はい、というわけで赤木さんにもらった住所の場所まで来ました。周りめっちゃ豪邸ばかりですね。私がここにいる場違い感が半端ないですわ。
さて、そんでもって今家の前にいるんですけど、……ここからどうすればいいの?
取り敢えずギャンブル会場まで行けばなんとかなると思ってたけどなんとかなりません。だって実際に賭け麻雀が行われているのはこの中なんだよね。え、どうやって入り込んだらいいの?
セキュリティしっかりしていそうだし忍び込むという選択肢はない。だけども中に入るコネクションもありません。あれ?詰んでませんか?ここに来てまさかのゲームオーバーですか?
誠京麻雀がどうこうという前にまさかの中に入れないという罠。もういいや。取り敢えずインターホン押そう。なんとかならなかったらお家帰って赤木さんとカレーを食べてます。
ピンポーン
「はい、どちら様ですか?」
落ち着いた男性がインターホンに出た。うまく説得する自信はないので正直に用件をいう。
「私はそちらにお邪魔している森田鉄雄さんの恋人です。彼に会いに来ました」
インターホン越しにそう伝えると一瞬の間があった後『……少々お待ち下さい』といって切られた。これってアウトなのかな?セーフなのかな?果たして恋人の応援は許されるのでしょうか。
ドキドキしながら待っているとガチャリとドアが開ききっちりとしたスーツを着た男性が出てきた。
「旦那様に確認したところ問題ないとのことです。どうぞ、お入り下さい」
そういって男性が中に入るように促してくる。うん、許されましたね。恋人の応援はオッケーということらしいです。
よしっ、じゃあ、森田さんの勇姿をこの目に焼き付けよう!と思って男性の後に続いて行くと、地下に降りて長い廊下を歩いて、そしてその先の扉の前に1人の男性が座っていた。
「ようこそ、お越し下さいました。森田様の恋人の方ですね。失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「伊藤 蓮です」
「伊藤様ですね。この場所を訪ねてこられたということはこの先で行われていることもご存知なのでしょう。
この先では同額の勝ちか負けが積もるまでゲームを終えることはできません。つまり大勝か大敗しかないということです。
途中いかなる場合も勝負が終わるまで退出できません。承諾願えますでしょうか?」
高価そうなスーツを着た紳士風の男性が丁寧な口調でいうのはそういう。内容はこの扉の先で行われるゲームのルールについてだ。
原作を読んでいるのでもちろんルールは知っていたんだけど、え、それって私にも適用されるんですか?私はただの応援しにきただけですよ?
森田陣営の人間だから私もその規則が適用されてしまうということなのだろうか。うーん、正直全くもってよろしくないんだけど、まあ森田さんは勝つよね。強運だし原作でも勝っていたしいけるいける。
同意しないと中に入れないというなら仕方ない。ここまで来て帰るのもなんかもったいないし条件を飲もう。
「ええ、いいですよ」
「畏まりました。これほどまで真剣勝負を望まれる方がいらっしゃるとは蔵前様も喜ばれるでしょう。どうぞ、こちらへ」
紳士風な男性に連れられ扉の中に入る。
扉のすぐ内側は応接室っぽいところだったけどそこでは立ち止まらずどんどん奥に進んで行く。すぐに森田さん達のところに案内してくれるのかな?まあ早く会えるに越したことはないよね。こんなところにぼっちに取り残されても困ります。
しばらく進むと開けた部屋に着いた。その部屋はあちこちにトランプやらコインやらが置かれてひと目で遊戯場だとわかった。
ん?森田さん達のところへ案内してもらえるんじゃないのかな?と思ったところで部屋の中央に置かれた机へ行くように促される。
よく見ればそれはただの机ではなかった。緑色のマットが敷かれよく見慣れたそれは、麻雀の卓だった。
その向かい側にひとりの老人が座っている。
「君が森田くんの恋人なのかね?ここまでひとりでくるとは勇気あるお嬢さんだ」
ねっとりとした笑みを浮かべながら目の前の老人がそういう。
長い白髪に禿げ上がった頭部、ただ笑みを浮かべているというのに空気が歪んで見えるほどの存在感。
ああ、そうか。この人がそうなのか。
