艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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幕間 満潮と鳳翔

 「遅いわね朝潮、何かあったのかしら。」

 

 時刻はすでにヒトヨンマルマル、昼過ぎに到着する予定の龍驤さんを迎えに行ったにしては時間がかかりすぎてる。

 サボり?いや、あの子に限ってそんな事は100%ない、なら鎮守府を案内してるのかしら。

 

 「ねえ司令官、いくらなんでも遅すぎない?来る時間はとっくに過ぎてるわよ?」

 

 「そうだな、鎮守府を案内するにしても、執務室に先に寄って、着任の報告を済ませてからの方が時間に余裕ができるだろうし……。」

 

 そうなのよねぇ、あの子が報告をすっ飛ばして案内を優先するとも思えないし。

 ただ、龍驤って人が神風さんみたいに破天荒ならその限りじゃないわ。

 

 「見てこようか?事務課に渡す書類もあるし。」

 

 「頼む、朝潮も手練れだから少々のトラブルなら解決できるだろうが、さすがに心配になってきた。」

 

 「司令官……あの子が強いのは海上での話よ?陸の上じゃただの頭が残念な子だわ。」

 

 真面目なのは確かだけど、真面目さが暴走して変な事しかねないもの。

 しかも司令官最優先、もし龍驤さんが、司令官をロリコンの変態呼ばわりでもしようものなら平気で噛みつきかねない。

 

 「さ、最優先で朝潮を探してくれ、私の予想が外れていればいいが嫌な予感がする……。 残りの仕事は私がやっておくから。」

 

 「オッケー、じゃあ行ってくるわ。」

 

 珍しく司令官が冷や汗かいてたわね、でも朝潮が龍驤さんに何かするのを心配してるって言うより、むしろその逆を心配してるような……。

 もしくは両方?

 朝潮が手を出して返り討ちに遭うとか?

 

 「とりあえず玄関ね、誰かが朝潮を見てればいいんだけど。」

 

 執務室を出て事務課に書類を渡して玄関に着き、朝潮の姿を探してみたけど影も形もない。

 龍驤さんはたしか、正門から来るはずだったわよね?

 だったら余程のひねくれ者じゃない限り、玄関から入ってくるはずだけど……。

 

 「おや?今度は満潮殿ですか?」

 

 「あ、憲兵さん。こんにちは。今度は?」

 

 もしかして憲兵さん、ここで朝潮に会ったのかしら。

 

 「いえ、一時間程前でしたか?朝潮殿もここで、今日着任される方を待っていらしたので。戻ってないのですか?」

 

 「それが戻ってこないのよ。憲兵さんはあの子が何処行ったか知らない?」

 

 「倉庫街だと思います。私がそちらの方に見知らぬ朝潮型が行ったのをお教えしましたから。」

 

 は?見知らぬ朝潮型?

 何言ってるのこの人、霞か霰でも見たのかしら。

 けど、あの子達が来るなんて私聞いてないわよ?

 

 「軽空母じゃなくて?今日着任するの軽空母の人よ?」

 

 「いえ、間違いなく(・・・・・)駆逐艦でした。それに満潮殿と同じ制服の朝潮型、この私が艦種を見間違えるはずありません。」

 

 その自信はどこから来るの?

 でも確かに、無駄に育った駆逐艦はたまに居るけど、軽空母と駆逐艦を見間違える事は私でもまず無いわ。

 

 まあそれはともかく、私と同じ制服って事は第九駆逐隊の四人か霰、第九駆逐隊は哨戒中だし霰は呉、その朝潮型はいったい誰?

 朝潮型に十一人目が居るなんて聞いたことないわよ。

 

 「朝潮は倉庫街の方へ行ったのよね?」

 

 「ええ、間違いなく。」

 

 鎮守府西側の区画か、倉庫みたいな建物が建ち並んでるから、いつの間にかそう呼ばれるようになったって姉さんに聞いたことがあるわね。

 私兵の人達の詰め所もそっちにあったはず、一般職員の知り合いが少ない朝潮が、モヒカンか金髪に聞きに行った可能性が高いわ。

 

 「わかった、私もそっちに行ってみるわ。あ、憲兵さん、司令官に伝言頼んでいい?倉庫街の方に探しに行くって。」

 

 「それは構いませんが……。朝潮殿にも言いましたがあの辺はガラが悪いですから気をつけてくださいね?」

 

 司令官の私兵の人達でしょ?

