気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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崖っぷちの闘牌

 

 

「よし、ツモったぜ!リーヅモ、二盃口、ドラ4。裏も乗ったな、三倍満だぜ!」

 

…まって、

 

 

「お、ツモったな。純チャン、三暗刻、ドラが絡んで跳ね満だ」

 

 

…まって、まって

 

 

「ツモ、七対子です」

 

 

だから待ってって…!

 

 

チームが消え去り全員が敵のサドンデスが始まった瞬間高得点の和了が乱舞する。天さんは三倍満ツモるし、赤木さんは跳ね満の上クリア麻雀の役をふたつ完成させているし、ひろさんは4つ目の役をクリアしている。なんだこれ、イジメか?皆さんなんでそんなサクサクとんでもない手を和了することができるんだよ。マシンガンの打ち合いの中でひとりバターナイフで戦っているような気分だわ。全くもってついていけません。

 

一時、天さんの点棒が1300で飛ぶんじゃね?と危ない状況だったが、そんな心配をする必要は全くありませんでしたね。それよりやばいのは私の状況だよ。あと残り点棒3000しかない上、何の役もクリアできていないんだけどこれは果たして勝ち目があるのだろうか。

 

取り敢えず振ったら終わりだけど、この高打点の殴り合いだと誰かにツモられても終わりそうだ。この局はなんとしてでも和了しないと!

 

幸いにしてツモは悪くなくてすでにイーシャンテンだ。2・3・4の三色も見えている。ここで上がり切れば流れが変わるかもしれないし、なんとしてでも和了したい場面だ。

 

そして、次順、聴牌する。待ちは二・五・八索で二索なら三色だ。なんとなくツモれる気がするが天さんは聴牌、少なくともイーシャンテンではありそうだしひろさんも白を鳴いて手は速そうだ。ここまでの様子から今の私に流れはない。取り敢えずダマで待つ。

 

私の手番、引いたのは一索だった。

 

いらないしそのままツモ切ろうとした瞬間背中に寒気が走る。ざわざわとした予感が体中を駆け巡り、指先にしびれるような感覚がある。

 

…これは、切れば終わる牌だ。誰だかわからないけど一索で聴牌していて振れば私は終わるのだ。

 

一索を手の中に入れる。これを残すとなると三色は消えてしまうけど、振って終わるよりは遥かにマシだろう。はぁ、せっかく聴牌したのに中々うまくいかないな。やっぱり今の私に流れはないのだろう。

 

仕方なしに一筒を切ってイーシャンテンに戻す。振っても終わりだけど誰かにツモられても終わる可能性があるんだよな。誰だか知らんが聴牌している人がこの回でツモって、しかもそれが高くないことを全力で祈りましょう。

 

特に誰も和了することなくまた私の番が回ってきた。ツモったのは二索。誰かが一索で待っていなかったらこの二索で三色ツモ和了りだったのに…。まあ終わったことをグチグチ言っても仕方ないし前向きに考えると聴牌し直せただけでもラッキーだよね。点棒の少ない私はとにかく和了することが大切なわけなんだし、もう一つの一筒を切って一・四・七索待ちとしましょう。

 

そう思って一筒に手を伸ばした瞬間、ゾクッと背筋が冷える。信じられないものを見る気持ちで一筒を見る。この感覚、…一筒も誰かのあたり牌だ。

 

嘘だと言ってよバーニィ。また誰かのあたり牌掴んじゃうとかそんなことありますか?今の私に流れはないと思ったけど切ろうとした牌が連続で誰かのあたり牌であるほど私ってツイてないんだ…。

 

…いやちょっと待って、何か変だぞ?確かに今私は残念なくらいついてないけど、じゃあこの牌って誰のロン牌なの?

 

赤木さんはこの回は進みが遅いから違う。天さんさんは河に一筒があるから違う。ということはこれはひろさんのあたり牌なのだろうか?

 

そう思ってひろさんを見た瞬間、思わず呼吸が止まる。

 

ひろさんは真っ直ぐ私を見ていた。瞬き一つせず射抜くような視線をこちらに向けていた。その瞳は何もかも見透かすかのように澄んでいるのにどこかギラギラと熱く滾っているように思えた。

 

ああ…、そうか…。そうだったのか…。忘れていたわけじゃなかったけど実感はなかった。貴方は主人公になる人だったね、ひろさん。

 

違和感の正体がわかった。一索に触れてももうあのざわざわとした予感がなくなっている。一索はもう誰の待ちでも、…ひろさんの待ちではなくなっているのだ。

 

さっきまでひろさんの待ちは一索だった。でもひろさんは私が一索を振らなかったのを見てさっき切った雀頭の残り、一筒に狙いを定めたのだ。

 

今私はひろさんに狙い打たれている。一点集中、私の動きに合わせてひろさんは待ちを変えて直撃を取ろうとしているのだ。私が振り込めば今一番点棒の多いひろさんの勝ちだ。

 

…いや、うん。マジか、マジなのか。自分で言っていてなんだけど本当にそんなこと可能なのかな?相手の捨て牌と手出しの位置見ながら待ちを変えるとか不可能じゃね?ひろさん、もう神眼開いているだろ。うわっ、卓についている化け物の数が3人になってしまったよ。取り敢えず一筒は捨てられないから振っても大丈夫になった一索を捨てよう。これで待ちは一・四筒。

