赤木さんの未来を変えたいと思った。だけれどもそれは並大抵のことではないはずだ。やっぱりこの世界が“天”の世界であり物語である以上それに沿うことは仕方のないことだろう。だから、それでも変えたいと思うなら赤木さんの変化が必要だと思った。
原作を変えるだけなら難しくない。決勝のメンツを変えたければ私が適当に誰かに振り込めばいいし西を倒したければ最後のリーチで白待ちにすればいい。そうすれば5枚目の白をツモあがることができるのだから西のメンツを飛ばすことができる。
でもそれでは原作は変わらない気がした。そんな程度では赤木さんの死という壮大な運命を変えられる気がしなかった。
赤木さんの未来を変えるのは難しい。原作でも赤木さんの運命を変えられる可能性があるのは2度しかなかった。僧我さんのナインとひろさんの一筒当てくらいしか赤木さんが死を翻す機会はなかったのだ。その機会も赤木さんの神かかった才気にあっさりと失われる。
でも逆にいえば勝てば赤木さんの運命は変えられたのだ。思ったのはこれだった。もし、赤木さんに賭けを挑んで勝つことができれば未来は変わるんじゃないかと。
自分でもとんでもないことをいっているなと思った。あの神域と呼ばれた赤木しげるにギャンブルで勝つなんておこがましいにもほどがある。だけれども私にはひとつ有利なことがあった。この世界が物語であることを私は知っているのだ。
私はこの先の展開を、未来を知っている。6枚の白があるという異常な麻雀で赤木さんは割りを食った牌が自分の当たり牌だといい、手を倒した。
赤木さんの読みはズバリ的中したが黒服が原田さんの指示を誤解し白の代わりに五筒と五萬を抜いていたため赤木さんがロンだといった五索は雀箱にはなかった。
それでも五筒はあったから生き残ることはできたのに赤木さんは自分の生き方を曲げないために予選落ちした。
私はこの世界を曲げたいと思っている。自分という物が消えて無くなる前に逝ってしまうこの人の運命を曲げたいと思っている。
ならばどこかで赤木さんの理を曲げる必要がある。そのチャンスがあるとすればここしかないだろう。鋭い洞察力で読み切った隠された牌を偶然の不運により取り零すこの瞬間が赤木しげるにつけ込む隙だ。
ここで私は勝負をかけようと思う。自分が自分であるため、信念に基づき自分が定めたロン牌以外であがることを良しとしないのが赤木しげるの生き方ならばそれを曲げさせてみせる。別の道を受け入れさせてみせる。
これで未来が変わるかはわからない。だけれども赤木しげるの理を曲げさせることは必要なことだと思った。
東西戦はなるべく原作通りに打った。すべてを覚えているわけではなかったしそもそも持ち点が違うのだから意味がないことかもしれないが北(ドラ)は鳴いて僧我さんの七索はカンした。
その結果僧我さんは赤木さんに振り込んで残り5000、そして今度はその僧我さんに天さんが振り込んで残り8000、誰が振っても飛んでしまうサドンデス状態となった。
途中一旦休憩を挟み天さんとお茶を飲んだ。天さんは私のために座布団引いてくれるしお茶を頼んでくれるしめちゃめちゃ紳士だった。挙句の果てに『蓮は顔立ち整っていて美人だし将来凄くモテるだろうな。あとは笑えばさらに可愛いと思うぜ!』とか言ってくるから内心照れまくりだった。さすが嫁が2人いる男は違いますな。この時ばかりは表情が変わらないポーカーフェイスに感謝したよ。ちょっとキュンとしたのは秘密にしておこう。
天さんはとても魅力がある人だと思う。優しいし大らかだし度胸があるし強いしワイルドだし人間として器が大きくて私はとても好きだ。だからこの東西戦で天さんに勝ってほしいという気持ちは持っている。
だけども私にとって天さんが東西戦で優勝することよりも赤木さんの方がずっと大切なのだ。赤木さんを倒すという私の目的は東のリーダーである天さんに迷惑をかけることになるかもしれないけどこれは譲れない。
私は赤木さんの未来を変えたいのだ。どうしても生きてほしい。
だから天さんが『東西戦、頑張ろうな。お前がいると心強いぜ』と言ってくれたのに私は頷くことができなかった。差し出された天さんの手を取ることもせず『最後の勝負はもらいます』といって部屋を出る。正直やってしまった感が半端ないんだけど天さん怒ってないよね?大らかな心で許してくれることを全力で祈ろう。
休憩を挟んで後半戦を再開する。いきなり原田さんがリーチをかけてきたがあがることはできなかった。聴牌を見せるため倒された手牌は七索待ちで五索待ちにすれば一通がつくというのに違和感のある切り方だった。これは原作通り進んでいるのだろう。なら次がいよいよ勝負の時だ。
開けた手牌には白が2枚あった。やっぱり原作通り流れが進んでいる。手を回し9巡目聴牌する。五筒を切れば一・四筒待ち、三筒を切れば白・三筒待ち。
切る牌は決めていた。ここに来るまでずっと考えていたことだった。
これで未来が変わるかはわからない。だけども何もしなければ何も変わらないだろう。
五筒を掴む手に力が入る。この一手で私は赤木しげるを取るのだ。
「リーチ」
そういって掴んだリー棒を卓に転がす。もうこうなれば私にできることはない。ただツモった牌を切って行くだけだ。
