのせいとでも言いたそうではないですか。

 

 「僕たちは大戦で死ぬはずだった多くの人を救う事が出来た。日本だけでも死者の数を十分の一、30万人程度に抑えることが出来た。戦争が起きないようにするのが一番よかったんだが、それはさすがに無理だったよ……。」

 

 元帥さんの言ってる事が本当なら、実際には300万人以上の方が亡くなっていたと言う事ですか?

 元帥さんが歴史を変えなければそれほどの数の死者が出ていたと?

 

 「だが深海棲艦がその帳尻を合わせてしまった……違いますか?」

 

 「その通りだ。深海棲艦出現からの9年間で、大戦で失われるはずだった人とほぼ同じ数の人が犠牲になった。」

 

 「……!」

 

 司令官が元帥さんの胸倉に掴みかかった。

 いけません司令官、その振り上げた右拳を下げてください!

 

 「このクソジジイ!なんて余計なことを!」

 

 「し、司令官!ダメですそれ以上は!」

 

 今の状況だけでも充分まずいけど、司令官が本気で殴ったらきっと元帥さんを死なせてしまいます!

 この話が本当ならこの人は諸悪の根源です、ですがまだ手を出すのは早いです。

 深海棲艦が現れたのは元帥さんにとっても予想外だったはずなんですから。

 

 「いいんだよお嬢さん、大淀君も銃を下ろしなさい。」

 

 後ろを振り返ると、大淀さんが司令官に無表情で銃を向けていた。

 どうする?大淀さんに飛びかかって銃を奪う?それとも射線に立ちはだかって司令官を守る?

 半分腰を浮かせているとは言ってもどちらも間に合いそうにないわ。

 

 「ですが元帥殿、これは処罰されても文句は言えないと思いますが。」

 

 「いいんだ、僕は彼に殺されてもいい覚悟でこの話をしている。それに君なら上手く隠蔽できるだろ?」

 

 「し、司令官……その、とにかくここは一旦落ち着いてください。でないと……その……。」

 

 本当なら司令官の邪魔なんてしたくない、だけどこの状況では司令官にもしもの事が起きかねない。

 やるならやるで、そんな事態が起きない状況でやらなければ。

 

 「チッ……。」

 

 司令官がやり場を失った怒りを、どうしたらいいかわからないという表情で私と元帥さんを交互に見てる。

 今私に出来るのは司令官を宥めることくらいだ、このままじゃ大淀さんに司令官が撃たれてしまう。

 

 「わかったよ朝潮……。申し訳ありません元帥殿、処罰は後程ちゃんと受けますので。」

 

 よかった、なんとか怒りを抑えてソファーに座り直してくれた。

 

 「処罰はしないよ、君は僕の襟元を正してくれただけ。そうだろ?大淀君。」

 

 「元帥殿がそう仰るならそういう事にしておきます。それに、撃ったら後が怖そうですし。」

 

 大淀さんが私をチラッと見てそう言った。

 当然です、司令官を撃とうものならただじゃ済ませません!

 

 「君の怒りはもっともだ。僕達が余計な事をしなければ君の妻子や部下は死なずに済んだかもしれないのだからね。」

 

 元帥さんの言ってる事を信じるなら、深海棲艦は死者の数を合わせるために出現したと言う事よね。

 なら、すでにその目的は達成できているのでは?

 今も深海棲艦が海を闊歩している事に説明がつきません。

 

 「元帥殿は深海棲艦を歴史の修正力とでもお考えなのですか?」

 

 「提督君の言う通り、それが妥当だと思う。大戦の流れを変えたせいで当時の死者数が違いすぎる、数がほぼ合ったと言っても、それは日本での話だ。他の国、特にドイツやロシアなどはまだまだだからね。奴らは帳尻を合わすためなら、国など関係なく人間を殺すかもしれない。」

 

 「元帥殿は、あと何万人死ねば深海棲艦の役目が終わるとお考えで?」

 