 大丈夫よ、あの人達は見た目は即逮捕レベルで酷いけど、基本的に良い人達だから。

 

 「さて、すんなり見つかってくれればいいけど……。」

 

 そういえば、倉庫街に行く途中にあるカレー屋さんにしばらく行ってないわね。

 あそこって基本激辛だけど、子供用に激甘もあるのよね、姉さんと二人して食べたなぁ……。

 大潮と荒潮は辛さの限界にチャレンジしてたけど……。

 

 「あれ?あの人って……鳳翔さん?」

 

 倉庫街に向かう私の前に、同じ方向へ向かって歩く鳳翔さんを見つけた。

 工廠に用があるのかしら、それとも鳳翔さんも倉庫街へ?

 

 「鳳翔さ~ん!」

 

 「あら、満潮ちゃんじゃない。工廠に用事?」

 

 「いえ、倉庫街に朝潮を探しに……。鳳翔さんこそどうしたんです?」

 

 「私も倉庫街に龍ちゃ……龍驤を探しに行くところです。」

 

 龍驤さんが倉庫街に?

 そっちに行ったのは正体不明の朝潮型駆逐艦って聞いたけど……。

 

 「正門と間違えて西門から入ってしまったみたいで……。迷ったから迎えに来てくれと、先ほど電話があったんです。」

 

 んん?じゃあ憲兵さんが見たのは龍驤さん?

 龍驤さんは朝潮型駆逐艦だった?

 

 「ご一緒しますか?もしかしたら朝潮ちゃんと一緒に居るかもしれませんし。」

 

 「そうね、そうさせてもらうわ。」

 

 鳳翔さんは龍驤さんを知ってるみたいだから、もし朝潮を探してる最中に見つけてもすぐわかるわ。

 正体不明の朝潮型が龍驤さんとは考えづらいけど……。

 千歳さんと千代田さんとかバケモノみたいなオッパイしてるものね、それに軽空母の人って落ち着いた雰囲気のお姉さんばっかりだし。

 

 「あら?こんな所に看板なんてあったかしら?」

 

 「あ、ホントだ。インド人を右に?どうゆう事?」

 

 鳳翔さんと私は、工廠を少し過ぎたあたりで目立たない様に設置された古ぼけた看板を見つけた。

 長い事鎮守府に居るけど初めて見たわね、まあ私が西側の区画に行くことはほとんどないから見落としてただけなんでしょうけど。

 けどたまに倉庫街へ駆逐艦が探検しに行くのは聞いたことあるわね、その子達はこれを知ってるのかな?

 

 「インド人ってこの先にあるカレー屋さんの事かな?」

 

 たしか、火を吐くインド人の絵が入り口周辺にデカデカと書かれてたわね、直進すれば倉庫街なのにインド人を右に曲がれ?

 北に行っても壁があるだけだけど……。

 

 「この字……擦れて多少読み辛いですけど、神風さんの字に似てますね……。」

 

 なんでわかるの?

 他人の字の特徴って普通覚えないでしょ。

 

 「この『人』の字が『人』か『入』かわかり辛いでしょ?神風さんの書き方にそっくりです。」

 

 「言われてみればどちらかわかり辛いかも……。」

 

 ぶっちゃけ気にならないレベルだけど……。

 神風さんがこの看板を書いたと言う事は100%イタズラね、確かにこのまま真っすぐ行くと左手にカレー屋さんが見えるから、西側をあまり知らない子は騙されて北に行っちゃうかも。

 

 「朝潮ちゃんもこの看板を見たのかしら、だとしたら迷ってるかもしれないわね。」

 

 可能性はある、直進すればいいのに右に行け的な看板を見ちゃったら、あの子は悩んだ末に北に行くわ。

 

 「行ってみましょう鳳翔さん。あの子、このイタズラに引っかかってるかもしれない。」

 

 「そうですね、この辺りは似たような景色が多いですから、一度迷うと延々同じ所をグルグルと回りかねないわ。」

 

 あの子がそこまでバカとは思いたくないけど……。

 いや、バカだわあの子。

 同じ道を行ったり来たりして、半ベソかいてるところが容易く想像できる……。

 

 「このカレー屋さんを右ですよね?相変わらず凄い絵……。」

 

 「ホント……インド人への風評被害にならなきゃいいけど……。」

 

 あの子が見たらインド人は全員火が吐けるんだと誤解しかねないわ。

 それどころかインド人に恐怖を抱くかも。

 

 「さすがに歩くと広く感じますね、こんなに歩いたのはいつ以来かしら……。」

 

 今時点で2~3キロは軽く歩いてるもんね、普段こっちに来るときは車か自転車だし。

 私は任務や訓練でそれなりに体力はあるけど、一線から退いて久しい鳳翔さんにはきついかも。

 

 「あらやだ、私ったらおばさん臭い事を……。皆には内緒にしてね?」

 

 別にいいんじゃない?

