艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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朝潮編成 10

 ワダツミの引き渡しを十日後に控えた12月4日。

 私は、朝から執務室で机に噛り付いていました。

 

 本当に噛り付いてたわけじゃありませんよ?

 そう見えるくらい熱心に編成表の作成に集中していたという事です。

 

 「ふう、終わりました。」

 

 司令官が紙に書き出した艦隊編成を、パソコンに打ち込んで表を作成する作業をしていたんですが、こうやって書きだすと壮観ですね、知らない名前も多いです。

 

 中枢棲姫攻略艦隊。

 総指揮 横須賀提督、副官 朝潮。

 

 対窮奇迎撃部隊 旗艦朝潮 大潮 満潮 荒潮。

 

 ワダツミ護衛艦隊、及び前衛艦隊。

 指揮官 少佐、副官 由良。

 

 第一護衛艦隊 旗艦長良 朝雲 山雲 夏雲 峯雲。

 第二護衛艦隊 旗艦名取 朝風 春風 松風 旗風。

 対潜水艦部隊 旗艦五十鈴 文月 皐月 占守 国後 択捉。

 第一前衛艦隊 旗艦妙高 那智 阿賀野 夕雲 巻雲 風雲。

 第二前衛艦隊 旗艦足柄 羽黒 矢矧 長波 沖波 朝霜。

 

 空母機動部隊。

 指揮官 鳳翔、副官 龍驤。

 

 第一機動部隊 旗艦赤城 加賀 飛龍 蒼龍 朧 曙。

 第二機動部隊 旗艦大鳳 雲龍 天城 葛城 漣 潮。

 

 主力水上打撃部隊。

 指揮官 辰見、副官 叢雲。

 

 対饕餮(とうてつ)攻略艦隊。

 第一随伴艦隊 旗艦鳥海 北上 大井 阿武隈 白露 時雨。

 第一主力艦隊 旗艦長門 武蔵 翔鶴 麻耶 高雄 愛宕。

 

 対檮杌(とうこつ)攻略艦隊。

 第二随伴艦隊 旗艦妙高 球磨 木曾 鬼怒 夕立 江風。

 第二主力艦隊 旗艦金剛 比叡 榛名 霧島 瑞鶴 夕張。   

 

 艦娘総勢72名。

 

 「ありがとう朝潮、作戦説明の時に配るから、必要数を印刷しておいてくれ。」

 

 「わかりました。あ、お茶も淹れますね。」

 

 私としたことが、編成表の作成に気をとられていた間に司令官の湯飲みを空にさせてしまった。

 お茶菓子も用意した方がいいかな、休憩には少し早いけど……。

 

 「いや、お茶は私が淹れよう。君は印刷の方を先に済ませてくれ。それが終わったら休憩にしよう。」

 

 「ですが、司令官にそのような雑事をさせるわけには……。」

 

 「構わないよ、それと今日は気分を変えてコーヒーにしよう。貰い物だがケーキがあるんでな。」

 

 ケーキ!いつもお茶請けは煎餅とか和菓子ですから新鮮ですね!

 

 「わかりました!急いで終わらせます!」

 

 あ、でもコーヒーって苦いんじゃなかったっけ……。

 お茶の苦さと言うか渋さは平気だけど、コーヒーは飲んだことがないからどのような味か想像がつきませんね……。

 

 「え~と……これをこうして……。ここをクリック……。」

 

 あ、ちゃんとプリンターが動いてくれた。

 印刷はちゃんと出来てるわね、あとは指定した枚数が印刷されるのを待つだけ、お願いしますねプリンターさん。

 

 「あ、匂いは好きかも……。」

 

 司令官が淹れるコーヒーから、ナッツのような香ばしい香りが私の方まで漂って来ます。

 香りを嗅ぐだけで大人の階段を登っているような気分になりますね。

 司令官が望まれるなら、本当に登っても構わないのですが……。

 

 「どうした?終わったのならお茶にしよう。」

 

 「は、はい!」

 

 どうしよう……意識したら変に緊張してきました……。

 今日は神風さんも居ませんから正真正銘の二人きり、間違いが起こる可能性は十分あるわ!

