艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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幕間 決戦前夜1

 横須賀を出て三日目の夜、いよいよ明日から作戦開始かぁ……。

 速度を落として、到着時刻を調整しながら航海を続けるワダツミを護衛してる子たちが後部甲板(ここ)からだとよく見えるわ。

 

 「暁の水平線に勝利を刻め……ねぇ……。」

 

 先代の朝潮が好きだったわねこのセリフ、教本の最後のページにも書いてたし。

 まあ、私も嫌いじゃないけど、実はお父さん好みのセリフじゃないのよね。

 どちらかと言うと、『ぶち殺せ!』とか『レッツパーティー!』とかの方がお父さんは好き、あのセリフを言うようになったのって提督になってからだし。

 

 「あれ?姐さんじゃないっすか、こんな所で何してるんすか?」

 

 「別に、涼んでるだけよ。」

 

 アンタこそ何してるのよ、気配消して近づくのやめてくれない?

 景色もアンタの服装も真っ黒だからまったく気づかなかったわ。

 

 「部屋の方が快適なのにっすか?」

 

 「うっさい、風に当たりたかったの。」

 

 そりゃ部屋は快適よ?無駄にね。

 軍艦の癖に居住施設にやたらとこだわってるものねこの艦、はっきり言って鎮守府より住みやすいわ。

 だから(・・・)落ち着かないのよ、アンタだってそうだから甲板に出て来たんじゃないの?

 

 「まあ、気持ちはわかるっす。この艦の部屋は自分らにゃ上等すぎる……。」

 

 星空の下で黄昏るのがこんなに似合わない男が他にいるだろうか、いやいない。

 せめて髪型がまともならそれなりに絵にはなってたでしょうけど、髪型が全てを台無しにしてるわ。

 

 「黄昏るのやめなさい、全く似合ってないわ。」

 

 「酷ぇ……親子そろって言う事キツすぎっすよ……。」

 

 「いい加減慣れなさいよ、そんな髪型してるアンタが悪いんだから。」

 

 「いやいや!自分がこの髪型になったのって姐さんのせいじゃないっすか!」

 

 失礼な、私のせいにしないでちょうだい。

 自分が持ち掛けた賭けに負けたアンタが悪いの、自業自得よ。

 

 「私に手を出そうとした報いね、髪型だけで済ませてあげたんだから感謝して欲しいくらいだわ。」

 

 「う……その話、提督殿にはしてないっすよね?」

 

 出来る訳ないでしょ、してたらアンタはとっくに死んでるわ、私に『俺の女になれ』なんて言ったんだから。

 

 「私を見くびり過ぎた自分の愚かさを恨みなさい。」

 

 「そりゃ仕方ないっしょ、艦娘なんて兵科はそれまでなかったんすから!そもそも、『不思議パワーで敵をやっつける!』なんてアホみたいな事言った姐さんも悪いんすよ?」

 

 「だってそうとしか言えなかったんだもん、今だに力場の発生原理とかわかってないのよ?」

 

 そんな兵器に頼ってるなんてゾッとするけど、使える物は使わないとね。

 じゃないと、生き残れないし。

 

 「でも、ちゃんと倒して見せたでしょ?」

 

 「ええ、おかげで自分はモヒカン頭になっちゃったすけどね……。」

 

 いつまでも根に持つんじゃない!『本当に敵を倒せたらモヒカン頭にして緑に染めてやるよ!一生な!その代わり出来なかったら俺の女になれ!』って変な賭け持ちかけたのはアンタじゃない。

 まあ、私みたいな美少女を自分の女にしたいのはわかるわ。

 でも当時の私は13かそこらよ?

 アンタもロリコンだったのね、髪型がまともで眉毛が生えてればソコソコの顔してるだけに勿体ないわ。

 

 「な、なんすかそのロリコンを見るような目は!言っときますけどね、当時の自分はギリギリ10代っすから!それにロリコンって言われるほど姐さんと歳離れてないっしょ!」

 

 「まあ、お父さんと比べたらマシだとは思うけどさ、ロリコンには変わりなくない?」

 

 私とモヒカン位の歳の差は、今なら普通だけど当時はダメでしょ。

 大学生が中学生に『俺の女になれ!』って言ったようなものよ?

 

 「なんで自分はこんなのに……当時の自分を撃ち殺したいっす……。」

 

 「『こんなの』とは随分な言いようね。この話をお父さんに言ってスパッと()ってもらおうか?」

 

 「マジで()られるから勘弁してください……。あ、でも……。」

 

 「なに?」

 

 なんで珍獣でも見るような目で私を見てるのよ、私なにかした?