 誰だって2キロも3キロも歩けば疲れるわよ、それに鳳翔さんまだ若いじゃない。

 見た目は多めに見ても20代前半くらいだし、長い事艦娘をやってるって言っても20代後半くらいでしょ?

 おばさんと呼ぶにはまだ早いわ。

 

 「大丈夫でしょ、前に私兵の人たちが『肉と女は腐りかけが一番うまい』って言ってたのを聞いたことがあるし。」

 

 「満潮ちゃん……それはまったくフォローになっていませんよ?」

 

 う……凄くいい笑顔だけどすごく怖い。

 え?これって誉め言葉じゃないの?

 は、話を逸らした方がいいわねこれは……この人は絶対に怒らせちゃいけないタイプの人だから。

 

 「あ……、あー!あそこに看板がありますよ?行ってみましょう!」

 

 鎮守府の壁に突き当たろうとしたところで、草むらに埋もれかけてる看板を見つけた。

 冬で草が枯れたから出て来たのね、夏場だと見つけられないかも。

 

 「倉庫街←→ブラジル?なにこれ。」

 

 倉庫街はわかる、看板が指す方向に行けば倉庫街に着けるわ。

 でもブラジルが意味不明、神風さんは何を思ってブラジルなんて書いたのかしら、そっちに行ったら庁舎に戻っちゃうわよ?

 

 「倉庫街……ブラジル……倉庫街……、ブラジル。」

 

 「ちょーー!ちょっと待ってなんでそっちに行くの!?」

 

 そっちに行ってもブラジルになんて行けやしないのよ?

 なんで若干迷って、確信したようにブラジルを選択したの!?

 鳳翔さんって実はバカなの!?

 

 「え?でもブラジルって……。」

 

 だから何?もしかしてブラジルに行きたいの?

 もしかしてカーニバルが見たいのかしら。

 でもね鳳翔さん、そっちに行ってもブラジルに通じるトンネルがあるわけじゃないのよ?

 そりゃあ私も一度くらいは生で見てみたいわ、でも今はその時じゃないの、わかるでしょ?

 

 「一度着てみたいと思ってったんですよ、あの衣装♪」

 

 見るんじゃなくてやりたかったのか!

 なに照れてんの!?しかも期待に胸膨らませてる感じだし、そんなにカーニバルに参加したいの?

 別に参加なんてする事ないわ鳳翔さん、すでに貴女の頭がカーニバルだよ!

 目的完全に忘れてるじゃない!

 

 「待って待って!朝潮と龍驤さんを探すんでしょ!?ブラジルに行ってる暇なんてないじゃない!」

 

 「で、でも……朝潮ちゃんがこっちに行ったかもしれないし……。」

 

 「絶対行ってない!私たちは庁舎の方から来たのに会わなかったでしょ!?」

 

 あの子もそこまでバカじゃなかったのよ、ちゃんと倉庫街の方に行くくらいの頭はあったのよ!

 

 「そ、それもそうですね……。でも……。」

 

 そんなにブラジルが気になるの!?

 もしかして看板のイタズラって、鳳翔さんを引っかけるためなんじゃないでしょうね。

 だとしたら大成功よ、見事に引っかかったわこの人!

 

 「あ、後で行ってみればいいじゃない!ね?今は二人を探す方が大事よ。二人を見つけたら好きなだけブラジルに行っていいから!」

 

 「それもそうですね……ごめんなさいね満潮ちゃん……。」

 

 ごめんと言いつつ、めっちゃ後ろ髪ひかれてそう!

 私が居なきゃ、この人絶対ブラジルに行ってたわ……。

 

 「でも、初めてではないですが、この辺りまで来ると新鮮味がありますね。あ、あんな所に自動販売機が。」

 

 「そうね、私はここらは初めてだけど」

 

 整備員らしき人やゴツイ海兵隊達がウジャウジャいる。

 あっちも、この辺まで来る艦娘が珍しいのかチラチラ見て来てるし。

 でも私じゃなくて鳳翔さんを見てるわね、駆逐艦はそこまで珍しくないのかな。

 

 「ん?満潮さんと鳳翔さんじゃねぇか。こんな所でなにしてんだ?」

 

 あ、金髪だ。

 丁度良いからこの人に聞いてみようかしら。

 

 「朝潮ともう一人、軽空母の人を探してるんだけど見なかった?」

 

 「軽空母?軽空母は知らねえけど、朝潮さんともう一人見覚えのない駆逐艦なら今詰め所にいっけど?」

 

 よかった、合流してたのね。

 でもやっぱり駆逐艦か、龍驤さんはどこに居るんだろう?

