最初に出す牌を決める。じっくりと牌を見つめ思考する。
これはお互いに失いたくない物を賭けた真剣勝負だ。赤木さんは本気で向かってくるだろう。それでいい。そうでなくては困る。
これは本気の赤木さんにどれだけ迫ることができるか計るゲームなのだから。
一打目だ。悩んだところで何の意味があるのかと言われるかもしれない。
でもこの最初が肝心なのだ。私が赤木しげるという神様に追いつけるかどうかはこの最初の切る牌によって決まる。
牌をジッと眺める。赤木さんはかつて牌の透ける感覚がなければ生き残れなかったと言っていた。
これはそれよりもずっと難しいことだろう。牌を予見する力がなければ赤木さんは倒せない。
ひとつの牌を掴んで前に出す。覚悟を決めた。さあ、これで賽は投げられた。
赤木さんがひとつ牌を掴んで前に出す。そして私の出した牌と赤木さんの出した牌、ふたつの牌を表にした。
「なんだふたつとも四筒じゃねえか」
「そうだね。次はジジイの番だ」
「ああ」
赤木さんはすぐ様次の牌を切った。私もそれに応えてすぐにひとつ牌を掴んで前に出す。
ふたつの牌が置かれたところで牌を表にする。丸がふたつ、両方とも二筒だ。
「また、分けか」
「そうだね」
続いて私が牌を切る。それを見て赤木さんも牌を出した。
ふたつの牌を表に開ける。六筒、また引き分けだ。
そこで赤木さんの表情が変わった。
「クックックッ。なんだ、わざとか。何を企んでいるんだ、蓮?」
「貴方に勝つことだよ。ジジイ、あんたの出番だ」
赤木さんが牌を掴んで前に出す。私も自分の手牌から牌を取り出した。
表にする。三筒。またもや引き分けだ。
これが私が最初からやろうとしていたことだ。9(ナイン)は赤木さんの死を止めようとして僧我さんが挑んだ勝負。
そして赤木さんが全て同じ牌を合わせ引き分け、神様であることを知らしめたゲームだ。
だからこの勝負を赤木さんに挑んだ。赤木さんは今本気で勝ちに来ている。
その赤木さんに全て同じ駒で引き分けることができたら私は神様に追いつくことが出来るのではないだろうか?
牌を切る。それまで手拍子で出していた赤木さんが手を止め私の出した牌をジッと見つめる。
心を見透かされるかのような感覚、赤木さんが伏せられた牌を読もうとしていることが伝わってくる。ここが正念場だろう。
そんな赤木さんを背筋を伸ばし真っ向から見つめる。頑なに気配を消そうと奮闘したところで赤木さんには読まれてしまう。隠そうとしても無駄なのだ。この人は勝負事に関しては神様だ。
だから堂々としていよう。私の一打は赤木さんを討ち取るため全神経を集中させて選んだ一手なのだ。それが敗れると言うのならば単に私の力不足だ。
何も隠すことはない。私は全力だ。
赤木さんが牌を選ぶ。そして前に置かれたふたつの牌を表にした。
それは両方とも7筒だった。ククク…と笑う赤木さんの声が聞こえて来た。
「どうなってんだ、蓮。また、同じ牌…。狙ってるんだな?」
「勿論」
クツクツ笑いながら赤木さんが牌を切る。それに合わせて私も牌を切った。
牌をめくる。2つとも八筒だった。
やっと、やっとここまで来た。残りは3つ、一筒、五筒、九筒。
次を合わせれば引き分けが確定する。あの僧我さんを失わず退けた赤木さんの奇跡の闘牌に追いつくことが出来る。
牌をジッと見つめる。三択だ。だけれどもこの三択はとてつもなく難しい。
確率だけならば最初の1投目を当てる方が難しいのだけどもう赤木さんは本気になってしまっている。
ただの1/3ではないのだ。ここには赤木さんとの読みと直感との勝負が存在している。
静かに牌を掴む。ここに賭けられた物を忘れ、ただ勝負にのみ身を委ねる。
私は、神様に追い付きたい。
牌を切った。続いて赤木さんも牌をひとつ掴み前に置いた。この勝負を決めるふたつの牌が並んだのだ。
私はゆっくり手を伸ばす。そして牌を表に開けた。
私が選んだのは五筒だ。自分の牌を開けた後に赤木さんの出した牌に手を伸ばす。
丸い模様が刻まれた面が表となる。描かれた模様は5つだ。五筒、赤木さんが出したのも同じ牌だった。
終わった。引き分けだ。あの赤木さん相手に絵柄を揃え続けることが出来たのだ。あの夜の一部を今、私は再現したのだ。
胸が何かの感情でいっぱいになる。身体が熱くなり息苦しくなる。私は神様に並ぶことが出来たのかもしれない。
なら、あの夜が来たとしても私は赤木さんを引き止めることができるのだろうか。
