※天視点
『天さん、僕は蓮にどうしても勝ちたいんです。どうすれば蓮に勝てますか?』
2年間、あの東西戦から音信不通だったひろが突然やってきてそういうのだから驚いた。聞けば偶然蓮と赤木さんに会ってやはり自分は勝負の世界で生きるべきだと決意したらしい。
そしてこの世界で生きていけるか計るために蓮と戦いたいというが、蓮は途轍もなく強い。あの東西戦で数多の猛者を相手に勝ちきり赤木さんにすら勝負を挑み圧倒した。そしてこの2年間も幾度となくギャンブルを繰り返してきたが1度も負けた姿は見たことがない。未だ頂点にして最強、衰えることなく裏世界の博徒のトップとして勝ち続けている。
2年間鉄火場から離れていたひろがただ挑んだところで勝てないだろう。その中でわずかにチャンスがあるとすればそれはひろの持つ繊細さだ。
蓮は大胆で華やかな打ち回しを得意とするがその逆、細やかな和了をあまり行わない。特に鳴いて回すスピード麻雀をしていることはほとんどない。
時折みせる爆発的な和了で相手を圧倒し降ろさせるというのが蓮の基本スタイルだ。これを綺麗に決められるとその後、日を改めたとしても蓮の闘牌が頭にチラつき手が縮む。普通何度も打てば相手の傾向や対策を探れるものなのに蓮はただ恐れを蓄積させる。打てばその場で格付けをされ二度と敵わなくなる。
だがこれが普通の麻雀ではない、例えば決められた役をクリアすれば勝ち、といったルールを設けた麻雀ならどうだろうか?
役を作るという一点に関しては蓮よりひろの方がうまくやるだろう。これならばわずかにだが勝ち目がある。さらに個人戦ではなくチーム戦として蓮の動きを縛る。
チーム戦となればおそらく蓮は赤木さんと組んでもらうことになるだろうが2人とも協力し合うようなタイプではないしチームとしたところでうまく機能しないだろう。蓮を討ち取るための戦略を考えひろに伝える。
『クリア麻雀ですか?』
『ああ、決められた役、一気通貫・三色同順・チャンタ・三暗刻・七対子を先にクリアしたチームを勝ちとするルールを設ける。蓮は細かい役を作るのは得意ではないからこれならひろにも勝ち目がある。どうだろうか?』
そういうとひろは少し考え込み、『それで構いませんがこれは僕が蓮に挑む勝負です。なるべく天さんは僕をアシストしてもらえませんか?』という。
その時ある種の予感があったが、俺はそれを了承する。これは俺とひろが蓮と赤木さんに挑む戦いであるがそれでもメインはひろと蓮の戦いだ。ひろに覚悟があるのなら好きなようにすればいいと思った。
ひろと共に赤木さんの家に行きクリア麻雀を始める。
クリア麻雀は東一局から乱戦を極めた。赤木さんが蓮から出た牌で和了したのだ。
俺がひろを鳴かした隙に蓮が赤木さんにサインを送っているように見えたが赤木さんの方には協力する気はなかったらしい。あっさり裏をかいて初手から蓮に差をつける。
赤木さんから直撃を食らった蓮は眉間にしわを寄せていた。それは不機嫌というよりは戸惑いの色の方が強いように見える。蓮は赤木さんと協力するつもりだったのだろう。
ふと、蓮がギャンブルが好きでなかったことを思い出す。これだけの才能を持っていながら博打が好きでないと蓮の口から初めて聞いた時には驚いた。どうにも納得できないが蓮は博徒として裏世界で生きるより表の世界で平穏に生きることを望んでいるらしい。東西戦であれだけの振る舞いをしていて駆け引きを好まないのは不思議な感じがあるがこの無欲なところが蓮の強さの一つかもしれない。外的要因に囚われずただ目の前のゲームに集中できるからこそ最後の一線をためらいなく踏み越えられあの強さを発揮するのだろう。
そうとはいえ、蓮はこの2年間それなりに裏社会のギャンブルに首を突っ込んでいるように見える。
2年ほど前は赤木さんとマカオのカジノに行ったって言ってたしラスベガスにも行ったと聞いた。一年前はどこかの組の代理戦争である麻雀に巻き込まれたらしいし高レートのマンション麻雀に恐ろしく強い白髪の女の子が出たという噂も聞いた。
じゃあやっぱり蓮はギャンブルが好きなのかというとそうではないらしい。前に赤木さんと飲みに行ったときに酔った赤木さんが『蓮の奴、賭け事の場に連れていくと途端、不機嫌になりやがるんだよ。飯も具なしの焼きそばしか出さなくなるし…。なんだよ、しっかり勝っていたじゃねえか』とこぼしていたから自分から進んでやりたいものではないのだろう。
なら何故蓮がギャンブルをするのかというとこれは俺の想像なんだが、…赤木さんに喜んでほしいからじゃねえかな?自分から進んで行ったりはしないが赤木さんに連れていかれれば賭場にも行く。ギャンブルに勝つと赤木さんが喜んでくれるから蓮は賭け事をするのだろう。
蓮が赤木さんを好きなことは見ていて伝わってくる。家に行ってご馳走になった料理は手間暇かけて作られていることがわかるしわりと無口な蓮が俺に話す内容はほとんど赤木さんのことだ。平穏に生きたいと言いながら蓮の口から学校生活のことを聞いたことはない。無表情なのにいつもどこか楽しそうに話すのは赤木さんのことばかりなのだ。
この父娘は本当に仲がよくて羨ましくなる。赤木さんも蓮のことが可愛くて仕方ないみたいだ。この間どこかの組の代打ちに赤木さんが出かけたときに『時間もかかりますし何か取りますか?』という黒服に赤木さんは『俺の飯はあるからなんもいらないぜ』といって弁当を持参してその場にいたものの度胆を抜いたらしい。