ひと目で誰だかわかってしまった。会ったことはないけれども間違いはないだろう。
この目の前に座る老人こそ誠京グループのドン、蔵前 仁だ。
「君、名前はなんというんだ?」
「蓮です。伊藤 蓮です」
「蓮さんか。ここにいるということは蓮さんはこの地下競技場でのルールは知っているということかね?」
「それなりには」
「クククッ、結構。結構。実は今君の恋人である森田くんと麻雀勝負をしていたのだがね、森田くんは負けが込んでしまって頭を冷やすために休憩中なんだよ。それで今わしは手持ち無沙汰なんだが、良かったら蓮さん、暇つぶしに付き合ってくれないか?」
ニタニタと笑いながら蔵前さんがそういう。この人にしたらただ笑っているだけなのかもしれないが、それだけで何故か不気味だ。
人ではない何か、それこそ物の怪の類であると言われても納得してしまいそうなオーラを持っていた。
「暇つぶしですか」
「そうだね、蓮さんは麻雀をしたことはあるかね?」
「家族で時々しています」
「そうか、そうか。それは上々。良かったらこの場でわしと勝負しないか?もしやってくれるというならばわしは君に15億の値をつけよう。勝てばそれだけの金を手に出来るチャンスを得られるわけだし、負けても森田くんがきっとなんとかしてくれる。君は何の心配もしなくてよい」
蔵前さんがそう誘いをかけてくる。私が誠京麻雀で勝負する、それは考えていなかった選択肢だ。
私がここに来たのは森田さんの勝負の行方を見届けるためで自分自身がこの賭けに乗るという気は全くなかった。
だけどもこの場に来て、この気の狂いそうな妖気を感じさせる老人と出会って少し考えが変わる。
別にお金が欲しかったわけではない。
そして森田さんを助けたいからでもなかった。
森田さんは『主人公』だ。勝負の行方を不安になる気持ちはあるけどそれでも『主人公』なのだ。
何もしなくともやはり勝つと思うしこの銀と金の世界で私の行動が彼を助けられるとも思えない。『森田さんを助ける』為に賭け事を始めたりはしない。私が賭け事をするのはもっと身勝手な理由だ。
自分の為にギャンブルをする。私がそうしたいから狂気の淵に足を踏み入れる。誰かのために人生を賭けるほど残念ながら人間はできてない。
私がこの場で心動かされたもの、それは蔵前 仁という勝ちを積み上げ過ぎた怪物とギャンブルをするということ、そのものだ。
この人はあまりにも巨大で絶大だ。生涯をかけて積み上げた金が彼を守る城壁となり立ちふさがる。蔵前 仁に戦いを挑むのは生身で城を相手にするようなもの、とてもじゃないけど勝てる戦ではない。
だけれどもそれをやってのけた人がいた。蔵前 仁と同じように莫大な財を積み上げ、そして血に狂い若者を殺し続けた闇の帝王、鷲巣 巌。
その昭和の怪物と呼ばれた鷲巣 巌と命を対価にギャンブルをした人が私の身近にはいた。
赤木さんだ。原作『アカギ』で赤木さんが鷲巣 巌という城に挑み勝ち続けた。
ギャンブルだらけの赤木さんの人生だけどそれでも鷲巣麻雀での出来事が赤木さんに与えた影響は大きかったはずだ。あの戦いは今の『赤木 しげる』を構成する一部である。
しかし、鷲巣麻雀で赤木さんは勝てなかった。最後は鷲巣さんに心臓を掴まれてしまった。
だから思う。もし、もしも私が鷲巣さんと同じように多大な金を積み上げた狂った老人、蔵前 仁に勝つことが出来たら、
……私は赤木さんを超えることができるのではないだろうか?
「いいですよ。やりましょうか、誠京麻雀」
「クククッ、結構。結構。それでは楽しませてもらおうか」
蔵前さんの口元が醜悪に歪む。本性を表したのか。目の前にご馳走を置かれた獣のように歓喜を露わにしていた。
それを静かに見つめる。頭は冷え切っていた。だけれども心の奥底からじわりと熱が湧き上がってきて身体が熱くなるようだった。
私は赤木さんに追い付いていない。それはこの間の「9」で思い知った。ギャンブルに生涯を費やしてきたあの人に私はまだ勝てない。
運命は変えるつもりだ。自分の手で終わらせるなんてそんな未来を迎えるつもりはない。
だけれどもそんな世界がやって来たときのために、納得できない結末を捩じ伏せるだけの力を持っていたい。
手に入れよう、今この場で。神様を捕まえる力を掴み取る。
主人公 : 蓮
恋人 : 森田
ヒロイン : 赤木さん←重要