「島が騒がしいな……。」
我らの『母』が座する棲地、人間どもがハワイと呼んでいた島が騒めいている。
出撃しているのか?生まれたばかりの個体まで東の海に出て行ってるではないか。
いつもの小競り合いではないな、本格的に敵が進行でもして来たか?
「おい渾沌、これは何の騒ぎだ?」
「窮奇か。なに、大した事ではない。東から
東か……ならばアサシオは居そうにないな。
だが大した事はあるだろう、島内に配した艦どころか、生まれたばかりの子達まで駆り出しているのだから大事なのは確実だ。
「西側の艦隊を回したらどうだ?これでは『母』が丸裸だろう。」
「最低限、砲台は配置している。それに、『天幕』を抜けて侵入できるのは潜る事が出来る潜水艦か人間くらいだ、そんな奴らが侵入したところで何もできはしない。問題は東から迫る艦隊が陽動かもしれない事だ、まるで見つけてくれと言わんばかりに堂々と進軍して来ている。」
「発見が遅れたのか?」
敵が堂々と進軍して来てると言う割に艦隊編成が間に合っていない。
今から編成して、敵艦隊の射程に入る前に常時展開している艦隊に合流できるのか?
「奴ら、姑息にも艦隊を小分けにして進軍して来おった。小規模の艦隊は早期に発見できていたが、気づけば十数の艦隊が合流して一つの大艦隊になっていたよ。明日の夜明けには近海に到達するだろう。」
艦隊を十数に分け、それぞれ別ルートから進軍して来たのか。
大方、発見できた小規模の艦隊に迎撃艦隊を出しただけで放置していたのだろう?
貴様の悪いクセだ、小事を下の者に丸投げして貴様は報告を聞くだけ、だから敵の意図に気づけずこの大事を招いた。
四凶の筆頭が聞いて呆れるな。
まあ、こいつがいい加減なおかげで、私は命令の範囲内で好き勝手に暴れる事が出来るわけだが……。
「陽動かもしれんと言ったな、西側からも来ると読んでいるのか?」
「かもしれんと言うだけだ、例え西から来られても饕餮と檮杌の艦隊でどうとでもなる。」
どうだか、あの二隻も貴様と同じで楽観主義だぞ?
今まで、一度も西側からは攻められた事がないのだ、来るかもしれないと言うだけで奴らが艦隊を展開するとは思えない。
貴様と同じように、補足してからようやく艦隊を展開し始めるだろうよ。
「近衛まで東に駆り出すんだ、『天幕』の維持は怠るなよ?『天幕』がある限り、敵は『母』に何もできはしないのだから。」
「貴様は心配性だな、『天幕』を破るなど我々四凶でも無理なのだ。余計な心配をせず、貴様はいつも通り好きに暴れろ、最低限の命令は出してやる。」
その『天幕』も貴様等が落とされれば終わりだろうが。
維持を怠るなとは落とされるなと言う事だ。
『天幕』とは『母』の『装甲』に貴様等三隻と、太陽光と地熱をエネルギーに変えて卵に注ぎ、孵化させる『保育器』の『装甲』を上乗せした物。
展開中の『母』は『装甲』すら纏えないが、その分絶大な防御力を誇る。
私や渾沌の砲撃でも傷一つつかない程に。
だが、貴様等が落とされれば、残るのは『保育器』と『母』自身の『装甲』分だけだ、気にするのは当然だろう。
『天幕』を失って、『母』が『装甲』を纏うほど、貴様等が追い詰められるとも思えないのは確かだが。
「で?私はどうする?西側に配置してくれると嬉しいのだが?」
アサシオが居るとしたら西側だからな、東は貴様も居るし問題はないだろう。
私の姿を見れば、アサシオはきっと私の元に来てくれる。
アサシオが私を放っておくわけはないのだから。
だがアサシオとの逢瀬のために、露払いをさせられる随伴艦が欲しいところだな……。
「好きにしろ、駆逐艦を二隻と重巡を一隻つけてやる。」
「たったそれだけか、側面から奇襲でもしろと言うのか?」
言わなくても用意してくれていたか、些か用意が良すぎる気もするが。
「好きにしろと言っただろう、横からでも後ろからでも好きな方から奇襲しろ。」
なら好きにさせてもらうさ。
東から迫る艦隊が夜明け頃に近海に到達なら、今晩中に島を出る必要があるな、棲地の南にある島にでも隠れて様子を見るか。
「重巡はいつもの奴だ、駆逐艦もそれなりに上位の個体だし、貴様の艤装も修復のついでに改装しておいた。」
私の艤装を改装?
余計な事を……重くなって動きが遅くなってしまうではないか。
それと気になるのは……。
「いつもの奴?奴は沈めたはずだが?」
「浜に打ち上げられていたから修復した。貴様に付き合ってくれる個体は稀なんだ、連れて行け。」
チッ!往生際の悪い、仕留めそこなっていたか!
棲地に戻る前に沈めておくべきだった。
「駆逐艦二隻も奴の要望だ、数を合わせるとか訳の分からない事を言っていたな。」
「数?」
なんの数だ?