 「そうだね……ざっと1000万人くらいだろうか。そんな数の人間を生贄に捧げることなど出来ないよ。それに、死者の数が合ったからと言って深海棲艦が役目を終えるとも限らない。奴らが当時の人口と同じ割合の人数を減らそうと考えているなら、1000万程度では済まないしね。」

 

 たしかに、深海棲艦が死者の数を合わせるために存在している云々は、あくまで元帥さんの話から導き出した仮説でしかない。

 そんな不確かな仮説で1000万もの人を殺す事なんて、普通に考えれば出来っこない。

 人類を深海棲艦から守るために戦っているのに生贄捧げるなんて、深海棲艦の手伝いをしてるのと同じですもの。

 

 「まったく……ちっぽけな正義感で厄介な状況を作り出してくれたものですね。こっちが人類を守れば守るほど戦争が長引くとは。」

 

 「そうだね、それに対しては本当にすまないと思っているよ。この状況を作り出した者はほとんどドロップアウト済みなのに、君たちはこれからも深海棲艦と戦い続けなければならないんだから。」

 

 本当に厄介だわ……まさに終わりの見えない戦争、深海棲艦の目的が人間を殺す事なら対話で解決するのはほぼ不可能、勝利条件が総数がどれ程かもわからない深海棲艦の根絶しかないなんて。

 

 「それで?その話をして私にどうしろと?頑張って僕のお尻を拭いてね、とでも言うなら即座に殴り殺すぞジジイ。」

 

 「ははははは、別にそれでも構わないんだけど、僕としては本当の事を知っている者に後を託したかったんだ。尻拭いには違いないけどね。」

 

 「私を元帥にでも据える気ですか?冗談じゃない!そういうのは呉か佐世保の奴にやらせればいい。」

 

 司令官が元帥に……その場合私はどうなるんだろう、司令官のお傍に居続けられるのかな。

 

 「もちろん彼らにも話すつもりだ。だけど嫌かい?僕は君が大本営前で土下座してるのを見て、後を託すのは君しか居ないと思っていたんだが。」

 

 し、司令官が土下座を!?

 なぜそのような事を、司令官がそんな事をしなければならないような事があったのですか?

 

 「冗談じゃない。私は今も昔も現場主義なんでね、元帥なんて面倒な仕事は他の奴にやらせてください。」

 

 「欲がないね君は、参謀共なら喜んで飛びつくと思うよ?」

 

 「私は欲まみれですよ。あんな愚物共と一緒にされるのは気分が悪いですが、奴らを一掃する手伝いなら吝かではありません。」

 

 なんだか物騒な事をオブラートにも包まずに言ってますね、元帥さんはともかく、大淀さんの前でそんな事を言っていいのでしょうか……。

 

 「それは年末の作戦が終わってからだね、準備は順調かな?」

 

 「ええ、滞りなく。呉の提督に頼んだ件が不安ではありますが……。」

 

 「そっちは僕も動くから心配しなくていいよ、君は本来の(・・・)作戦通り動いてくれればいい。あそこを落とせば、少なくとも日本の被害は減るはずだ。」

 

 年末の作戦?しかもそこを落とせば日本の被害を減らせる?

 落とすことで深海棲艦からの被害が減らせそうな棲地とはどこだろう……私が知っている限りでそれが可能なのは……。

 

 「あ、ハワイ……。」

 

 それくらいしか思いつかない、養成所時代に座学で習った太平洋側最大の棲地。

 あそこを落とせば、たしかに日本近海に出る深海棲艦は減らせそうね。

 

 「お嬢さんはなかなか察しが良いね、提督君が秘書艦にしているのも納得だ。」

 

 思わず口走ってしまったけど合ってたみたい、でも今まで秘密にしていた攻略場所を知ってよかったのかしら、司令官は『さすが朝潮だ』と言った感じですけど、大淀さんは酷く驚いているような……。

 

 「この子って思ったよりバカじゃないんですね……。」

 

 バカだと思ってたんですか!?

 バカだと思っていた私が攻略場所を言い当てたから驚いてたんですね!

 あ、私の咎めるような視線に気づいて眼鏡をクイッと上げながら目を逸らした。

 

 「朝潮はバカではないぞ?単純なだけだ。」

 

 お褒めいただいて光栄です司令官!

