もうどれくらいの時間車に揺られているんだろう、ハイエースの最後尾、バックドアの前に設えられたソファーに座り、私は流れていく高速道路の景色をふと眺めた。
私を養成所に迎えに来てくれた二人、金髪さんとモヒカンさんは時折雑談を交えつつ交代で車を運転している。
車の天井の中ほどに設置された17インチほどのモニターには先ほどからジ〇リの映画が流されている、モヒカンさんが退屈しのぎにと流してくれているのだが、映画の場面に会わせてあっちこっちから音が響いてくる。
「すごいっしょ!ドルビーデジタル7.1ch仕様っす!」
と、すっかり打ち解けた口調になったモヒカンさんは言うが、はっきり言ってよくわからない、たしかに音は綺麗だしすごいんだけど、横や、酷い時にはお尻の下からも音がするのはどうにかならないものか……。
「ソファーの下にウーファー仕込んでるんっすよ!低音がいい感じでしょ!」
ウーファーって何?毛皮の一種?
「この車はお二人が改造したんですか?」
「自分らだけじゃないっすよ、部隊の奴らが暇を見つけては、いじったんっす。金出したのは大隊長っすけど。」
この人たちはたしか横須賀提督の私兵的な人たちって言ってたな、大隊長が提督?
「あ、大隊長じゃないっすね、提督殿っす。」
「提督なのに大隊長なんですか?」
「ええ、陸軍時代は大隊の指揮を執られていました、そのせいでいまだに大隊長って呼んじゃう時があるんすよ。」
へえ、提督になる前は大隊長さんだったんだ。
「自分らも一応所属は海軍になってるんすけどね、海にはでませんけど。」
そりゃあ海に出るばかりが海軍ではないだろうけど……
ちらりと二人を盗み見る、見たことのない軍服だ、少なくとも海軍じゃない。
二人は養成所を出て最初に立ち寄ったパーキングでタキシードから軍服に着替えていた。
パーキングのトイレから着替えて出てきた二人は、カーキ色ではなく黒く染められた陸軍服の上から同じ色のコートを羽織っていた、色が似てるから着替えたのかそうじゃないのか私は一瞬わからなかった。
「その軍服も陸軍の物なんですか?」
「そうと言えばそうなんですが、これはうちの隊独特のものっす、大たい……じゃなかった、提督殿が黒が好きだって理由だけで特注させたんっすよ。」
そんな理由で軍服を特注できるものなの?
「けっこう揉めたらしいっすよ?やれ格式がーだの伝統が―だの上の方は言ってたみたいっすけど『じゃあ私は退役します。』って提督殿が言ったら許可してくれたそうっす。」
本当に!?大隊長とはいえたった一人が退役するって言っただけで許可が下りたの!?信じられない……
「ホントかどうかは知らないっすよ?ただ、提督殿は上の弱みやらなんやらを結構握ってたみたいっすからそれで軽く脅したんじゃないっすかね?」
それって暗殺とか左遷とかされたりしないのかな?自分の弱みを握ってる部下を野放しにするなんてことがあるのかしら。
「そういや軍服が変わるちょっと前くらいに変な部隊に襲われたことがあったよな?」
それまで運転に集中していた金髪さんが会話に入ってきた、襲われた!?本当に!?
「あったあった!アイツら結局どこの所属だったんだ?日本人じゃなかったみたいだけど。」
「さあなぁ、適当に蹴散らしたらさっさと逃げちまったし、つかあんな練度で俺らに喧嘩売るとか舐めてんのかって話だ、こっちはバケモノ相手にドンパチ繰り返してきた叩き上げだぞ?多少不意を突いたところでどうにかなるかっつの。」
バケモノ?深海棲艦のことかしら、陸軍の人が深海棲艦と戦闘してたの?陸上で?
「あ、あの、陸軍の人も深海棲艦と戦っていたんですか?」
二人は顔を見合わせる、金髪さん、前を見て運転してください。
「そりゃそうっすよ、艦娘さんらが現れる前は酷いもんでしたからねぇ、海軍は軍艦を根こそぎ沈められて壊滅状態、上陸しようとする深海棲艦を陸軍がなんとか水際で食い止めてたんっす。」
そういえば私が住んでた町を助けに来てくれたのも陸軍だった、もしかしてと思ったけど、やっぱり横須賀の提督と、あの時私を助けてくれた人は違うのかな、あの人はカーキ色の軍服を着ていたし。
「深海棲艦に通常兵器は聞かないと座学で習いましたけど、陸軍はどうやって対抗したんですか?」
「え?そりゃあ戦車とか高射砲とか、あとは対戦車ライフルとかも使ったっすね、さすがに手持ちの短機関銃とかは牽制くらいにしか役に立たなかったっすけどね。」
効くんだ!じゃあどうして海軍の軍艦は沈められたんだろう、よっぽど大きい火砲を詰めるのに。
「奴らは陸上に上がると弱体化するっすからねぇ、それでわざと上陸させて弱体化させて各個撃破、それでも戦車並に固いし火力もすごいんすけど。」
「戦車並の装甲と火力を持つ人間サイズのバケモノとか初めて見たときは夢かと思ったよな。」
「艦娘様様っすよホント、できることなら二度と相手したくないっすからね。」
私はそのバケモノ、しかも弱体しない海の上で戦うために横須賀に向かっているんだけど……
「でも、それならなんで海軍は負けてしまったんでしょうか。」
通常兵器で効果があるのなら、艦娘なんてそもそもいらないのでは?