その話を聞いた時に『え、弁当を持って行ったんですか?』という俺に、『なんで蓮の飯があるのに出前なんか取らないといけねえんだ?』と赤木さんが不思議そうに返すもんだから俺は笑いが止まらなくなった。
赤木さんにとって蓮のご飯を食べることはあたり前のことらしい。出会って3年も経っていない父娘のはずなのに俺はこの人たちより仲の良い家族を見たことない。俺も子どもを持つなら娘がいいな。ギャンブルが強くて弁当を作ってくれる娘なんて最高だろ。
だけれどもこんな仲の良い父娘でも勝負となると話は変わる。互いが蹴落とす相手となりただひとりの勝者を決めるためを争うことになる。ひょっとしたら蓮はまだ勝負のスイッチが入っていなかったのかもしれねえな。あの無表情の下で赤木さんとチームを組めることをただ喜んでいたのだとしたら少し悪い気がする。
だが、ここで手を緩める奴は博徒ではない。ひろは赤木さんと蓮が決裂したのを見て勝負を仕掛ける。役を三つクリアし俺から点棒ももぎ取る。ここで俺をきっちり取り切らなかったのはチームをきちんと解消していないのに俺の点棒がゼロになれば自分も負けになるからだろう。ひろが真剣にこの勝負を勝とうというのならチームプレイを破棄することに俺も不満はない。点棒は少ないがここから盛り返してやろう。
俺、赤木さん、ひろがツモ和了する。だが蓮に動きはない。最初に赤木さんに振り込んだことでリズムが崩れているのだろう。不調の蓮…、そこをすかさずひろが取りに行く。
どうやらひろは蓮の目線や出だしの位置で蓮の手牌を丸裸にしてしまったらしい。蓮の捨てるだろうという牌に狙いを定めて待ちを作っていく。
だが蓮は攻めるのも得意だが守りも硬い。ひろが次々と待ちを変えていったが結局振り込まなかった。しかしそもそもの流れが蓮にはなく結局ひろがツモ和了した。
だがその時蓮も火がついたらしい。ひろの捨てた九萬をポンと鳴きひろのツモと自分のツモを入れ替えた。
ひろの流れを奪った蓮はその後ツモ和了しクリア麻雀の役のひとつ、一通をクリアする。
そこから蓮の反撃が始まった。とはいえまだ流れがひろにあるこの場で蓮の手が爆発するということはなかった。蓮は静かだった。あの華やかで爆発力の高い蓮がこんな打ち回しをするのかと思うほどそれは水面下でひっそりと行われた。
蓮が一通で和了してから3局、誰も和了できていなかった。
「その牌、ポンです」
「お、じゃあ次は俺のツモ番だな」
そう言いながら山に手を伸ばすが嬉しくはなかった。今の鳴きで手の中から必要な物が溢れた感覚がある。
俺の手はイーシャンテン、ペンチャン牌をツモれば理想的な聴牌だというのに引いたのは二索、不要牌だ。手が進まない。そのまま二索をツモ切る。
その後、対面の赤木さんが俺のツモだった牌を河に捨てる。それは欲しかった七筒だ。思わず頭に手をやる。このペンチャンは引ける気がしていたがもう無理かも知れねえな。
蓮は鳴くことで周りのツモを入れ替えていた。そのせいで欲しかった牌が別の奴のツモになり手が進まなくなる。狙ってやっているとは信じられないが蓮が鳴くようになってからこの3局、誰も和了してないのだから間違いないだろう。蓮がこんな打ち回しをするなんて知らなかったぜ。
自分の手を進めるためではなく周りを牽制するために蓮は鳴く。ジリジリと周りも焦れていくのがわかる。今、場の流れは誰の物でもない。和了のないこの場は停滞しているようにみえる。
次に、和了った奴が流れを手に入れるだろう。急ぎたいところだがこのペンチャン待ちは落とそう。このままいても和了できる気がしないぜ。
端の八・九筒を落としていく。その瞬間、蓮が鳴いた、
「その牌、チー…」
あ、このやろう。
ツモがズレてしまった。嫌な予感がしながらツモるとそれは欲しかった七筒だった。今更手の中に置いておくわけにもいかずツモ切る。河にはきれいに九・八・七筒と並んでいる。これは和了どころか聴牌も怪しくなってきたな。
蓮にいいようにやられている。だがそれは俺だけでないはずだ。誰も和了できていないということは全員が蓮にいいようにしてやられている。
今まで蓮に流れはなかった。あのひろに勝負を挑まれ競り負けた時は特に最底辺だったといえる。
これまでの打ち方ならば蓮に勝機はなかっただろう。あの場から蓮の手が爆発することはなかったはずだ。だから蓮は自分のスタイルを捨てて勝ちに来た。場の流れを乱すために普段はしない鳴きを入れその場にあった流れを失わせる。
今蓮に流れがあるかはわからない。だが蓮は誰よりも懸命だ。流れっていうのはそういうところに来てしまう。
「ツモ…!チャンタ…っ!」
蓮が掴んだ牌を倒し手牌を見せる。あの華やかで爆発力のある蓮とは思えない泥臭い手牌だ。鳴いて強引に牌を掴んで和了したのは蓮だった。
今、天秤が傾いた。
蓮の点棒はまだ3500だ。すぐにでも吹き飛ぶか細い点数、だが蓮の目には闘気が宿っている。流れが変わったのだ。
さあ、ひろ。どうするんだ?蓮は本気になったぜ?
見るとひろも真っ直ぐ蓮を見つめている。逃げる気はないらしい。勝負はまだまだこれからだ。
若い2人がしのぎを削る。この戦いの結末がどうなるか楽しみだな。