 この腹黒そうな眼鏡にもっと言ってやってください!

 

 「それ、褒めてます?」

 

 「もちろんだ、わかりやすくていいだろう?」

 

 「表情で考えてる事が丸わかりなのは問題だと思うのですが……。」

 

 何を仰いますか!

 わかりやすいのは良い事です、無駄に難しくする必要なんてありません。

 私と司令官はまさに以心伝心の関係ですから言葉など不要、私の心は司令官に筒抜けなのですから!

 そう、私の心は丸裸!

 きゃ!恥ずかしい!

 

 「あ、やっぱりバカですよこの子。将来が心配になるレベルで。」

 

 よしケンカです、相手が軽巡だろうが関係ありません。

 手土産に軽巡の首を取って帰りましょう。

 

 「見た目の割に血の気の多い子だね。提督君、止めなくていいの?」

 

 「考え方が神風に似て来たな……。どうしてこうなった……。朝潮、話の途中だからケンカは後にしなさい。」

 

 「はい!申し訳ありません!」

 

 「おお、ちょこんと座って、まるで躾が行き届いた犬のようだ。」

 

 もっと褒めてください元帥さん、私が褒められると言うことは主人である司令官が褒められているのと同じなのですから。

 

 「じゃあ話の続きだけど、正式な発令は予定通り『ワダツミ』の引き渡し一週間前。出撃は引き渡しの十日後で調整を続けてくれ。」

 

 「了解しました。米国の方は問題ないのですか?」

 

 「うん、向こうの同士が問題なくやってくれているよ。あちらの提督も君と似たような感じらしい。」

 

 「その方とは旨い酒が飲めそうですね。米提、とでもお呼びすればよろしいですか?」

 

 「いいんじゃないかな。ただ、彼の秘書艦は戦艦だと聞いたけど……。」

 

 司令官が露骨に嫌そうな顔になりましたね、秘書艦に駆逐艦を選ばない米提さんは司令官以下です。

 

 「これだからBBQばっかりしてる奴は……。」

 

 なるほど米国の方は三食BBQなんですね、勉強になりました。

 

 「それは米国の方への熱い風評被害です。きっとピザも食べてますよ。」

 

 「大淀君の言ってることも大概だと僕は思うけどなぁ……。」

 

 三食BBQとピザ……数日で体重が倍になりそうですね……。

 米国の人は野菜とか食べないのかしら。

 

 「それはともかく、この作戦が成功したら今度は欧州側ですか?米国は今回の作戦をモデルケースにするつもりなのでは?」

 

 「うん、その通り。最悪、西海岸側が犠牲になる事も考えて陸軍で防衛線は構築済みらしい。」

 

 「こっちは海岸どころでは済まないというのに……。最悪、日本は干からびますよ。」

 

 「米国側の最大限の譲歩だよ、首都がある東側よりは西側を失う方がマシだそうだ。」

 

 どのくらいの戦力を投入するつもりかはわかりませんが、失敗はそのまま国の破滅に繋がりかねない雰囲気ですね。

 干からびると言うことは制海権を維持出来ないほどの戦力を投入するのかしら。

 失敗すれば9年前に逆戻り……絶対に失敗できないわ。

 

 「アレも作戦で使うのでしょう?そのまま西海岸に進軍したらどうです?憂さ晴らしにはなりますよ。」

 

 「勘弁してくれ。米国の同士に恨まれてしまうよ。」

 

 アレ?アレとは何でしょうか、艦娘以外の戦力も投入するつもなのでしょうか。

 

 「聞いた時は正気を疑いましたがね、深海棲艦を相手に役に立つとは今でも思えない。」

 

 「実際、役には立たないと思うよ。だけど宣伝効果は抜群、上辺上は復興してると言っても国民の心は疲弊しているからね。奮い立たせるのにアレ以上の役者はいないよ。」

 

 そのような人がいるんでしょうか、深海棲艦相手に役に立たないって事は艦娘ではないですよね?