 いえ、間違いなんて言っちゃダメね、むしろ正解。

 私と司令官は結ばれる運命にあるのですから!

 

 「何か良い事でもあったのか?ガッツポーズなんかして。」

 

 「いえ、なんでもありません。」

 

 違います司令官、お互いにとって良い事があるのはむしろこれから。

 落ち着くのよ私、ガッツポーズにはまだ早いわ。

 ガッツポーズは事が済んだ後よ!

 

 「苺ショートケーキとチーズケーキがあるが、朝潮はどっちがいい?」

 

 「苺ショートでお願いします!」

 

 私の前に白くて甘そうな苺ショートケーキと、それと相反するような黒くて苦そうなコーヒーが並べられた。

 白と黒、甘みと苦み、子供と大人、女と男、艦娘と提督、まるで私と司令官のようです。

 

 「砂糖とミルクは好みで入れるといい、さすがにブラックは無理だろうからな。」

 

 「そ、そんな事はありません!」

 

 とりあえず一口飲んでみよう、司令官がせっかく淹れてくださったんですから。

 

 「……。」

 

 す、すごく黒いです……見るからに苦そう……。

 

 「あ、朝潮、別に無理する事ないんだぞ?」

 

 「だ、大丈夫です!」

 

 ゆっくり、ゆっくりカップに口をつけて少しだけ……。

 う……苦っ!コーヒーってこんなに苦いんですか!?

 こんなに苦い物を砂糖もミルクも入れずに飲むなんて私には到底無理です!

 私が大人の階段を登るのはまだ早いという事なのでしょうか……。

 

 「ははは、やはり朝潮には苦すぎたか。ほら、砂糖とミルクを入れなさい。」

 

 「すみません……。」

 

 砂糖は三つくらいでいいかな?ミルクはこれくらい?

 うん、まだちょっと苦いけど、ケーキを食べながらだと丁度いいかも。

 

 「司令官は入れないんですか?」

 

 「ああ、私は洋菓子の甘さが苦手でね。ブラックなしじゃ食べれないんだ。」

 

 なるほど、それは良い事を聞きました。

 来年のバレンタインデーの参考にしましょう。

 

 それより、司令官が私の対面に座るのは予想外でした。

 司令官の顔が自然と視界に入るのはいいですが、これでは遠すぎます。

 この場所では司令官に密着する事が出来ないじゃないですか、なんで司令官は反対側に座っちゃったんですか?

 

 も、もしかして私と密着したくないとか?

 いや!そんな事はあり得ません!

 私は司令官の好みにじゃすとふぃっとのはずなんですから!

 

 とすると照れてる?

 そうよ、照れてるのよ!

 司令官も意外と初心(うぶ)ですね、でもそんな所も私は大好きですよ!

 

 「そういえば、もうすぐ朝潮の誕生日だな。」

 

 「え?ええ、そういえばそうですね。」

 

 私ももうすぐ14歳ですか、司令官と合法的に結婚出来るまであと2年、長いなぁ……。

 そう言えば司令官の誕生日はいつなんでしょう?

 もし近いならお祝いを考えなければ!

 

 「司令官の誕生日はいつなんですか?」

 

 「私か?え~と……6月の初め頃だったような……。」

 

 半年も過ぎてる!

 私のおバカ!なんで真っ先に調べなかったのかしら、司令官の誕生日を祝うためには半年も待たなきゃいけないじゃない!

 というか司令官はご自分の誕生日を覚えてない?

 普通覚えてるものなんじゃ……。

 男の人って誕生日とか気にしないのかしら。

 

 「免許証を見ればわかるが、普段車に乗らないから部屋に置きっぱなしだな……。」

 

 「6月なのは間違いないんですよね?」

 

 「おそらく……そう言われると自信が出来なくなってくるな……。最近は自分の歳もうろ覚えだし、まさか呆けて来てるのか?」

 

 大丈夫です!例え司令官が呆けたとしても、私が下の世話までバッチリしてみせます!だから安心して呆けてください!