 

 「そ、その駆逐艦の人は赤い服を着ていませんでしたか?水干のような。」

 

 「スイカン?いや、満潮さんと同じ制服着てたぜ?あ~でも、赤い服は小脇に抱えてたな……。」

 

 「その人に『駆逐艦みたい』とか、『まな板』とか言ってませんよね!?」

 

 ん?鳳翔さんの言い方だと、正体不明の駆逐艦が龍驤さんって言ってるように聞こえるけど……。

 まさかね……。

 

 「言うとどうなんだ?」

 

 「最悪、殺されます!」

 

 ちょっとちょっと……穏やかじゃないわね……。

 神風さん以上の危険人物じゃないの。

 

 「あ~それであの二人気絶してたのか?」

 

 ちょ!気絶!?

 もう一人が誰かはわかんないけど、あの子気絶させられちゃったの!?

 

 「ダルシム過ぎた辺で、気絶してる二人とそのくち……軽空母見っけたから詰め所まで運んだんだが、そういうことだったのか……。」

 

 「じゃあ今朝潮と龍驤さんは詰め所に居るのね?案内して!」

 

 「急ぎましょう、龍ちゃんは見た目は駆逐艦ですが武術の達人です!もしさっきのワードを言われたら最悪、詰め所で大暴れしているかもしれません!」

 

 うん、神風さん以上の危険人物だ。

 見た目に言及しただけで暴れるなんて、神風さんより気が短い。

 朝潮が気絶させられたって事は、誤って禁句を口にしちゃったのね。

 

 「おーい、誰かいねぇかー!あれ?おっかしいな……なんでシャッター閉めてんだよ。」

 

 金髪に案内されて、詰め所という名の倉庫の前に着いたはいいけど、鉄製のシャッターが閉まってて中に入れなくなっていた。

 

 「人の気配が希薄ですね……。まさかとは思いますが……。他に入り口は?」

 

 「裏だ、ついて来てくれ。」

 

 なんだかただ事じゃなくなってきたわね、中で一体何が……龍驤さんが私兵の人達を軒並みノックダウンしちゃったのかしら。

 

 「うお!なんだこりゃ!」

 

 「龍ちゃん……何て事を……。」

 

 裏口から倉庫内に入ると山があった、その頂にいるのはどこからどう見ても駆逐艦。

 人で出来た山の頂をひたすら踏みつけている。

 

 「あん……?おーー!鳳翔やないか!待っとったでー♪」

 

 鳳翔さんを見つけた龍驤さんカッコ仮が人山を駆け下りてきた。

 うわぁ……あの高下駄みたいな主機で踏まれたら痛そう……。

 実際、踏まれた人から痛そうなうめき声が聞こえるし。

 

 「龍ちゃん、これはどういう事?」

 

 「いやぁコイツらが何回、ウチは軽空母や!言うてもも信じてくれへんでなぁ。終いにはま、まな……、とにかく!ムカついたからドついたった。」

 

 まな板と言われたからこの人数相手に大立ち回りしたのね、確かに私や朝潮と同じくらい薄い胸だわ、まな板と言われても反論できないレベルで。

 

 「あ、そうだ朝潮……。朝潮は!?」

 

 「朝潮?あの失礼な子ならそこで寝てるで。」

 

 龍驤さんカッコ仮が顎で示した方向を見ると、青いベンチの上で寝てる朝潮を見つけた。

 よかった、あの人山の中に埋もれてたらどうしようかと思ったわよ……。

 

 「龍ちゃんの気持ちもわからないでもないけど……これはさすがにやり過ぎよ?」

 

 「大丈夫大丈夫、ちゃんと手加減はしたし、あん人らも殴られる前提でウチをおちょくって来たみたいやし。」

 

 「それでか、いくら何でもこんなちっちゃ……いや、一人相手に全員ノされるなんておかしいと思ったんだ。」

 

 あの司令官の私兵だもんね、全員手練れでしょうし。

 ノされるの前提で人をおちょくるってのは理解できないけど……。

 

 「最初にやり合ったモヒカンの変態もそうやけど、全員レベル高いなぁ。こん人らが本気やったらウチ敵わへんかったわ。」

 