場が回って行く。最初にツモったのは白だった。5枚目の白、異物が紛れ込んでいる。
当然ツモ切る。その後引いて来た三筒もツモ切る。九萬、一萬と引いてついに引いたのは6枚目の白だ。
ドクンと心臓が高鳴ったのを感じた。この牌で私は原田さんに振り込むのだろう。だけれどもそれはどうでもいい、重要ではないのだ。
大切なことはここで赤木しげるを討ち取れるのか、ただそれだけだ。
ツモ切った白を、『ラス牌の白か…、もろうとこう…。ロン、国士無双や…!』と言って原田さんに手牌を倒された。私もこの場の異常性を伝えるために白が2つ含まれる手牌を倒す。
原田さんは一度無法を認めたのだからそれを拒否することはできないという。
私は原田さんの言葉をただ静かに聞いていた。別に私は原田さんの和了を阻止するために手を倒したわけではない。ただジッとその瞬間が来ることを待っていた。
「じゃあ俺の異例も認めてもらおうか」
『ロン、頭ハネだ』といって赤木さんが牌を倒した。白の代わりに割りを食った牌があるはずだ、それは五索。雀箱の中に五索があれば俺の頭ハネを認めろと原田さんに迫る。
ついにこの瞬間がきた。心臓がドクドク脈打ち自分の鼓動がすぐ側で聞こえて来る気がした。西が赤木さんの提案を受け入れて雀箱を開ける前に『五索はないよ』と切り出す。ここで赤木さんの理を曲げてしまうのだ。
「五索はないんだ。だから勝負しよう、赤木しげる。あの箱の中に入っている牌について」
呟くように『貴方を取りにきた』というと赤木さんは一瞬目を見開いた後ニヤリと楽しそうに口元を吊り上げた。
「ほう、何を勝負しようってんだ?」
「雀箱の中には五索はないよ。あるのは五筒と五萬だ。それを賭けよう」
五索はない。原田さんは五索と五筒を抜くように指示を出したけれども勘違いした部下の人が五筒と五萬を抜いた。だから赤木さんは和了することなく自分の心に従い身を引いてしまう。
この場で和了らないことが赤木さんの理だというならばそれを曲げてもらう。
賭けという言葉に赤木さんの纏う雰囲気が変わる。くつくつと笑っているのに何か圧力のようなものを感じる。チェシャ猫のように笑いながらじっとこちらを見つめてくる赤木さんを見て、勝負の相手に認識されたのだとわかった。
「いいぜ、蓮。雀箱の中に五索があれば俺の勝ち、五筒と五萬ならお前の勝ちだ。何を賭けるんだ?」
赤木さんが“賭ける物”は何かと聞いてくる。私が賭けてほしい物は決まっていた。
未来を変えるためには何かを曲げなければならないと思っている。このままでは進めばただただ赤木さんを失うだけなのだ。
でもただ変えるだけでもダメだろう。私という大きな異分子があるというのに結局原作は大して変わっていない。
だから変えてほしいのはあなた自身だ、赤木さん。自分が自分であるために生きるという貴方の理を曲げてもらう。
「貴方の理を賭けてもらう」
『五筒で貴方は和了りなんだから貴方の理を曲げてこの後も打ち続けてもらう』と言葉を続ける。自分の口にした言葉を守ることが赤木さんの矜持ならそれを曲げてもらう。五索でなく五筒で和了るのだ。
赤木さんはクククッと笑うと構わないと言った。だけども私に同等の物を賭けろと言った。
勝負事であるからには何か賭けなければならないと思っていた。でも何を賭ければいいのかわからず顔を向けると赤木さんは真っ直ぐと私に視線を注いだ。
「俺が俺の理を賭けるんだ、お前にもお前の理を賭けてもらう。負けたらお前は赤木の姓を名乗れ」
その言葉に頭が真っ白になる。無意識のうちに息を呑み喉がこくりと鳴ったのが自分でもわかった。
私は赤木さんの姓を名乗っていない。赤木さんのことは好きだし娘であることも嫌ではないがそれでも赤木の姓は名乗りたくないのだ。
赤木しげるの名前は特別だ。13歳の時にこの世界に入ってからずっとこの人の名前は裏世界に轟いている。裏世界のトップに君臨し天さん以外には負けたことがないという伝説の人だ。そんな人の娘でさらに“赤木”という姓まで名乗ったらたぶん私は逃げられなくなるんだと思う。一生あの赤木しげるの娘だといわれ裏世界に身を置くのではないだろうか。
今、東西戦に出ているけど裏世界なんかに関わりたくない。やくざは怖いし名を残したいとも思っていない。まっとうで普通の人生で生きていくことが私も望みなのだ。
私が私らしく生きるのに“赤木”の姓はいらない、それが私の理だ。そして赤木さんはそれを賭けろという。
赤木さんに自身の生き方を賭けてもらうのだから私も自分の生き方を賭けるというのは理に適っている。それはわかっているのだけれども胸を圧迫するような息苦しさを感じずにはいられない。この賭けには私の人生も懸かっているのだ。平静ではいられない。
負けたらこの人生はきっと普通とは程遠いものになる。わかっている。わかっている。それでも、
…私は赤木さんに死んで欲しくないんだよ。
「…それでかまわない」
「そうか。じゃあ雀箱の中にあるのが五筒と五萬なら和了ってやるよ。五索があったらお前は今日から赤木蓮だ」
そういって赤木さんが黒服の男に牌を検めるようにいう。もう、サイは投げられた。
ここで、互いの理を賭けた勝負が始まった。