 

 「普通に『お父さん』って呼ぶようになったんすね。前は頑なに呼ぼうとしなかったのに。」

 

 あ~、その事か、意地を張るのをやめただけよ。

 お父さんも私を娘と思ってくれてるなら、お父さんって呼ぶのを我慢する必要なんてないわ。

 それを朝潮に気づかされたのは少し癪だけど……。

 

 「姐さんを嫁に貰う奴は大変っすね、絶対『俺より弱い奴に娘はやらん!』とか言うっすよ。」

 

 言いそうだ……お父さんに勝つなんて深海棲艦に海上で勝つより難しいんじゃないかしら。

 少なくとも陸で長門を倒せるくらいじゃないと勝負にもならないわね。

 

 「アンタなら出来るんじゃない?狙撃の腕は奇兵隊で一番でしょ?」

 

 「冗談やめてくださいよ、あの人を撃ち殺せるのなんてシモ・ヘイヘくらいじゃないっすか?」

 

 フィンランドの白い死神だっけ?

 いくらなんでも言いすぎでしょ、リアルチートじゃないと勝てない程お父さんは人間離れしてないわよ?

 

 「ん?その言い方だと、姐さんって自分に貰われたいんすか?」

 

 「なんでそうなる、私は肩パットが似合いそうな人は好みじゃないわ。」

 

 「火炎放射器もつけましょうか?」

 

 「お好きにどうぞ。」

 

 だいたいアンタ、私の事苦手でしょ?

 態度でわかるのよ?

 私がなにか言うとすごく困ったような顔するものね。

 

 「そういえば見たっすか?あの新型弾頭。」

 

 「戦艦クラスの核をRPGの弾頭に加工したって奴でしょ?効果あるの?」

 

 「らしいいっすよ?陸に上がった重巡クラスの装甲を楽に貫くとか『武器屋』は言ってたっすけど。」

 

 「それがたった12発か……せめて人数分くらいは欲しかったわね。」

 

 戦艦クラスなんてボコスカ沈めてるじゃない、それでも12発しか用意できなかったって事は加工の工程で問題があるか、もしくは核が思うように手に入らなかったのか、もしくはその両方かな。

 

 「まあ、今回は内火艇ユニットもあるし、なんとかなるっすよ。」

 

 「陸に上がった私以下なのに?」

 

 「余裕っす、相手が撃つ瞬間に砲身に竹槍投げ込んでた頃に比べりゃヌルゲーっすよ。」

 

 そんな事もしてたなぁ……。

 それで誘爆して倒せてたからよかったものの、今考えたら正気の沙汰じゃないわ……。

 

 「慢心して失敗しないでよ?ギミック破壊はアンタの分隊の役割なんだから。」

 

 「姐さんこそ失敗しないでくださいよ?自分らがギミックを破壊して親玉の目を逸らしたら、後は姐さんの仕事っすから。」

 

 ちなみに、私たちの作戦計画はこうだ。

 殴り込み艦隊が戦闘を開始したら、折を見て奇兵隊一個小隊が黒砂海岸から上陸して11号線沿いを北東に進み、ボルケーノビレッジ手前で二手に別れる。

 私たち第一分隊はボルケーノビレッジを越えて島中心部へ、モヒカンたち第二分隊はマウナロアトレイルに沿って島内ギミックへそれぞれ向かう。 

 私たちが中枢棲姫を捕捉し、突撃の体制を整えた頃合いを見計らって、モヒカン率いる第二分隊がマウナロア山中腹のギミックを破壊して中枢棲姫の注意を引き、それを合図に私たちは中枢棲姫に突撃、首を獲る。

 

 大雑把に言うとこんな感じかしら。

 心配なのは島内のギミックを破壊する事で中枢棲姫が自身の装甲を展開する事と、首を獲る前に島外のギミックが破壊され尽くす事。

 

 結界を維持させ続けるために、島内ギミック破壊予定時刻の直前に『結界』への一斉砲撃が日米両軍から行われるし、北側から囮も来る予定にはなっているけど……。

 北側からの艦隊って必要だったのかしら……。

 北側は本当に囮くらいにしかならないって、お父さんから聞いた時は訳がわからなかったけど。

 艦隊の編成を聞いた今では納得だわ、人間同士の戦争ならともかく、対深海棲艦戦で役に立つとは思えないもの。

 って言うかよくあんな骨董品を動かせたわね、聞いた時は呆れかえったわ。

 

 「登山頑張ってね、富士山と同じくらいの高さだっけ?あの山。」

 

 「富士山以上っすよ、4170mもあるんすよ?」

 

 うわぁ~ご愁傷様、それを中腹までとは言えダッシュで登るんでしょ?私みたいなか弱い乙女には無理だわ。

 

 「しかも見晴らしがいい場所に陣取ってるらしいから(たち)悪いっす。匍匐前進嫌いなんすけどねぇ……。」

 

 アンタが匍匐前進したらGその物ね、叩き潰したくなるわ。

 

 「いっそ車拝借して突っ込めば?人が居なくなってかなり経つけど、使えるのも残ってるんじゃない?」

 

 「一応、相棒が探して見つけ次第合流するっすけど……。期待はできないっすねぇ。」

 

 その前に徘徊してる敵に見つからなきゃいいけどね。

 まあ心配は無用か、コイツら陸戦だけなら私より遥かに腕は立つし。

 

 「私が首を獲れるかどうか、また賭けでもする?アンタが負けるのは確定してるけど。」

 

 「ち、ちなみに、自分が負けた場合は?」

 

 「そうねぇ……頭部の永久脱毛なんてどう?」

 

 「自分にこの歳でハゲろと!?」

 

 いや、今もハゲみたいなもんじゃない、星明りが側頭部に反射してるわよ?