 アイドルの方でも連れて行くのかしら。

 

 「そのせいで呉の軽巡と駆逐艦を当てに出来なくなりましたがね、正直カツカツですよ。綱渡りと言ってもいい。」

 

 護衛につくからかしら、アレという人は遅れて参戦予定?

 

 「まあそう言わないでよ、君の所の駆逐艦は優秀だろ?ねえ、お嬢さん。」

 

 「はい!呉の抜けた穴くらい埋めて見せます!」

 

 ちょっと見栄を張りすぎたかしら、でも司令官のためになるならそれ位の事はやってのけて見せます!

 

 「頼もしいじゃないか提督君、君がこの子にご執心なのも納得だよ。」

 

 「ええ、私の自慢ですよ。」

 

 やりました!

 司令官に自慢だと言って頂けました!

 

 「良い正月が迎えられる事を祈っているよ、提督君。君に全てを託す。」

 

 「厄介な事この上ないですが……。了解しました。お年玉は期待してもよろしいですかな?」

 

 「ああ、任せておきなさい。」

 

 司令官と元帥さんは、それっきり作戦については話さず、私と司令官の後ろでお茶を出すタイミングを完全に見失っていた大淀さんがお茶と茶菓子を出して、夕方まで雑談に興じました。

 

 「あ、大淀君。ちょっとお嬢さんの横に座ってみてくれるかい?そう、そこに。」

 

 「はぁ、構いませんけど……。」

 

 「うん、思った通りだ。まるで夫婦とその子供みたいだよ。」

 

 な!?

 何を言い出すんですか元帥さん!この腹黒メガネが司令官の、おおおおお嫁さん!?

 断じて認めるわけにはいきません!

 司令官のお嫁さんは私です!

 

 「私の子ならもうちょっと頭がいいと思うんですけど……。主人に似ましたかね?」

 

 なんで乗り気になってるんです!?

 それにその言い方だと司令官の事もバカって言ってません!?

 あ、でも司令官に似てると言われるのは少し嬉しい気が……。

 

 「はははははは!お嬢さんは正直すぎるな。でも提督君、手を出したのがバレたら犯罪だからバレないようにしてくれよ?」

 

 「三年くらい待てますよ。いや、来月誕生日だから後二年か……。」

 

 「提督、法律的にはセーフかも知れませんが、社会倫理的にはアウトに近いですからね。」

 

 何を言ってるんですか腹黒メガネさん!法律的にセーフならセーフです!

 例え二年経とうが、私の気持ちは変わらないのだから問題ありません!

 

 「まったく……呉はマザコン、佐世保はシスコンで横須賀はロリコンですか、提督って変態しかなれない職業なんですか?」

 

 舞鶴と大湊はどうなんでしょう?

 腹黒さんの言いようだと残りの方も変態なんじゃ……。

 いえ、司令官がロリコンなのはむしろ大歓迎なんですけど。

 

 「大淀、女房と畳は新しい方がいいという諺を知らんのか?」

 

 「諺を幼女趣味の言い訳にしないでください。女とワインは古い方がいいというフランスの諺もありますよ?」

 

 「ワインは飲めん。」

 

 「それは聞いてません。」

 

 私を挟んで言い合う二人が段々と夫婦のように見えてきました。

 羨ましいなぁ、なんで私は子供なんだろう。

 軍人然とした司令官と、腹黒さんの秘書っぽい外見と雰囲気のせいで見た目的にもお似合いに思えて妬ましいです。

 

 「いいねぇ、まるで息子夫婦が孫を連れて遊びに来たようだ。」

 

 目を細めて私達を眺める元帥さんは差し詰め、縁側でくつろぐお爺ちゃんですか?

 さっきまでの、まるで懺悔をしているかのような雰囲気はどこかへ霧散してますね。

 

 「こんな日がずっと続けばいいのに……。」

 

 ボソッとそう言った後、元帥さんは言い合いを続ける二人をただただ眺め続けました。

 

 もしかしたら訪れていたかもしれない、そんな未来を慈しむように。




 転生タグをつけなければいけないのか悩ましい……。
 転生要素なんてこの話くらいだしなぁ……。

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