 

 「まあ私の誕生日はどうでもいい、誕生日プレゼントで何か欲しい物はないか?」

 

 「お気持ちは嬉しいですが……よろしいんですか?私だけ頂いては他の艦娘に示しがつかないのでは……。」

 

 他の人がそういう物を貰ったという話は聞いた事がありませんし……。

 でも、それならそれで私だけは特別だと言われているような感じがして良いですね。

 もう……司令官ったら、私だけが特別なら直接そう言ってくださればいいのに、でもそういう遠回しな言葉の心意に気づいてこそ真の秘書艦、いえ!真の恋人というもの!

 

 また司令官のお嫁さんに一歩近づいてしまいましたね。

 ふふふ、敗北が知りたいです。

 

 「いや、他の子達にも毎年あげている。だから朝潮も気にせず欲しい物をいいなさい。」

 

 あ、そですか。

 速攻で敗北してしまいました……。

 ですがこれで勝ったと思わないでください?

 例え私が破れても第二、第三の朝潮が貴方のお嫁さんに……!

 

 いや、それじゃダメですよ、何考えてるんですか私は、他の朝潮に司令官を盗られてなるものか!

 

 「朝潮、この間気絶して戻ってからちゃんと入渠したか?」

 

 「え?はい、起きたら治療施設のベッドの上に居ましたから……。」

 

 顎に手を当てて何を考え込んでいるんでしょう、ボソボソと『前より酷くなってないか?』などと言ってるようですが、何が酷くなってるんでしょう?

 

 残念ながら、体に変わったところはありません。

 ええ、本当に残念です。

 成長期のはずなのに身体的特徴はこれっぽっちも変化してません。

 いくら艦娘になると成長が抑制されるとは言え、胸くらいは成長してもいいじゃない!

 

 胸の大きい人がよく言ってますね、『胸が大きくても肩が凝るだけよ?』とか。

 贅沢な!

 それは『金があっても財布が重くなるだけだ』と宣う嫌味な金持ちと同じです!

 

 無い人の気持ちも少しは考えてください!

 まあ、私は全く無いわけじゃありませんが。

 ええそうです、無いわけではありません、有るか無いかわかり辛いレベルで小さいだけです……。

 ちゃんと有るんです、一応ブラだってしてるんです……。

 

 え?無いようなものだからブラは必要ない?

 大きなお世話ですよ!

 これから大きくなるんです!

 成長した朝潮に期待してください!

 

 「あ、朝潮?大丈夫か?」

 

 「何がですか!?朝潮は大丈夫です!」

 

 おっといけない、危うく司令官に八つ当たりしてしまうところでした。

 ポジティブに考えるのよ私、私の体は何もかも未開発。

 そうよ、これから時間をかけて司令官に開発してもらえばいいんだから!

 

 「それで話を戻すが、欲しい物があるなら聞いておくぞ?」

 

 そうでした、元々そんなお話でしたね。

 さて、どうしましょう。

 欲しい物と言われても思い浮かびませんね、しいて言うなら司令官の名前が書いてある婚姻届けでしょうか。

 

 でも、それを貰ったところで私が法的に結婚できない年齢だから意味がない。

 ならば司令官と私の愛の巣!司令官の部屋での同棲などどうでしょう?

 う~ん、これもいまいちですね、同居できたとしても神風さんという邪魔者がいますし……。

 

 そうだ、指輪とかどうでしょう?

 そうよ婚約指輪よ!

 あ、やっぱりダメだわ……今の指のサイズに合わせて買ってもらったら、艦娘を辞めて成長が再開した時に合わなくなってしまうかもしれない。

 

 どうしましょう……何も思い浮かばないわ……。

 

 「まあゆっくり決めなさい、まだ時間はある。」

 

 「すみません……。」

 

 欲しい物はあるのに、自分の年齢のせいで軒並み意味を為さないんです……。

 

 「謝る事はない、君くらいの歳なら欲しい物が多いだろうからな。」

 

 いえ、実際に欲しいのは司令官だけなんですが……。

 そっか……司令官が欲しいと言えばいいんだ、それで全て解決じゃない!