 今は灯火管制中なんだから帽子くらい被りなさいよ。

 

 「アンタが勝った場合は何がいい?あり得ないけど一応聞いてあげるわ。」

 

 「うわムカつく……昔は遠慮がちなお嬢さんって感じだったのに、なんでこう捻くれたっすかねぇ。」

 

 「戦争が悪いのよ、戦争が。」

 

 「あーそっすね、姐さんに都合が悪い事は全部戦争のせいっすよね。」

 

 そうそう、ぜ~んぶ戦争が悪いの。

 それより早く決めなさいよ、どうせ私が勝っちゃうんだから何でもいいわよ?

 

 「……。」

 

 何かしら、やけに真剣な表情じゃない。

 もしかして告白?

 勘弁してよ……。

 私みたいな気立てが良くて、器量も最高な美少女を好きになっちゃう気持ちはわかるわよ?ええわかるわ。

 それに長い付き合いだしね。

 幼なじみみたいな感じかしら、まあ、私は4年ほど海外に行ってたけど……。

 ああそれでか、4年ぶりに会った時に昔の感情がぶり返しちゃったのね。

 私も罪な女だわ……何年も一人の男の心を縛り付けて……。

 でもごめんなさい、気持ちは嬉し……いや、気持ち悪いか、だからアンタの気持ちには応えてあげられないの。

 

 「姐さん、自分が賭けに勝ったら……。」

 

 やめて!それ以上言っちゃダメよ!

 セリフ次第じゃ死亡フラグになりかねないわ!

 体の大きいアンタを引きずって帰るなんてご免よ!

 疲れちゃうじゃない!

 

 「何が何でも、生きて帰ってください。」

 

 は?それはどういう事?

 アンタに言われなくたって生きて帰るわよ。

 今更何言ってるの?

 

 「それ、しくじったら私が死ぬって言ってるの?縁起でもない事言わないでくれない?」

 

 「失敗したら死ぬ可能性大っしょ。敵を仕損じて、敵陣のど真ん中から生きて帰るなんて姐さんでも不可能に近いっす。」

 

 いやまあ、それはそうだけど、だからってソレを自分が賭けに勝った時の報酬にするってのが意味不明よ。

 やっぱり私の事が好きなのかしら。

 だって、私に死んで欲しくないって事だもんね。

 困ったわね、ハッキリとフってあげた方がいいんでしょうけど、ソレが元でしくじられても困るし……。

 

 「アンタが助けに来てくれればいいじゃない。それともギミックを破壊したらトンズラする気?」

 

 「もちろん助けには行くつもりっす。けど距離的にそれは難しいっすよ……。悔しいっすけど……。」

 

 成功するにせよ失敗するにせよ、来る頃には終わってるだろうしね。

 

 「でも逃げてきてくれれば話は別っす。ダメだと思ったら即時撤退してください。」

 

 「それは絶対に嫌、奴の首を獲るまで私は逃げないわ。」

 

 『どうして?』って言う?

 言わないわよね、長い付き合いだもの、アンタなら私の思ってる事くらい想像がつくでしょ?

 

 「私が神風を吹かせるの、生きて帰れ?当然よ!ただし失敗なんて論外!私は神風なんだから、私自身が勝利を運ぶ風(神風)なんだから!」

 

 「……戦闘が終わるたびに泣いてたお嬢さんが強くなったもんっすね……。」

 

 「惚れ直したでしょ?だったらアンタは自分がすべき事を成し遂げなさい。盛大なラブコールを待っててあげるわ。」

 

 「自意識過剰じゃないっすか?姐さんに惚れてるなんて一言も言ってないっすけど?」

 

 言わなくてもわかるわよ、アンタは私に惚れてる。

 苦手そうにしてるのも、好きな私にどう接していいかわかんないから。

 これだから戦争狂はダメね、女を性欲処理の道具くらいにしか思ってないから、好きになると接し方に困るのよ。

 仕方ないから、私へのアプローチの仕方を私自身が教えてあげるわ。

 

 「手始めに、愛する私のために派手な合図(花火)を上げなさい。そして中枢棲姫の首を引っ提げた私を、撤収ポイントで片膝立ちしてお出迎えよ。帰ってからはまあ……アンタの対応次第ね。」

 

 「自意識過剰もそこまで行くと何も言えねぇっすわ。でも……了解っす。惚れた弱みを突かれちゃどうしようもないっすね。」

 

 私はそんじょそこらの小娘より攻略難易度高いわよ、心して口説きに来なさい。

 私も全力で応えてあげるから。

 

 「素直でよろしい、頼りにしてるわ『ガンナー(ワン)』。遅刻は30分まで許してあげる。」

 

 「委細承知っす『ソード(ワン)』。後が怖いから遅刻は絶対しないっす。」

 

 私達は、お互いのコールサインを呼び合い、拳を打ちつけ武運を祈った。

 緊張感など微塵も感じない軽口を言い合いながら。

 


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