 朝潮と一緒に気絶してたのはモヒカンか……疑問が解消されて少しスッキリしたわ。

 

 「朝潮ちゃん大丈夫かしら……。朝潮ちゃんを龍ちゃんが気絶させたって聞いて提督が怒らなきゃいいんですが……。」

 

 怒るでしょうね間違いなく、気絶させた理由が理不尽なら尚更よ。

 しょうがない、このままじゃ連れて帰るのもしんどいし起こすか。

 

 え~とたしか……背中のこの辺を。

 

 「お、君よう知ってんなぁソレ、若いのに感心感心

♪」

 

 見た目が駆逐艦の人に若いって言われると微妙な気分になるわね、覚えた経緯は絶対説明したくないけど。

 え~と、それで両肩を持ってグッと!

 

 ボキボキ!

 

 あ、これ気持ちいい、膝を通して朝潮の背骨が鳴る感触が伝わってくるわ。

 

 「う……あ……。」

 

 「朝潮大丈夫?どこか痛いところない?」

 

 よかった、成功したみたいね。

 今度少佐にお礼しなくちゃ。

 

 「ここは……誰?私はどこ……?」

 

 頭がバグってるわね、一発殴った方がいいかしら。

 

 「そうだ駆逐艦!自分を軽空母と詐称する駆逐艦が!」

 

 「あん?」

 

 まずい!この子どうして自分が気絶してたのか理解してないわ!

 

 「朝潮、アンタ夢見てたのよ。自分を軽空母と詐称する駆逐艦なんていないわ。」

 

 「え?なんで満潮さんがここに?って言うかここ何処ですか?」

 

 「ここは私兵さんたちの詰め所よ、気絶したアンタを金髪が運んでくれたらしいわ。」

 

 お願いだから、これ以上龍驤さんの事は言及しないで!後ろで凄い殺気を放ちながら身構えてるから!

 

 「あ!あの人ですよ!自分を軽空母と思い込んでる可哀想な駆逐艦は!」

 

 黙れ!それ以上は言っちゃダメ!

 今の時点で完全にアウトだけど、これ以上は確実に命が無いわ!

 

 「このクソジャリ……ぶち殺したる……。」

 

 やめてー!

 ごめんなさい龍驤さん!

 この子頭良さそうな優等生に見えて実はバカなんです!

 だから許してあげて!?

 この子は間違ってる事を言ってる自覚がないのよ!

 

 「りゅ、龍ちゃん落ち着いて!朝潮ちゃんに悪気はないのよ!」

 

 そう!そうよ!

 鳳翔さんが言うとおり、この子に悪気は微塵もないの!

 純粋に龍驤さんの頭を心配してるのよ!

 

 「つまり、悪気無しにウチをこき下ろしとるちゅうわけやな?余計(たち)悪いわ!」

 

 ですよね!

 起こすべきじゃなかったわ、この子がこのまま起きてたら龍驤さんの火に油を注ぎまくるだけ!

 こうなったら……。

 

 「え?なんであの子怒ってるんですか?私がなにか……。」

 

 「朝潮……ゴメンね。今のうちに謝っとくわ……。」

 

 朝潮がキョトンと首を傾げて私を見つめてくる。

 あーもう!可愛いなぁ!

 でも、私は今からアンタに酷いことするわ。

 これ以上アンタが起きてたら、それ以上に酷いことになるもの……。

 大丈夫、アンタだけに痛い思いはさせない。

 お姉ちゃんも一緒よ……。

 

 「鳳翔さん……後はお願いします……。」

 

 「わかりました……満潮ちゃんの犠牲は無駄にはしません……。」

 

 よかった……鳳翔さんは私が何をしようとしてるか気づいてくれたのね。

 ならばもう、迷う必要はないわ。

 

 「あ、あの満潮さん、何を……。」

 

 私は頭を後方へ大きく振りかぶり、いまだ状況が理解できない朝潮の額目がけて一気に振り下ろした。

 

 ゴツン!

 

 頭蓋骨に衝撃が走り、目の中に星が飛んでるわ……朝潮は……、よかった、無事に気絶してくれたみたいね……。

 

 ゴメンね?痛かったでしょ?

 でもお姉ちゃんも痛いから許してね。

 

 私は、慌てて駆け寄る鳳翔さんを横目に見ながら、これで朝潮の頭が少しは良くなりますようにと願いを込めて意識を手放した。

 

 余計に悪くなるかもしれない可能性など、微塵も考えずに。


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