 

ひろさんはそれを見てフッと笑う。そして手番になるとツモった牌を手の中に入れて二筒を捨てた。ちょ、また手が変わったぞ!?私が一筒を振らないと見て待ちを変えたのだろう。高性能レーダーにつけ狙われるのってこういう感覚なんだろうか。私みたいな凡人付け狙うんではなくて赤木さんや天さん狙ってくれませんか?超人は超人同士で争っといてください。

 

まずい、今は非常にやばい状況だ。私の点棒はたった3000、振り込めば終わるのだ。崖っぷちに立ちながら凄腕スナイパーに狙われているような気分になる。当たればそのまま奈落へ真っ逆さまだ。

 

そうしてツモったのは五筒。それを見た瞬間ピリッとした感覚が背中を伝う。間違いない、これはひろさんのあたり牌だ。ひろさんのあたり牌が次々と舞い込んできているのだ。どうやらツキの方も残念なことに無いらしい。そのまま五筒を捨てられないから一筒を捨てる。これで二・五筒のノベタン待ちだ。

 

崖っぷちでひろさんの攻撃を避け続ける。ひろさんは私のあぶれ牌にぴったり合わせて待ちを変えてくるが、それを避け聴牌を作り続ける。もう私の手は高くはないし振らないことだけを考えれば切れる牌はいくらでもあるけれど聴牌だけは崩さない。例え大した点にならないとしても聴牌を崩すことは自分の攻撃の手段を失うことになる。

 

直撃を食らわなかったとしても私がギリギリなのは変わらない。どちらにせよ、ここで何もできなかったら私の負けが濃厚になる。

 

バターナイフでも相手に傷を負わすことができたら、そこから流れを引き込めるかもしれない。この劣勢で和了することには価値がある。

 

避ける。逃げる。そして密やかに狙う。私とひろさんは手出しの攻防を続ける。

 

だけどもひろさんの弾丸が足元に刺さる。直撃は避けた。しかし、地面がぐらりと揺れる感覚があった。

 

私は頑張った。力を尽くした。だけれども間に合わない。

 

ことり、とひろさんがツモった牌を倒す。結局私は追い付けなかったのだ。

 

 

「蓮、君は凄いよ。この局、一対一で君と勝負して改めて君の凄さがわかった。君の手の内を読み切った自信はあるのに、まるで君は振り込まなかった。やはり君にはとんでもない麻雀の才能があるんだろうね。でも、それでも才能だけで勝負が決まるわけではないのが麻雀だ」

 

 

ひろさんが手牌を倒す。白、ドラ2、ひろさんは親だったから2000オール。ひろさんの攻撃は避け切った。その上聴牌も維持し続けている。それでも和了したのはひろさんだった。

 

振ったわけではなかったからまだ私の点棒は残っている。だけれどもそれもあと1000点で終わる。もうノーテン罰符でも飛ぶ点棒だ。

 

点棒が46600、クリアした役が三暗刻・七対子・チャンタ・三色同順のひろさん。片や私は点棒は1000でクリアした役はない。勝負はもう決着したも同然だ。

 

だけでも私の中には沸々と熱が湧き上がっていた。ドクンドクンと心臓の高鳴りを感じ身体が熱くなる。

 

ひろさんはもうHEROになっているのかもしれない。9年後ではなく、今、赤木さんの通夜が行われていないこのタイミングでもうHEROになっているかもしれないのだ。

 

それはとんでもないことだと思えた。2年前、私が原作を変えるために赤木さんに勝負を挑んだ。この世界には流れでもあるのか少々の誤差では原作を変えることはできない。運命を変えることはとんでもなく大変なことなのだ。

 

だけどもここでもしひろさんがHEROになるというのなら、それは原作を変えたことになる。またひとつ世界の運命が変わる。

 

そしてもう一つ、あの通夜編で赤木さんの意思を変えることができるかもしれなかった2回のチャンス、そのうち一回がひろさんにあった。

 

通夜編のひろさんは停滞していて赤木さんを止めるだけの力はなかった。だけどもHEROとなったひろさんならどうだろうか?主人公となったひろさんなら、ひょっとしたら赤木さんの運命を変えてくれるのかもしれない。

 

握った手の中が汗をかいている。ドクドクという心臓の鼓動が耳のすぐ裏で聞こえてきた。

 

この麻雀はひろさんの復帰戦だった。だけれどもこの勝負にはそれ以上の意味があるのかもしれない。

 

どうすればひろさんはHEROになれるのだろうか。この勝負をひろさんが勝つことができたら?いや、ただひろさんが勝つだけでHEROになれるとは思えない。

 

ひろさんはこの勝負が始まる前に私と勝負しろといった。赤木さんでも天さんでもなく、私の名前を出した。私と勝負することでひろさんの中でなにか変わることがあるのだろうか?

 

ならば私は全力で戦おう。残りたった1000の点棒で何の役もクリアしていないけど、この世界の未来を変える可能性に繋がるならばすべてを出しきる。

 

流れは完全にひろさんにある。だからこの逆流の中抗い続けることは運命を変える可能性がある気がした。

 

頭が冷えていく。冷静に卓を見通す中で心だけが熱を発していた。

 


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