 悩む必要なんてなかったわ!

 

 「あ、あの!私が欲しいのは……。」

 

 あれ?ちょっと待って?

 それは告白するのと同じじゃないかしら、私は司令官の事が大好きですが、司令官が私の事を好きかどうかはわからないわ。

 直接好きだって言われた事も、言った事もないし。

 

 「ん?決まったのか?」

 

 言っても大丈夫かしら……いきなり『貴方が欲しい!』なんて言って司令官がドン引きしちゃったらどうしよう……。

 司令官が駆逐艦の事を好きなのは知ってますけど、私より魅力的な駆逐艦はいっぱいいますし……。

 やっぱり他の物にしよう、男女の関係は急ぎすぎても奥手すぎてもダメって、荒潮さんの愛読書にも書いてあったし。

 

 「し、司令官が身に付けている物……。」

 

 うん、これだわ。

 司令官が愛用してる小物とかを御守りとして持ち歩いていれば、例え離れていても一緒にいるような気分になれるもの!

 

 「私が身に付けている物?そんな物でいいのか?」

 

 「はい!出来ればいつも持ち歩けるような物がいいです!御守りにします!」 

 

 「ふむ……私の持ち物に御利益などないが……。それでいいと言うなら用意しておこう。」

 

 よし!司令官の私物ゲットです!

 何をくれるんだろう?

 もしかして下着とか?それなら穿こうと思えば穿けるわね、ウェストがガバガバなのはベルトで絞めればどうとでもなるし。

 あ、でも洗濯したら匂いが落ちちゃう、それはよろしくないわ。

 ああ……何が貰えるんだろう、楽しみだわ♪

 

 「よろしくお願いします!」

 

 「お安いご用だよ。朝潮には頑張ってもらわないといけないしな、今度の作戦の要は君たち第八駆逐隊と言っても過言ではないし。」

 

 承知しています。

 艦隊の背後から強襲してくるであろう窮奇の迎撃、私達の敗北はそのまま作戦の失敗に繋がりかねない。

 

 「もう少し艦娘を回してやりたかったんだが、不確定な事に戦力を回せるほどの艦娘が用意できてなくてな……。すまないと思っている。」

 

 謝らないでください司令官、こうなったのは私達の責任でもあるんです。

 そもそも、私達が7カ月前に窮奇を討てていたら、そのような心配をする必要はなかったのですから。

 

 「増員は不要です、私達について来れる艦娘は限られています。下手に増員されると連携どころではなくなってしまいますので。」

 

 「だが、奴が単艦で来るとは限らないのだぞ?」

 

 司令官の目に後悔の色は浮かんでいない、これは私の覚悟を確認してるんだ。

 ならば応えないと、司令官の(つるぎ)として。

 

 「承知の上です。貴方を害しようとする者は、数がどれだけ居ようと私が根こそぎ切り裂きます。」

 

 私は貴方に鍛えられました。

 直接指導してくれた訳じゃないけど、貴方が私のために色々してくれた事はわかっています。

 

 「私は貴方が鍛え上げた、貴方だけの(つるぎ)です。その時が来たら躊躇無く抜き、振りかぶってください。見事、窮奇を討ち取って御覧にいれます。」

 

 そして必ず戻ります、貴方の元へ。

 

 「わかった、君の覚悟、確かに受け取った。」

 

 そう言って、司令官が右手の小指を差し出して来た。

 指切りげんまんですね。

 

 「こういう子供っぽいのは嫌か?」

 

 「いえ、大歓迎です。」

 

 私と司令官は小指同士を絡ませ、そのままゆっくりと上下させて声を合わせ、約束を確かめ合うようにこう言った。

 

 「「ゆ~びき~りげ~んまん、う~そつ~いたらは~りせんぼんのーます。ゆ~びきった。」」


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