赤木さんはまた私を抱きかかえると車に乗せ移動する。どこにいくのだろうとビクビクしているとやがて一軒の白い家に着いた。屋根は赤くて小さな庭があって可愛らしい家だ。
黒服が鍵を開け赤木さんに抱きかかえられながら中に入る。家具はしっかり揃っていて机の上に調味料が置かれてたり台所に調理器具が吊ってあったりと生活感のある家だ。まさか赤木さんの家ですか?なんとなくこの人の家は和風だと思ってたんだけど違うんだな。
「ここでいかがでしょう?」
「うん、いいんじゃないか。あの話受けると組長にも伝えておいてくれ」
「はっ、ありがとうございます。組長もお喜びになられるでしょう」
そういって黒服が頭を下げて出ていった。うん、待って話についていけない。え、ここって赤木さんの家じゃないの?赤木さんの家じゃないならなんなんだよココ。
「ここは?」
「ああ、娘と暮らすから家を用意してくれっていったら準備してくれたんだよ。まあ随分可愛らしい家だな」
そういって赤木さんは家の中を確かめるようにあたりを見渡す。うん、そうですかー。ここは赤木さんの家じゃないんですか。因みに前の住民はもういないらしい。ヤクザが管理する家主がいない家か、盛り塩とかしといたほうがいいのかな?深く考えると精神によろしくないので気にしないでおこう。潔癖ではなかったんだけど調味料とかは捨てといたほうがいいだろうな。
そんなわけで赤木さんとの生活が始まったのだけれども基本的に赤木さんは私がいてもいなくても自由に生きていた。
夜は大概いなくて朝に帰ってくる時もあればそのまま2、3日行方をくらますこともしばしば。たまに夜に家にいることがあるなと思えばタバコをふかし酒を飲んでいるだけだ。
うん、こんだけ不健康な生活を送っていたらそりゃ病気にもなるわ。あの死に方は赤木さんにとっては自分を貫き通したというある意味納得のいく死に様だったのかもしれないがそれに振り回される周りは堪ったもんじゃない。
私は絶対に赤木さんに自殺などして欲しくない。漫画ですら胸にくるものがあったのだからリアルだとボロボロ泣く自信があるわ。赤木しげるの娘と呼ばれるのは嫌でも赤木しげるのことは好きなのだ。それは前世の知識があるということもあるが才能があって飄々とした態度で自由に生きるこの人を好ましく思ってしまうのは仕方ないのだ。赤木しげるにはやはり人を惹きつける何かがある。
というわけで私は赤木しげるを53歳で自殺させるつもりなどさらさらないのだ。幸い病気になる原因はこの不摂生がたたったことだとわかっているのだからそれを改善すればいい。やれることはやろう。せっかく赤木しげるの娘という立場にいるのだから。
「これはお前さんが作ったのか?」
「そうだけど?」
取り敢えず酒を控えろタバコを控えろ夜は寝ろなんていってもこの傍若無人なおっさんはどうせ聞きやしないだろうし、いけそうなところから攻めよう。ズバリ食生活だ。きちんとした栄養を取らせること、これが第一の目的だ。
さらに理想をいえば三食必ず取らせるように習慣づけ夜に家にいるようにさせるのが理想だが、この人の生き方的にそこまでは難しい気がするしまあできるところまでやろう。
ひとり暮らしをしていたからそこそこ料理は作れる。メニューは和食にしてみた。本当は洋食の方が得意なのだが赤木さんの年齢を考えると和食が無難だろう。
というわけで本気で赤木さんを取りに行くために夕食を準備してみた。ご飯は土鍋で炊いて肉じゃがは下準備から丁寧に行い焼きナスはこげひとつ残らぬよう皮を取り茹でたほうれん草にはかつおぶしと薬味を添え味噌汁の具は王道のワカメと豆腐を使い最後にアルツハイマーの予防に良いとされる鯖をミョウガを添えて出した。我ながらよう頑張ったわ。ひとり暮らし時代なんて冷蔵庫にあるものを適当にソバと炒めていただけだったのに。
手を合わせて食事を始める。赤木さんも席について箸を手に持ったのでどうやら食べてくれるらしい。にしても張り切って作りすぎたよな。赤木さん少食そうな顔しているし全部は食べれないかも。
なんて思いながら味噌汁を啜りつつ赤木さんの様子を見るとジャガイモを口に運んでいるところだった。どうやら箸は進んでいるようだ。
「随分手間をかけて作ったんだな。味が染みてやがる」
「せめて飯ぐらいしっかり食べないと身体壊すぞ」
「ほう、これは俺のためか?」
その質問には答えずニンジンを口に運ぶ。うん、まあ赤木さんのためなんだけどそれをいうのはちょっと照れくさいじゃん。自分でも張り切りすぎたのは自覚しているので黙ってご飯を口に運ぶ。あー、白米うめえ。
赤木さんはそれ以上なにも言わず黙ってご飯を口に運んだ。でもなにも言わずともなんとなく嬉しそうにしていることが雰囲気から伝わってきた。
それから赤木さんは夜は帰ってくるようになった。朝も朝食を作っているとわかると起きてくるようになり舌がバカになるからとタバコの本数も減った。順調に行き過ぎてびっくりだわ。赤木さんの生活習慣変えようと思ってたけどここまで綺麗に嵌るとは思ってませんでしたよ。なんだ、赤木さんは意外と食い意地が張っているのか?胃袋掴む作戦が効果的なようですね。
「ほう、今日はオムライスか。お前さんは洋食も上手いんだな」
「どうも」
赤木さんが食卓につくのが習慣付いてきたので料理に自分が好きなメニューを取り入れていく。取り敢えず今日の晩御飯はオムライスだ。小さいサラダとコンソメスープをつけて食卓に並べる。
手を合わせてからスプーンを掴む。赤木さんも食べ始めたようで美味しそうに頬を緩めている。喜んでもらえると作った甲斐があったというものだがこんなにも家に居ついて大丈夫なのだろうか?ここ1週間は一緒にご飯を食べているのだから代打ちには行けてないはずだぞ?神域赤木しげるなのだからどこからも引っ張りだこだろうに、どうなっているのだろう。
「最近ずっと家にいるみたいだけどいいの?」
「うん?なんのことだ?」
「代打ち。呼ばれているんじゃないの?」
わからないことは本人に聞くしかない。遠回しに聞く技術がないので直球で尋ねる。
すると赤木さんは器用にスプーンをくるくる指で玩びながら楽しそうに笑った。
「そりゃ娘が俺の為に心を込めて飯を作ってくれるんだぞ?外にそれ以上美味いもんはねえよ。それが勝負の味でもよ」
「ふーん、そうか」
答えを聞けたのでオムライスを口に運ぶ。黙って運ぶ。黙々と運ぶ。
勝負事するより食べたいと思ってくれるほど私の料理を好きだと言ってくれるのか。どうしよう、めっちゃ嬉しい。心臓ばくばくいってきたわ。心なしか顔まで熱くなってきたぞ?あー、もー、
くそう、生まれつきポーカーフェイスでよかったよ。これなら照れているのが赤木さんにバレることもあるまい。いや、待てよ、なんだか耳も熱くなってきたぞ。
頼む、やめてくれ、と祈りながら自分の耳たぶに触れる。残念なことにそこは熱を持っていて真っ赤に染まっていることが容易に想像できた。
顔を上げると笑っている赤木さんと目が合う。どうやら私の照れ隠しはバレバレらしい。