気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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番外編
9(ナイン) 前編


 

199×年9月26日ーーーーー

 

ああ、今年もまた9月26日が来た。

 

蝉の声が遠のいて来た9月下旬、カレンダーを眺めながらぼんやりと物思いに耽る。

 

今から数年後の今日、赤木さんは死んでしまうのだ。やれることはやった。東西戦を変えた。ひろさんはHEROとして歩み始めている。

 

この世界はもうあの『天』の世界とは大きく変わっている。あの通りの世界になる方がもう難しいというのに私の不安は消えない。

 

理由はわかっている。『天』の通夜編で己の命に対する赤木さんの意思があまりに絶対的だったからだ。

 

誰も赤木さんの意思を翻すことはできなかった。言葉による説得も勝負による結果も何もかもがうまくいかなかった。

 

この世界の主人公である天さんでさえそれは出来なかったのだからそれがいかに絶望的であるかわかるだろう。あの場になったら赤木さんの死は変えられない。きっとそうなってしまうのだろう。

 

だから私の出来ることは全てやり尽くしてあの9月26日がこないようにする。ご飯を作ろう。病院にも引っ張っていこう。それが私のするべきことだ。

 

だけれども考えずにはいられない。もし、もしあの9月26日が来てしまった時、

 

私は赤木さんを止めることが出来るのだろうか?

 

 

「ジジイ、勝負しないか」

 

 

「お前から誘いに来るなんて珍しいな。何の勝負だ?」

 

 

縁側に腰掛けタバコを吐いていた赤木さんに声をかける。もう日も暮れかかっているし今日は出かけないのだろうか?いや、面白そうな勝負があるとふらっといってしまう人だからそれはわからないか。何にしても今日は私の勝負に付き合ってもらおう。

 

右手に持っていた黒い箱を縁側に置く。使い慣れたその蓋をあけると直方体の白い駒が敷き詰められている。

 

麻雀牌だ。今日の勝負はこれを使う。

 

 

「なんだ麻雀か?にしてはメンツが足らねえな。誰か呼ぶか?」

 

 

「いや、今日は1対1でやろう」

 

 

「てことは変則的なルールか。何をするんだ?」

 

 

「9(ナイン)だ」

 

 

箱をひっくり返して牌を取り出す。1から9まである牌ならどれを使っても構わないけどせっかくだから筒子にしよう。

 

赤木家にはガン牌防止の為にいくつも麻雀牌があるので筒子をもう1セット揃えることは難しくない。これで私と赤木さんはひと組ずつ筒子の1から9を持ったことになる。

 

 

「互いにひとつずつ牌を出し合う。数字の大きい方が勝ちで勝ったら相手の牌をもらうことができる。最終的に持っている牌の点数の合計が大きい方が勝ちだ」

 

 

「同じ牌だったらどうなるんだ?」

 

 

「引き分け。牌はそのまま置いておく」

 

 

「よし、わかった。じゃあ何を賭ける?」

 

 

赤木さんがニヤリと笑う。めっちゃナチュラルに賭ける物聞いてきましたね。親子で楽しく暇つぶしにゲームをするという発想はこの人にはないらしい。

 

だけれども今日に限ってはそれで構わない。これは真剣勝負でないと意味がないのだ。

 

 

「なんでも。好きなものを賭ければいいよ」

 

 

「じゃあ俺が勝てば来週末は石川に行くぞ。どうやらおもしろい賭場が開かれるみてぇだからな」

 

 

ニヤリと赤木さんが笑う。こういう顔の赤木さんに連れて行かれる場所は碌なところではない。絶対ヤのつく自由業の人が出てきて命を賭けたギャンブルが始まるのだ。あー、ヤダヤダ。

 

うん、まあ原田さんの親戚みたいな人々とギャンブルするのも嫌だけどそれより気になることがある。

 

来週末?それって、

 

 

「私、修学旅行って言わなかったっけ?」

 

 

「おう、行き先は石川県だな」

 

 

赤木さんがニヤッと笑う。この悪魔には血が通っていないらしい。

 

何故娘の修学旅行の日程に他県に行ってギャンブルしようと思うんだよ。鬼か。悪魔か。

 

まあ親しい友人がいない修学旅行が楽しみかと言われたら何も答えられないんだけど。…泣いてもいいだろうか?

 

 

「他の日でいいじゃん」

 

 

「嫌だね。俺はしたいことをしたいようにする。そもそも蓮が修学旅行なんてもんに行っちまったら俺は暇だろ。お前がいない間、俺の飯はどうしたらいい」

 

 

赤木さんがブーブー文句を言う。子どもか。ジジイの暇つぶしで私の青春を消滅させようとするのはやめてもらえませんかね。

 

ご飯も今まで私がいない期間だって食べてこれたのだからなんとでもなるだろう。最悪天さんの家に押しかけたらいいんだよ。麻雀した後お嫁さんたちの手料理でもごちそうになって下さい。

 

まあとはいえ、そう言ってもらえるのは嬉しいけどね。あの赤木さんに勝負以外で興味を持ってもらえるのは割と奇跡的なことだと思う。今までは根無し草のような生活であんまり食に対して興味を持ってなかったというし、健康を維持する為にも食生活をちゃんとするのは大事だからご飯を食べたいといってもらえるのは有難い。

 

でも私が修学旅行の3日間くらい我慢してよ。今までも3日間くらいふらっとどこかへいなくなることもあったじゃないか。それくらい自活してくれ。

 

 

「まあどうしても嫌だというならお前が勝てばいいだけだ。勝負に勝てば四の五の言わねぇよ」

 

 

赤木さんがニヤニヤと笑みを浮かべる。向こうは譲るつもりはないらしい。軽く勝負を持ち掛けたらとんでもないやぶ蛇になりましたね。勝負に負けたら私の修学旅行はキャンセルになるらしい。

 

まあ勝負を仕掛けた時点で無茶言われることはわかってたし仕方ない。それに無茶を言うのは向こうだけではないのだ。

 

 

「なら私が勝ったらひと月のタバコは1カートンまでで」

 

 

「……は?」

 

それまでニヤリと笑みを浮かべていた赤木さんが真顔になる。目を見開き口を薄く開け固まっている。思考が完全に止まったようで手に持っていたタバコから灰がポトリと庭に落ちた。

 

 

「マジで言っているのか?」

 

 

「マジで言っているけど?」

 

 

「……こりゃ、負けられねぇわ」

 

 

赤木さんは持っていたタバコを灰皿に押し付け麻雀牌を手に取る。どうやらやる気になったらしい。赤木さんの表情が真剣な物に変わる。

 

というわけで互いの日常の一部を賭けた、割と本気で負けられない勝負が始まったのだった。

 

 


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