「気を抜くには早いんじゃねぇか、蓮」
赤木さんの声に一気に場へと意識が戻される。
トンッと音がして赤木さんが牌をひとつ前に出す。もう勝敗は変わらない。だけれども赤木さんはニヤリと笑った。
「何と戦ってたのかはしんねぇがうまくやられちまったな。だが、最後くらい足掻かせてもらおうか。お前はこの牌を当てられない」
楽しげに赤木さんはそういった。勝負はもう決まった。ここで私が牌を当てなくても引き分けという事実は変わらない。
だけれども原作赤木さんは全ての牌を合わせ切っていた。1牌も揺らぐことなく最後まで同じ牌を出し続けていた。
そして何より目の前の赤木さんがこの牌は当てられないと挑発してくる。私が神様に追いつくには最後のこの選択も当てなければならないようだ。
牌を見つめる。二択だ。ただの二択なのに今までで1番難しいように思える。
手元にあるのは一筒と九筒、最弱と最強の駒が残っている。赤木さんが切ったのはどちらなのだろうか。
わからない。流れを掴みきれていない。さっきまでは場を支配しているような、そんな感覚があったのに今は地に足がついてしまっている。私が私として牌を見つめている。
さっきの三択を当てた時点で私の気持ちは切れてしまったのだ。あそこで全てが決まると、使い果たした。愚かなことだ。勝負はまだ終わってなかったのに全力を出し切った。
牌に視線を落とす。何物にでも負ける一筒と何物にも勝る九筒、切るべき牌はどちらなのだろう。
一度引いてしまった狂気のような熱は私の中に戻らない。この選択は私の純粋な意思で選ばれる。私は出したい牌を選ぶ。
並んだふたつの牌のうちひとつを掴んで前に出す。
読まれているのだろうか、私の出す牌を。だとしても関係ない。全てを取り払ってただ出したいと思った牌はこれだったのだ。
私が選んだ牌を開ける。九筒だ。
そして、赤木さんの牌を開ける。そこに描かれていたのは……
.
.
.
「まっ、結局のところ勝負は引き分けだったな」
「……そうだね、ジジイ」
表になったふたつの牌を前に静かにそう答える。
私が選んだのは九筒、何物にも負けることのない最強の駒だ。
流れを読めずただ自分の意思だけで選んだらそうなった。ギャンブルのない平穏な日常を送りたいと思っていたのに、存外、私は負けず嫌いだったらしい。
思い出せばそうだった気がする。挑まれた勝負で結局私はいつも勝とうとしていた。
そうだ、私は勝ちたいんだ。赤木さんにどうしても勝ちたいのだ。
そして神様であるこの人を引き摺り下ろして一緒に生きて欲しいのだ。
だけれども赤木さんの出した牌を見る。表に返したその牌には大輪の花が一輪咲いている。
一筒だ。赤木さんが選んだのは最弱の牌である一筒だったのだ。たぶんこれがこの人の本質なのだろう。
人と違う理を持ちその結果によってはあっさり死のうとする。死にたがりなのだ。赤木しげるはギャンブルの結果によってあっさりと死んでしまいたいのだ。
この人はいつだって精一杯人生を全うとして死のうとする。
「それで、蓮。まさかこれで終わるつもりはねぇだろうな?引き分けなんぞ俺は望んでいないぜ?」
こちらを挑発するように赤木さんがそういう。結局、この勝負は引き分けだったけど私は神様に追いつくことはできなかった。あの通夜が来てしまったらやはり私は赤木さんを止めることはできないのだろう。
ならば本当の神様になってしまう前に引き止めておこう。まずはやっぱり健康的でいてもらうことが第一かな?それなら、
「勿論。今日から禁煙させてあげるよ、ジジイ」
最後に残された一筒をギュッと握りしめ口元を吊り上げる。健康的に長生きしてもらうためにもヘビースモーカーは良くないよね。
じゃあ次は勝ちに行こう。もう引き分けなど狙わない。この人が神様になりきってしまう前に勝負を決めきってしまおう。
牌を回収しながら思う。私は神様の域に届いていなかった。私は勝てない。神様となった赤木さんを止めることはできない。
だからやはりあの日は来てはいけないのだ。数年後の今日に通夜などさせてはならないのだ。
それでももし“原作”という名前の運命が捻じ曲がらなかったら、
……その時は神様と命を賭けて勝負しないといけないのかもしれない。
まあそうならないようにやっぱり赤木さんには健康でいてもらおう。
本日2回目の『9(ナイン)』が始まる。
平穏な日常を送りたいと願いながらも今日も私はギャンブルの世界に身を置く。
私の大切な神様を捕まえるために。