恋人
※森田視点
おそらく一目見た瞬間、心を奪われたのだ。
銀と見紛うような透き通るような白髪、無表情でありながら強い意志が込められた鋭い瞳、小柄な少女であるというのに全身から湧き上がるような闘気、そこにいるのはまるで人ではなかった。
だけれども惹かれずにはいられなかった。理由はなかった。でも確信は持てた。
この子は俺が求めていた先の世界を持つ人間なのだろう。
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中条との勝負が終わり俺は漫然とした日常を過ごしていた。有り余る金を持っていながら贅沢する気も起きなかった。そんなことで金の持つ力を目減りさせたくなかった。
金の持つ最も大きなパワー、それは戦闘力だ。五千万なら五千万の、一億なら一億の仕事がある。資本がなければ手も足も出ないのは経験済み、むやみに張るコマを減らしたくなかった。
鬱屈とした気分で夜の街を当てもなく歩いていく。繁華街は賑わいを見せネオンの光に包まれている。
そろそろ今日の宿を探さないと、と思ってふとあたりを見渡すと道端で3人の男が1人の女を囲んでいる姿が見えた。女の顔は見えないがセーラー服を着ていることから学生だろう。
俺は今大金を入れたボストンバッグを持っているため面倒ごとはごめんだったがこの胸糞悪い光景を捨てても置けなかった。
ポケットに手を忍ばせそこにあるものを確認してから3人組に声をかける。
「おい、お前ら何をしている」
できるだけドスを効かせた声で呼びかける。男たちは、あ?と言いながら振り返り俺を見るとビクッと身体を震わせた。
俺の方がガタイがいいし身長も高い。喧嘩するのに割りが合わないと思ってくれたら儲けもの、無理ならばポケットの中の携帯を取り出して警察に通報するぞと脅すつもりだ。
俺も表には出せない金を持っている身だからできれば警察には関わりたくないがこいつらは見るからにただのチンピラっぽい。通報すると言われれば引くだろう。
3人の男たちは互いに顔を見合わせチッと舌打ちをすると『いくぞ』と言って引いていった。3人が去っていくのを確認してから女の子の方を向く。そして、その子を見て俺は息を呑んだ。
とてつもなく存在感のある子だった。美人と言われれば美人だがそれだけでは言い表せない凄みがある。透き通るような白い髪に意思を持った瞳、ネオンによって照らされる夜の街に溶け込んで一際輝いているように見えた。
あの3人はなんて子に声をかけたんだ。ナンパするにしても違う目的があるにしても声をかける相手を間違えているだろ。
ドクドクと心臓が鼓動するのを感じる。目の前の少女はまるで抜き身の刃物のようだった。美しい白刃の剣、引き寄せられるけれど触れることはできない。目の前の少女の持つ鮮麗なオーラに俺は強烈に惹きつけられた。
「ありがとうございます。彼奴等、めんどうだったので助かりましたよ」
そういって目の前の少女は踵を返そうとする。このまま人混みに紛れたら2度と会うことはないかもしれない。そのことにどうしようもない焦燥感を抱いた。
気付いたら『待ってくれ…ッ!』とその少女を呼び止めていた。足を止めたその子は振り返るとジッと俺を見てくる。何か言わねばと思って必死に思考を働かせる。
「…送らせてくれないか。またさっきのやつらみたいなのに絡まれたら危ないし女の子が夜道を歩くのは危険だろう」
なんとか出てきた言葉はそれだけだった。だが、嘘ではなかった。この辺りはけして治安はよくないしセーラー服の女の子がひとりで歩けるようなところではない。
その子は何も言わず静かに俺を見つめている。警戒されてしまったのだろうか。確かにこれだとさっきのチンピラ達と変わらない。
なんとか言葉を重ねようとして白髪の少女を見た瞬間、息を呑む。
真っ直ぐと、俺を見ていた。瞬きすらせずその子は俺を見ていた。
全身から存在感を溢れさせているのにその瞳はガラス玉みたいに透き通っている。
本心を、本質を見透かされそうだった。この子に嘘は通じないとそう予感させられた。
俺の本心はなんだ?俺はなんでこの子を引き止めたんだ?その答えはたぶん、
「すまん、君に一目惚れしてしまったようなんだ。良かったら付き合ってくれないか?」
気付いたらそう口にした。そしてそれはすとんと心に落ちてきた。
ああ、たぶん、俺はこの子に心を奪われた。衝動と衝撃が身体を突き抜けてどうにかなってしまいそうだった。この感情を本当に恋と呼んでいいのかはわからない。
だけどもとてつもない熱量が身体を駆け抜けて行った。
「付き合う?」
少女はきょとんとした顔をしている。そういった表情をすると年相応の女の子に見えた。
「ああ。君が好きなんだ」
「ふーん、お兄さん変わってますね」
少女がふっと笑う。さっきまでの無表情が剥がれ感情が現れた。少女は楽しそうだった。そして口元を緩めたまま言葉を紡ぐ。
「いいですよ。付き合っても」
「……本当か?」
聞こえてきた言葉に思わず耳を疑う。自分で言っておいてなんだが、期待はしていなかった。
誰だってそうだろう、月に焦がれたとしても手が届くわけがない。だけれども少女は頷く。
「ええ。これからお兄さんは私の恋人です」
そういって静かに笑った。俺はこの少女の恋人になったらしい。急な展開に信じられない自分がいる。こんなに上手くいくことが人生であるのだろうか。
ドクンドクンと心臓が高鳴っているのがわかる。これは本当に現実なのか。意識がふわふわとしていて地に足をついている感覚がない。
すると少女が手を差し出してきた。そしてまだ現実味を持てずにいる俺に向かって静かに笑いかける。
「蓮、私の名前は伊藤 蓮。お兄さんの名前は?」
「……森田 鉄雄だ。よろしくな、蓮」
差し出された手をぎゅっと握り返す。やんわりとした手の体温が伝わってきてはっきりと実感が湧いた。
そうか、蓮か。この子が俺の恋人なのか。
この日の俺は自分の幸運がどれほどのものか、まだ、分かっていなかった。
俺にはツキがあると銀さんは言っていた。だから梅谷さんも安田さんも巽さんも船田さんも皆、俺と組みたいのだという。
俺は強運なのである。それを後ほど思い知らされることになる。
今俺の手を握る小さな手の持ち主が裏世界最高峰と謳われた最強の博徒、
赤木しげるの娘だということをこの時の俺はまだ知らない。
銀と金(ラブコメ風)です。