そう言えばアサシオと再会した時、彼女は他に三隻連れていたな、その数を合わせたのか。
正直、随伴艦など邪魔なだけなんだが……。
まあ、露払いに使えばいいか、私とアサシオのための舞台を整えるために奮闘させてやろう。
「まさか、奇襲も奴の発案ではないだろうな?」
「そうだ、奴は艦隊の背後を突かせてくれと言っていた。気に食わないみたいだが、断るつもりか?」
「……別に、それでいい。」
ふん、アサシオが来る可能性が皆無なら断っただろうさ。
あの重巡が背後を突きたがってると言う事は、そうすればアサシオが釣りやすいと言う事だろう。
奴の思い通りなのは気にいらんが、前回の逢瀬では一応場を整えて見せたからな。
そこに関してだけは信用してやらなくもない。
問題は西側から本当に艦隊が来るのか、そしてその艦隊にアサシオは居るのかだが……。
杞憂だな、この棲地を攻める程の艦隊に彼女が居ないはずがない、居なければまぁ……。
「あの施設に攻め込めばいいだけだ。」
「あの施設?」
貴様が前に落として来いと言った場所だ、もう忘れたのか?
あの命令のおかげでアサシオに会えたんだ、その事には感謝している。
それに、あそこにはアサシオを惑わす悪い虫も居るようだし、今回は無理でもいずれ必ず落とすさ。
そしてアサシオを救い出すんだ、絶対悪である人間共の魔の手から愛しのアサシオを助け出し、私とアサシオで新たな棲地を作ろう。
私とアサシオだけの聖地を。
だが、それを今コイツに知られる訳にはいかないか、適当に誤魔化してさっさとここを発つとしよう。
「なんでもない、独り言だ。」
「そうか、断る気がないのならもう行け、我は編成で忙しい。しくじるなよ?」
「それはこちらのセリフだ。」
そう言って、私は渾沌と別れて南へ向かった。
『母』に一言言って来た方が良かっただろうか……。
いや、『母』とは言っても子として扱われた事はないからいいか。
アレは子を産み、送り出すだけの装置だ、私達すべてが生まれた時から抱いている人間への殺意も持たず、
自我があるかもわからない、いつから居るのかもわからない。
そんなモノを『母』と呼び、慕い、守る私たちは何なのだろう。
私たちはいったい、何のために生まれて来たのだろう。
「と、前は思っていた……。」
だけど今はこう思う、私はアサシオに会うために生まれて来たんだと、アサシオのために生まれて来たんだと。
そう、あの出会いは運命だったのよ。
たった一度で私たちは惹かれ合った、求め合った、愛し合った。
私の全てはアサシオの物。
アサシオの全ては私の物。
他の誰にも渡さない、私がそうであるように、アサシオも私のために生まれたのだから。
「ああ……待っていてアサシオ……私も今から行くわ……。」
きっとアサシオは来る、私に会いに来てくれる。
確証はない、だが私の魂が言っている。
アサシオは来ると。
だから私もアサシオの元に行かなければ、あの子は怒りっぽいから遅れると怒られてしまう。
そこが愛おしくもあるのだけれど……。
敵の艦隊などどうでもいい、渾沌にはああ言ったが『母』がどうなろうが知った事じゃない。
ああそうだ、いっそ『母』を沈めてこの棲地を奪うのはどうだろう。
ここを私とアサシオの聖地にしよう。
ここでアサシオと愛し合おう。
私とアサシオで新たな『母』となろう。
そして子を産み育てよう。
ここを私たちとその子の楽園にしよう。
「ふふふ……胸が高鳴る……身が震える……。」
アサシオとの未来を考えただけで果ててしまいそうになる……。
だけどまだ我慢しなければ。
私とアサシオの未来のために人間共に踊ってもらおう。
私とアサシオが愛し合うために邪魔者を沈めてもらおう。
それが終われば用済みだ、人間共も沈めて、艦娘共も沈めてやる。
そうよ、私とアサシオ以外はこの世界にいらない、私とアサシオだけいればいい。
人間も、艦娘も、『母』も、その子共達も全て沈め!
私とアサシオ以外は全て邪魔者だ!
「さあ踊りましょうアサシオ……。」
可哀そうなアサシオ、貴女は人間に仕方なく従っているのでしょう?
脅されているのでしょう?
強制されているのでしょう?
縛られているのでしょう?
だから私と敵対するフリをしているのでしょう?
だけどもう大丈夫、私が呪縛から解き放ってあげる。
アサシオを縛る、人間と言う名の呪縛を断ち切ってあげる。
事が済むまで踊って待ちましょう?
事が済んだら二人で邪魔者を沈めましょう。
これが最後のダンス、私とアサシオが敵として踊る最後のダンス。
私とアサシオの……ラストダンス。
一応念のため。
途中、窮奇が『棲地』を『聖地』と呼び変えていますが誤字ではなくわざとです。
『天幕』は人類側が『結界』と呼んでいるの物の深海側の呼称です。
深海側は『聖地』と呼んでいて、深海棲艦が口にした『セイチ』に人類側が『棲地』と字を当てた、という設定も思いついたんですが……。
38話で思いっきり『棲地』と窮奇に言わせてしまっていたので没にしました……。
決戦前夜はあと1話、思い付けばさらにもう1話続く予定です。