「う~んこれは提督殿の受け売りなんっすけど、『拳銃でノミを狙い撃ちできるか?』って言われたっすね。」
照準の問題?でもそれなら大雑把な位置にでも着弾させれば爆風でどうにかなるんじゃないかしら。
「それとこれは自分らの体験談っすけど、奴らの装甲、陸上で戦車並っすけど、戦車を撃破できる火力で倒せるわけじゃないんっすよ。」
「どういうことですか?」
戦車並の硬さの敵を戦車を撃破できる火力で倒せない?なぞなぞかな?
「深海棲艦や艦娘の『装甲』が特殊な力場なのは知ってるっすよね?」
ええ、知識でだけ……。
「これが非常に厄介でして、通常兵器の威力をほとんど殺しちゃうんすよ、一体仕留めるために戦車の一個小隊分の火力を一体に集中して初めて撃破できたんっすから。」
「かといって火力があればいいって訳でもないんす、一点、あくまで一点に集中することでようやく『装甲』を貫けるかどうかって感じっす。」
だから海軍は負けたのか、照準に難があり、爆風で倒せるわけでもない、しかも洋上では文字通り軍艦並の硬さと火力のバケモノ、負けるなというのが無理な話か。
「そのバケモノを刀でぶった斬ったバケモノもいたけどな。」
どうやって!?戦車砲でも貫くのが困難な、しかも陸上ですら一発で人間を消し去れるほどの火力をもつ相手を刀で!?
「信じらんないっしょ?まあ、うちの提督殿なんっすけど、斬ったときなんて言ったと思います?『なんだ、思ったより行けるじゃないか、お前らも刀使え刀!安上がりだ。』っすよ!?そんなことできるのなんかアンタだけっすよ。」
本当に信じられない……もう全部その人だけでいいんじゃないかな。
「んで、俺らがドンパチしてる間に海軍は艦娘の開発に成功して、提督殿は妖精が見えるって理由で海軍に異動になったんす、敵との交戦経験もあったっすからね。」
妖精、艤装の開発をしてくれる謎の存在、深海棲艦の出現と同時に現れたと習ったけど
どんな姿をしてるんだろう妖精っていうくらいだから可愛いのかな?
「艦娘、あれは戦艦だったかな?の戦闘を初めて見たときは驚いたよなぁ、俺らが散々苦労して相手してた敵をあんなオモチャみたいな見た目の砲で吹っ飛ばしちまったんだから。」
駆逐艦の扱う12.7cm連装砲や重巡の扱う20.3cm砲などは名称とは裏腹にサイズはそれほどでもない、手で取りまわせる程度の大きさだ、艦娘が使った場合それと同程度の威力があるからそういう名称になっている。
この時発射される弾や魚雷、空母なら航空機などは艤装から発せられる特殊な力場を付与されている、この付与された力場が相手の『装甲』に干渉し無力化するのだ、もっとも、距離や艦種によって違う『装甲』の厚さによって減衰するため駆逐艦の砲などは接近しないと相手の『装甲』を貫けるほどの効力を発揮しない、逆もまたしかり。
駆逐艦や巡洋艦が夜戦で威力を発揮すると言われているのは、この『接近』が昼間より容易になるためだ、別に夜だから火力が飛躍的に上昇するわけではない。
「おっと、次のインターで降ります、もう少しの辛抱ですよ。」
一晩パーキングで車中泊しての移動ももうすぐ終わる、座っているソファーがベッドになると知ったときはありがたかったな。
「あ、そだ、提督殿にはくれぐれも何もなかったと伝えてくださいね?じゃないと自分ら文字通りミンチにされるっすから。」
「はあ……でもそう言ったら逆に怪しくありませんか?」
昨日の夜、寝る前にも言われたことだ、もし私に何かしようものならミンチにすると脅されてるとか。
「「たしかに!」」
金髪さんとモヒカンさんが何やら相談を始めた、逃げる算段でもしてるのかしら?
横須賀インターの看板が見えてきた、モヒカンさんの話では高速道路を降りて横須賀街道に乗れば鎮守府はすぐらしい。
鎮守府が近づくにつれて私の心臓の鼓動が速くなっているような気がする、私が緊張しているのか『朝潮』が待ちきれないのかはわからない、だけどもうすぐ始まる、私の艦娘としての人生が、私の……朝潮としての物語が。